しんどいことがあったとしても、結局は“楽しい”に行き着いてる
──すごい。ほぼノープランだったんですね(笑)。MaNaMaNaへ改名以降、活動は軌道に乗り出したのでしょうか。オリジナル曲は順調に増えていきましたよね。
MaNaMaNa:加茂さんに名付けてもらったあと、Shiggy Jr.の原田(茂幸)さんが作曲でヤマトモショウさんが作詞で「私がお金持ちになっても」というシングルを出すことになりました。加茂さんにその1曲をプロデュースしていただいたんですけど、そこからはまたセルフでやっていったので、状況としてはそこまで大きく変わったわけではなくて。
──広がりはたしかにあったと思うのですが、すぐになにかが変わるものではなかったと。勢いで上京したのにあまり変化がないとなると、なかなか苦労も多かったのではないでしょうか。
MaNaMaNa:その頃どんなだったかはもう忘れちゃったんですけど、しんどかったかもしれないです(笑)。ただ、落ち込むことは多いですし、後ろ向きに考えることもあるけれど、根がポジティブなんですよ。いつか売れる、いつか成功すると思っているので、どんなことも美談になるな、歌詞のネタになるな、みたいに思いながら日々生きている感じです。東京に来て変わったことは、正直、あまりないかもしれないんですけど、大きな変化はスタッフさんがついてきてくれるようになったことですね。それまではほんとうにひとりでやっていたので。
──ひとりとなると、演者だけやっていればいいというものではないですし。
MaNaMaNa:それなのに私はなにもできないんですよ!メールの返事ができないし、スケジュール管理もできないし、最初はCDを出しても計算ができないので、どれだけ売っても赤字みたいなことをずっと繰り返していて、 「あれ? お金がない!」となってバイトをたくさん始めたり。自分でもよくやってこれたなと思うんですけど、出会いがたくさんあったので助かりました。たとえばusabeniちゃんは私よりもずっと先にソロを始めていて、いろんなことを教えてくれましたし。
──特に最近はアイドルグループ卒業後も活動を続ける人が明らかに増えていて、ソロ同士の繋がりも増えてきたように感じます。
MaNaMaNa:友達が増えたことも東京に出てきてよかったことですね。セルフでソロをやっている友達は、セルフでソロをやることにこだわっていて、それが楽しいし、一番いいと思ってやっているんですよ。そういう人たちとたくさん出会えました。私は特にソロがやりたくて始めたわけではないですけど、友達と出会えてからは自分はどういうことがやりたいんだろうと考え始めましたし、MaNaMaNaの活動が楽しくなっていきました。みんなが自分で制作依頼したり歌詞を書いたりしているのを見て、自分もやりたいなと思ったんです。言いかたはよくないけど、最初はいろんな人の真似をすることから始めました。
──いまの活動のモチベーションはどんなところにありますか?
MaNaMaNa:動機ですよね。これは軽く聞こえてしまうかもしれないけど、趣味なんだと思います。しんどいことがあったとしても、結局は“楽しい”に行き着いてるんですよね。これを辞めたらもうやることがないというのも一度辞めてみて知ってますし。作詞とか曲を作ってみたりとかは自己満かもしれないけど、やっぱり特別だなと思いますし、それをみんなが楽しんでくれたら最高だなって思います。曲を作って、歌詞に乗せて歌って、完成の音源を聴いた時点でもう100%までいっているので、お客さんの反応をもらうときには、それを下回ることがないですね。

──アルバム『愛紡ぎ』の話を聞いていきたいと思います。本作はご自身の作詞した楽曲だけをまとめたものになりますが、そもそもどうして自分で歌詞を書くようになったのでしょうか。
MaNaMaNa:最初はお金がないからでした(笑)。
──予算的に人に頼めなかった。
MaNaMaNa:自分で書かないとどうしようもなくて。だから最初はそんな楽しくなかったですね。
──最初からすんなりと書けましたか?
MaNaMaNa:いきなりはできなかったと思います。作曲の人に、こういう歌詞書いてみましたと渡したときに、 うーん……考え直したほうがいいんじゃない? みたいに言われたりとかは全然ありました。歌詞のことがよくわからないまま自分の好きな言葉を並べるっていう感じだったんです。
──書けるようになってきたなとコツのようなものを掴む瞬間はあったのでしょうか。
MaNaMaNa:書いているときはわからないんですけど、完成して聴いたときに、なんか上手くなったなとかは自分でもたまに思ったりします。「LO-OK」は比較的うまくいったかな。サビはわかりやすくしようとか韻を踏もうとか、意識していたことがだんだんできるようになってきたなと思ったのがこの曲かもしれないです。
──書くたびに課題のようなものができて、それをクリアしたりしていくうちに、気づけばアルバムとしてまとめられるほどの曲数になっていたわけですね。
MaNaMaNa:そうそう、たくさん書いてきたなと思いました。書いてきたことをアピールしたいなという気持ちになって「書いてきたから、もっと褒めてほしいんですけど」と思ってアルバムにしようと決めたんです(笑)。
──ソロ活動4周年というタイミングでもありますし。
MaNaMaNa:そうですね。今年の10月に東京でワンマンをやりたいなと思っていて。新しいお客さんが興味を持ってくれたときに、アルバムを出しておくことで入りやすいかなと思いますし、いまいるファンのかたにも、改めてこういう曲もありますよというのをアピールして、ワンマンの前におさらいできたらなと思って。
──『愛紡ぎ』は林奈緒美名義の時代も含めてキャリアを総括するような作品とも言えそうです。
MaNaMaNa:せっかく書いてきたし、お金もかかってきたし、忘れないで聴いてよね、みたいな(笑)。6曲が本名の林奈緒美のときに書いたもので、8曲がMaNaMaNaですね。
──歌詞の傾向は明らかに違いがあって、最近のものは小説っぽい設定のあるもので、初期は自分のリアリティを反映させたものが多いですよね。「頑張らない応援歌を」は、先ほど話が出てきたような、なんとか現状を変えたいという気持ちが溢れています。
MaNaMaNa:以前はそれしか書きかたがわからなかったんです。ほかが思い浮かばないので、頭にあることを曲に合わせて文字にしてみよう、という感じでした。「頑張らない応援歌を」は歌詞を書き始めて2、3曲目で、このときは動くしかないとわかっていても動けなかったので、歌詞を読み返すと当時よりは成長したなと思います。でも、昔の曲は暗いことばかり考えてたんだなと思います。「越えてよ」なんかはもう、アルバムに入れたくなかったくらい素の林奈緒美で恥ずかしいですし。
──自分が出すぎてしまっている。
MaNaMaNa:昔は友達もいなかったですし、楽屋でひとり喋らずぽつんと座ってたので(笑)。先日、絵恋ちゃんとご一緒したんですけど、「MaNaMaNaさんって間を埋めたいタイプのコミュ障ですよね?」って見抜かれました。その最後の締めが「家では暗いんですよね?」だったので、全部バレていて恐ろしかったです(笑)。





B-064.jpg?width=72)



































































































































































































































































































































































B-064.jpg?width=350)
















