CROSS REVIEW 1 『THE ZOMBIE』
『ジ・エンドの果てに現れたのはザ・ゾンビだった。』
Text by 南波一海
ジ・エンドの果てに現れたのはザ・ゾンビだった。
これはもちろんアイナ・ジ・エンドのソロアルバムのタイトルのこと。ファースト『THE END』のあとはセカンド『THE ZOMBIE』。ふたつのタイトルにはなんの関連性もないのかもしれないが、それでもやはり、2021年にこうしたタイトルがあしらわれた2作が続けて出たことの意義みたいなものは考えてしまう。
『THE ZOMBIE』というタイトルは、いまの(正確に書くなら少し前の、そしておそらくはこれから少し後の)気分にぴたりと当てはまる言葉だと思う。この2年近く、私たちは思いもよらない形で孤独を余儀なくされ、生きてはいるけれど生きた心地のしないような、まさしくゾンビにでもなったような時間を過ごしてきた。
アルバムを再生してみると、ノンビートのインスト「ZB1」を経て聞こえてきたのは、“ワンワンワン ワンワンワワン”と歌いまくる楽しいコーラスだった。先行のEP『DEAD HAPPY』にも収録されていた、スウィング歌謡調のバックに野良犬の気持ちを表現する「ZOKINGDOG」である。自分は勝手に『THE END』に連なり、むしろそれよりも重いムードを孕んだものが次々と投げかけられる予想をしていたのだが、どうやらそれは見当違いだったようだ。パッと聴きの印象としては、とても明るい。
前作と比較しよう。『THE END』は亀田誠治が1曲をのぞいてすべての編曲を手掛け、時勢に合わせて多くの部分がリモートで作られていった。一方の『THE ZOMBIE』はというと、クレジットされているアレンジャーは前作からの亀田、関口シンゴのほか、加藤隆志、Giorgio Blaise Givvn、AxSxE、Shin Sakiura、河野圭、Massive Wが名を連ねており、新たな変化をつけようとしていることは明らかだ。また、アイナが近しい仲間とデモを作り上げたのちに各アレンジャーの手に渡っていったことや、バックのレコーディングに立ち会えたことなどから、自身のヴィジョンがより反映されたものに仕上がっていった。『THE END』から『THE ZOMBIE』までのリリース期間はたった9ヶ月しか空いていないものの、その制作プロセスの違いは随分と大きい。
アレンジャーが多彩になれば、内容は自ずとカラフルになる。「Sweet Boogie」の煌びやかなシンセと軽やかな歌唱、「はっぴーばーすでー」のJ-POP然とした明るさ、「彼と私の本棚」の音の隙間から抽出されるファンクネスなどは、前作にはなかったアプローチだろう。というか、似たようなトーンの曲が一切ない。しかし、だからと言って全体にとっ散らかった印象を感じることもない。それはアイナ・ジ・エンドという、一秒でも聴けばその人の声だとわかる、日本中を見渡しても飛び抜けて記名性の高い歌唱がそうさせているからにほかならない。ここには、一曲ごとにガラリと表情を変えながらも、アイナ・ジ・エンドのそれとしか言いようのない歌声が全編に渡って刻まれている。
歌詞の内容に目を向けると、彩り鮮やかな曲調と歩を合わせるように前作よりも振り切ったような開放感があちこちで確認できる。しかしながら、聴き進めていくと、ところどころで“化け物の 見せられない所 魅せてほら”(「ロマンスの血」)のような隠し切れない狂気、“変わりゆく日々 過ぎ去る記憶 あなた無しでも 生活をしてる”(「神様」)、“ぼくらがいるせかい ひとりだ ひとりだ”(はっぴーばーすでー)といった寂寥感も顔を覗かせる。明るさ一辺倒というわけではないのだ。
『THE END』はどこまでもパーソナルで、先の見えないほの暗さがどこかにあった。『THE ZOMBIE』には、それでも人生を続けるのだという開き直ったような明るさと、しかしどうしても滲んでしまう寂しさが宿っている。このポジティヴさと不安のようなものの自然な同居は、『THE ZOMBIE』の核となるところではないかと思うし、暮れも迫る2021年終盤の世の中のムードそのものを掬い取ったもののように感じている。
不思議なほどに時代の空気を読み取って作品を作り上げてしまう人がいるが、いまのアイナはそういうことなのだと思う。『THE END』がそうであるように、この先『THE ZOMBIE』を聴くたびに、2021年の終わり頃はこんな感じの気分だったよなと思い出すのだろう。
ジ・エンドの果てに現れたのはザ・ゾンビだった。終わりは終わりではなく、その次に半死半生のゾンビが現れたということは、その先の展開もきっとあるということ。だから『THE ZOMBIE』は、希望の兆しである。
南波一海
1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.1 アイドル三十六房編」や「JAPAN IDOL FILE」シリーズなど、コンピレーションCDも監修。