悩んじゃいけない。ただ、気にしたのはダイナミクス
──実際にミックス作業の段階で改めて聴いてどういう作品になりそうだと思いましたか?
良明:いやもう、演奏(録音)の時点でなにも決めてなかったから、当然ミックスの段階でも最初はまったくわからないままなの。最初、一応、クラシックで使う打楽器とかはたくさん使おうってことは決めてたし、僕に関して言うとギターに専念するってことくらいは決めてた。でもそのくらい。あとははじまってみないとわからないし、その演奏次第で変わっていくからね。それだけに自由に新しいものに仕上げていける。
慶一:チェンバー・インプロってことはなんとなく最初に考えてた。そのために必要な打楽器をあらかじめ用意しておくってくらい。でも、演奏する方は8人いるわけ。インプロって実は少人数の方がやりやすいんだよ。
良明:あんまりないよね、大人数のインプロって。僕ら、ほら、新人インプロ・バンドだから人数間違えちゃったんだ(笑)。ただ、僕自身はひとりで狭いブースに入って、アンプは3台並べてたけど、ギターだけに専念していたから他のメンバーの動きはわからなくて。ただ、音だけは(ヘッドフォンを通じて)聞こえてくる。それだけに普段より音だけに集中していたかもしれないね。でも、スタジオではみんなそれぞれ自由にいろんな楽器を演奏したりまた移動して違う音を出したりしていたんでしょ?
慶一:そう。リハーサルがないからその瞬間の音を出すことにみんな夢中になってた。即興ってそういうものだから。
良明:僕はリハが好きじゃないからリハがないってこんなにいいんだ! ってことがまず嬉しかったけどね(笑)。リハなんて1回やれば十分(笑)。リハやらない方が本番でアイデアを思いつくの。それがいいって思っちゃうからね。
慶一:リハを延々やっていると違う方に行っちゃうんだ、このバンドは。
──そもそも普段から柔軟だからこそ即興もできたということですね。
慶一:それはあるかもね。かたや、『It's the moooonriders』のようなアルバムを、それも11年ぶりに出したすぐ後に、こういう即興アルバムを出すっていうのがおもしろいっていうのもあったかな。
良明:最初、そのアイデアを聞いた時はおもしろそうだなって思ったよね。僕自身はギタリストとして即興もやったこと何度もあるし、ギター・ソロも瞬間で弾いたりするしね。最初1日でやろうってことだったけど2日になって、「えー、2日も?」って思ったけど(笑)、いざはじまったらやっぱりおもしろかった。ギター1本に集中していたことで演奏そのものに深~く入れたしね。
慶一:ただ、2日間あったことで流れみたいなものを生かすことはできた。最初2、3曲を録音していって、次は人数減らそうかとか、次はアコースティックの楽器から入ろうか、とか、そういう変化はつけられたよね。でも、本当にそれくらい。第一、最初はブースのなかは少人数で、外にいたのに、だんだんみんな、なかに入ってきたりしたし。
良明:最初にやったのは「SKELETON MOON(Session 1)」だったと思うんだけど、最初からみんな出し切っちゃって。このSession 1って30分くらいあったから、優介くんが最終的に半分くらいにミックスするのが大変だったって言ってたけどね。でも、そのあと、おもしろいことに曲を重ねるにつれ、その演奏する人の人間(性)がわかってくるのね。そういうのがセッション後半になると出ていると思うな。
慶一:その直前にやったこととは違うことをやろうっていうのもあったね。そういう意味でも流れは確かにあったと思うよ。あと、1曲のなかで、いまギターを弾いていたと思ったら、鍵盤に移動してたり、ティンパニ叩いてたりって感じでみんな自由に楽器を持ち替えたんだけど、そういう発想も何回か重ねていくと、違うやり方や鳴らし方を試してみるようになった。
良明:ティンパニ人気なんだよね(笑)。音デかいからみんなやりたがる(笑)。
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──歌……というより朗読のような言葉が乗った曲が2曲ありますね("Ippen No Shi"は鈴木慶一作詞、"SKELETON MOON"は鈴木博文作詞)。
慶一:この2曲の歌詞に関しては、鈴木博文が録音数日前に言葉もあっていいんじゃないかとメールしてきて、一晩で歌詞を書いて初日に持って行って、鈴木博文は2日目に書いてきた。ただ、その歌詞の内容は完全に自由だった。歌うのか朗読するのかも決めてなかったし、鈴木博文は初日に録った曲の何分何十秒目に歌を入れたいと思ったようで。私が歌詞をつけた"Ippen No Shi"……あれは「酋長の娘」(1930年の歌謡曲)をモチーフにしているんだけど、あれもふっと思いついて出てきた。婆ちゃんが昔口ずさんでいたのを覚えてたっていうのもあるんだけどね。
──ロシアがウクライナを侵攻したりするような時代にこの歌詞は批評性が高くて意味があるなと感じます。
慶一:世の中不安定だからね。自然とこういう歌詞に気持ちが向かうんだな。ChatGPTのようでもある。
良明:なんかね、この曲に限らず、空を飛んでるような感じのセッションで楽しかったんだよね。譜面もないしコードもないから、解き放たれてる感じ。
慶一:演奏している時は、もうそのままのドキュメントだから、たとえば誰かが楽器から楽器へと移動している時は、その人は音を鳴らしていないわけだよね。そこに誰かが他の楽器で演奏するかもしれないし、そのままになるかもしれない。8人もいるから誰がどうなってどういう音を鳴らすのか誰も想像できないけど、グチャグチャにはならない。楽器はたくさん使われているんだけど過剰にはならないっていうのもおもしろかったね。
良明:そうならなかったのも、やっぱりミックスした人のプロデュース能力……ミックス作業でそれぞれがプロデュースするような感覚で仕上げたっていうのも大きかった気がするな。
慶一:良明はひとつのセッションで2曲作ったからね。
良明:セッション4がふたつあるのはそういうことなんだよね。あれはね、岡田くんがボーカロイドを使って出した声を大フィーチュアしたの。そこにインスピレーションがあってふたつに分けたんだけど、実際に録った時の音を聴いていると山あり谷ありなんだよね。で、谷と谷の部分を切って、ひとつの作品にしようと。(曲の)最初と最後はエディットしてそれぞれ2曲に仕上がった。でも実はまだこのセッション4も使ってない素材がいっぱいあるんだよ。セッション4からはまだまだ曲作れるよ(笑)。
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──ひとつのセッションを複数曲に分けるというアイデアは良明さん個人の判断だったのですか?
良明:そう。メンバーに言ったらいつまでたっても作業進まないもん(笑)。
慶一:「こことここを切るよ」って言われてもわからないしね(笑)。
良明:インプロは迷わないっていうのが大事なんだよね。「どうしよう?」とかって相談せずに自分のジャッジで決めていく。これは演奏だけじゃなくミックス……曲を仕上げる段階でも同じだと思う。悩んじゃいけない。そして無反省(笑)。ただ、気にしたのはダイナミクス。小さな音も大きな音も歪まないでちゃんと入るかどうか。そこはマスタリング・エンジニアの方にちゃんと伝えたし、僕も作業のなかですごく気を配った部分だったな。
慶一:私がミックスした曲、"Ippen No Shi "に関して言うと、まずサイズを変更していない。で、私のアンプのノイズがイントロダクションの部分にうっすら乗っかってたんだけど、それをちょっと拡大しようと思ってデカくした。ただ、私の場合は逆にダイナミック・レンジが広くしすぎちゃって。バスドラのなかのマイクで録った音を調整したり、くじら(武川)のヴォーカルをあっちにやったりこっちにやったりで奥行きをつけたりして、マスタリング・エンジニアの方には、ひとつひとつ伝えたの。その調整が大変だったね。
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