新作『One Day Calypso』が特典付きで配信開始!
前作『Alfred Beach Sandal』を聴きながら、歌詞で歌われる「エイブラハム」や「中国」という言葉を無視し、3年前にベトナムへ行ったことを思い出していた。一台のスクーターに5、6人が乗り「それ歩いた方が速いんじゃ」という速度で走る。排気ガスと湿気がまじって肌に貼りつく。そんなホーチミンの道路の真ん中で、自分が旅行に来ているのを忘れ「よくわかんない場所だな、ここはどこだ? こんな場所本当にあるのか? 」と、変な気分になった。その見知らぬ異国へ放り出された感覚は、彼の音楽の中にもある。
そして今回リリースされる『One Day Calypso』は、前作の一人での弾き語り音源とは打って変わって、ゲスト・ミュージシャンを5人迎え賑やかな内容になっている。曲名だけ見れば前作と重複しているが、全く別の曲と考えてもらっていい。ある夜の即興セッションを切り取ったかのように、変拍子ドラム、スティールパン、サックスたちが自由に踊る。かつ、前作にあった砂っぽくもしっとりとした空気も健在だ。Alfred Beach Sandalこと北里彰久の音楽家としての奥深さを十分に堪能できる一枚になっている。彼の作る音楽の背景にはどんな原体験があるのか、話を伺った。
インタビュー&文 : 水嶋美和
新作が到着! 全10曲の物語が描かれています。
Alfred Beach Sandal / One Day Calypso
ライヴ会場と一部店舗限定の発売ながら好セールスを記録した自主音源『Alfred Beach Sandal』に続くファースト・アルバム。ガットギターでつま弾かれるブルージーなポップ・ソング集。
【参加アーティスト】
MC.sirafu(片想い、cero)、一樂誉志幸(FRATENN)、伴瀬朝彦(アナホールクラブバンド、ホライズン山下宅急便)、遠藤里美(真っ黒毛ぼっくす、片想い、アナホールクラブバンド、etc / アルトサックス)、川松桐子(真っ黒毛ぼっくす、etc /トロンボーン)
【特典】
アルバム購入者には、歌詞カードが付いてきます!
北里彰久 INTERVIEW
——噂で聞いたのですが、この「カリブ海のキャプテン・ビーフハート」というキャッチ・コピーを考えたのはシャムキャッツの夏目(知幸)くん?
そう。僕のライヴを見た後に夏目がそう言って来て、それをそのままキャッチ・コピーにさせてもらいました。
——いいキャッチですよね。Alfred Beach Sandalはいつもどこでライヴをしているんですか?
元々はMOXA DELTAというバンドを組んでいて、その頃は主に高円寺の円盤でライヴをしていました。解散して一人になってから八丁堀の七針にも出るようになって、そこでOono Yuukiくん、王舟やmmmちゃん、フジワラサトシくんなんかと仲良くなって、その流れで下北沢の440にも出るようになって、夏目とはそこで出会いました。そのうちあっちゃこっちゃに出るようになって、今に至るという感じです。
——MOXA DELTAの方はもう活動してないんですか?
してないですね。二十歳ぐらいに結成したんですけど、僕以外の2人は音楽へのモチベーションがあまり高くなく、だらだらとライヴしたり練習したりしていたので特に活動が軌道に乗ることも無く、表立ってちゃんと活動休止宣言をすることもなく、ぬるっと終わりました。
——北里さんはMOXA DELTAでもっと上まで行きたかった?
行けたらいいなとは思ってましたけど、無理矢理やらせるのも良くないですしね。でも、やる気のない奴の集まりにしか作れない様な雰囲気の音楽だったし、自主で2枚出して記録も残せたから、あれはあれで良かったんだと思います。個人的にはすごく思い入れの強いバンドですね。
——そこから一人でAlfred Beach Sandalを始めたのはいつ頃?
2009年だから2年前、23歳の時ですね。
——その年に全編弾き語りの『Alfred Beach Sandal』をCDRで出して、今作ではゲスト・ミュージシャン5人を招いて再びバンド形態で演奏していますよね。彼らとはどういうきっかけで出会ったんでしょうか?
2009年の冬に円盤でアナホールクラブバンドと対バンした時に、店長の田口さんの無茶ぶりでドラムのよっちゃん(一樂誉志幸)と一緒にライヴすることになって、それが結構面白かったんですよ。そこからたまに一緒に演奏するようになって、その後とんちれこーど(アナホールクラブバンドも所属する武蔵野音楽集団。他に片想い、ホライズン山下宅配便、倉林哲也らが関わっている)繋がりでスティールパンのMC.sirafuさんとも一緒にやるようになって、そのトリオでちょこちょこライヴするようになったんです。で、MC.sirafuさんの予定が合わない時に伴瀬朝彦さんにピアノとギターで入ってもらったら、それはそれですごく良くてこのパターンでもライヴするようになって。あとはアナホールクラブバンドでサックスを吹いているえんちゃん(遠藤里美)に今回アルバムの一曲のホーン・アレンジを相談したんですけど、その時にトロンボーンの川松桐子さんを紹介してもらいました。
——何か、ドラクエみたいですね(笑)。徐々にパーティが増えていく感じが。
そう、本当そんな感じ。その時々で都合が合う人を集めるんで、編成は毎回かなり変則的なんです。
——演奏自体も変拍子が多く、遊びの要素が強いですね。バンド・サウンドというよりある一夜のセッションを録音した感じ。前作のデモ音源と同じタイトルの曲もあるんだけど、印象が全く違って驚きました。
ライヴによって毎回編成が変わるので、決まった音が無いんですよ。でもなるべく色んなパターンを残しておきたかったので。もう少しバンド・サウンドっぽいものは次の作品で出そうと思っています。
勘違いから始めるしかない
——北里さんが音楽を始めたのはいつ頃ですか?
おじいちゃんのガット・ギターが家の物置にあって、それをもらってぽろぽろと弾き始めたのが中1の頃でした。でも中学生にとってクラシック・ギターって、おしゃれじゃないじゃないですか(笑)。それでお年玉でエレキ・ギターを買ったのが中2ですね。
——バンドは組みました?
いや、ただずっと家で弾いているだけで、練習らしい練習も特に何もしませんでした。
——楽器というよりおもちゃみたいな感覚ですかね?
うん、そんな感じ。ミュージシャンのインタビューとかではよく「ギター触りたての時は楽しくて一日10時間練習した」って書いてあるけど、俺は2時間できつかった(笑)。
——中学生の頃は他にももっと楽しい事がたくさんありますしね。
別に無かったんですけどね(笑)。
——そっか(笑)。北里さんは普段どういう音楽を聴いているんですか?
それこそキャプテン・ビーフハートは大好きだし、あとSly & The Family Stone、Sun Raですね。Sun Raは黒人のビッグ・バンドをやっている人で、お抱えのメンバーがたくさん居て、みんなで共同生活しているんです。膨大な数の作品を出していて、それごとに全然内容が違っていて、フリー・ジャズでカオティックなものもあれば、ファンクなものもあるし、すごい退屈な作品もあれば奇跡的な作品もあるんです。かつ、自分のことを「私は土星人だ」って言っている人で(笑)。
——(笑)。色々と興味深い人ですね。今作は前作よりも『One Day Calypso』は黒人音楽の要素が濃いですよね。
基本的に黒人音楽が好きなんです。面白いリズムが多いんですよね。
——カリプソって、言葉を使えないアフリカ人奴隷がお互いにコミュニケーションをとるために音楽を使ったのが起源なんですね。時代背景が深くて面白いなと。
へー。
——知っててタイトルに付けた訳じゃないんですね(笑)。
はい(笑)。ブルースも抑圧された黒人の文化の中から生まれましたよね。やっぱり黒人の歴史的な境遇って、酷いものがあるじゃないですか。
——中学校の世界史の教科書で「奴隷船」の図を見た時、冗談かと思いましたよね。
そう。黒人音楽にはそういう歴史があるんだけど、僕は日本でぬくぬくと育ったので、当たり前だけど同じような歴史は無いんです。だから勘違いから始めるしかない。どんなに黒人音楽が好きでたくさん聴いていても、なにかを共有できるわけじゃないし現実感も湧かないんです。テレビの中の世界に憧れている感じ。この距離感を音楽でやれれば一番いいなと思っています。「世界ふしぎ発見!」を見ている感じですね。
——あー! 私もすごく好きです。
俺も小学校の頃からずっと見てて、すごく好き! 面白いですよね。
——異国の日常風景を淡々と映しているテレビがあって、その中で普通のおばちゃんが市場で魚を買っている姿が映ると、「ああ、ここにも生活してる人が居るんだな」と思う。すると胸がじわっとするんですよね。私にとってAlfred Beach Sandalを聴くのって、その感覚に近いんです。
まさしくそういう感じ。そのじわっとぐらいに留めておくのが一番いいと思うんです。一人でやり始めて、最初はもっと抽象的なことを並べた歌詞だったんですけど、後で聴き返してみると面白くなかったんです。自分にはもっと言葉で伝える方がしっくりくるんだなと思ったんだけど、あんまり説明的になりすぎてもダサいじゃないですか。だから、百科事典のように淡々と事実だけを並べて、まとめてみると何となく一貫した話や風景が見える、そういうのが良いなと思って、今のような形になりました。
アルバムの為に作った曲はない
——「エイブラハムの髭占い」「中国のシャンプー」「南部」「US&A」「メキシコ生まれの甥っ子」と色んな国が登場しますが、北里さん自身、海外旅行はお好きですか?
ヨーロッパの方は行ったことあるけど、旅行が好きという訳ではないです。
——家の中でテレビを見るぐらいがちょうどいいんですね。
実際に目で見て知ってる場所には興味が湧かないんですよ。何かよくわからない場所に憧れを持っている感じがいいんです。
——憧れといえば、「US&A」はアメリカン・ドリームのぺらっぺらですかすかな感じがすごく出てて、気持ちよかったです(笑)。他の曲は風景の中に入り込んで、目に映るものを並べていく感じだけど、この曲だけ目線が違うなと思いました。
アメリカって考えた時に、軽い事しか思いつかなかったんです(笑)。
——曲はどういう時に考えてますか?
テレビ見ながら作ることが多いですね。あと電車乗りながらとか、風呂入りながらとか。
——そこで生まれた曲が「中国のシャンプー」。
じゃ、ないです(笑)。大体何かしらしてる時、音楽のことを考えてない時に作り始めることが多いです。
——このアルバムの中で一番古い曲はどれですか?
MOXA DELTAの時におふざけで作った「Mountain Boys」ですね。元々は、もっとへろへろのラップだったのを無理矢理歌にしました。
——では逆に、一番最近に作ったのは?
「南部」かな。去年の夏か秋かに作りました。
——それでも結構古いですね。
ある程度ライヴで何度もやってきた曲をアルバムにしたという感じなので、このアルバムのために作った曲は無いんです。
——北里さんにとってアルバムは、作品を作るというよりも記録を残していく感覚なんですね。あと、Twitterで拝見したんですけど、ソウルのカフェに前作のCDRを置き始めたとのことですが、これはどういう経緯で?
Curly Solというお店なんですけど、そのお店のマスターが一時日本に滞在していた時に円盤で俺のCDRを買って、気に入って聴いていてくれたみたいなんですよ。ソウルにはまだ円盤のような面白くて珍しいインディーやアンダーグラウンドの音楽を扱っているお店が少ないらしく、そういうお店を自分で作りたいからAlfred Beach Sandalも置かせてくれないか? とメールが来ました。
——ソウルの音楽シーンって今どういう状況なんでしょうね。
うーん、全然知らないです。すごく興味ありますけど。
——韓国で演奏する予定は無いんですか? Alfred Beach Sandalのような日本視点の異国情緒を歌うアーティストが、実際に異国の地で歌って向こうの人からどういう風に見られるのか、気になります。
Curly Solのマスターには行きたいなーってメールしたんですけどね。海外でライヴしてみたいです。
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PROFILE
Alfred Beach Sundal
カリブ海のキャプテン・ビーフハート? Alfred Beach Sandal=北里彰久のソロ・プロジェクト。前身バンド「MOXA DELTA(モグサ・デルタ)」のソング・ライター兼ギター・ボーカルとして活動を行った後、2009年頃からソロ名義での活動を開始。現在は都内を中心に、その都度編成のことなるフリー・フォームなソロ・ユニットとして、ライヴを中心とした活動を行っている。また、正規流通盤前にも関わらず、トクマルシューゴが2010年のベストのひとつとして名前を挙げたほか、音楽ライターの磯部涼も注目するアーティストと公言するなど、徐々に評価を高めてきている。