歌い手としての経験や生活体験のすべてが注ぎ込まれた大傑作。
綾戸智絵 / PRAYER アメリカン・ポップスのルーツ・ミュージックや黒人霊歌等、ゴスペル・シンガーとしての経験を積んだ綾戸智恵ならではのスピリチュアルな感覚と、アメリカ南部の空気に包まれる作品。高音質のHQDでお楽しみください。
配信フォーマット : mp3、HQD(24bit/96kのwav、1.9GB)
【Track List】
01. Mother / 02. Amazing Grace / 03. Bridge Over Troubled Water
04. I Clould Have Danced All Night / 05. Hallelujah / 06. Do I Ever Cross Your Mind?
07. Motherless Child / 08. Midnight Train To Georgia / 09. In The Ghetto
10. Let It Be / 11. People Get Ready / 12. Ol'55 / 13. Hey Jude / 14. Hallelujah
言葉は無力だ。けれど、声は力になる。
綾戸智恵の新作『PRAYER』を最初に聴いてから二週間、彼女の魅力を形容するにふさわしい単語をずっと考えている。そしていざ原稿に向かった今も、まだ言葉に迷っている。「魂のこもった声」「生きる希望を呼び醒ます声」など、思ったままのことを活字に並べて書けば、途端にしらじらしくなるのはなぜなのか。言葉の無力さを感じる。けれど、彼女が発する言葉には耳にした者の動きを止め、その中にある魂を動かす力がある。魂が震えながら、確かに存在していることを主張してくる。私の言葉と綾戸の言葉、この違いはどこにあるのか? それはきっと、ただの活字か、人が発する声か、まずはそこにあるのだろう。言葉は無力だ。けれど、声は力になる。
1957年に大阪で生まれ、高校卒業後に単身渡米。渡米した綾戸智恵は、L.A.のライヴ・ハウスや教会で演奏、歌唱を重ね、シンガーとしてのキャリアを積む。その中でアメリカ人ジャズ・ミュージシャンと結婚するが、夫のDVにより離婚。91年の帰国後、40歳でのメジャー・デビュー、乳がんの発症、脳疾患を患った母親の介護と、それによる自身の精神衰弱など、彼女の人生は波乱に満ちている。そして良くも悪くも、波乱万丈の人生はメディアの格好のネタとなる。メディアへの露出によって綾戸智恵は誰もに知られる存在となったが、人懐っこいキャラクターと饒舌な関西弁によりタレント化され、ピアニスト、シンガーとしての側面が見えにくくなってしまったのもまた事実だ。実際、私は今まで綾戸智恵をテレビの中の人物としてしか考えておらず、最近やっとスピーカーの向こうの存在として認識した。東日本大震災救済支援コンピレーション『Play for Japan』に収録されていた「Amazing Grace」を聴いた時だ。言葉を失うほどに圧倒された。感想を言う余地もないほどに揺るぎない声だった。ものすごいシンガーが日本にいたということを、彼女の存在を知って10年近く経ってから知った。
今作『PRAYER』は、2011年3月11日に起きた東日本大震災を挟んでレコーディングされた。3月5、6日にいわきでのライヴを終えたばかりだった彼女は、公式ファン・クラブのHP上に次のようなコメントを寄せている。「(以下、抜粋)救助者にはできるだけ一寸でも早い救助。おにぎり屋さんにできることは、おにぎりを送ること。お医者さんにできることは怪我人を治療すること。じゃあ、私は… 。歌手として(お笑いも含めて)私の歌を聴いてくれる人々に楽しんでいただけ、少しでも明日への希望と勇気を与えることが私の仕事なら、数日後、もし慰安でコンサートができるなりそんなチャンスがあるのなら出かけたいです。チャリティーのコンサートだってあるし、炊き出しだって上手いよ! お母さんだし。自分の可能性をできるだけ出したいと思います。」被災地に住む公式ファン・クラブの会員には自ら電話して安否を確かめたという。彼女はテレビの中の存在でもスピーカーの向こうの存在でもない。タレントであり、シンガーであり、母であり、人情深い一人の人間なのだ。綾戸が初めて自らのルーツに向かい合うことができたという今作には、ジャズよりもゴスペルの色が強く出ている。アメリカの教会で歌っていた頃への回帰としてのroots、阪神淡路大震災、9.11同時多発テロを経験し、様々な難問と闘ってきた道程としてのroutes。これを経て、現在53歳の綾戸智恵が今後どのように変化するのか。過去を積み重ねたことを振り返る事ができた今、彼女の本領発揮はこれからなのかもしれない。
(text by 水嶋美和)
Chie's WORKS
PROFILE
綾戸知恵
生年月日 : 1957年9月10日
出身地 : 大阪府
1957年に大阪で生まれた綾戸智恵は両親の影響でジャズとハリウッド映画に囲まれて育つ。3才でクラシック・ピアノを始め、教会ではゴスぺルを歌い。 中学に入るとナイト・クラブでピアノを弾き始め、17才で単身渡米。1991年帰国後は、数々の職業を経験しながら、大阪のジャズ・クラブで歌い始めた。
1998年に発売されたCD『For All We Know』がジャズ・ファンに与えた衝撃は計り知れなかった。それが、身長147センチ、体重40キロにも満たない当時40才の大阪出身の主婦綾戸智恵の鮮烈なデビューだった。そして、綾戸智恵の真価が100%発揮された弾き語りで制作された3枚目のCD『Life』は1999年春発売と同時に大ヒット。現在の綾戸智恵のスタイルがこの時確立した。
以来、年間100本を超える公演チケットのほとんどが完売するために、もっともチケットの買えない歌手という称号を与えられている。2001年、第51回芸術選奨文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)受賞。03年、紅白歌合戦で熱唱した『テネシー・ワルツ』が大きな話題となる。お笑い芸人顔負けの爆笑トークを交えながら、ジャズ、ポップス、j-popなど幅広いレパートリーを巧みにとり入れた綾戸智恵の個性的なステージは、ジャズという狭い枠組みを飛び越えて、多くのファンを魅了している。
デビュー以来、その日の100%を出し切って休むことなく疾走した綾戸智恵は、2008年7月、デビュー10周年記念コンサート終了とともに、母親の看護に専念するためコンサート活動を休止した。2009年9月に音楽活動を再開し、2010年4月21日念願の原信夫とシャープス&フラッツとのスタジオ録音盤『MY WAY』を発売。このアルバムを受けてのコンサート“MY WAY”(6月12日東京国際フォーラム・ホールA)は大盛況のもと、終了し大きな話題を呼んだ。9月22日にはこのコンサートの模様が収録されたDVD『MY WAY』を発売。さらに14年前に自主制作盤『ONLY YOU』(来日記念盤としてリイシュー)で共演したジュニア・マンスとミニ・ツアーを行い、記念すべきバースデイ・ライブを収録した『CHIE AYADO meets JUNIOR MANCE TRIO LIVE』を昨年末にリリース。そして遂に約2年ぶりとなるオリジナル・アルバム『PRAYER』を8月3日にリリースする。