注目のSorry、デビュー・アルバム『925』から見るサウス・ロンドン・シーンのアティテュードと新しい波
インディ・ロック・シーンにおいて新たなムーヴメントの発火点となるのか? 待望のデビュー・アルバム『925』をこのたびリリースした、Sorry。彼らのバックグラウンドは、サウス・ロンドンの小さなベニュー“The Windmill”にある。ベニュー周辺に共通するグランジ・パンクの音楽性/精神性を受け継ぎながらも、ポップさを持つ今作は、”The Windmill”のシーンをより広くに知らしめることとなりそうだ。同じサウス・ロンドンのKing KruleやLoyle Carnerとは違った文脈で生まれたシーンの魅力は、傍目からは分かりづらい。本記事はSorry『925』に垣間見えるアティテュードから、サウスロンドンの土地が産んだシーンの魅力について見ていく。途中、このシーンをさらに深く突き進むためのナビゲーターとして、日本で”The Windmill”やZINE”So Young”周辺のインディ・ロックを紹介してきたパーティ、SCHOOL IN LONDONを主宰する村田タケル(以下SIL村田)を迎え国内でのシーンの盛り上がりについて触れながら、新しいサウスロンドン周辺のアクトを紹介してもらう。
文・構成 : 津田結衣
10年代後半サウス・ロンドンにおけるムーブメント
2010年代後半のサウスロンドンにはふたつの流れがあった。ひとつは、King KruleをはじめとするLoyle CarnerやTom Mischなどファンク、ブルース、インディ・ミュージックを横断する若き才能たち。もうひとつはFat White Familyに続くグランジ、パンクの音楽性とスピリットを軸にした、小規模なベニューThe Windmill周辺のムーヴメント。ローカルのZINE「So Young」が取り上げ続けてきたこれらのシーンは、2017年のKing Krule『The OOZ』リリースをきっかけに国外にも伝わっていく。「サウスロンドンで何かが起こっている」とNME、Sign Magazine、Mikikiなど国内外のメディアで特集が組まれ、多くのリスナーがその魅力を知ることとなった。前者が世界中で多くのリスナーを獲得した一方で、The Windmillのムーヴメントは世界的な流れに逆行するものであったこと、ジャンルで分けづらいパンク・スピリットの元に集まったユース・カルチャーであったことから局所的な盛り上がりに収束してしまった感は否めない。
それでもローカルに根付いた熱狂は続き、コミュニティの主要バンドであるSorryがアルバム『925』を先日3月27日リリースした、それがとにかく素晴らしい。ギターを軸に構成されるザラついたグランジ・サウンドはUK特有の雰囲気を感じさせながらも、エレポップやジャズの要素が取り入れられており、ローカルに限らず多くの人々を魅了する可能性を持った作品になっている。そしてこの作品と共にThe Windmillの内なる熱狂もまた、ブリクストンの土地に根付いたものから脱していくのではないかという期待が膨らんだ。Shame、Goat Girlから近年のblack midiやBlack Country, New Roadまで、常にスリリングなバンドが生まれるThe Windmill、なぜ小さなベニューの周りでムーブメントが起こり続けているのだろうか。Sorryの新譜からそのヒントを探していきたい。
Sorry、そのナチュラルなDIY精神
Sorryの掴みどころのない魅力は、自然に身にまとわれたDIY精神にある。幼馴染であるAsha LorenzとLouis O'Bryenは青春時代、Sound Cloudにどちらがいい音源を上げれるか勝負していたという二人にとって音楽が常にそばにある存在だということが伺えるエピソードを持っている。彼らにとって音楽は生活に密着したものであり、作品は自分たちの世界そのものだという認識を持っているようだ。アートワークのディレクション、MVの撮影・ディレクションまで全て仲間内で完成させ、全てをアンダーコントロールせずにいられない精神はまさにDIYと言える。それは二人がSorryをバンドというよりプロジェクトやブランドとして捉えていることにも起因するだろう。
MVのおわりに次のトレーラー映像を入れ込む作風からも見て取れるように「全てが繋がっていること」は大きなキーワードであり、『925』においてもその拘りは健在だ。Tears for Fearsからのリファレンスが散りばめられた1曲目“Right Round The Clock”の不穏なサックス音から始まる今作は、それぞれの曲がコラージュ的に構成され先の展開が読めないながら、アルバムを通してコンテクストとサウンドの一貫性が重要視されている。マルチ・インストゥルメンタリストとしてGLOWSのMarco Piniを迎えて深みを増したサウンドは、エレポップの要素が増しつつも独特なローファイさや歪みがうむ内省的な熱狂は失われていない。この絶妙なバランス感覚こそがSorryをSorryたらしめている。またAshaが書くセクシュアルな歌詞はフックアップカルチャーやカジュアルなドラッグの使用が当たり前になってしまった自分たちの世代を描きつつ、彼女の性別からも、おそらく彼女の現実からも一歩離れたシニカルな目線で描かれており、それがアルバムのメランコリックさ・浮世離れした雰囲気に拍車をかけている。
The Windmillのコミュニティが共有するアティテュード
ここからは冒頭にあるようにSchool In London主宰の村田に加わってもらい、さらにSorryを取り巻く、The Windmill周辺のシーンに関して、その魅力について語っていこう。
SCHOOL IN LONDONとは……
現行のインディ・ロックの流れを紐解くことをコンセプトに、インディペンデントな活動を行うDJコレクティブ。国内の海外インディ・ロック好きにとって、作りづらく見えづらいコミュニティを盛り上げることを活動目的としています。最終的にはこれまで日本では見ることができなかったような来日公演に繋げたいという想いを持って活動しているとのこと。
公式Twitterアカウント
https://twitter.com/sil6666999
Sorryの持つ「シニカルさ」、はThe Windmill周辺のバンドのキーワードでもある。地価が安く労働階級の人々が集まるブリクストンでは、Shameの言葉を借りると「表明するしないに関わらずみんなが政治的」だという。物心ついた時には街がジェントリフィケーションされていた彼らの生活はベースに一種の”諦め”が敷かれており、その上でレジスタンスとしてバンドという表現が選ばれているのかもしれない。そして、バンド達は練習スペースとなる開店前のパブに集いその感覚を共有しているのだろう。彼らが共通してもつ退廃的で甘美な雰囲気の由来はおそらく場に根付いたものだ。
ではその場にいないものさえも惹きつけてしまう魅力は何なのだろう。SIL村田は「個々の理想に積極的な態度を音楽で示していることと、そしてアウトプットは違ってもアーティストがお互いをリスペクトし合い、コミュニティとして盛り上げて行く姿勢を大事にしていることの二つがあります」という。(下記特筆のない「」内の発言は今回のメールインタビューによる村田の発言)
Shameを例にあげ、「彼らはある種No Hope Generationで、従来のロックバンドが描いたドリームを最初から持っていないんだと思います。バンドで豊かな暮らしができるようにならないことも、物価の高いロンドンをいつか去らないといけないことも悟っている。だからこそ、自分たちの音楽を追求した上で以前の年代のバンドにはなかったコミュニティを盛り上げて行くということに意識的なんじゃないでしょうか」と語る。
Shameがまだ音源すら出していなかったGoat GirlをThe Windmillに呼んだり、black midiの登場にコミュニティ全体がサポートの意思を示したりといった、新たな才能を歓迎するムードはユースカルチャーを促進させていることは間違いない。従来のムーヴメントが持つ特定のジャンルや似通ったファッションではなく、アティテュードの元に育っていくカルチャーがそこには確かに存在している。
脈々と受け継がれるシーンの新たな顔ぶれ
ユースカルチャーの変革はとにかく早い。ことThe Windmillにおいてはそれが顕著だ。ShameやGoat Girl、HMLTDら2018年の時点で取り上げられていたバンドは一つの地点に達し、black midiやSquid、Sports Team、Black Country, New Roadと新しいバンドが次々に生まれている。さらに名前を見たこともないバンドがThe Windmillではソールドアウト公演となっていることを見るに、次なる波はすでにやってきているようだ。そこで、SIL村田にサウスロンドン周辺の新しいアクトを紹介してもらった。次なる波に乗り損なわないよう、要チェックのバンドばかりだ。
選・文:SIL村田
■Porridge Radio■
個人的に2020年の大本命、リリースされたばかりのアルバム『Every Bad』は早くも年間ベストに入る予感がします。Savagesのような美学を貫く覚悟とCourtney Barnettのような純真さを持ち合わせたバンドです。
■Hotel Lux■
The Windmill周辺では比較的古参なイメージがありますが、ずっと良い曲を作っています。不穏ながらも耳馴染みの良いポップさを持っていて、そのバランスが絶妙。
■Famous■
Famousは 最近DJの現場で最も問い合わせを受けるバンドですね。最近アップされていた屋上ライブでの映像がかなりいいです。インターネットでの検索が非常に難しいですが。。
■Ugly■
2010年代のサウスロンドンで起きたことの一つの到達点だと思ってます。King Krule的な孤独の美学とGoat Girl的なダークなパンクス的衝動を併せ持っていて、文学少年らしい風貌で眼光鋭くパフォーマンスする姿まで全てが素晴らしい。
■Treeboy & Arc■
ブチ切れながらギターを弾き、怒りをぶちまけるように歌うアクトが印象的な、日本のWaater周辺にも通じそうなスピード感のあるロックバンド。
■Pet Shimmers■
シューゲイザー、ネオアコ、サイケ、エレクトロを見事なバランスで捉えた、永遠のように思えるドリーミーさを詰め込んだサウンドを誇る彼らの根底にあるDIY精神にグッときます。
■PVA、GLOWS■
キャンセルになってしまいましたが、4月に来日する予定だった2組。PVAは太めのエレクトロニックなビートとカッティングギターが織り成すサウンドが印象的。GlowsはSlow Danceの共同設立者であり、SorryのバンドメンバーでもあるGG Skipsのソロプロジェクトで、音はJamie xxやMount Kimbieらの影響を感じます。
■Crack Cloud■
カナダのCrack Cloudにはポストパンクからコンテンポラリー的な祝祭感のある新しいロックの境地を切り開きつつ、Arcade Fireと重なる部分も感じます。それくらいビッグなバンドになるかもしれません。
■Death Bells■
オーストラリア出身のDeath BellsはIceageの薔薇で殴るかのようなパンク性とDIIVの煌めき、哀愁の間を疾走するネオ・サイケ的なサウンド。昨年に活動拠点をロサンゼルスに移したようなので、今後の露出も増えてくるのではないでしょうか。早くIceageと対バンして色んな人を驚かせて欲しいです。
サウスロンドンの熱狂への共鳴
パーティーを通して感じるインディ・ロックへの反応を聞くと、「現行UKのアンダーグラウンドで蠢くエネルギーに気付き、魅力を感じているお客さんは少しずつ増えていると感じる」そう。現にSchool In LondonのパーティーではIDLESやShameの楽曲がアンセムとして鳴らされている。「So Young/The Windmill周辺も多くのお客さんがすでに知っていたり、知らなくてもシャザムしてチェックしてくれていたりするパターンが増えている」という変化もあり、コミュニティ内でサウスロンドンの音楽性が広まりつつあるようだ。
今はまだ一部にしかその熱狂は伝わっていないが、Sorryの今作をきっかけにサウスロンドンのシーンは国内でもさらなる盛り上がりを見せるのではないか、というほとんど確信に近い感情がある。それは最近の日本とイギリスの情勢が似ていることからくる確信だ。特に10〜20代の諦めと隣り合わせで生きることを強いられている感覚は、時を同じくしてジェントリフィケーションされてきたイギリスと日本で似通ったものがあるはず。そして実際に東京のアンダーグランドでもThe Windmill周辺に近いアティテュードを持つWaaterやUs、NEHANNを中心としたムーヴメントが生まれている。目下の状況でキャンセルとなってしまったがCrack Cloudの来日公演ではオープニングアクトをNEHANNが務めることが予定されており、サウスロンドン、カナダ、日本へとシーンは繋がっていくのではないかというかなりエキサイティングな可能性にワクワクせざるを得ない。混沌の時代に、熱を帯びるオルタナティヴな音楽はどこにいくのだろう?レジスタンスを続けながらも不安の中に小さな光を見つめていたい。