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INTERVIEW : ムーンライダーズ

いまの日本で最もエッジーなバンドのひとつは間違いなくムーンライダーズだ。そう断言するのに一切の躊躇はない。鈴木慶一、岡田徹、武川雅寛、白井良明、鈴木博文、夏秋文尚……メンバーの平均年齢は70歳を超えているだろうか。サポート・メンバーとして澤部渡(スカート)と佐藤優介(カメラ=万年筆)といった若手がしっかりと関わるようになったとはいえ、ベテラン中のベテランと言っても過言ではないし、これまで一度も解散せずに活動の歩みを続けてきた彼らを日本が誇るレジェンドと崇めることは簡単だ。
だが、それでも彼らはプログレスしていくことをやめない。というよりやめられないのだろう。いまの時代にアーティストとして謳歌することが刺激的でおもしろくて、どうしても新しいことにトライしたくなる。だから、スマッシュヒットした前作『It’s the moooonriders』から1年経たずして、それもこれまで一度も作ったことがない即興アルバムをこのほどリリースしたことにはさほどの驚きはない。むしろ、いまのムーンライダーズならやりそうだ! と思わず納得してしまった人も少なくないだろう。尤も、即興とはいえ、サポートの澤部、佐藤を加えてメンバー全員でただインプロヴィゼーションで録音したものを発表したのとはわけが違う。なんの準備もなく、まさしくその場のインスピレーションでいくつかのセッションを録音した後、その音源をこまかくミックスしていく作業が次の段階としてあり、それが作品の制作プロセスのなかで大きなウェイトを占めているからだ。ポスト・プロダクション部分をメンバーで担うことは、ある種、通常の歌ものアルバムを制作するより手間もかかるし神経もつかう。さらに、そこには大きな創造性も必要とされる。『Happenings Nine Months Time Ago in June 2022』はそんなニュー・アルバムだ。
残念なことに、2月に亡くなったキーボードのメンバー、岡田徹が参加した最後のムーンライダーズ作品になってしまった。だが、その岡田が演奏した今回の即興セッション音源はまだまだあるという。鈴木慶一、白井良明に今回の制作にまつわる裏話を聞いた。止まらない月光下騎士団の現在地はここにある。
取材・文 : 岡村詩野
写真 : 西村満
ミックスがリリースするまでの原動力になった
──そもそもどういう流れで今回のアルバムの制作がスタートしたのか、そこからまずお話しいただけますか?
鈴木慶一(以下、慶一)(Vo / Gt):きっかけは去年4月に出たアルバム『It's the moooonriders』に収録されている曲"私は愚民"。あれの最後がインプロだったから、ウチのマネージャーがヒントを得て「なにか録音できないですかね?」と言い出したのが最初だった。いますぐにそれをどうこうするわけではなく、あとからなにかに使えるかもしれないのでスタジオに入っておきませんか? みたいな感じだったと思う。それで、6月に2日間、スタジオを押さえた。でも最初からちゃんと曲を作ってデモにして、それをみんなで持ち寄って選曲して…といういつもの制作の流れではさすがに2日間で作れるのは2曲くらいになっちゃうので、じゃあインプロにしてみようかってことになった。もちろん、じゃあ今回は丸々インプロ作品にしようってことを決めるにあたって、いま言った前作の"私は愚民"の最後を即興にしようという私のアイデアをメンバーみなさんが受け入れてくれたというのが大きかったし、実際にあの時の即興演奏は本当に素晴らしかった。
──そうだったのですね。
慶一:実は"私は愚民"のその即興部分はテイク3しかないんだけど、ひとつずつ聴いてみて「こりゃいい!」と思えるテイクがあった。それも2回繰り返し聴いてもいいと思えるテイク。インプロを2回聴くことができるのはいいインプロ、という勝手な判断で(笑)、それならアルバム丸ごと即興にしてもできるんじゃないか? ということになったわけだ。でも、ムーンライダーズとしてアルバムで即興に挑んだのはこれがはじめて。インプロ・バンドとしては新人のデビュー・アルバムってことなんですよ(笑)。
──なぜ"私は愚民"の最後がインプロになったのですか?
慶一:私のデモではインプロの前で終わってるの。だけど、そのあと"スターレス"(キング・クリムゾン『レッド』の最後に収録された曲で約12分ものインスト)みたいな展開にしたいなということになって(笑)。そこで驚かされたのが岡田(徹)くんでね。岡田くんは『It's the moooonriders』では参加率が低かった。あのアルバム制作の時は岡田くんの演奏部分のMIDIのデータだけもらって私が編集したんだけども、「私は愚民」のインプロ部分に関しては岡田くんがそのまますごくいい鍵盤の音を出してくれている。まるでカンタベリーっぽい音なんだ。それを聴いていたから余計に「インプロ・アルバムはいけるんじゃないか?」と思ったのもあるよ。とはいえ、実際に6月の2日間で10セッション録ったんだけど、そのあとが大変でね。
──と言いますと?
慶一:実は最初全曲のミックスをDub Master Xさんに頼んでいたんだけど、7月(16日)、『マニア・マニエラ』再現ライヴをやった時にPAをやってくれたDubさんに「どう? ミックス、進んでる?」って訊いたら、「ダメ、お・て・あ・げ」って言うの(笑)。こんなに長いセッションを1枚にまとめるのは大変だって。じゃあっていうんで、分担してミックスをすることにした。で、最初は他のエンジニアさんの力も借りようと思っていたんだけど、結局、Dubさんが1曲("Jam No.2 in Z Minor and Major")、佐藤優介くんが1曲("SKELETON MOON")、夏秋(文尚)くんが1曲("Stairway to Peace")、白井(良明)が2曲("Work without Method"、"ChamberMusic for Keytar")、で、私が1曲("Ippen No Shi" )という感じでミックスをすることになったの。いちばん内容を知っているのはメンバーだからね。とはいえ、内容……知ってなかったね(笑)。
白井良明(以下、良明)(Gt):うん、演奏の内容、忘れてたね(笑)。でも、それだけに新たに聴けた。新たに自分でプロデュースするようなことができた。新たに構成したりエディットしたりしてね。新しい曲にしていく感覚があったんだよね。
──ええ、このアルバムは即興演奏という側面もありますが、一方で録音されたものをどのように完成させていくのか? というポスト・プロダクション的側面も強く持っています。
慶一:その通り。実際、そのミックス作業がこのアルバムをリリースするまでの原動力になったと思う。即興熱自体はその後もずっと続いていたんだ。9月(24日)、昭和女子大人見記念講堂でライヴをやった時も、アンコール終わって客電がついた後、実は幕の裏側でずっとみんなでインプロをやっていたし、私自身は《TURN TV》の配信ライヴでソロとしてくじら(武川雅寛)、優介くん、岩崎なおみさん、松村拓海くん、四家卯大さんと即興演奏もやったし、その後はそのラインナップで《FRUE》にも出演した。演奏する方としてはインプロ熱は依然として高まっていて、あとはそれをどう形にしていくのか? という状況だったんだけど、去年の年末にいよいよこれをアルバムとしてリリースすることが決まった時に、ミックスという作業がすごく意味を持つようになってきたんだ。Dubさんが「おてあげ」って言ってくれたことが却ってよかった。録音から時間を置いてメンバーでミックスを振り分けたことで、全然違う作業がメンバーの手によって加わって、即興をただまとめたアルバムではなくなったってことなんだ。Dubさんは2曲やってくれたよ。実は10曲分以上のミックスがある。
良明:いや、まあ、Dubさんじゃなくてもあれは普通ひとりじゃ無理でしょ(笑)。だってさあ、1曲30分くらいあるのが10曲あるんだから(笑)。小節数に至っては全部つながってるから7500くらいあるんだよ。ありゃあ、おてあげになるよ。
慶一:2日分の録音の全データを夏秋くんが管理してて、彼が司令塔のようになっていたんだけど、96kという重いデータで送られてくる音源をダウンロードするのに2日間かかりましたって泣いてました(笑)。それを今度はプロトゥールズじゃないメンバーに渡すにあたってはまた頭から書き出しをしなきゃいけない。それでまた2日かかったらしいよ(笑)。まあ、確かに楽器はたくさん使ったし、しかもそれが2日間分あったわけだからね。特に、録音当日にはティンパニ、マリンバ、グロッケン、チューブラーベルズやらたくさんの打楽器も使った。もちろん普通に使う弦楽器、管楽器、鍵盤もね。それを3時間くらいかけてスタジオのなかにセッティングしたんだけど、マイクを立てるにあたって、誰がどの楽器を、いつ、どこから入って演奏するかわからないから、マイクを全てオンにしておかなきゃいけなかった。そうなるとひとつの楽器だけで何トラックも使うことになる。ドラムだけでいくつのトラックあった?
良明:20くらいあったね。
慶一:録音したものを全曲読み込んで、トラック分けして曲ごとにまとめるわけだよ。Dubさんおてあげだからって自分たちでやるなんて言わなきゃよかったって思ったね(笑)。
