ラッコかもしれない 『それは今日かもしれない』
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いい声で、いいメロディに乗った、いい具合に間の抜けた親近感のある歌詞を歌い上げ、情報を詰め込み、(ピッチ・ベンドなどで)ドロっと溶かし、溶け落ちた音をそのまま装飾にしておく......、そんなイメージの作品。ラップとブルージィなコード・ワーク、生活音をはじめとしたさまざまなSEのサンプリングは、ボカロ・カルチャーの多様性の象徴のようなトラックだ。と思ったら、"感情と自己理解の織り成す詩的考察"ではブレイクビーツのアプローチが入ってきたり、"宇宙の裏側"ではアコギのツイン・ギターがあったり、とにかく充実していてるのだけど、聴き疲れしないギリギリを攻めた情報量で潔く2分で終わるのがとても良い。(菅)
坂本慎太郎 『ヤッホー (Yoo-hoo)』
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フィクションのような退廃、寓話のような愛の風景の中に現実を立ち上がらせる手法をとってきた、坂本慎太郎ソロ作品とは一風違ったものになった、5枚目『ヤッホー』。きつけ薬のように日々手元に渡される排他主義と独裁手前な政情に、向い立つ強度すらあるアルバム。ああ、ぼくにはこれすら強すぎるな。体を弛緩させるリズムと沈みゆくリヴァーヴが主導する音世界に大きな変化はないのに、なのに、疲れ切った朝に聴くにはシリアスになってしまった。だけど、肥大化する違和感と共に、肩を張りすぎず生きるにはもってこいだ。このアルバムの現実性が立ち込めていく日々が恐ろしくもある。なんてミュージシャンだ…(T)
君が四角くなる前に 『きらめきとして現れるであろうあらゆる小さなセカイのためのプロレゴメナ』
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プロレゴメナ (prolegomena) とは序論のこと。制作スタッフをも含めて「集団」を名乗る “君が四角くなる前に” の1stアルバムは、態度の表明として鳴っている。彼らの言う「四角」とは、ジャケットや写真や映像や本のように、記憶や想いを美しく保存してしまう創作物のかたち。それは畏敬すべき美であると同時に、「生」を奪う行為でもある。祈りであり、喪失。彼らは斜に構えず、生きること、愛すること、出会うことを肯定し、矛盾を引き受けたまま抗う。君が四角くなる前に、「君や君の人生が何よりも美しい」ことを伝える。冷笑や諦観、ニヒリズムへの反抗。スピッツを、カントを引く集団が始めた序章。これは解答ではない。姿勢だ。(高)











































































































































































































































































































































