ピュアな心で渋谷クアトロに挑戦する──瀬藤育【In search of lost night】

固有の表現/場のあり方を追求するアーティスト、パーティー…etcを取り上げる連載【In search of lost night】。ここ2年ほど、深夜の2フロア仕様でのパーティーをはじめ、渋谷クラブクアトロの場所を捉え直し仕掛けている瀬藤育に、OTOTOYインターンのナカムラが話を聞いた。パルコが経営するライブハウス、というある程度歴史のある場所で、どのように逸脱し“ピュアさ”を追い求めているのだろうか?(こちらのインタビューは2025年11月に実施したものになります)
INTERVIEW : 瀬藤育(渋谷クラブクアトロ)

渋谷クラブクアトロで不定期に開催されているイベント〈Pure vibes only〉をご存知だろうか。来日公演やワンマン・ライブの印象が強いこの場所で行われる、異色のイベントだ。 テレビ大陸音頭や5 Star Cowboyの初ライブを仕掛けたり、普段は物販が並ぶエリアにサブフロアを設置したりと、その場には常に模索と挑戦がある。そこからは、音楽や文化への確かな「愛」がひしひしと伝わってくる。それだけではない。AVYSSとの共催イベント〈AVYSS Circle 2026〉や、YELLOWUHURU × the hatchによる〈NAKED ORANGE〉など、新たな試みが渋谷クラブクアトロでは次々と行われている。 今回、それらを企てている瀬藤育に話を聞いた。いったい彼はどのような人物で、どのような想いをもってイベント制作を行っているのか。BUSHBASH、写真、〈PURE2000〉、そしてアジア圏への視線——そのルーツと現在について、じっくりと語ってもらった。
インタヴュー&文 : ナカムラ
「ピュアさ」を軸にイベントが組めるんじゃないかと思った

渋谷クラブクアトロを訪れ、瀬藤育さんに約2時間にわたって話を聞いた。瀬藤さんが手がけた〈Pure vibes only ~場面 Scene~〉は、私にとって2025年のベストパーティーのひとつだ。ジョンのサン、豊田道倫、有田咲花、Kazumichi Komatsu、5 Star Cowboyなど、クアトロ規模のイベントとしては先鋭的なラインナップが並び、多種多様な表現が交差するその夜には、新たな文化が立ち上がっていくような強度があった。
さらに、メインフロアに芝生を敷き、転換時間をなくして巨大スクリーンに映像作品を流すなど、随所にこだわりと挑戦が行き渡っている。その空間は、興行という視点を越えて、”純粋な" 文化への愛を堪能できる場として機能していた。
個人的な話になるが、瀬藤さんとは京都の音楽フェス〈ボロフェスタ〉のスタッフを通じて、私が高校生の頃に出会った。当時は「優しいお兄さん」という印象だったが、どんな音楽の話をしていたのかまでは正直よく覚えていないし、瀬藤さんのルーツについてもあまり知らなかった。だからこそ今回、瀬藤さんが何を見て、何を愛し、どのように場を作り上げているのかを改めて聞けたことは、とても興味深かった。インタビューから立ち上がってきたのは、音楽とカルチャーへの深い愛情、そしてイベント企画に懸ける真摯な思いである。いま渋谷クラブクアトロで起きているこの挑戦的な動きを、ぜひ多くの人に知ってほしい。そして、できれば実際に足を運び、その空気を現地で体感してみてほしい。
──はじめに、自己紹介をお願いします。
瀬藤:出身は新潟で、年齢は30代です。現在はパルコという会社で渋谷クラブクアトロの担当をしています。肩書としては「音楽事業部」という形で、クアトロの業務に限らずもう少し広い範囲で音楽に関わっています。
──具体的には、どのような業務を担当されているのでしょうか。
瀬藤:イベント企画を中心に、クラブクアトロという名前やブランドを軸に「ライブイベント以外の出口を作れないか」ということを考えています。また、パルコと音楽との接点を作る役割もあって、パルコの改装や店舗のリニューアルに合わせて音楽事業部がイベントを制作することもあります。
──ご出身は新潟とのことですが、大学進学や就職を経て、どのような場所や環境を辿って現在に至ったのですか。
瀬藤: 大学時代は京都で、就職してから最初の配属が宮城県の仙台でした。そこから千葉に行って今は渋谷という感じですね。大学時代の京都ではクラブにはあまり行っていなかったのですが、ライブハウスにはよく足を運んでいました。ただ、仙台に行ってからは音楽との距離が少し空いた時期もあって。そこからコロナ禍に入って、小岩に引っ越しました。ライブハウスがほとんど営業できていなかった時期でしたが、BUSHBASHはかなり積極的に動いていて。そこでよりエクスペリメンタルな表現をしている人たちと出会ったことが、今に繋がっていると思います。
──初めてクアトロで企画した音楽イベントは何でしたか。
瀬藤:自分が最初に企画したのは〈Pure vibes only〉というイベントです。それ以前には、京都で開催されている〈ボロフェスタ〉でブッキングをお手伝いしていました。時系列で言うと、〈LAUNCH〉というイベントの方が自分主催としては早いのですが、企画自体の始まりは〈Pure vibes only〉の方が先でした。
──〈Pure vibes only〉は立ち上げにあたって、どのようなことを考えていましたか。
瀬藤:自分が初めて主催でイベントをやるにあたって、「クアトロが東京でどんな立ち位置にある場所なのか」、「そもそも、自分はなぜイベントをやるのか」ということをかなり考えました。誰かに頼まれてやるわけではないからこそ、自分が本当に好きで、心からリスペクトできる人たちだけを呼びたいという想いで立ち上げました。それと、自分は音楽をジャンルで聴いているというより「ピュアかどうか」で聴いているな、と思った瞬間があり、そこから「Pure vibes」という言葉が生まれて。ジャンルではなく、「ピュアさ」を軸にイベントが組めるんじゃないか、と思って始めたのが〈Pure vibes only〉です。
── 第一回目は Campanella、空間現代、テレビ大陸音頭、松永拓馬。初回から先鋭的なアーティストが名を連ねています。どのような想いでブッキングを決めましたか?
瀬藤:「いろんな土地の人を集めたい」という軸が最初はあったんです。東京って、いろんな人が目的地にする場所だし、ライブに来る母数も多い。だから、いろんな場所の人たちを集めて、お客さんが集まる状況そのものが「東京でやる意味」なんじゃないかと思いました。そういったところから、自分のルーツでもある京都で活動していて、影響されたBUSHBASHのハードコア精神を感じる空間現代を軸に決めていきましたね。それこそ、テレビ大陸音頭はこの日初めての東京でのライブでした。



──2回目は池間由布子、ENDON、Glans、高倉健。ENDONと高倉健のハードコア的な爆発の余韻を残したまま、最後に池間さんの弾き語りによる歌声が染み渡る流れが印象的でした。その辺りは意識されていたのでしょうか?
瀬藤:自分の原体験に近いBUSHBASHだとそういうのが日常的に起きていたんです。ライブフロアとラウンジで、音像的に対極にいるような人たちが一緒にやっている場は結構あって。それに影響されているかもしれませんね。
それと、誰にとってのPure vibesかっていうと、お客さんにとってもそうなんですけど、まず自分が一番Pure vibesでないといけないと思っていて。そういう意味で、どうしてもにじみ出てくる人間性が際立つジャンルって弾き語りとハードコアだと思うんですよね。そこを組み合わせたかったのはあります。



──3回目はこれまでのバンドと生演奏のムードから、エレクトロニカや電子音楽に寄った印象でした。
瀬藤:1回目と2回目で、自分が胸を張って「好きだ」と言ってきたもののレンジを全てやり切った感覚があり、「ちょっと違う軸でやったらどうなるんだろう」と思って組みました。そこでまず、大好きでもっと評価されていいと思っているDEKISHIさんを軸に組もうと考えて、最終的にこういう形になりました。
──DEKISHIさんは荒井優作さんとのコラボ出演ですが、そちらについては瀬藤さんサイドからの提案だったのでしょうか?
瀬藤:本人たちがアルバムリリース時にイベントをやろうとして出来なかったという経緯もあり。個人的にリリースパーティーくらいの気持ちで、作品にフィーチャーしたいなと思い、「荒井さんとDEKISHIさんの作品のライブをやってほしい」という相談をしました。DEKISHI×新井優作という名義ってこの一回しかないんですけど、そのアルバムが本当に良くて。そこから逆算して、フロアのステージではuku kasaiさんとPhewさんにやってもらいました。あとはその流れで野流からuku kasaiに繋がっていくときの気持ちが想像できなかったからという理由で野流にもお願いしました。



──4回目は初のナイト開催でした。
瀬藤:運営上の反省点は山ほどあるんですけど、やり切った感覚は強くあります。自分の中でずっと特別なアーティストしかいないという状態でした。
──2フロア&ナイト開催により出演者のレンジが一気に広がった印象でした。5 Star Cowboyも初ライブでしたし、他にも有田咲花さんなど新鋭アーティストへの視線も感じました。
瀬藤:4階が〈FORESTLIMIT〉くらいのスケール感なので、今までタッチできていなかったフレッシュな人たちを呼ぶことが出来ました。そういう意味では広がったと思います。
──メインフロアで映像作品が上映されているのも印象的でした。
瀬藤:あれは第4回の副題にしている「〜場面 Scene〜」に関わっています。映像作品をお願いした斎藤玲児さんは、かなり寄ってピンボケした映像を集めて編集して、あえてストーリー性を持たせない作品を作っていて。具体的な場面はまったく想像できないけど、何か全体から受けるイメージがあるというか。少し寂しさを感じたり、放課後に見ていたワンシーンのように感じたり。出演するすべてのアーティストの音楽をビジュアライズさせたらこの人だなという思いがあってお呼びしました。 それと、普段の〈Pure vibes only〉だと転換の時間がないように交互のステージでやるのですが、4回目は運営上難しくて。だから5階は斎藤さんの作品を流すことで、4階と5階を行き来しなくても「常に何かを浴び続ける」状態にしたかったというのもあります。



──毎回写真やヴィジュアルなど音楽以外の表現もラインナップにクレジットされています。そこに対して想いはありますか?
瀬藤:自分の文化的な原体験は写真の影響も大きくあるんです。それにパルコは、ライブハウスだけをやっている会社ではなくて、映画もやっているし、演劇もやっているし、商業施設でもある。そういう複数の文化が並列に存在している土壌は他のライブハウスにはなかなかないと思っていて。その会社にいるなら、そういうところもちゃんとやりたいなと思っています。
カメラマンにも「ライブ写真を撮ってください」というお願いは一切していなくて、「一緒に作品を作ってください」という伝え方をしています。出演者と同じように、写真やヴィジュアルも当日の表現の一部として扱いたいので、すべて同列にクレジットしていて。事前にお客さんが目にするビジュアル、当日のライブ、DJ、写真、そのすべてがPure vibesを作る要素で、どれもライブハウスに来るための入口になってほしい、という思いがあるんです。ただ正直に言うと、写真の「出口」はまだしっくりきていない部分もあって。すごく強度のある作品を毎回作ってもらっているのでその出口はやっていくうちに見つけたいなと思っています。


























































































