自分にとって「TOMORROW」は異色の曲だった
──1995年、21歳の時に「TOMORROW」でデビューされますけど、上京から歌手になるまでの期間はどんな生活を送っていたんですか。
岡本 : 引越し業者やカラオケの受付などのアルバイトをしながら、ボイストレーニングへ通っていました。ある日、事務所の方に「曲を作ってみたら?」と言われたのがきっかけで、作曲をすることになったんです。学生時代からピアノは弾いていましたけど、コード進行とかは全然わからなかったので、最初は作曲入門の本を買ってみたんですよ。ただ、コードばっかり書いてあるから読んでも理解できなくて。とりあえず頭に浮かんだ鼻歌をカセットテープに録音して、その断片的なメロディをパズルのように繋げてみたんです。そしたらなんとなく曲になって。そのなかに“TOMORROW "もあったんですよね。それを事務所の方に聴いてもらったら、「これで良いんだよ!」と良い反応をいただけたので、「私でも曲を作れるんだ!」と思って。「これからは自分で作曲します」という流れで、シンガーソングライターとしてデビューすることになりました。
──「TOMORROW」はオリコン1位を獲得し、累計売上177.3万枚を突破しました。
岡本 : 当時は全然実感がなくて。メディアに一切出ていなかったので、街とかテレビで曲を聴くことはあったんですけど、なんか自分の曲じゃないような不思議な感じでした。「TOMORROW」に関しては大きくなりすぎていて、自分の手元を離れているといいますか。もはや皆さんの曲になっている感覚なんですよね。
──リリースから27年が経っても、“TOMORROW”がいまだに多くの方に聴かれている要因ってなんだと思われます?
岡本 : んー、私がいちばん分かっていないです(笑)。なんですかね? 結構人ごとのように思っているんですよね。
──以前ターニングポイントをきかれた時に、1996年にリリースされたサード・シングル「Alone」を挙げていましたよね。
岡本 : いまもそうなんですけど、作曲や歌うことに関してもアップテンポの曲が苦手なんですよ。なのでデビュー前に40曲くらい作った時も、8割がスロー・バラードとかミディアム・バラードでした。元々は“TOMORROW”もミディアム・バラードだったんですけど、ドラマの主題歌に決まって、ドラマのプロデューサーさんに「アップテンポにしてほしい」と言われてテンポを変えたんですよね。自分のなかで“TOMORROW”の完成形はミディアム・バラードだったので、当時は違和感の方が大きくて。中々受け入れられずにいました。
──それが大ヒットしたら、ご本人としては余計に戸惑いますよね。
岡本 : あの頃、得意なバラードはいつ認めてもらえるんだろう、ということばかり考えていて。3枚目のシングルでやっとバラードを出せて、ありがたいことに皆さんの反響もすごく良くて。特に女性から読み切れないくらいの手紙をたくさんいただいたんです。やっとスタート地点に立てた気がして、ホッとしましたね。だから自分のなかでアーティストとしてのスタートは、“TOMORROW”じゃなくて“Alone”なんです。思い入れもあるし、いままで作った曲のなかでいちばん好きなんです。
──「Alone」リリース以降、5thシングル「泣けちゃうほど せつないけど」、6thシングル「サヨナラ」、7thシングル「大丈夫だよ」、8thシングル「想い出にできなくて」と物語性の高い失恋ソングが続きましたね。応援ソングの「TOMORROW」でデビューされたからこそ、岡本真夜のイメージを変える狙いがあったのかなと思うんですけど、どうでしょう?
岡本 : 狙いというより、作る曲の割合的に切ない曲とかラヴソングが多かったんです。逆に“TOMORROW”のような応援歌は1割あるかどうか。それがたまたまデビュー曲になったから、自分にとって(“TOMORROW”)は異色の曲だったんです。ただ、一度“TOMORROW”でついたイメージを変えるのは難しいなって、27年が経ったいまもすごく思います。やっぱり皆さんの求めるものは応援歌なんだな、と。
──個人的に心境や生活の変化が現れたと思ったのが、結婚・出産後にリリースされたミニアルバム『Dear…』。“星の夜”では「守ってほしい」と歌っていたのが、表題曲“Dear…”では「守ってあげたい」と無償の愛を歌っていたので、これはお子さんが産まれたからこそ、生まれた表現なのかなと思ったんです。
岡本 : 結婚や出産によって作る曲が変わったのかと言ったら、そうでもなくて。タイミング的に“Dear…”が良いかなと思って発表しただけで、実は前々から出来ていた曲だったんです。そういうのが意外と多いんですよね。
──あ、なるほど!
岡本 : そうなんです(笑)。親になったから、これまでと違う曲を書きたいと意識したことはあまりないです。とはいえ子供を想う曲を書きたいと思ったら作りますけど、基本的にデビューから「ラヴソングを歌いたい」というコンセプトは変わってないですね。
──お祖母様に対する気持ちを書いた“Mother~あなたに花束を~”も意識的に作ったというより、自然に出てきたと仰っていましたもんね。
岡本 : ええ。基本的に「こういう曲を作ろう」と狙って作れるタイプではなくて、私生活のなかで不意にメロディが浮かぶ瞬間があって、それを録音する。だから自分でもどういうものが出てくるのか、あまり分かってないというか。逆に、提供曲を作る際に「こういう曲を作ってください」と言われちゃうと非常に厳しくて(笑)。ストックのなかに要望に合う楽曲があれば良いんですけど、ゼロから作る場合は本当に大変なんです。
──『ちびまる子ちゃん』の主題歌に選ばれた“アララの呪文”はどうだったんですか?
岡本 : あれはプレゼンだったんですよね。私の作ったメロディをさくらももこさんが気に入ってくださって、歌詞を書いていただきました。まさか呪文の言葉が乗ってくるとは思わず、歌詞を読んだ時は素晴らしいと思ったし衝撃を受けましたね。
──あの曲もご自身のターニングポイントに挙げていましたよね。
岡本 : 『ちびまる子ちゃん』って小さいお子さんはもちろんですけど、家族で観られている作品なので。やっぱりライヴでもお父さんお母さんからお子さんまで、一緒に楽しめる曲が増えたことはすごく嬉しかったです。私にとって「アララの呪文」はさくらさんと作らせていただいた宝物のような曲ですね。
──新しい一面を感じた曲でいうと、2020年にリリースされた「旅人よ」も驚きましたね。
岡本 : あれも15、6年前からストックにあった曲をやっと出したんですよ。特殊なメロディとサウンドだったので、環境が整った時に出したいと思っていたらゲーム『三国志14』のタイアップをもらって、いまこそいいタイミングだなと。
──やっと日の目を浴びたと(笑)。
岡本 : そうですね。デビュー当時に作った曲で、まだ世の中に出していない作品ってかなりあるんですよ。
──そういえば、クリス松村さんとTV番組で共演された時に「本当の一押し曲はまだ出せてない」と言ったら、クリスさんが「いまですよ! いま、披露しましょうよ!」と提案して。あの時、笑顔でスルーされてましたよね(笑)。
岡本 : ハハハ、ありましたね! そういうのがいっぱいあるんですよ。デビュー曲の候補が5曲くらいあって、そのなかで「TOMORROW」はスタッフも私も一押しではなかったんです。本当は違う一押しの曲があったんですけど、いまだに眠っているんです。だから、どうしよう!?と思いながらも、タイミングを見てどこかで……。
──出したいお気持ちはある?(笑)。
岡本 : 出したいんですけどね(笑)。ただ、“TOMORROW”とは全然違う雰囲気なので、出すタイミングが難しいなと思っています。
――ちなみに、先ほど話題に挙げた「旅人よ」をリリースされた2020年は真夜さんにとって歌手デビュー25周年の大事な節目でした。本来ならアニバーサリーライヴの開催も決まっていましたが、コロナの影響で延期になりましたね。
岡本 : 葛藤はありましたけど、やっぱりお客さんの安全がいちばんなので、無理に決行してはいけないと思いました。1年越しにはなったのですが、去年7月にようやく開催できて嬉しかったですね。
――そんな〈岡本真夜 25th”+1"ANNIVERSAY Concert 2021 ~Thanks a million~〉のライヴ映像が、3月2日にBlu-ray / DVDとしてリリースされます。あの日、どのような気持ちでライヴに臨みましたか?
岡本 : 有観客ライヴがかなり久しぶりだったのと、コロナ禍でお客さんは拍手のみという状況だったから緊張がすごかったです。普段はお客さんに名前を呼んでもらえたり、一緒に歌ったり、MCでお話ししたりして、それが自分の緊張を解す材料だったんです。それが出来ないことで余計に緊張しちゃって。ただ、皆さんの表情を見て「やっと会えた」と待っていてくださっていた方がこんなにいるんだと思ったら、嬉しいというか励まされましたね。
──セットリストはなにを意識してお考えになりました?
岡本 : デビューの時からライヴのアンケートを欠かさずに読んでいるんですけど、そのなかに「好きな曲を3曲挙げてください」という質問がありまして。そこに書いていただいた曲はなるべく入れたいと思って選びました。特別な周年ライヴだったので、ほとんどのシングル曲を歌いましたし、皆さんがいろんなことを振り返りながら、また前へ進めるきっかけになればと思いました。
――真夜さん的にライヴのハイライトを挙げるとしたら、どの場面が浮かびますか?
岡本 : やっぱり“Alone”と新曲の“旅人よ”は自分のなかでポイントでしたね。
――“旅人よ”を人前で披露するのは、はじめてでしたよね。
岡本 : そうですね。自分で作った曲なんですけど、歌うのが難しいんですよ(笑)。ドキドキしつつも好きな楽曲なので頑張って歌いました。
――ハハハ。ちなみに今回はBlu-ray / DVDだけでなく、同ライヴからセレクトされた音源を収めたCDも付属していますね。映像と音源をセットにされたのって、理由があるんですか?
スタッフ : 周年ライヴが1度しか出来なかったのと、コロナ禍で会場に来られなかった方がたくさんいたので、そういうファンの方々に喜んでいただける方法はなにかを考えて、映像とCDをセットにしました。