MaNaMaNaが自身の言葉で紡いだ、ソロ4年間の「愛」の軌跡──豪華特典付き「作詞曲ベスト」は、OTOTOY限定!

ソロ・アーティスト、MaNaMaNaの動きがいま、おもしろい。アイドルグループを卒業後、衝動だけを頼りに、勢いだけで上京し、ソロ活動を続けてきた彼女。なぜMaNaMaNaは歌い続けるのか。リアルなこれまでの歩みとこれからについて、率直な言葉で語ってもらった。
さらにMaNaMaNa自身が作詞を手がけた楽曲のみを収録した、まさに「作詞曲ベスト」な配信限定アルバム『愛紡ぎ』をOTOTOY限定で先行リリース。あわせて、豪華特典付きのOTOTOY限定パッケージも販売中。ここでしか手に入らない豪華特典ももりだくさん!!期間限定となっているので、ぜひチェックを!
配信限定アルバム『愛紡ぎ』OTOTOY限定パッケージ販売中!

■商品内容
・Type A:『愛紡ぎ』ハイレゾ音源、MaNaMaNa直筆サイン入り10インチジャケット
・Type B:『愛紡ぎ』ハイレゾ音源、MaNaMaNa直筆サイン入り10インチジャケット、L判写真2枚(ランダム)
・Type C:『愛紡ぎ』ハイレゾ音源、MaNaMaNa直筆サイン入り10インチジャケット、L判写真2枚(ランダム)、アクリルキーホルダー、
・Type D:『愛紡ぎ』ハイレゾ音源、MaNaMaNa直筆サイン入り10インチジャケット、L判写真5枚(全種類確約)、アクリルキーホルダー、ライブ会場にて「クリスマス・スカラー」のピアノ・アレンジの音源の入ったCD-Rのプレゼント(物販コーナーにてご購入の旨、お伝えください)
販売期間:3月26日(木)〜4月9日(木)
購入URLはこちら!
https://ototoy.jp/merch/
※音源データは購入完了後、すぐにダウンロード可能です。
※10インチジャケット、L判写真、アクリルキーホルダーは、販売期間終了後2〜3週間程度で発送予定です。なお、お届け時期は地域により前後する場合があります。
※商品は東京よりクリックポストにて発送されます。
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INTERVIEW : MaNaMaNa

インタビュー&文 : 南波一海
撮影 : つぼいひろこ
シフトに入っている日は大阪に戻って、給料より交通費のほうがかかるという(笑)
──MaNaMaNaさんはもともとグループ活動をしていて、2022年の春からソロになりましたが、そもそもどうしてひとりで動くことになったのでしょう。
MaNaMaNa:グループとかソロとかでこだわってなくて、でも活動は続けたいなと思っていたんです。最初はミライスカートというグループにいて、そこを卒業してからは活動を辞めていたというか、1年くらいはフラフラしていた時期があったんですけど、やっぱりなにかやりたいなと。そのタイミングで栗原ゆうさんに声をかけていただいて、「エミュリボン」という大阪アメリカ村のコンカフェみたいなところに所属して、グループに入ってみたりしたんですよね。
──それが最高じぇねれーしょんですよね。
MaNaMaNa:そうです。そのグループが全員卒業することになって、私はただ目的も目標もなくエミュリボンにいるだけ、みたいな状態になったんです。そのまま続けるかどうか悩んで、最終的にエミュリボンも卒業しようとなったときに、記念になにか曲を作ろうかな、となったのが始まりで、それが「幕開け」という曲でした。自分的にすごくよいものを作れたという感触があって、この曲を歌うのが卒業の1回きりというのももったいないなと思って、そこからですね。最初からソロをやろうと思っていたというより、その曲がよかったからやってみようかな、みたいな流れでした。
──それでソロをやってみたら、なにかしらの手応えがあった。
MaNaMaNa: いや、全然です!「なにもうまくいかねぇな、なんだこれ、やめとけばよかったのかも」みたいなことが1年くらいはあったのかな。MaNaMaNa名義になるまではずっとしんどかったし、でも「いつ辞めればいいんだ、辞めかたわかんない」みたいな状態が続いて。
──ひとりでやっていると辞めどきがよくわからなかったりしますよね。
MaNaMaNa:そうなんです。「今度こそやってやるぜ」みたいな感じで啖呵を切って始めたのもありましたし。そのときにフィロソフィーのダンスさんの新メンバーオーディションを受けたんですけど、そのあたりは「絶対にソロでやっていくぜ」というより、「早く誰か見つけてくれ」みたいな気持ちでした。受けるか悩んだんですけど、フィロソフィーのダンスさんが大好きだったので。
──そこで音楽プロデューサーの加茂啓太郎さんと出会い、MaNaMaNaに改名するという流れになるんですね。関西から上京してくるタイミングはどのあたりなんですか?
MaNaMaNa:加茂さんに名付けてもらうあたりです。2023年7月に改名しました。加茂さんが「東京に出てきたら手助けもできるんだけどね」みたいなことをほんとうに何気なく言ったんですけど、私はそれを本気にしてその1ヶ月後には家を借りてました(笑)。
──なんという行動力。
MaNaMaNa:加茂さんも「軽く言ったらほんとうに来てしまったので、手助けせざるを得ません」みたいなことをブログかなにかで書いていて(笑)。でも、それがきっかけでこっちに来ることができてよかったです。当時はなにか行動を起こさないと変わらないと思っていたので。加茂さんという光を逃さないぜという感じで必死でした。

──上京後の生活や活動はいかがでしたか?
MaNaMaNa:最初はお金がなくて大変でした。電車賃がないからひたすら歩いたりとかしてて。
──おお……。東京は出られるイベントが多いけれど、交通費も地味に負担だという演者の話も聞きます。
MaNaMaNa:まさにそうです。それに出てきたときはまだエミュリボンに所属していたので、シフトに入っている日は大阪に戻って、給料より交通費のほうがかかるという(笑)。それが半年くらい続いたのかな? そのときはなんとも思ってないんですけど、振り返るとおかしなことをしてましたね。







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