絵の中の女の子に心臓を射抜かれた。おかっぱ頭の下の物憂げな表情、美しく広がるセーラー服のスカートの裾。この儚さと色気は凶器だと思った。すぐにこの絵を描いた人物を調べ、中村佑介という名前に辿り着いた。その後すぐ、ASIAN KUNG-FU GENERATION、スピッツ、ゲントウキのCDジャケットを始め、街中で彼の絵を見かけるようになり、最近では書店でも彼が装丁を手がけた書籍がたくさん並び、CM、アニメにも進出している。そんな彼がミュージシャンでもあることは、まだあまり知られていない。セイルズというバンドの中で、ギター・ボーカルを務めている。絵の中に見る緻密に計算し尽くされたSFチックな世界観から彼の作る音楽を色々と想像してみたが、聴いてみれば意外や意外、今まで聴いたことが無いほどに素直で直球なポップスだ。一体、中村佑介とはどういう人物なのだろうか。どこまでが意図的で、どこまでが天然なのだろう? 早稲田大学での講演会のために大阪から東京に出てきていた彼を捕まえ、セイルズの新作について、絵の世界と音楽の世界の違いについて、話を伺った。
インタビュー & 文 : 水嶋美和
セイルズ / Pink
ASIAN KUNG-FU GENERATIONをはじめとしたCDジャケットや装丁等で大人気の中村佑介が在籍するバンド、セイルズ。独特な歌詞とストレートなポップ・ソングが詰まった本作は必聴です!
【Track List】
1. わたしの穴 / 2. ビューティフル / 3. おしりのふとん / 4. 絵筆は役に立たず / 5. ほんとはね
特典として中村佑介のイラスト満載『Pink』のデジタル・ブックレットがついてくる!
何で男の子の性欲が無くなっていくんだろう
――1曲目「わたしの穴」は女性の言葉で歌ってますよね。イラストも女性を描いていて、女性からの賛同も数多くある中村さんは女心が分かる方だと思いますか?
まったくわからない! 音楽については単純に、長渕剛さんの「巡恋歌」や、チューリップの「私のアイドル」、ワタナベイビーさんの「好きよ! ババさん」など、男の人が女の人の言葉遣いで歌ってるのが好きなのと、言葉遊びですね。「穴」っていう言葉を最初に思いついて、「ぼくの穴」だったら下ネタにならないけど、「わたしの穴」だったら下ネタになるじゃないですか。
――やっぱりそこはそう捉えてよかったんですね(笑)。聞いていいのか迷ってました(笑)。
――でも歌詞では「わたしの胸の穴」って歌っていますよね。
曲は下ネタではないですけど、タイトルは下ネタです。大体、ライヴでは「おしりの穴」の次に… 。
――「おしりの穴」?
間違えた!! そう考えると「ぼくの穴」でも下ネタになりますね。そうかそうか(笑)。気を取り直しまして、「おしりのふとん」の次に「わたしの穴」をやっていて、「ああまたふざけた曲やるんだな」ってみんなに勘違いさせるんです。そうすると意外に真面目な曲が始まって、ギャップでいい曲に聴こえるかなと思って。でもどっちに捉えてもらってもいいんですよ。女の人に満たされない穴があることに変わりないんだし。
――「おしりのふとん」は可愛らしい曲ですよね。おしり好きですか?
おしり大好きなんです!! おしりだけでご飯3杯いけちゃうくらい好きです。
――絵にしても、中村さんが描く女の子のおしりの曲線はすごくきれいですよね。
愛がありますからね。前にOTOTOYで徳永憲さんと対談した時に、「今の音楽って、みんなそれぞれ違う人のはずなのに歌詞は似た様な語彙のものばかりだから、自分らしい歌詞を自分の言葉で作りたい」みたいなお話をされていて、本当にそうだよなって思ったんです。
――モードを変えたのは、徳永さんとの対談を終えてから?
いや、変わったのは3、4年前で、動機は「なんとなく」だったのですが、徳永さんの話を聞いて、「あぁ、それだ」と再確認しました。意識を変えてから一番最初に出来たのが「おしりのふとん」で、そこからつるつるっと曲が出来るようになりました。やっぱり歌詞っぽい言葉や、洋楽っぽいメロディを選ぶというやり方では、欲望に忠実じゃないから限界がくるんですね。でも「おしりのふとん」は15秒ぐらいで出来ました。
――「おしりのふとん」を最初にバンドに持って行った時、メンバーはどういう反応でしたか?
下品すぎてやってくれませんでしたね(笑)。僕は本気だったのですが… 。こんな曲をバンドでは演奏できないって言われてしまいまして、それでも僕は試してみたかったからセイルズのライブのおまけコーナーみたいな感じで、1人でウクレレ持って弾き語りをしたんですね。そしたら他のどんな真面目風な曲よりも受けが良かったんですよ。そこからバンドのメンバーも演奏してくれるようになり、今回収録の5曲もすべてそういう曲の作り方をしています。ちなみにそんな赤裸々な部分が出ているので、『Pink』というタイトルにしました。
――今のような作り方を始めたきっかけは?
大学からずっと音楽を続けていて、そこそこに聴けるものは作れるようになったのですが、だからこそ「僕が音楽をやる意味はあるのかな? 」って思い始めたんです。というか、音楽は好きだからやっているんだけど、僕が音楽で出来ることをちゃんと出来ているのかなって、悩みながら音楽をやっていたんですね。ちょうどその時期にインターネット・ラジオを毎週やるようになって、そっちの受けがものすごく良かったんですよ。フリー・トークってムードをコントロールしやすいなってことに気付いて、これをそのまま音楽に持ってこれないかなと思ったんですよね。
――トークの感じを、音楽に持ってくる?
ラジオは、例えばその発言ひとつを活字にしても同じ面白さになる訳ではなく、僕の外見なり、声なり、発音なりのパーソナリティ全部が合っているから受けてたんですよ。それを音楽に反映できていないのなら、僕らしい音楽とは言えない。音楽を音楽として捉えちゃいけないなと思ったんです。喋る時の言葉って物心ついた時からずっと使っているから、自分の手足と同じ感覚で自然に操れるじゃないですか。メロディや歌詞を作るのも、それと同じ感覚で作れるようになろうと思ったんです。音楽は毎秒毎秒、常に出来るもの。それぐらい僕の中で自然なことにしたかった。
――音楽を手足のように自由に操るために、具体的には何をしたんでしょうか?
一日一曲作る。
――絶対に? 一日もさぼらず?
そうですね。
――それは今も続けているんですか?
今はもう作り方がわかったので続けていないです。1年半ぐらいの期間ですね。
――それによって毎秒作れるようにはなりましたか?
なりましたよ。今も出来ています。カレーおいしいなぁ~♪(※カレー屋さんにてインタビュー収録中)
――そういう作り方だからかもしれないんですが、時間と手間をかけて四方壁で塗り固めた「作品」という感じの曲ではないですよね。セイルズの曲を可愛いとか愛らしいと思えるのは、隙があるからなのかなと思いました。
そう言って頂けるとうれしいです。逆に、僕の音楽には誰も攻め入ることもできないんじゃないかな? とも今は思います。僕が思ったこと、僕だけのうたなので、僕が正解なんですね。だから誰も歌えない。そもそも鼻歌で恥ずかしくて歌えないというのもありますが(笑)、「おしりが好きだから歌ったんだよ」って言えば全てにおいてOKなんですね。
――中村さんの絵って、一枚の中にものや生き物が断片的に散りばめられていて、そこから物語を読み取る面白さがあるのですが、音楽の方はすごくパーソナルで直球ですよね。中村さんの個が前面に出ている。
そうですね。どうしてもイラストと音楽を比べられたり、関連付けしてしまうことは承知の上でやっておりますが、基本的にまったく別の角度だと考えてやっております。また、音楽も最近ライブで披露している曲はもっと抽象的な歌詞が多くなっているので、次の作品はまた違う印象だと思います。
――それは何ででしょうか?
名刺としての役割は今作で終わったので。僕、たまが好きなんですけど、たまの音楽って抽象画みたいじゃないですか。次はそんな風に、自由なインスピレーションを与えられるものにしようと思っていて。僕が音楽の中で一番好きな部分は歌詞なので、歌詞で遊べることがまだまだたくさんあるんじゃないかと、だから次はもっと意味のない言葉を並べて、ふわっとした作品になっていると思います。
――「絵筆は役に立たず」は他の4曲と違って、寂しい感じですね。
全部寂しくないですか? 全部失恋してる歌でしょ。
――でも「おしりのふとん」は失恋ではないですよね。曲調も明るいし、むしろ恋に浮かれてる印象がありました。
そう。でも相手はいないですよね。
――ああ、確かに。全曲の共通のテーマに「恋」があるのは意識的ですか?
そこまで意識をしている訳じゃなく、それしか歌うことが無いってことですかね。だって、歌を作るってことは、気分が高揚しているってことじゃないですか。毎日毎日曲を作る中で、そりゃ「パン屋さんが一個おまけしてくれた」とか「今日のローソンの店員さんが優しかった」とかいう曲も出来るんですけど、さすがにそれは個人的な事すぎてみんなの前で歌う意味はないかなと思うんです。僕の中でみんなが共感できそうなラインって恋ぐらいしか無いので、そういう曲を集めたんだと思います。
――ちなみに次の作品ではどうですか?
次も一緒です! 写真や絵は記録的な意味合いもありますけど、音楽は動物の求愛行動に一番近いと思うので。だから今僕が歌っているのも結局はそういうこと。「もてたいと思ってる訳じゃない」って音楽をやっている人も、無意識下では同じことだと思いますよ。
――中村さんが音楽を始めたのは大学生からなんですよね?
もてたかった!
――(笑)。もてました?
いや、残念ながら音楽で今までもてたことはないです。絵の方はもてますよ。ただそれは僕の右手と脳みそくんの話なので、4曲目「絵筆は役に立たず」という曲を作りました。もし今回の『Pink』が売れたら音楽ももてるんじゃないかなぁと。文字通り人生ピンク色です。
「地球は女で回ってる」まさにそうだなぁ。
――セイルズはいつに結成されたんですか? また、結成のきっかけは?
2005年からですね。それまで一人で宅録してたり、バンドにもベースやドラムで入っていたので、28歳の時に「セックス・アピールとして音楽を使える時期は30歳までだ! 早いとこ自分のバンドを始めなくては!! 」と思い急いでみんなに声をかけました。
――実際30歳を過ぎてどうですか?
今は違う考え方ですね。当時はロックとかポップスという洋服が一番似合うのは若者だというイメージがあったんです。おじさん用の服もありました(笑)
――年齢で言えば、今作のリリース元であるWaikiki Recordのサカモトさん(Waikiki Records/ELEKIBASS)も同い年ですよね。サカモトさんとはどこで知り合われたのですか?
対バンです。僕、ELEKIBASSが元々好きだったんですよ。大学の時によくレコード屋でCDやレコードを見ていたので、大分年上の方だと思っていたら、同い年でビックリしました。そんな当時とは違って、正直、ELEKIBASSやセイルズのような60年代の香りのする音楽が今の時代において主流じゃないということは重々に承知の上。でもリスナーとしての話ですが、今主流の音楽でBGMとして聴けるものってあまりないんですね。どうしても考えさせるような曲が多いので。
――説教っぽいってことですか?
そうですね。あと悩みごとを歌ったり。音楽の「楽」は楽しいじゃないですか。ELEKIBASSの音楽は「音楽って楽しいね!! 」というのをすごくわかりやすい形でやっているので、そういうところにシンパシーを覚えていて、すると対バンで一緒にライヴを出来るようになって、サカモトさんが僕らの音楽を面白いと思ってくれて、今ですね。同じように感じている同時代の子たちに届いたらいいなぁと思います。
――セイルズは今の時代に受ける音楽じゃないと話ましたが、このバンドでどこまで行きたいですか?
「みんなのうた」に抜擢されて、紅白歌合戦に出て、子供たちとアッコさんとサブちゃんとみんな一緒に合唱したいです。小林幸子さんにももちろん大きなおしりの衣装を着てもらいます!!
――おお! 大きく出ましたね。
はい、大きいのは何もおしりだけじゃありませんから! 何だったら僕らじゃなくてELEKIBASSでもいい。そういう音楽が受ける時代って明るいじゃないですか。今のタイミングじゃないかもしれないけど、こういう音楽がまたいつか流行るためにはまず下の世代に伝えていかなきゃいけないので、僕らが続けて繋いでいくことが重要なんだと思います。
――音楽を作ってライヴをして、満たされるものは何ですか?
コミュニケーション欲ですね。音楽をやるということは人間と何かをするということですから。
――じゃあ、絵は?
仕事ですね。
――でも最初は仕事としてじゃなくて創作活動として始めたんですよね?
誤解がないように付け加えると「仕事」というのは、「お金がもらえる」ということではなく、「その人の役割」という意味なのですが、最初はとんだ勘違いで、自分のすべてを絵で表現して、伝達しようとしてたんです。でも途中でこの方法じゃ結局そこまで伝わらないというのと、この方法で伝える必要はないというのに気付いて、本当に言いたいことがあるなら面と向かって言えばいいし、わざわざ遠くの人に絵にして発表しなくてもいいなと思ったんです。
――何がきっかけでそう考えるようになったんですか?
絵の評価や感想の多くが、絵柄についてばかりだったことに落ち込んで。僕は絵の奥にある内容を描いてるつもりだったのですが、音楽で例えるなら、歌詞とか曲とかを聴かずに容姿だけで認められている感じですね。でも、同時にすべてを伝える必要もないんだと思うようになって。だからといって作品がドライになった訳ではなく、「どこを見てどう楽しんでもらっても、その人が豊かになればOK」という。音楽も絵も、どう人生を豊かに、幸せに暮らすか、こういう見方をしたら世界は面白いよとか、そういう点では伝えたいことは似ていると思います。
――もう一つ、中村さんの絵と音楽に共通して感じるのは、女性への熱烈な憧れです。これは意識していますか?
ものすごく意識しています。ウディ・アレンの映画で「地球は女で回ってる」というタイトルの作品があるんですけど、「その言葉、まさにそうだなぁ」と思います。過剰なぐらい作品に反映されてますよね。
――そういう風に女性を描いてしまう? 描こうと思っている?
描いてしまう。逆に、何でみんなそんなに元気無いんだろう。明らかにみんな異性に対して無気力で興味が薄くなっていってますよね。でもそれって生きる力じゃないですか。生物はみな「子孫繁栄まっしぐら! 」で生きてますから。僕は些細な部分から異性らしさを見つけるのが得意な方なので、『Pink』のジャケットのようにアンテナ3本ビンビンに立っているものの、何で男の子の性欲が無くなっていくんだろう。女の人のせいでもあると思うんですよね。
――女の人が強くなりすぎちゃったんですかね?
たぶん。結局男の人はメンタルが弱いので、女の人に虚勢を張れないと興奮しないんじゃないでしょうか。昔は社会自体にわかりやすい男女格差があったから、そこには問題はなかったものの、今は女性も仕事が出来て同じお給料をもらえるようになったので、男の立つ瀬がなくなっちゃった。男も女の為に次のそれを必死で探して、女も男の為に嘘でも「ヨッ! 」なんて言って立ててあげなきゃ。まぁ、そういうところもあるのかなと思いつつ、退廃的なものが好かれる時代性もあるのかなとも思いつつ。2000年以降に流行っている音楽、絵もアニメも、諦めから入るものが多いですよね。そこも関係あるのかもしれないとは思うけど、まあ、僕は我関せずで、「おしりのふとん」を諦めずに歌い続けます。ピンク色の明るい時代が来るまで。
PROFILE
セイルズ
イラストレーターの中村佑介が2005年に結成したポップス・バンド。 編成は中村佑介(Vo、Guitar)、長谷川梓沙(Vo、Acordion)、飼原正之(Bass、Cho)のトリオ。 拠点である関西を中心に行っているライブでは、リズムを感じるドラムレス演奏と、可愛いメロディの上にまたがる赤裸々な歌詞に定評がある。今春にミニ・アルバム『Pink』をワイキキレコードより発売後、ギター・ポップ・バンドSoda fountainsの小泉ひとし(Guitar、Cho)が新メンバーとして加入決定している。
中村佑介(なかむらゆうすけ)
1978年宝塚生まれ。大阪芸術大学デザイン学科卒業。ASIAN KUNG-FU GENERATIONをはじめとしたCDジャケット、赤川次郎、石田衣良、森見登美彦などの書籍カバーのイラストも数多く手がける。初作品集『Blue』(飛鳥新社)は画集では異例の7万5000部の大ヒットを記録中。
中村佑介 Official Web
Waikiki Record
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