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『Room special 2DAYS!』2012年5月26日(土)27日(日)服部緑地野外音楽堂
2012年初夏、5月。大阪服部緑地公園の野外音楽堂で「Room special」というインスト・バンドを中心とした野外フェスティバルが行われた。イベントの発起人は大阪で10年以上活動を続けるmiddle9(ミドルキュー)。この2日間、私はどっぷりと音に浸り続け、2週間経った今もまだ、浮足立った気持ちがおさまらない。いつまでも余韻にひっぱられてうわの空。こなさなくてはいけない日常に帰るためにも、時折この日を思い出すためにも、ここに当日の模様を残しておきたい。(Text by 水嶋美和)
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Room special 2DAYS!
2012年5月26日(土)27日(日)服部緑地野外音楽堂
出演アーティスト
5月26日
NATSUMEN / ペトロールズ / LITE / L.E.D / sgt. / 環ROY / dry river string / キツネの嫁入り / Talking Dead Goats45 / WUJA BIN BIN / fresh! and more...
5月27日
toe / LOSTAGE / Ovall / stim / ホテルニュートーキョー / kim-wooyong(ex.cutman-booche) / Laika Came Back / LOW-PASS / middle9 and more...
主宰者のmiddle 9へのインタビューはこちらから
【1日目】
26日。服部緑地の野外音楽堂は普段オーケストラが演奏することもあり、固定の座席が一面にずらりと並んでいる。しかしステージ前にはファンが集まるに十分なスペースがあり、座席後ろには芝生ゾーンがあり、そこでは既に多くの人がビールを脇に置いてごろごろと転がっていた。12時過ぎて始まったのはfresh!。爽やかなバンド名に安心して私も芝生に寝転がったが、演奏が始まると同時に起きあがる。聴かせる気なし、人をなぎ倒す勢いで発される音、音、音。疾走と暴走のジャズ、かと思いきや遊び心だらけで必死感はまるでない。楽器を武器にして、武器をおもちゃにして遊ぶ、わがままにかっこいいバンドだった。そして続くstimは、洒落てて穏やかな、夜景を洋酒片手に眺めるようなポスト・ポップ・ムード・ミュージック。を、昼の13時、太陽サンサンの中で大阪の芝生の上でビール片手に聴く。来場者とその場の空気をしっとりとしたムードに染め、会場全体がいい塩梅に酔わされたところで、次に続いたのは国内外で高い評価を得ているポスト・ロック・バンド、LITE。彼らの音楽は、音源とライヴで印象が大きく異なる。音源では緻密な音の重なりで壮大な世界を構築する「知的な音楽」という印象があるが、ライヴで見る彼らをそんな冷静に分析してはいられない。意識をぶっ飛ばされそうな轟音、猛々しさ。始まる前から出来ていたステージ前の人だかりも、曲目が進むにつれて激しく燃えた。
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ここで少し会場の雰囲気について触れたい。「フェスの裏ベストアクトは飯! 」という人も少なくないと思うが、私もご多分にもれず各店舗の食を制覇した。芝生に転がる大阪のファンク・ロック・バンド、マッカーサーアコンチのアチャコ(Vo)を発見したかと思うと次に見た時にはお店でカレーをよそっていて、よく見れば彼が経営する南森町のカレー屋「てん」の出張店舗だったり、ご飯に定評がある京都のライヴ・ハウス「UrBANGUILD」の出張店舗に小躍りしたり、「FARMHOUSE CAFE」のそぼろがけ鶏の照り焼き乗せ丼なるものは、お昼に食べてそのままライヴ見ずに帰ってもいいと思えるほど。帰らなかったけど。出店していたアパレル・ショップでTシャツや小物を買い、それによりお金がなくなり、隣のレコード・ショップで物欲に悶え苦しむ。ライヴ・ペインティングやアート・ブースもあってフェス感三割増。音楽を中心に色んな衣食住文化、娯楽がクロス・オーヴァーしている。そう、音楽は好きだけど、音楽だけを楽しみに来てる訳じゃない。今年の夏フェス・シーズン~予感編~といった感じで、会場はワン・ステージ、コンクリートに囲まれていたが、空間作りが丁寧なおかげで十分な解放感が感じられた。
では、ステージの話の続きを。
LITEに続いたのはL.E.D.。「シネマティック・インストゥルメンタル・バンド」とはよく言ったものだ。抒情的で物語の匂いがする映像的な音楽。VJなしの彼らのライヴを見たのはこの日が初めてだったのだが、これもまたいい! この日、聴く人それぞれの脳内だけで個々のVJが再生されたに違いない。続くは15時半より、dry river string。音楽だらけの一日の中で聴く、一番穏やかだった音楽。「dry」とあるように彼らの音は少しだけ乾いていて、でも内側は湿っている。淡々としているようで、徐々に強くしなやかな演奏者の意志が覗き始める。彼らの音に心をしんとさせ、まだまだ余韻が残る中で次に始まったのはWUJA BINBIN。MONG HANG、BEAT CRUSADERS解散の後に、両バンドのメンバーであったケイタイモが発起人となり結成したメンバー不定形のプログレ吹奏楽バンド。静かで淋しげなフルートで始まり、すぐに全楽器、男女ボーカル(言葉はなし、声のみ)が仲間入りし、一曲の中で喜怒哀楽のすべてが表現される。これはバンドというよりも、オーケストラでありミュージカルだ。なんとダイナミックでドラマチック! 以前「これはケイタイモが今まで出会ってきた面白い人を集めたバンドだ」と知人が語っていたが、なるほど。確かにこのバンドは彼の音楽人生の縮図なのかもしれない。それほどに生の力で満たされたステージだった。
その後に続くは環ROY。大所帯バンドの出演が多い本イベントで、一人でステージに立ったのは彼だけだ。それに加え、WUJA BINBINにより会場に充満した多幸感。環ROYのステージにはストイックな印象があったので会場の空気がどうなるのか気になったが、見事に見事に始まると同時にひっくり返し、瞬く間に自分の色に変えた。この面々の中では明らかに異邦人だった彼だが、Roomに出たのが彼で良かったと思う。同系色でまとめられた音楽の中でピリリと緊張感を走らせる、ほど良い違和感をこのイベントに放り投げていた。
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そして初日トリの前に登場したのはペトロールズ。彼らのライヴを見て惚れ込んだmiddle9新堀のラブ・コールにより出演が決まったとのことだ。わかる。彼らの音楽には「惚れる」という言葉が一番しっくりくる。素朴な色香漂う声と、雨のようにもの憂げなメロディー。途端に雲を割るかのような骨太なリズム。その日も突飛なことは何も起きなかったけれど、ステージ前には私や新堀がそうなった様に、彼らに心を奪われ、困ったような嬉しい顔が並んでいた。
そして最後はNATSUMEN。ライヴの全てを鮮明に覚えているという訳ではない。覚えているのは、クライマックスに見せたAxSxEの表情、曲間に何度も横にいた友人と顔を見合わせ言葉なく頷き合ったこと、見上げながら聴きながら高揚させられつつも胸が押しつぶされそうで、渋い顔でその曲を受け止めていたこと、瞬間瞬間を断片的なことだけ。だけど、私が音楽を聴いてこんなに苦しく切ない気持ちになれるのはNATSUMENだけだ。NATSUMENを聴いていると、「エンドレスサマー」という言葉が頭に浮かぶ。青っぽさ、焦燥感、終わらない夏、だけではない。個々で重ねてきた音楽経験に裏打ちされた音のもつ説得力。終演後、ステージ前にほったらかしにされた心はまだあそこに留まっている。夏はまだこれからだ。早くまたライヴに行き、取り戻しに行かなくては。
【2日目】
27日。昼前に到着すると、先日新作をリリースしたばかりのキツネの嫁入りが最後の曲を演奏しているところだった。その短い時間で強烈に感じたのは、間違いなく彼らは今、バンドとして脂が乗っている状態だということ。おそらく、中心人物であるマドナシに遠慮がなくなったせいではないだろうか。作詞に関しても、作曲に関しても。自分の感性の城を以前は他の人が出入りしやすいように扉を開放していたが、今はひたすらに高くレンガを積み上げることに意識が向かっている。その自信とストイックさが許されるほど、ライヴがいい。続いてステージに立ったのは2010年に活動を終了したバンド、cutman-boocheのギター&ヴォーカル、キム・ウリョン。演奏を始めると共に耳馴染みのある優しい音に飲み込まれる。「あ、FISHMANS、ナイトクルージング。」そう気付いた頃にはステージ前に駆けだしていた。どうやら当日の朝まで飲んだくれていたらしく、酒が残っているとしか思えないゆるく愛嬌たっぷりなMCを挟みつつ、最後にはcutman-boocheの「See you letter」で終わった。彼の遠くまで飛ぶ声は太陽がよく似合う。昨日のNATSUMENと同様、これからの季節は彼の季節でもある。
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太陽の下、ステージ向いにある芝生エリアではWatagashiという女の子アート・ユニットがライヴ・ペインティングをしていた。どうやら次に出演する実験音楽ユニットRippleと、客席を挟んでコラボレーションするらしい。ステージに立つRippleはヒューマン・ビート・ボックス、テノリオン、トランペット、朗読から成り、Rippleに背を向ける形でひたすら絵を描き続けるWatagashiの絵を見ながら、炎天下で目と耳に集中する。気を抜くと精神世界に迷い込みそう。実験音楽というより、実験アート空間といった方が近いかもしれない。続いて、揃いの衣装でずらずらとステージに現れたのは今谷忠弘率いるホテルニュートーキョー。容赦ない陽の熱射の中で聴く、波のように漂い伝わる彼らのグルーヴ。そのグルーヴの波に体を預けるように、芝生に寝転びながら聴く。スタイリッシュな無機質さと感情の間で揺れる感じはまさしく「東京」。大所帯で散りばめられる音が混在しつつ、大きな生き物のように一つの形を成しているところも東京的。そして都会的な音楽が続く。Ovall、彼らは自身のことをスピリチュアル・ジャズ・ヒップ・ホップ・バンドと名乗っている。確かにどの要素も含まれているが、すっきりとスタイリッシュに納まっていて、音が耳に入りすっと腑に落ちていくのが体感できる。一音目から洒落ていてドキドキし、文字通り酒に落ちるように最後まで酔わされた。昨日から酔わせ上手なバンドが多くて困る。
と、そこで次に続くはLOSTAGE! ゴリゴリとした男らしい音に、一気に酔いが醒める。NATSUMENぶりにステージ前に拳と熱気が戻る。でも彼らのライヴは興奮だけではなく、いつもキュンとするほどに切ない。そして歪んでる。なのに愛しい。前に東京で見た時より刺さる気がするのは、彼らの地元、奈良から比較的近いからだろうか。ならば奈良で見たらどれだけ胸を直撃するのか。地に足を付けた言葉で歌う彼らの、立つその地でLOSTAGEを聴いてみたい。そして陽が少しずつ落ち始め、炎天下だった会場に日陰が出来たので潜り込む。と同時に始まったのがLaika Came Back、AIRの活動を経た車谷浩司が2009年より活動を開始させたソロ・ユニットだ。アコギの音に頼りなくも澄んだ声で言葉を乗せる、AIRの頃とは全く違った印象の歌。けれど、当時から突出していたメロディー・センスは変わっていない。声の優しさ、音の安心感もそのままだ。ようやく吹き始めたそよ風と溶け合い、心地よさに私も溶けてしまいそうだった。危ない、服部緑地の土と同化しかけた。やはり日差しの中で疲れていたのか、気が付くと安眠に落ち、起きた頃にはステージに誰もいなかった。
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そして大トリ手前は、このフェスを主催するmiddle9。5月にリリースされた新作はビル群の合間を縫う夜間飛行のようにスリリングでスタイリッシュでノスタルジック、素晴らしい完成度で、この日生演奏で聴けるのを楽しみにしていた。が、ステージに現れたmiddle9の中心人物、新堀はまず自発的にビールを一気、共演バンドに煽られ一気、客に煽られ一気飲み。大丈夫か? と心配つつも、一たび演奏を始めれば、なぜだ。悔しいくらいにかっこいい。当然のことではあるが、他のバンドとはこのイベントに向かう意気込みのレベルが違う。一音の厚みは放たれれば風圧を感じるほど。それは音やリズムの持つ勢いだけではなく、10年以上同じバンドを続けてきたからこそある年輪の深さも含んでいる。もうこの後に残すのはtoeだけなので、ここで力を使い果たすつもりで楽しんだ。「また(Room special)やっていい? 」と投げかけ、観客は全力で応える。新堀は半泣き状態で次の曲を始めた。
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そして2日間の最後を締めくくるのは、toe。これは参った。本当は変な装飾なく「完璧」だけの言葉を残したいのだけど、あの絵が頭に残ってるうちに少しでも捕えてここに残しておきたい気持ちもある。繊細に積み重ねられた音が、曲の終わりにはいつもいつのまにこんなに大きな音楽になったのかと、曲ごとに驚く。聴く者の感情の深層部分に訴えてくるのに、本人たちは常に音との距離を測りながら、あくまでも実験的に取り組んでいるように思える。それがまた、彼らの手のひらの上で踊っているようで悔しいところだ。でもそこで踊ると、何とも言えない気持ちにさせられる。楽しい、気持ちいいではない。切ないとも少し違う。それがどんな気分なのかは言葉にすると曖昧になるけど、離れがたいものであることは間違いない。middle9で使いきったはずのエネルギー。空っぽの体で求めるままにステージ前で彼らの音に揺れた。二度のアンコールを終え、toeはステージを離れ、「Room Special」は終わった。ここでまとめたことで余韻から解き放たれると思いきや! 何ともう既に次の「Room Special」が発表されているとのこと。次は9月、大阪心斎橋のライヴ・ハウスで3日間。まだ出演者は発表されていないけれど、次も最高の3日間になるでしょう。もちろん行きます。3カ月後に、この2日間の余韻を抱えたまま臨みたい。(Text by 水嶋美和)
『Room special 2DAYS!』出演者たちの音源はこちらからご購入いただけます!
『Room special』次回開催決定!!
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middle 9 PROFILE
大阪にて活動開始。 3年8ヶ月振りとなる待望の新作『Cettia diphone』。ヴィブラフォン、ピアノ(オルガン)、ギター、ベース、ドラム、トランペットで織り成すサウンドは、ポストロックに留まらず、ジャズやファンク、エレクトロニカなどの要素も強く、シカゴ音響派にも通ずるサウンド・センスでスタイリッシュに展開し、繊細なアンサンブルと、創作性、そしてストーリー性を併せ持った、クールかつポップに聴かせる楽曲で構成された新曲4曲を収録。更にボーナス・トラックとして1st mini album『Swing and Circle on the Fluyt』に収録したライヴでも人気の「Ionie」のRemixを収録した全5曲。リミキサーには、"stim"や"Orquesta Nudge! Nudge!"などでドラマーとして活動を続ける傍ら、自身のプロジェクトで"revirth"から作品をリリースしている"Taichi"が手掛けている。レーベルは前作に続き、メンバー主宰(Rec/Mix/アートワーク全てをメンバーで手掛ける)の"LYON"から。今作は録音mixエンジニアに関西出身のバンド"jizue"のギタリスト井上典政氏(studio246京都)、マスタリング・エンジニアはBOREDOMSやOOIOOなどを手掛ける原巧一が担当。