シンガー・ソングライターに収まらない大柴広己
――大中さんも、大柴さんのライブを観たときの衝撃をnoteで振り返っていますよね。
大中:そうですね。ギター1本でここまでできるんだ、ということにすごく驚きました。
――大柴さんの音楽について、おふたりの間で共通認識のようなものを話したことあります?
大中:共通認識……。
倉本:あまりそういう話はしないけど、ただ、弾き語りでライブをする人って、声の力で押すタイプか、言葉を前面に出すタイプが多いと思うんですけど、大柴は“全体で音楽をやっている”感覚じがありますね。弾き語りなのにリズム楽器のようにも聴こえるし、押し引きのニュアンスも豊かで、音楽的な要素がすごく多い。それは最初からあんまり変わらないですね。
もちろん声もいいし、曲もいいし、演奏も上手いっていうことはもちろんあるんですけど、それぞれがバラバラではなく、すべてが有機的に結びついている。その総体としての魅力があると思います。
大中:打ち出し方としては「シンガー・ソングライター」なんですけど、それだけに収まらない人だと思います。一緒に仕事をすればするほど、その部分がより強く見えてきたというか。
レコーディングでも、あらかじめ用意していた曲ではなく、まだ聴かせていなかった曲をその場で録ることもあって。その緊張感がいい演奏につながることもあるんです。「こういうやり方もあるのか」と気づかされることが多いですね。プロデュース的な視点も持っているからこそできることだと思います。

──その後、どのように過ごしていたんでしょうか。
大柴:僕は22歳でプロになってから、就職もアルバイトも経験しないまま30歳になってしまって、周りの人たちがちゃんとしていることに気づいたときに、「自分は社会に適合できていないのかもしれない」と強く感じたんです。そのときに、これからは身の回りのこととちゃんと向き合って生きていかなければいけないと強く思ったんですよ。
――意識の変化があって、そこで3人が集まるんですね。
大柴:まさにそのタイミングでした。アルバム『ソングトラベル』や『さよならミッドナイト』(2012年)を日本工学院で倉本さんと制作して、翌2013年に大中がライブハウスを辞めるんですよ。大中が就職活動をするなかで、「そもそも何がしたいの?」と聞いたら、「将来は音楽事務所をやって、自分の好きなミュージシャンを所属させたい」と言っていて。
ちょうどその頃、最初に話した谷口貴洋のプロジェクトが動いていたんです。倉本さんとも「一緒に何かやろう」という話をしていたタイミングだったので、「同じように事務所をやりたいと言っているやつがいる」と伝えたら、「それ、今すぐやろうよ」と。3人でお金を出し合って、レーベル〈ZOOLOGICAL〉(ゾロジカル)を立ち上げたんです。
そこから谷口をデビューさせたら、ある程度ヒットして少し資金もできて。その後、ヒグチアイのアルバムをリリースしたらスマッシュヒットになったんです。それをきっかけにレーベルとしても本格的に動けるようになって、今度は自分たちのアルバムも作るようになったんです。
――独立してやっていくというよりは、これまでのつながりの延長で今の形になっていった?
大柴:そんな感じです。ターニングポイントにはいつも倉本さんがいるので。〈SSW〉っていうシンガー・ソングライターのフェスを立ち上げたときも、大きい会場を押さえるには法人じゃないと難しいという話になって。それで「株式会社DAICHU」を立ち上げたんです。
――大中さんは、大柴さんとの出会いをきっかけに、やりたいことがどんどん実現できている実感があるんじゃないですか。
大中:当時から「音楽事務所をやりたい」という思いはあったんですが、すごく漠然としていて。大阪にいる頃は、「できないことが多い」という感覚がずっとあったんです。ドラムをやりながらマネージャーもやっていたんですが、「どっちかに絞ったほうがいい」と言われるような空気もあって。
でも東京に出てきて、大柴さんや周りの人たちを見ていると、みんな複数のことを同時にやっているんですよね。大柴さん自身もいろんな活動をしていて、「やることはひとつじゃなくていいんだ」と思えたことで、ぼんやりしていた将来像がはっきり見えてきました。可能性を広げてもらった感覚があります。

――今作『JUNK HOPE』の制作において、意識していたことはありますか?
倉本:僕はありました。大柴の作品をざっくりと初期・中期・最近の3段階に分けて考えると、初期は「やりたいことはあるけど、それをどう音にするか分からない」という段階で。その実現をサポートするのが僕の役割でした。リライトもかなりやっていましたね。
大柴:当時の音源は全部倉本さんのハードディスクに残っていて、かなりの数がウェブにも上がっているんですけど、今聴くと「なんでこうなったんだろう」って頭を抱えたくなるものもあります(笑)。
倉本:「さよならミッドナイト」や『ソングトラベル』あたりまでがその時期だね。そこから中期に入ると、大柴自身の制作能力が上がって、いろんなことができるようになるんですが、その分、方向性が散らかりがちになる。それを僕が整理する、という関係性になっていきました。
大柴:その流れが『BANK』(2013年)あたりまで続いていますね。
倉本:そこからは曲がどんどん生まれてくるので、「どの方向に持っていくか」を決める役割でした。そして今回の『JUNK HOPE』では、彼自身のプロデュース能力がかなり上がっていることもあって、「今度は僕が散らかす側に回ろう」と思ったんです。
――「散らかす」というのは、具体的には?
倉本:これまではアルバム全体の統一感を重視して、「1枚の作品としてどう成立させるか」を考えていたんですが、今回は配信主体ということもあって、その前提を一度無視しました。アルバムでありながら、1曲ごとに独立した作品として成立させる、という考え方です。
「1曲目は何をやる?」から始めて、「次の曲はどうする?」と、その都度まったく違うアプローチで作っていく。結果として、すべて異なる“絵”を並べていくような制作になりましたね。
大柴:特にミックスに関しては驚くことが多くて。例えば“UN HAPPY WORST DAY”は、トラック自体はシンプルなんですが、仕上がりはすごくマッドでアシッドで、猥雑な空気になっていて。「これどうやってるんだろう?」っていう衝撃がありました。
長く一緒にやっていると、ある程度予想はできるんですが、今回は想像していなかった方向から音が飛んできた感覚でした。「こんな音入れたっけ?」みたいな(笑)。自分では絶対にやらないバランスなんだけど、最終的にはちゃんと成立していて、不思議と統一感もある。
タイトルが『JUNK HOPE』ということもあって、「ガラクタを散りばめる」イメージで制作していたんです。あえて不要に思える音をどれだけ入れられるか、という発想で。例えば猫の鳴き声のような音や、時報をピッチベンドさせたような音とか、「なんだこれ?」っていうものをあえて入れていく。普通に作れば普通の曲になるところを、あえてそうしないというか。






























































































































































































































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