先輩たちのことを尊敬しつつ、自分の歌詞にも誇りを持ってます
──今作の歌詞にはどんな思いを込めましたか?
伊東 : 実は今回、1番と2番では描いている景色が全く違うもので。1番では、この『ディープインサニティ』という作品から着想を得た”自己犠牲”というキーワードをもとに描いてるんです。そして2番では視点を伊東歌詞太郎自身に移してます。歌詞を書いたのが新宿だったんですけど、ふと街並を眺めながら今自分が生きてるこの都会やこの足元の地面っていうのは、色々な犠牲のもとに成り立っているんだなと感じて。いま、ここに見えている人たちや風景は、様々な紆余曲折があって存在してるんだ、だったら今を生きるみんなが救われてほしいな、という気持ちになったんです。そんな思いを素直に今作の歌詞に込めました。
──イントロのサウンドが幻想的で美しいと感じました。サウンド面でのこだわりを教えてください。
伊東 : 物語の後半で描かれるものに比べれば始めの方の回はライトなので、そういう時には余韻として楽しめるものにしつつ、後半のシリアスな回では気分を和らげるようなものにしたかったんです。アニメを1話だけ観た時の印象と、最後まで観た時の印象が全然違うものにしたくて。それプラス、フルで聴くとまた印象の違う曲になるように、1番と2番でアレンジを変えました。1番はリズムを際立たせないようにしたり、1サビにあえてピークを持っていかないようにして、2番以降でサウンド・アレンジが変わり、風景が広がっていくようなイメージで展開させてます。
──アニメの主人公の時雨・ダニエル・魁君が「ヒーローになりたい」というシンプルな理由で厳しい世界に飛び込みますよね。伊東さんご自身には、そういったヒーロー願望はありますか?
伊東 : 一切ないんですよね。物心ついた頃から根拠のない自信と未来予想だけがあって、自分は絶対に歌を歌っていく人間だっていうのがずっと変わってないから、なにかのヒーローになりたいとかは考えたことがないんです。両親もつまらなかったと思いますよ、ウルトラマンになりたいみたいなことが全くなかったので(笑)。
──逆に伊東さんが憧れるアーティストは?
伊東 : 憧れてる人もいないんです。でも尊敬してる人はいっぱいますね。羨ましいとか嫉妬みたいな。例えば森山直太朗さんがデビューした時に、地声から裏声にスムーズに変えるあの技術にはめちゃくちゃ嫉妬させられました。当時の自分はできなかったんです。それで毎日歌い方を真似して、いまでは自分も地声から裏声にシームレスに変化できるようになったんですけど。他にも良い歌詞書く人とかたくさんいるじゃないですか。でもそれって憧れじゃなくて尊敬なんですよね。
──なるほど。では作詞面で尊敬している方はいますか?
伊東 : 人生で一番衝撃を受けた歌詞が草野マサムネさんが書いた
「バスの揺れ方で人生の意味が 解った日曜日」
(スピッツ「運命の人」より)
伊東 : これなんです。もうね、うわー!となって。一見すると意味が分からない。「人生の意味が解った」なんてちょっと大袈裟に聞こえるじゃないですか。でも、日曜日にバスに揺られた経験は誰にだってあると思うんです。それで、たとえいままでこういう経験がなかったとしても、なんとなくあるような気がするな、誰しもがそういう気持ちになる瞬間ってあるかもしれないな、と思わされたんですよね。なんだこの感覚はと。つまり辻褄が合ってるとか、時系列が正しいとか、言葉が伝わりやすいとか、芸術ってそういうレベルの話じゃないんだと。当時学生だった僕は、この一行にそうしたアートに対する真理みたいなものを痛感させられて、殴られたような衝撃を受けました。それまでもスピッツの歌詞って良いよねくらいには思ってたんですけど、改めて全部ちゃんと読み返してみると他にも素晴らしいフレーズがたくさんあって。ライブにもよく行かせていただくんですけど、文章だけを朗読すると意味がよく分からなくても、草野さんの歌声とメロディが合わさることで腑に落ちることが多々あって。それってアートという非合理の世界では辻褄が合ってるってことだと思うんです。
──スピッツは独特な歌詞が多いですよね。
伊東 : 他にも良い歌詞を書く人はたくさんいて、例えば僕が座右の銘を聞かれた時によく答えるのが
「キミの夢が叶うのは 誰かのおかげじゃないぜ」
(the pillows「Funny Bunny」より)
伊東 : これは山中さわおさんが書いた歌詞なんですけど、これにも衝撃を受けました。山中さんは当時、同期のMr.Childrenやスピッツが売れていくのが耐えられなかったそうなんです。このフレーズには、そんな山中さんが一周回って大人になったような、懐の大きさを感じられて好きなんです。それに対してミスチルの桜井さんは、逆に売れてしまってがんじがらめになった自分は音楽を作るのが辛いと悩んでて。それで、the pillowsの山中さんに向けて曲を書くわけです。
「転んだ時だけ 気付く混凝土の固さ 失って寂しくって 歌うあの日のLove song」
(Mr.Children「Prism」より)
伊東 : こんな曲を送るんだって思うじゃないですか。
──すごい歌詞ですね(笑)。
伊東 : でもそういう関係性なんですよね。
──3人とも世代も近いですしね。
伊東 : この3人って、J-POP界の巨人だと思うんです。今でも心から尊敬してる3人ですね。あとはサザンの桑田佳祐さんのこれもすごい。
「マイナス100度の太陽みたいに 身体を湿らす恋をして」
(サザンオールスターズ「真夏の果実」より)
伊東 : もうこれ以上ないですよね。何もかもが伝わってくる。まだまだありますよ。
「夏の星座にぶらさがって 上から花火を見下ろして」
(aiko「花火」より)
伊東 : こんなロマンチックな歌詞、他にありますかみたいな。こういう感じで好きな歌詞はたくさんあります。でもそれは憧れではなくて尊敬なんです。いつか自分もこういう作品に並ぶような歌詞を書くつもりだし、なんならいままで書いてきた曲たちも全部そういうつもりで世に出してます。なので、こういうJ-POP界の先輩たちのことを尊敬しつつ、自分の歌詞にも誇りを持ってますね。