2018年を象徴する作品はどんなものが印象的だった?──ベスト・ディスク10選〜洋楽編〜
OTOTOYが主催するオトトイの学校にて、音楽評論家として活躍する岡村詩野のもと、音楽への造詣を深め、「表現」の方法を学ぶ場として開講している「岡村詩野音楽ライター講座」。『Year in Music』をテーマに、2018年にリリース作品を振り返ってきた今回の講座。こちらのページでは受講生によって選出された海外作品のベスト・ディスク10枚のレヴューを掲載。こちらのページとともに、ぜひ2018年の音楽シーンを振り返ってみてはいかがでしょうか。
Year in Music 2018〜洋楽編〜
>>> 01. カマシ・ワシントン『Heaven and Earth』(Text by 三好香奈)
>>> 02. サーペントウィズフィート『soil』(Text by 加藤孔紀)
>>> 03. スーパーオーガニズム『Superorganism』(Text by 三浦智文)
>>> 04. V.A.『Black Panther:The Album』(Text by 渡邉誠)
>>> 05. デヴィッド・バーン『American Utopia』(Text by 三浦智文)
>>> 06. トム・ミッシュ『Geography』(Text by 渡邉誠)
>>> 07. アークティック・モンキーズ『Tranquility Base Hotel & Casino』(Text by 浅井彰仁)
>>> 08. ファーザー・ジョン・ミスティ『Gods Favorite Customer』(Text by 加藤孔紀)
>>> 09. カミラ・カベロ『Camila』(Text by 高久大輝)
>>> 10. ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー『Age of』(Text by 杢谷栄里)
01. カマシ・ワシントン『Heaven and Earth』(Text by 三好香奈)
カマシ・ワシントン『Heaven and Earth』
【収録曲】
Earth
1. Fists of Fury
2. Can You Hear Him
3. Hub -Tones
4. Connections
5. Tiffakonkae
6. The Invincible Youth
7. Testify
8. One of One
Heaven
1. The Space Travelers Lullaby
2. Vi Lua Vi Sol
3. Street Fighter Mas
4. Song For The Fallen
5. Journey
6. The Psalmnist
7. Show Us The Way
8. Will You Sing
「HEAVEN AND EARTH」でカマシ・ワシントンが紡いだのは誰もが描く理想郷だった。
天国編と地球編に分かれた2時間半というヴォリュームの今作で、人類が手と手を取り合い助け合う世界を目指してはいるが、現実にはなかなか難しいことであることの二面性をジャズ・サウンドで壮大かつ繊細に描写していく。だが、いずれにおいてもネガティヴな匂いは感じられず、寧ろその逆境を跳ね返すような躍動に満ちたアンサンブルがリスナーを鼓舞させる。そのスケールには、地球規模で考えたら人類の争いすら点の出来ごとだ、と私たちを啓蒙しているようにも感じ取ることができる。(Text by 三好香奈)
02. サーペントウィズフィート『soil』(Text by 加藤孔紀)
繊細なビブラート、高低を行き来するヴォーカル、BOYZ II MENのR&Bのような正統派たる声を鳴らしながらも、そこに未知の創作がある。感情的に囁き、ときに語りかけるような先が読めないリズムと譜割の歌唱。頻繁に登場するI=私で強調する自身の体験を、自然風景と精神世界を綯い交ぜにした詩で描写する。本作は独白的抒情歌。感情、自然、人間の精神は一所に留まらない。ジョシア・ワイズという揺れ動く個、そしてゴスペルを起源としたポピュラリティあるR&B、一見対岸にいる二つが調和する瞬間を見ているようだ。(Text by 加藤孔紀)
03. スーパーオーガニズム『Superorganism』(Text by 三浦智文)
『Superorganism』の気怠いサウンドからは、"この国の曲"という土着性は感じられない。多国籍なメンバー、そしてSNSが興隆してきたご時世において、彼らの制作に、地理的な制約が影響することは最早ないのだ。また、彼らの楽曲は基本的に英詞であるが、「It's All Good」では韓国語が登場し、「Nai's March」では、日本の緊急地震速報や駅の構内アナウンスの音がサンプリングされる。そこからは“世界に発信する音楽は英語”という、既成概念すら壊しているようにも見て取れる。国という枠組みに影響されることなく、よりミクロな、"バンド"という集合体の中だけで完結させた今作。いうならばそれは、“8人による新しい国家”だ。(Text by 三浦智文)
04. V.A.『Black Panther:The Album』(Text by 渡邉誠)
これは単なるアメコミのヒーロー映画のオムニバス・アルバムではない。実際にアルバムに収録された曲で劇中に使われているのは3曲だけだ。それでも主役や映画との親和性は高い。コンプトンでストリート以外の道を、この作品の制作者であるレーベルのボス、トップ・ドッグやDr.ドレーに導かれ、ポジティヴな道に進んできたケンドリック・ラマー。次代の王として幼い時から統治者である父の背を追い続けた王子ティ・チャラ=ブラックパンサー。圧倒的な力を得てからの葛藤の末、いま為すべきことは何かを示したキングの決意表明ともいえるアルバムだ。(Text by 渡邉誠)
05. デヴィッド・バーン『American Utopia』(Text by 三浦智文)
ソロとして14年ぶりにリリースされた『American Utopia』。今作も、ファンクやワールドミュージックを、きわめて実験的かつシンプルに表現しきったデヴィット・バーン。65歳にして、衰えることのない開拓心には脱帽せざるを得ない。そんな今作は、表題の"Utopia(理想郷)"とは程遠い心象風景が、レトリックを用いながら描かれる。生きづらい世の中になってしまった、けれども自由を手にする方法はいくらだってある―。自身の心の内がつぶやかれるように、軽快なビートの上へと乗せられていく。なぜ彼は"Dystopia(暗黒社会)"を歌う必要があったのか。それは、昨今のアメリカを取り巻く社会情勢が、彼の創作に寄与したからなのかもしれない。(Text by 三浦智文)
06. トム・ミッシュ『Geography』(Text by 渡邉誠)
「地理学」というタイトルにもあるように、彼がいま踏みしめているものとそれを取り巻く環境を如実にあらわす作品となった。全編を通して吹き抜ける、乾いた爽やかな風のようなサウンドが心地いい。アメリカ西海岸を感じさせるが、ホームタウンはサウスロンドンに置いている。移民が数多く暮らすこの地域では、アフリカ音楽やカリブ音楽が流れ、同世代の好奇心溢れるHIPHOPやJAZZミュージシャンが集う。SSWであり、ビート・メーカーやプロデューサーとしてもこの地で積んだキャリアが、デヴュー・アルバムとは思えない多彩さと完成度の高いサウンドを生み出した。(Text by 渡邉誠)
07. アークティック・モンキーズ『Tranquility Base Hotel & Casino』(Text by 浅井彰仁)
今回、Arctic Monkeysが5年ぶりに発表した作品はかなりの野心作だ。1曲がアルバムのピースとなる映画のようなアルバムを作ったこと、サポートを加えながらも、安易な電子音を取り入れるのではなく、バンド・サウンドの延長線上のプロダクションであることなど、いまの時代へのカウンター性がある。だが、BPMを60〜70に落とし、ヘヴィなビートで音を鳴らしているのは現代らしい。アレックスは初期からヒップホップへの傾聴も公言しているので一貫性がある。「いま」を踏まえたうえで、その他大勢とは違うアイデアを提示してみせる彼らの姿勢は、ロックの可能性を広げてみせたと言えるのではないだろうか。(Text by 浅井彰仁)
08. ファーザー・ジョン・ミスティ『Gods Favorite Customer』(Text by 加藤孔紀)
前作では世の中への皮肉が高らかに歌い上げられたが、本作には顔を俯かせる内省さが潜む。「どんな写真にも文脈や背景がある」そう答える彼が初めてアートワークにポートレイトを、赤と青のライティングは二つのストーリーを表しているのか。アルバム前半「Mr.Tillman」にあるように彼は混乱の最中に、後半は自身の求めるものが何か問う冷静さを取り戻す。愛する人との良好ではない関係、その憂い。奇しくも彼の妻は写真家だ。妻への希求がある一方、そんな自身を俯瞰して表現する自作自演のアイロニーが同居している。(Text by 加藤孔紀)
09. カミラ・カベロ『Camila』(Text by 高久大輝)
カミラ・カベロ『Camila』
【収録曲】
1. Never Be the Same
2. All These Years
3. She Loves Control
4. Havana
5. Inside Out
6. Consequences
7. Real Friends
8. Something's Gotta Give
9. In the Dark
10. Into It
11. Never Be the Same [Radio Edit]
少女はチャンスを手にし、ステージの上で大衆を魅了したが、物語はここで終わらない。人気グループ、フィフス・ハーモニーを脱退して約1年、カミラのファースト・ソロとなる本作は全曲を自ら作詞。そしてキューバ生まれの彼女のルーツであるラテン音楽の上で踊るように歌う。そう、このアルバムには自らのアイデンティティと向き合い夢を掴む気高い女性の姿が刻まれている。各国のチャート上位にランクインしているのはそんな物語の続きを世界中が待ちわびていた証だろう。情熱的でときに切なさを纏った歌声で紡がれた、現代のシンデレラ・ストーリー。(Text by 高久大輝)
10. ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー『Age of』(Text by 杢谷栄里)
破壊され尽くした後に何が残るのか? それを問うている作品だ。バロック調の鍵盤楽器で穏やかに始まるが、不協和音や恐怖を感じるような金属音の挿入、温かみがありながらもノイズがかかる歌、穏やかさと激しさを行ったり来たりする様は、まるで、平穏な日常は徐々に崩壊していき、破壊が進むごとに穏やかな日々を思い出しているようだ。やがて、地球上には生命がいなくなり、荒野が広がるが、新しい生命が生まれることを示唆している。(Text by 杢谷栄里)