2018年、アメリカの音楽シーンで起きた劇的な変化──大和田俊之、渡辺志保に訊く(前半)
音楽評論家として活躍する岡村詩野のもと、音楽への造詣を深め「表現」の方法を学ぶ場、「岡村詩野音楽ライター講座」。12月15日に行われた10月期最終回では、大和田俊之氏(慶應義塾大学教授)、渡辺志保氏(音楽ライター)がゲスト講師として登壇。講師を務める岡村詩野を司会進行に『2018年、アメリカの音楽はどう深化したのか〜アメリカ音楽史の劇的な変化を現在のシーンに考察する』をテーマに、トーク・セッションを行いました。2018年を振り返り、そして現在のアメリカの音楽シーンを知るのに、これ以上ないトークとなったこの日の模様を公開。後半は後日公開となりますので、こちらも楽しみにお待ちください!
進行 : 岡村詩野
文&構成 : 鈴木雄希
大和田俊之
慶應義塾大学教授。専門はアメリカ文学、ポピュラー音楽研究。『アメリカ音楽史』(講談社)で第33回サントリー学芸賞受賞。他に、長谷川町蔵との共著『文化系のためのヒップホップ入門1、2』(アルテスパブリッシング)、栗原裕一郎編著『村上春樹の100曲』(立東舎)、磯部涼、吉田雅史との共著『ラップは何を映しているのか』(毎日新聞出版)、細川周平編著『民謡からみた世界音楽』(ミネルヴァ書房)などがある。
大和田俊之 Twitter : https://twitter.com/adawho
渡辺志保
音楽ライター。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。block.fm「INSIDE OUT」を始め、ラジオMCとしても活躍中。
渡辺志保 Twitter : https://twitter.com/shiho_wk
次のフェーズに突入した2018年のベスト・ディスク
──本日は大和田俊之さんと渡辺志保さんをゲスト・スピーカーにお迎えし、2018年の洋楽を中心にお話をお伺いできればと思っております。よろしくお願いします。まず、お二方とみなさんのお手元に、洋楽主要音楽メディアによる年間ベスト・アルバムの上位5作品をまとめた資料をお配りしましたが、こちらを参考にしていただきながら、まず雑感を伺いたいと思います。今年の傾向や特徴をどのように感じていらっしゃいますか?
大和田 : 僕は毎年年末に、ピッチフォークとビルボードのベスト20枚について考察する授業をしていて。ビルボードを基準点としてみると、それぞれのメディアの距離が見えると思うんです。今年のビルボードのベスト・アルバムは、テイラー・スウィフト『REPUTATION』とドレイク『SCORPION』、ポスト・マローン『BEERBONGS & BENTLEYS』だったんですね。今年はここ何年かに比べると、いわゆる音楽誌系のメディアのランキングからブラック・ミュージックが減った気がしますね。
渡辺 : 私の主観としては、こういうメディアでブラック・ミュージック、ヒップホップ、R&Bがワーッと取り上げられたのが、2015年くらいかなという印象です。いままでヒップホップに冷たかったピッチフォークやローリング・ストーンのようなメディアが、そういった音楽を取り上げはじめたんですよね。なので個人的には2018年のベストというのは、また次のフェーズに向かっているのかなと思います。
大和田 : そうですね、去年はピッチフォークのベスト・ソングで、カーディ・Bが1位を勝ち取ったのはびっくりしました。MeTooと絡めての活躍はシンボリックでしたね。そういう意味で、今年ピッチフォークのベスト・アルバムで1位を取ったミツキはすごいですよ。アルバム『Be The Cowboy』は僕もよく聴きました。
──なるほど。では、やや現在の目線から振り返っていただいて、2015年にブラック・ミュージックやヒップホップがピークを迎えるような傾向になった背景には何があったとお考えですか?
渡辺 : ヒップホップに軸を置くと、ヒップホップはストリーミング・サービスと非常に相性のいいジャンルなんです。フックがすごくシンプルなので、その部分だけを切り取ってインスタグラムやツイッターに載せる人が出てきたように、とてもデジタル・フレンドリーな音楽なんですね。もともとヒップホップやダンス・ミュージックは、端的に言うとラップトップ1台で1曲完成させてレコーディングもビデオも作ることができる音楽ジャンル。だからどんどん曲を作って、アーティスト自身がストリーミング・サイトにアップロードするということが起きてくるんです。そういったこともあって、ストリーミング・チャートはヒップホップが席巻している状態になっているかなと思いますね。
大和田 : アメリカって日本以上に音楽好きのインディー精神というのが非常に根強いんですね。まず第一に、そういうアメリカの音楽好きは基本的にビルボードのチャートに載っているような音楽は聴かない。これまでブラック・ミュージックもある種マイナーな音楽だったからピッチフォークも取り上げていたけれど、いまはヒップホップやR&Bがいちばん大きいジャンルになってきている。そうなると、そういう音楽がポップスになるんですね。なので今度は、これまでブラック・ミュージックを聴いていた音楽好きが、ヒップホップなどを聴かなくなってくるという雰囲気もあるのかなと思います。
次世代の女性アーティストの台頭
──今年の主要メディアのベスト・アルバムではブラック・ミュージックの順位が上がらなかったのは、先述の理由以外にも、そもそもそれに見合った作品が少なかったということでしょうか?
渡辺 : いや、そんなことはございません! ただ、ヒップホップのアーティストは、アルバムを出すことにそんなに注力をしていないアーティストも多い。若手はシングルやEPに力を入れているし。そういうこともあって、アルバムはランキングには入っていないのかな、と。先ほどお話ししたように、彼らは曲ができた段階で「よっしゃ、Spotifyにあげるぞ!」という感じリリースをして、代謝がめちゃめちゃいいんですよね。2、3年かけてじっくりと完成度の高いアルバムを作るアーティストというのは、徐々に減っていると思います。
大和田 : その傾向はどんどん加速していますよね。
渡辺 : そうなんですよ。やっぱり楽曲単位で楽しむ傾向にどんどんなっているんですね。なので若いラッパーは、リリースをするにしてもEPでのリリースなんです。
──楽曲単位というところだとローリング・ストーンのベスト・ソング1位は、ドレイクの「In My Feelings」ですね。
大和田 : 曲に合わせて踊る「In My Feelings」チャレンジというのがあって世界中で流行ったんですよ。車を走らせたまま助手席から降りて「In My Feelings」で踊って、もう1回車に戻るということをする人もいて。なぜこれが世界中で流行ったのかまったく意味がわかりませんが(笑)。
渡辺 : ウィル・スミスは橋の上からやっていましたね(笑)。
──2位はレディー・ガガ&ブラッドリー・クーパー「Shallow」、3位はカーディ・B「I Like It」でした。
大和田 : カーディ・Bにも象徴されますが、今年はラップのラテン化がすごかったですね。
渡辺 : それには去年のカミラ・カベロの大ヒットなども大きな影響があると思いますね。
──一方でピッチフォークのベスト・ソングは1位がThe 1975「Love It If We Made It」、2位がロビン「Honey」、3位がロザリア「Malamente (Cap.1: Augurio)」です。
渡辺 : やはり、ピッチフォークは見ている角度がぜんぜん違いますね(笑)。
──その「違う」というのは?
渡辺 : 先ほど大和田さんもおっしゃっていたような、「みんなとは違う角度で音楽を聴いています!」という感じが……。そもそも、世界中の音楽好きなリスナーにはそういう感じがあると思いますけど、その最たるものがピッチフォークだな、と(笑)。
──他に2018年で感じていた部分はありますか?
渡辺 : ジャネール・モネイの『Dirty Computer』がNYタイムズの1位になったり、グラミー賞にもノミネートされていたりして、私は女性の個性的な作品が非常に注目された1年だったかなと思います。セールスに関係なく、彼女がなぜこのようなアルバムをリリースするのか、というバックグラウンドに重きを置いた結果だと思いますね。それは個人的にも勇気をもらえたことでした。
──たしかに民族関係なく、いろんなバックボーンを持つ、様々なスタイルの女性たちがランキングの上位に来ていますよね。もちろんここ最近急に始まったものではありませんが、特に今年女性アーティストが高く評価されたのは他に何か要因はあると思いますか?
渡辺 : トランプ政権が発足したのが2017年の1月。そこからMe Tooの盛り上がりなどもあって、女性たちが「この危機的状況を作品にしなくては」と動いて、実際に作品として世に出たのが2018年だったのかなと。
──たとえば2016年にアルバムをリリースしたビヨンセやソランジュ以降の流れというのは、どのような形で出ているのでしょうか?
渡辺 : うーん、わからないですけど、ビヨンセ『Lemonade』とソランジュ『A Seat at the Table』もすごくフェミニズムというか、女性がドミネートする社会を暗示していたアルバムだったと思うんです。それを受けて黒人女性やマイノリティーの女性が「こういうことを発信してもいいんだ」という空気感になった感じはあると思いますね。
──ブラック・ミュージック以外でもケイシー・マスグレイヴスやミツキなど、かなり広いジャンルで次世代の女性アーティストが注目を集めた印象がありますよね。
大和田 : 今年はケイシー・マスグレイヴスがすごい特徴的だったと思うんです。「カントリーはダサくておっさんが聴く音楽だ」と思われていたものが、最近は若者が聴く音楽、しかも音楽好きが認める音楽としてカントリーが定着してきていますね。
2019年以降のヒップホップ・シーン
──Album Of The Year(https://www.albumoftheyear.org/list/summary/2018)というサイトで各媒体のランキングを集計したものが見れるのですが、1位はジャネール・モネイなんです。つまり平均して最も高く評価されたのがジャネール・モネイだと。そのほかにも上位にランクインしているのはミツキ、ケイシー・マスグレイヴス、カーディー・B…… 女性が目立ちますね。
大和田 : 個人的にずっと思っていたことなんですけど、ジャネール・モネイの音楽は、ブラック・ミュージックのど真ん中の音ではないんですよね。評価されているけど、流行りのサウンドというわけではない。
渡辺 : 『Dirty Computer』までのアルバムは、自分の頭の中のSFファンタジーのような世界観が綿密なシナリオのもとに描かれたものだったんです。彼女はもともとはカンザスの出身なんですが、音楽の修行のためにアトランタに行ったんですね。そこでアウトキャストのメンバーだったビッグ・ボーイなどに可愛がられて初期のキャリアを培った。アウトキャストもど真ん中のブラック・ミュージックのサウンドというよりは、より広くいろんなエッセンスを取り入れた音楽性であるということを考えると、ジャネール・モネイの音楽性にも合点が行きますね。
──そのほかにこのランキングを見て気になる作品などはありますか?
渡辺 : 6位にプシャ・T『Daytona』が入っているのがいいですね。
大和田 : プシャはビーフの強さでも目立ちましたね。
渡辺 : このアルバムや、一連のカニエ関連作が出たタイミングで、私はちょうどアメリカにいたんです。プシャ・Tがドレイクへのアンサーソングを出した日は、その日の昼からその話しかしない感じもあって。
──現地では具体的にどのような話で盛り上がっていたのですか?
渡辺 : 「このラインがやばい」とか、「これはラップなのか、ただのゴシップなのか」みたいな感じでした。このアルバムは7曲すべてカニエ・ウェストがプロデュースをしているんですが、明らかにドレイクのことをディスっている曲が最後に入っていて。いまアメリカやカナダでは、ドレイクの音楽はラップではなくてポップスとして聴かれているんです。プシャ・Tの「プシャ」は、もともと“お薬”を売買する人のことを言うので、そんな生粋のハスラーからしたら、「ドレイクはおぼっちゃまだ」という感じもあり、もともとすごく仲が悪いんですよね。
──対照的な存在ということですね。
渡辺 : 『Daytona』の中にも痛烈にドレイクのことをディスった曲が入っていた。その翌々日に、それに反撃する形でドレイクがシングルをリリースしたんです。そしたら、その翌日にまたプシャ・Tがアンサーしてディス曲「The Story of Adidon」を出したんですね。その曲では、昔ドレイクがしていたブラックフェイス(顔を黒塗りにしてシューティングに参加)だったり、隠し子問題だったり、ドレイクがいちばん突かれたくないことを言っていて。本当に殺傷能力の高いものだったんですよ。
大和田 : あれは用意していたものなのかな。容赦なく叩きのめした感じだったよね。
渡辺 : 「The Story of Adidon」がリリースされた翌日に、私はちょうどブルックリンの外れに行っていたんですが、話をするとみんなその「The Story of Adidon」の話をしているんですね。
大和田 : みんなやっぱりプシャ・T側なんですか? それとも「さすがにドレイクかわいそうだよ」みたいな人もいるんですか?
渡辺 : いや、そこにいた人たちはみんな「プシャ・Tやばいっしょ」って感じ。そういう話が曲がリリースされた6時間後くらいにされていて、「うらやましい環境だなあ」と思いました。
大和田 : 僕はドレイクかわいそうだな〜と思っていましたよ(笑)。
渡辺 : それがヒップホップのおもしろいところではあるんですけど、今年はそうした騒動が行きすぎて、実際に若いラッパーが命を落とすこともありました。先ほども言ったように、ソーシャルメディアとの相性がいい音楽ではあるのですが、いまそれが臨界点に達しているんですよね。双方がエスカレートしすぎて、「音楽としてなにがすばらしいのか」と言う部分が損なわれてしまっている状態にもなっていると思うので、2019年以降はヒップホップとその周りのカルチャーのマップは変わってくるのではないかと思っています。
──具体的にどう変わっていくと思っていますか?
渡辺 : うーん、どう変わるんだろう……。ひとつ例をあげると、XXXテンタシオンという若いラッパーが強盗に撃たれて命を落としてしまいました。インターネット上で炎上することをトロールと言うのですが、彼はトロールが非常に多かったんですよ。それがどんどんエスカレートしてしまって、エクストリームなことが重なって命を落としてしまった。XXXテンタシオン以外にも2017年、2018年には、若いラッパーが命を落としてしまったということがありました。なので、アメリカのヒップホップのメディアとかでも、そういったアーティストのアーティスト性やクリエイティヴィティとどのように向き合えばいいのか、と言うことが議論に上がっているんですね。なので2019年のヒップホップ・シーンは、音楽に対する論評のポイントや観点が変わっていくのではないかと思っています。