
パジャマを着て、あぐらを組んだ足にアコースティック・ギターを置き、お風呂上がりなのか濡れたままの髪で肩から下だけを映し、自分の部屋で弾き語りを始める女の子。7月には本名の山根万理奈としてメジャー・デビューが決定している彼女は、YouTube上では投稿者7208133の山音まーとして活動をしている。この2年で60曲以上の自身の弾き語り動画をアップし続け、その再生回数は現在236万PVを越えている。顔を出さないミステリアスさか、部屋の中で完結している動画の閉じた空間か。彼女の人気の理由はそんな目新しさや珍しさではない。とにかく声が素晴らしいのだ。これまで彼女が投稿した60曲のうち、そのほとんどがカヴァー曲。今、カヴァーという名のコピーが市場に蔓延しているが、本来あるべきカヴァーとは原曲を食ってこそだろう。そして山音は、YUI、Mr.Children、中島みゆき、スピッツ、AKB48、SPEEDなどの原曲を見事に取り込み、自分のものにしている。それも、ギターと声だけで。そんな彼女が今作『人のオンガクを笑うな! 』で新しくカヴァーしたのが、初音ミクなどで知られるボーカロイドの楽曲たち。彼女の声の素晴らしさは、透き通る声と一緒にもれる感情的な息遣いにある。音声合成ソフトを使って作られたデジタルな楽曲を、彼女はどのように歌いあげたのだろうか。「山根万理奈」と「山音まー」、2人の女の子にじっくりと話を伺った。
(インタビュー & 文 : 水嶋美和)
山音まー / 人のオンガクを笑うな!
YouTube上で総再生回数250万回を超え、ヤマネ現象を巻き起こした山音まー。ニコニコ動画内で人気のボカロ楽曲をCOVERしたmini Album 『人のオンガクを笑うな! 』をOTOTOYでHQD配信開始!
【Track List】
1. 歌に形はないけれど / 2. きみがすき / 3. メランコリック / 4. わんわんお、にゃんにゃんお
5. すすすす、すき、だあいすき / 6. シェイプアップ! / 7. 指切り / 8. なきむしのはつこい
「歌ってハッピー」の大きい輪を作りたい
――今っておいくつなんですか?
21歳です。
――ってことは、まだ学生?
来年の春に卒業ですね。
――YouTubeに弾き語りの動画を投稿し始めたのはいつ頃からですか?
2年前の4月です。
――元々弾き語りのミュージシャンが世に出てくるのって路上ライヴからが多かったけど、山音さんの存在を知って、新しい時代が来始めてるんだなって感じました。
私も高校生の時は友達とユニットを組んで路上ライヴをしてたんですけど、大学に入る前に解散しちゃって。大学に入ってからバンドを組んだんですけど、バンドってメンバーが集まらないと練習できないし、活動もなあなあになっていったんです。かといってもう一度路上に一人で出るのも面倒くさい。でも家で一人で弾き語りをしていると誰かに聞いて欲しい。そう思ってYouTubeを使い始めました。
――他にもカヴァーの弾き語り動画を上げている人はたくさん居ますけど、言ってもそんなに見られることはないじゃないですか。でも山音まーさんはすごいヒット数ですよね。236万PV! いつからこんなに盛り上がり始めたんですか?
始めた頃は私も全然盛り上がってなかったんですけど、6月頃にYUIさんの「Again」という曲をカヴァーして、その動画を上げたのが発売日前だったんですよね。街で流れてくるのを耳コピしたやつだから歌詞はちょいちょい間違えてるんですけど(笑)。YUIさん人気のおかげもあって、そこから再生回数が急激に伸びていきました。それでも今みたいな大きなことになるとは全然思いませんでしたね。

――メジャー・デビューですもんね。ちなみに顔出ししていないのはなぜなんでしょうか?
もし友達や近所の人に見られていたらすごく恥ずかしいので、最初はデジカメのレンズ部分に紙を貼って完全に真っ暗な映像であげていたんですけど、さすがにそれは無いなあと思って(笑)。顔さえ映らなければいいかと思って、今のように肩から下とギターだけを映すようになりました。
――あれ、すごいわかってるなと思ったんですよね。顔って印象を読み取るのにすごい大事な部分なのに、そこを隠しちゃって声だけで勝負してる。ミステリアスなんだけどすごく女の子らしい素直な声で、どんな人なんだろうってすごく気になってくるんです。
全然狙ってなかったんですけど、結果的においしくなりましたね(笑)。でも変な話、やっぱり顔出ししてる方の方が再生回数は延びるんですよ。でも声とギターだけでここまで色んな方に聞いてもらえたのはすごく嬉しいです。
――メジャーに出るにあたって、顔出しはするんですか?
すぐにはしないですね。当面はライヴに会いにきてくださった方にだけ。でもタイミング逃したら期待が高まっちゃうなという不安も… 。
――山音さんは、元々ミュージシャンになりたかった方なんですか?
高校生ぐらいまでは考えてたんですが、大学に入ってYouTubeをやり始めた時はあまり考えてなかったです。歌手になりたいと思い始めたのが小学校の2、3年生の頃で、ギターを始めたのが中3の冬。そのまま自分はシンガー・ソングライターになるんだって決めてたんですけど、入学した高校が進学校で、最初の進路相談の時に先生に「音楽の専門学校に行く」って話したら怪訝な顔をされたんです。親からもずっと無理だって言われてて、そこから、そもそも何の意味があって自分は歌いたいんだろうって悩み始めて。そう考えているうちに先生になりたいという別の夢も出てきて、「別に歌が好きなだけなら、人前で歌わなくても一人で歌い続ければいいじゃん」って思うようになったんです。歌手になるという夢は諦めたというか、一度胸にしまったんです。
――歌手になりたいという意図があってYouTubeに動画を上げ始めたという訳ではないんですね。ではどこで気持ちの変化があって、今に至ったのでしょうか?
レーベルの方がYouTube上でスカウトのメールをくださって、その時は何も考えてなかっのたで「いやいやいや」と思って返さなかったんですけど、もう一度メールをくださって、「歌は大好きだけど私はビビりなんで歌手なんてとんでもない」って返したら、「わかりました。とりあえず島根まで行くんで会いましょう。」と返って来たので、やるやらないは置いておいてまずはお会いしたんです。すると私が一度胸にしまった夢が見事に引っぱり出されて。
――その時に気持ちが固まった?
その時はまだ固まりきってなくて、はっきりともう一度歌手を目指そうと思えたのは、私のメジャー・デビュー曲「ジャンヌダルク」のプロデュースをしてくださったHanaSalさんとの出会いが大きいですね。まずHanaSalさんの曲をカヴァーする話を頂いて、そのレコーディングのために東京へ行った時、既に私の為に曲を用意してくれていたんです。その歌詞の内容が、一度胸に閉まった夢を色んな人との出会いを経てもう一度目指すという、自分のこれまでの過程を凝縮したような内容だったんです。涙が出そうなぐらい感動して、その時にはっきり「私、この曲を歌いたい」「この人たちと一緒に音楽をやりたい」と思いました。
――親からは反対されていたんですよね?
YouTubeを始めたこともレーベルの方にお会いしたのもずっと黙っていました。去年の暮れに初めて話して、お父さんからは「ちょっと考えさせてくれ」って言われましたね。でも私の中では決まっていたので頑張って説得して、「本当にやりたい事ならしっかり頑張りなさい」って言ってくれました。
――いいご両親ですね。じゃあ卒業後は上京も考えているんですか?
まだ決めてないですね。上京するか、島根のままか、別のどこかか。必ずしも東京じゃなくてもいいとは思っていて、それこそYouTubeがあればどこからでも簡単にアクセスしてもらえるし。

――ライヴはどれぐらいの頻度でされているんですか?
今年からなので、まだ4、5回です。最初は島根で、後は東京ですね。
――やっぱり来るお客さんはYouTubeのユーザー?
そうですね。YouTubeで告知して来てくださる方が多いです。
――すごく現代的な活動方法ですよね。
でもやっぱりライヴの臨場感は画面だけでは伝わりきらないし、路上でやるとすごく声量がつくんですよ。近所迷惑や時間帯も気にしなくていいし、むしろ大きな声で遠くまで届けないとかっこよくない。自分を鍛えるという面でも、路上はすごくいいんです。だから、路上とYouTube両方やれれば最高ですね。
影響力と説得力を持つために、私は上へ行きます
――最近はニコニコ動画(以下、ニコ動)の生放送も使い始めたんですよね。
今作の『人のオンガクを笑うな! 』ではボーカロイドの曲をカヴァーしているので、ちゃんとニコ動で自己紹介をしておくのはマナーかなと思いまして。ニコ動ってコンテンツが多いから機械音痴な私にとっては難しくてあまり触ってなかったんですけど、今回の話を頂いたのをきっかけにニコ動の文化にも入っていきたいなと。
――YouTubeとニコ動で、ユーザーの層は全然違いますよね。YouTubeはネット・サーフィンの流れで気軽に見れるけど、ニコ動にははっきりとしたコミュニティや文化がある。ニコ動ユーザーには熱い人が多い印象があります。
その熱さがすごく好きなんです。今回歌わせてもらった曲も、作曲者が愛を持って作っているのがすごくわかる。

私は人が出す声が好きだったので、最初はあのボーカロイド特有の声が苦手でした。けれど、今回カヴァーしている「歌に形はないけれど」を友人にすすめられて聞いてみると、曲も歌詞もすごくいいんです。タイトルもぐっとくるし。そこから敬遠せずに曲の中身を聞いていくと、あの声も段々気持ちよくなってきて(笑)。何様だって思われそうですけど、今回私がカヴァーしたことによって、今までの私みたいにボーカロイドを敬遠してきた方にボーカロイドの曲の良さが伝わればなと思います。
――山音まーさんが歌手を志したのは小学校2、3年とのことですが、何かきっかけはあったんですか?
SPEEDがすごく好きで、学校の帰り道に友達と「White Love」を歌ってたんですよ。するとその子が「めっちゃ上手いじゃん、歌手になりなよ! 」って、私もそれに「歌手、いいね! 私歌好きだしすごくいい仕事だね! 」って返して、「私は女優になるから、その主演ドラマの主題歌歌ってよ! 」「いいよ! 」って(笑)。
――小学校低学年の女子らしい会話ですね。すごくわかります (笑)。でもその会話からここまで来てるんだから、その素直さは性格というより才能ですね。ギターを始めたのは、中3?
音楽の授業でギターを触った時に感動して、その頃ゆずがすごく好きだったので「私もゆずみたいに弾きたい! 」って思って、受験前なのにずっとゆずのスコアを見ながらお父さんのギターを弾いていました。
――でも、自分の好きなミュージシャンと同じ音を初めて鳴らした時の感覚や感動って、その後何年も残りますよね。ちなみに初めて自分のお金で買ったCDは何ですか?
モーニング娘。の「ハッピーサマーウェデイング」です。市井紗耶香がすごく好きで、モーニング娘。に入ろうと思っていた時期もありましたよ(笑)。オーディション受けたいって話したら親からもおばあちゃんからも反対されました。
――(笑)。今だったらAKB48ですよね。AKB48のカヴァーもされてましたが、やっぱりお好きなんですか?
好きです。今はさすがに入りたいとは思わないけど(笑)。可愛い女の子がキャピキャピしているとついつい見ちゃいますよね。
――そうそう。それでついついヴィジュアルだけで満足しちゃうんですけど、山音さんのカヴァーを聞いて歌詞がすごく耳に入って来て、いい曲いっぱいあるんですね。
そうなんですよ!
――あと、Mr.Childrenの「OVER」も元々好きな曲なんですけど、男目線の歌詞を山音さんが歌うことで儚さがにじみ出てきて、やっぱりいい曲だなと再確認できました。では最後に、山音まーとしての目標を教えてください。
山音まーとしての目標は… やっぱり、色んなことを知ってた方が面白いんですよ。ニコ動を触らなかったらニコ動のことわかんないままで終わっちゃいますよね。でも今作の『人のオンガクを笑うな! 』をきっかけにボカロの曲を聞くようになって、ニコ動を触り始める人がいるかもしれない。逆にボカロ文化の人が私のことを気に入ってくれれば、広がる世界があるかもしれない。色んな方向にみんなが知るきっかけを与えられる存在でありたいと思います。

――山根万理奈としては?
色んな歌を歌っていきたいんです。イメージが固まって欲しくないから、できるだけ色んなことをやりたい。とにかく歌がすごく好きなんで、まずは歌う楽しさを伝えたい。体一つで楽しめるものだっていうのをどんどん広めていきたい。YouTubeでモットーとして使っている「歌ってハッピー」という言葉があって、そのハッピーの輪をどんどん広げていきたいと思います。
――その言葉を聞いて、今、私がハッピーになりました(笑)。
良かったです(笑)。幼稚かもしれないけど、大事にしてきたいのはそこなんですよ。
――そこに具体的な目標は立てないんですか? 高い位置に行きたい、歌手として昇りつめたいとか。
具体的な目標は活動の中で見えてくればいいかなと。強いて言うなら「歌ってハッピー」の大きい輪を作りたい。そしてその輪を作るためには、大きい所へ行かなくてはならない。影響力と説得力を持つために、私は上へ行きます。
(text by 水嶋 美和)
INFORMATION
ワンマン・ライブ
※『山根万理奈』で出演
人のオンガクを笑うな! ~渋谷gee-ge編~
2011年8月5日(金)@渋谷gee-ge
open : 19:00 / start : 19:30
Ticket : 前売 2,500円 / 当日 3,000円
2011年7月9日(土) On Sale
【追加】ワンマンライブ決定!
山音まー VS 山根万理奈
2011年9月30日(金)@渋谷WWW
open : 18:30 / start : 19:30
Ticket : 前売 3,300円 / 当日 3,800円
2011年8月13日(土) On Sale
INFO : H.I.P. 03-3475-9999 / www.hipjpn.co.jp
PROFILE
子供のころから歌手にあこがれていた。とにかく唄う事が大好きで、実家では毎日ギターをかきならして大声で唄っていた。高校生のとき、友人と二人で女性デュオを結成。オリジナル曲の制作を始め、レコーディング、路上ライブなどを行なってきた。大学に進学後、2009年春、YouTubeに自分のチャンネルを開設。きまぐれに動画を立て続けにアップ。時々で好きな歌をカバーし、『顔を出さずにギターを弾いて唄う謎の女の娘』はすぐYouTube上で評判となり、チャンネル登録者が急増する。現在YouTube上にアップされている楽曲は60曲以上(オリジナル/カヴァー)で、総再生回数は250万回を超えており再生回数、チャンネル登録者数が増加、ヤマネ現象が起きている。
2011年6月22日には、メジャー・デビューに先駆けてCDデビューが決定。(YouTube 上でもカバーし歌唱披露している)
ニコニコ動画内で人気のボーカロイド曲(神曲)8曲をカヴァーしたミニ・アルバム『人のオンガクを笑うな! 』。※ 『ニコニコ動画』公認
『ボカロ』をカバーし歌う時のみ『山音まー』名義となる。
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