パラダイス・ガラージ、18年ぶりの新作に見る48歳のドリームとイリュージョン
孤高のシンガー・ソングライター豊田道倫が、久しぶりにパラダイス・ガラージ名義で、新作アルバム『愛と芸術とさよならの夜』をリリースした。作曲やアレンジ、演奏、さらには録音、ミックスに至るまでを豊田ひとりで行った一方、マスタリングは、グラミー賞受賞経験もあるショーン・マギーに託した今作。豊田は、なぜいま18年ぶりとなるパラダイス・ガラージ名義の作品を発表しようとしたのだろう。18年という時間を経て、パラダイス・ガラージとしての豊田の音楽はどのように熟成され、作品へと反映されていったのか。そんな新アルバムの深層部に迫るべく、今回OTOTOYでは、岡村詩野によるインタビューを実施。その様子をお届けする。
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INTERVIEW : パラダイス・ガラージ(豊田道倫)
豊田道倫が久々にパラダイス・ガラージ名義でアルバムを出すというニュースを聞いて、そういえばあれからちょうど20年か、と、目の前のカレンダーにある2018の数字に目を落とした。20年前……1998年は、パラダイス・ガラージの『実験の夜、発見の朝』がリリースされた年。自宅録音で制作するスタイルから一転、初めて外部プロデューサー(福富幸宏)を起用し、多くのゲスト・プレイヤーを迎えて正規のスタジオでレコーディングされたこの作品が、豊田にとっての代表作のひとつとなったことは間違いないことだし、その後の豊田があの作品を自身の制作活動における絶対的なメルクマールとしてきたからこそ、40代を過ごす現在も彼は、不格好でもストラグルしながらでも前進するという、ポップ・ミュージックをポップ・ミュージックたらしめる真理から鋭く目を離さずにいられるのだと思う。近年、再び彼のパフォーマンスをよく観に足を運ぶようになった筆者は、彼が自身のその絶対的な過去作品に一定の愛着を注ぎながらも、いつかアップデートさせるべく標的としていることを痛切に感じていた。
『愛情』以来実に18年ぶりとなるパラダイス・ガラージ名義でのアルバム『愛と芸術とさよならの夜』。豊田の歌の強度の高さとメロディの甘さが、混沌とした闇を超え、憎らしいくらいに人懐こく伝わってくる力作だ。曲作りから録音、ミックスまで豊田ひとりで行なった作品なので、厳密には『実験の夜…』とはもちろんのこと、18年前に発表されたパラダイス・ガラージとしては前作にあたる『愛情』とも違う。だからと言って、たったひとりで音作りに向き合っていた初期……ひとりで制作するというプロセス自体は同じでも、彼がまだ大阪に暮らしていた頃の作品ともまた異なるし、たったひとりで制作するソロ名義作とも当たり前だが全く別物だ。その差異を一定の尺度で推し量ることは難しいが、ひとつだけ言えるのは、豊田道倫はやっぱりどうしようもなく純粋な音楽家だということだ。そして、彼をそこにとどめているのは意識と本能との間でもがいた末に抽出される孤独という感覚ではないかと思う。意識と本能……それは現実とイリュージョンという言葉に置き換えることができるかもしれない。
のっぺらぼうの女性がモノクロで描かれたオートモアイが描いたアートワークに豊田は「孤独感を託した」と話す。その一方でイギリスのアビー・ロード・スタジオのエンジニアにマスタリングを依頼。その結果……パラダイス・ガラージは2018年に間違いなく上書きされた。淀みなく美しきベッドルーム・ポップシンガーの現在は間違いなくここにある。
インタヴュー&文 : 岡村 詩野
自分の手でミックスまでしないと、自分の音楽の世界観が達成できないのかな、と思って
──パラダイス・ガラージ名義のアルバムを久しぶりに出すことはいつ決めたのですか?
『実験の夜、発見の朝』が1998年の9月15日発売だったことをふと意識して、その20年後の今年の2018年の9月15日に何かしたいなと思って。で、その時に、ライヴというのもちょっと違うかな、と。自分でコンピューターのDTMをちゃんとやっていなかったから、その挑戦というか。2016年のサニーデイ・サービスのアルバム『DANCE TO YOU』、あれが自分には大きくて、ずっと聴いていて、あれは曽我部(恵一)くん本人がミックスしていて、歌う人で自分でミックスするのは無理だなと思ってたんですよ。でもあの作品は完璧で。そのときからふつふつとやっぱり自分でやらなきゃな、と。それがずっとあった。やっぱりエンジニアには細かなオーダー、無茶なアイデアとか言いにくいときがあって。
──なるほど、自分でミックスしようと決めたことがきっかけだったと。
そうです。
──では、曽我部恵一さんのミックスの凄さをどういうところに感じました?
すごいと言うか、完璧だった。もちろん楽曲、演奏が良くて。あれだけ客観的で冷静で気持ちいいミックスというのは、歌ってる本人にはできないと思ってたんだけど。曽我部くんがずっとやってきた研究結果が花開いたんだなと。
──歌っている本人には(ミックスは)できないというのは、曲に移入し過ぎてしまうからということですか?
そうですね。
──実際にはこれまでもミックスにトライしようとしてきたのですか?
それはない。
──やろうという気もなかった?
うん。
──でも、サニーデイの作品を聴いて、俺もできるかも、と?
できるとは思わなかったけど、自分の手でミックスまでしないと、自分の音楽の世界観が達成できないのかな、と思って。
──パラダイス・ガラージ名義でもソロ名義でも自分の目指す世界に到達させるところには、まだもうひとつ物足りなさを感じていたということですか?
この時間と予算の中で、いいスタッフで、作ったらそれでとりあえずOKと思ってたから。でも、もうちょっと自分でも聴けるミックスにしたかった。
──これまでの豊田くん自身、どういう部分が足りないと思っていたのですか?
難しいな……やっぱりプロのエンジニアはプロのフォームがあって、そこにはめてOKにしていて、僕は歌がうまくないからやっぱり無理があって。でも、邪道のミックスでも本当はOKで、つまり下手なヴォーカルでも気持ちよくできる可能性がどこかにあるはず、と思ったんですね。
──邪道でもいいと。
うん。自分の手で作っていくというか、こさえていかないと。
──どこかで、こういうものだと諦めていた部分もあった?
うん。
──でも何かやり方があるかもしれないと気づいた。で、実際に自分の手でミックスを試してみてどうでしたか?
自分の家でやるというのが最近はあんまりなかったから。それだけでも大分違った。歌入れとか、今日は気分が出ないからやめようとか、そういうことももちろん可能で。そういうのがいいなと思って、普通はスタジオ押さえて日程も決まっていて。そういうのがなかったから。今日ダメなら今日はもうなし……みたいな。無理して歌っても何も良くないから。
──自分のペースで作業できる。
それがやっぱりいいなと。
──そういうやり方を全くやってこなかったわけではないですよね? でも、一方でいつしか、いい音で録音したいとか、いい環境で、とか、いろんな人が関わってくることで小回りがきかなくなってきていたと。
タイトになってくる。
──活動初期にやっていたような作業から離れてしまっていたけれど、もう一度自分の好きなときに赴くままに…という気持ちがもうひとつの動機としてあったということですね。
そうですね。
自分が楽しみたいと思うものを作るだけ
──そういう作業も自分でこなすことが大前提としてある中で、自身のヴォーカルや表現については何か変化がありましたか?
うまくないけど、それはそれでええやん、って。それはもう身体性やから。一所懸命トレーニングしてもしょうがないし。ずっと前はボイトレに行こうとも思ったんだけど、周囲から反対されて。
──え、誰から?
川本(真琴)さんとか。
──(笑)。
絶対行かんでいいって。
──川本さんも行ったことないのかな。
よくわかんないけど、絶対行かんといてや、って。
──でも、豊田くん自身はボイトレに行こうと思ったわけですよね。うまくなりたいと思ったわけですか?
まあ、うまくなりたいというよりは、1回くらい行ってみてもええやん、って。
──でも、やっぱりいいやと思いとどまった。
2009年かな、福井で川本さんと七尾(旅人)くんとライヴやって、そのとき、川本さんのお母さん……福井で有名な大きなカラオケ教室をやっている演歌歌手でもあり……キング・レコードから自分のCDも出してるし、年1回ホールでコンサートもやっている人でね。で、福井でライヴしたときに、終わって、お母さんがこちらに向かって来て、叱られるかな、やばいな……と思ったら、「豊田さん、あなたは歌がうまい」って言ってくれて。僕は、ああ、やっと出会えた、みたいな(笑)。「あなたは歌が上手だ」って。それで自信を持ったっていう。
──川本さんのお母さん、本気だったのですね。
かな。ライヴで歌ってるときに、急にフラッシュ炊かれて、後からそれはお母さんが、すくっと立ち上がって、写真撮ってたみたいで、それがかっこよく写ってて。
──写真まで撮って!
そうそう。お世辞ではないんやなと。
──それで、自信を持って歌おうと。
そこまでは思わないけど、上手く歌おうとしなくてもいいんだって思った。だからあの発言は自分の中では大きかった。あのときにダメ出し出てたら、歌を辞めてたかもしれない。
──そういう体験が制作物にも反映されていきました?
ライヴと録音はまた違うから。でも、時々思い出す。
──ミックス含めた録音は、聴く人の目線というか意識を考慮する作業でもありますしね。
ずっと気にしてるんだけどね。そこらへんのバランス感覚はわからないな。
──聴く人の立場により近づいて作業するようになったと。
それは基本ずっとそうだね。今までやってこれたのもそこじゃないかな、謙虚さ。
──なるほど。
下手だけど、歌い方だけは謙虚だと思う。そこだけは。だから、こんな感じでもまだライヴが成立するんだと思う。
──その歌に対して謙虚というのは、どういう感覚なのですか?
自分の長所と欠点をちゃんと把握してその中のベストを尽くすということですね。みんな自分の長所欠点をぱっと口にできないんですよ。わりと自分は欠点ないと思ってたりするのに驚く。やっぱり何かをやろうというひとはそういうタイプなのかな。
──自分は自分の長所欠点を冷静に把握していると。それが謙虚だと。でもそれは、その謙虚な姿勢が自分の歌の魅力ではあるわけだけど、一方でその謙虚な部分が足を引っ張ってるところもある、という意味でもありますか?
そう。
──もっと自信過剰なくらいでいけたらいいのになあと思うこともありますか?
それはない。あっても50パーだね。半々ですね。
──謙虚であることで損をしたことはありますか?
今は出てこないけど、俺ももう少しつっぱっていればよかったかな、ってことはあるね。
──何に対して謙虚でいると思っていますか?
これは単純に、聴く人、リスナーに対してですけどね。
──具体的にどういう感情が働くのでしょう?
傲慢じゃないというか。自分のエゴが出ていない。1個の表現として。
──それが今回特に出ている。
いつもそうなんだけどね、だんだん年もとってくるし。自分の才能にそんな自信ないし。やっぱり、音楽、ポップ、ロックは、50近い人がやるもんじゃないっていうのが前提にあるんでね。
──60、70でもいい音楽作っている人、いますよ。
自分にはそんなに多くはいない。でも、ボブ・ディラン。彼の歌詞をずっとちゃんと読めてなくて。『テンペスト』ってアルバムで初めて凄いなと思った。それからもう一度、国内盤を買って歌詞を読んでます。前に、週刊誌の連載で『テンペスト』の歌詞を坪内祐三と福田和也が論じていて、自分も歌詞をしっかり見ようと思って。そしたらロック界隈の人は意外と歌詞を聴いていなかったという。
──そうしたディランの歌詞からの影響は自身の作風に関係していますか?
そこは影響していません。すごいなと思っただけ。
──聴く立場と作る立場は違う。
自分は正直なことしか歌えないから。正直というか、ああいうのを見てすごいなと思うだけで。
──すごいと思うけど、自分もそうでありたいとは思わない。
思わない。自分が楽しみたいと思うものを作るだけだから、違う作家のことは入ってこないですね。
──いざ作るときには意識が変わるんですかね。
曲を作ろうとして詞を作らないから。ふっとある日歌詞ができるから。またこんな歌詞作っちゃった、みたいな。でもまあいいわ、みたいな。
──ひらめき、みたいなものですか。
それでしか作れないタイプだから。
ヴィンテージ感は邪魔ですね、ちょっと良すぎて
──『愛と芸術とさよならの夜』の曲作りの過程もそうした日常生活から?
基本は。このアルバムを作ろうと思ったのが春先で、そこから作った曲が入っています。「飛田の朝ごはん」だけこの3,4年のストックの中からの曲ですね。この曲は2016年に作ったんですけど、サニーデイ・サービスの『DANCE TO YOU』を聴いてすごいなあとずっと思いつつ、体調最悪で録音とか出来なくて。でもこの曲を作ったから、この年はいい年だってことにしようって思ったくらいの曲。すごい小曲だから反応は少なかったけど。
──短い曲ですからね。でも散文詩みたいでインパクトがあります。
僕はこれは自信があってね。これはいける、って。
──亡き月亭可朝さんの留守電メッセージが入ったりしていて特殊な印象を受けるんですけど、豊田くんの曲は基本的にポップス、ロックのカジュアルなフォルムをすごく真摯に継承している印象があります。闇雲な破壊力はあるけど、一方でポップス、ロックへの愛情がすごくある。真ん中にある楽曲自体は、非常にジェントルだし、メロディもわかりやすい。結果として、ロックやポップスの歴史を継承しているんですよね。
歴史を継承しているとかはないね。自分ができる範囲というか。あんまり難しいことはできないですけどね。しんどいし。簡単な構成じゃないとできない。
──先日のライヴの時のパラダイス・ガラージのメンバーも、mtvBANDのメンバーもみなさん達者じゃないですか。
でも、物忘れが激しい。僕もだけど。そういうこともあって、シンプルがよいというか、そういうふうになっちゃったんだよね。他の人の曲を聴くとなんか難しいなってよく思う。
──ただ、今回のパラダイス・ガラージは全てひとりで録音した宅録だからか、瞬発力あるアレンジになっているように聞こえます。
うん、宅録ありきで作っているからかもしれない。曲ごとに録音のアイデアと一緒に作っているから、シンガー・ソングライターとは違った感じ……シンガー・ソングライターぽくないかもしれない。
──パラダイス・ガラージ名義になると特に?
転調とか多いしね。だからアコギ一本で歌おうとするとそんないい曲じゃない曲もある。宅録のやりかたの発想ありき、おもちゃぽいというか。
──なるほど。そこが豊田道倫名義とのいちばんの線引きなのですか。
そう。そういうふうになっちゃったんだよ。
──そのサウンド面でのアイデアはどういうところから出てきます?
そのときそのときの直感やね。時間はあんまかけないし。ぱぱぱっと。だから斬新なことは一個もやってないですよ。Logicなんておもちゃみたいなものだからね。
──デビューしたとき、最初自分ひとりでやってたときはそもそもどういう機材を使っていたのですか?
カセットとかDATレコーダーです。あとはMTRと。ハードディスク・レコーダーですね。
──でも、今回はLogic Pro Xを使ってみた。
それがわりといまの普通というか。パソコンでやるならね。
──これまでにもそういうソフトを使ってみたりとかは?
一切ないです。今回も、はじめは本日休演の岩出(拓十郎)くんとかから、Studio Oneというソフトを勧められて、周りも今これがいちばん良いですよ、って。その良いという理由は音が良いと。自分も1回デモ版を使ったけど、たしかに音が妙に良いんですよ。でも、だから、これはあかんわと思って。
──音がいいのが逆にダメだと。
そう。これでギターやヴォーカルを録音しても、粗しか出ない気がして。でも、Macの音は若干悪いイメージがあるんですよ。悪いというか訛るというかね。GarageBandの音の悪さがカセットぽいと思ってて。LogicはGarageBandをプロユースにしたものだから、この感じの方がいいなと。
──良い音の機材を敬遠するのはなぜですか?
良い音というか、張りのある音が苦手なのかな。
──悪い音に惹かれる。
悪い音がいいというより、そこそこでいいというかね。何回も聴ける。
──そのイメージとして代表的な作品はありますか?
SoundCloudに上げてる若い宅録、ラップの人たちには結構あって。海外ではsalami rose Joe Louisとか。曽我部くんのソロアルバムのモノミックスのとか。
──ああ、だからといってアナログでもないっていう。
そうです。現場の話ではいまはWindowsの方がいいってよく言う。映像編集もシャープでキレが出るとか。Macはぬるくなる。
──ハイ・ファイでもないしロウ・ファイでもないし……。
そう、チューハイですね(笑)。
──うまいこといいますね。
チュー・ファイ感ですね。ロウ・ファイだといまカセットとかアナログを使うとヴィンテージ感が出てしまう。それはちょっと違うな、と。ヴィンテージ感は邪魔ですね、ちょっと良すぎて。
──ヴィンテージ感はいまの時代、妙なブランド性みたいなものに直結してしまう、ということ?
なっちゃうね。そうすると表現が若干しょぼくても格好がついてしまう。それは邪魔だなと思って。で、ロウ・ファイになっちゃってもマスタリングでなんとかチュー・ファイにしてくれると思ったんですよ。(イギリスの)アビー・ロード(・スタジオ)で。だから最悪ミックスがダメでも、少しはマシになるかなと。日本のマスタリングでやるとたぶん欠点しか出ないと思う。自分の欠点がより出てしまうかなと。2013年にマイ・ブラッディ・ヴァレンタインが急に発表した『mbv』を聴いて、はじめはなにこの音? って。マスタリングしてないんじゃないか? って思えるくらいだったけど、実はアビー・ロードでちゃんとやっていたという。日本人の発想だと、もっと音圧があってっていう感じ。歌もそんなに聞こえないし。歌をちゃんとよせてあげて欠点を隠したいって感じなんですよ。
──補正下着的な(笑)。
まあ、アビー・ロードは何もしなかったっていうくらい音圧は変わらなかったですね。でもね、それでも大分変わったんですよね。自分の彼女が美容整形に行くっていって、帰ってきたらあまり変わっていない。でも夜布団に入ったら、あれおまえすごい良い女になったやん、みたいな(笑)。一見わからないけど、布団に入ると、極上の女を抱いているような気持ちになるっていう(笑)。
──布団に入る感覚というのは、作品におけるどういう感覚ですか?
(笑)。ちゃんと聴いたら、というね。じっくり聴きこんだら、あれ? 良い音楽になったかもしれないって。
──ほとんど気づかれないレベル?
だって僕もはじめは、あれ? これ本当にマスタリングしたのか? って思った。ゆっくりヘッドホンで聴くとああ大分変わってるわ、と。どこが変わったかは良くわかってない。何を使ったかはこちらはわからないから。ただ格段に気持ち良いサウンドになっている。
孤独感をジャケットに託した
──今回、どのようにマスタリングのリクエストを出していたのですか?
何も。細かな指示を言ってもしょうがないし。
──マスタリングをやったその人は、実はグラミー賞もとってるショーン・マッギー(Sean Magee)さん。今回もとてもいいエンジニアさんに当たりましたね。最終的にお任せだったとはいえ、結果的にポップスとしてすごく強度のあるものになったと思うんですよ。歌がしっかりと前に出ていて、クリーン過ぎず、バッド過ぎず…… で。豊田くんがパラガでやってきてることってポップ・ミュージックとしての耐久性の高さをものすごく意識して作られてると思うんです。単純に自分の歌いたいことを歌ってますっていう根っこはそこにあると思うし、表現のモティベーションは今もそこだと思うけど、それをこうやって形に残していくにあたっての強度。1回聴いておしまいってなってしまうような音ではない、本当に強度の高いものになっている。それがパラガの大きな特徴のひとつかなと思います。
まあ、強度っていうか、人懐っこいですね。そんなにエッジーのあるものはもうできないし。
──エッジーなものになってる自覚がない?
はい。『実験の夜、発見の朝』のときのような、20代でしかできないことはいまはできないから、それは逆にパッケージに託しました。
──オートモアイさんの手がけたアートワーク?
そう。いま27歳で、僕がちょうど『実験…』を作った歳なんですよ。
──その若さに託したと?
友達の写真家がジャケ写やりたいって言ってくれて彼の写真もすごいんだけど、今回はどうしてもオートモアイさんの作品であって欲しかった。CD作るまでに1回だけ打ち合わせしたんだけど、会う前はこれを言おうあれを言おうって、自分なりのテーマとキーワードを考えてはいたんです。でも、いざご本人に会った瞬間に、すべて任せますと。カラーかモノクロもご自由にと。なんかそんな気分になったんだよね。でもまた次はわからない。
──次のパラガ作品ではまた別の触覚が働く。
うん、今回は…… なんかあったのかな。若さというか自分にないものを何か1個あるとしたらそこだったから。孤独さというかね。孤独さはいまはないから。
──ぜんぜん?
ない。やっぱり家族を持ったからね。孤独が好きだけど孤独じゃない。
──満たされている?
満たされているというか、子供と暮らしているとがちゃがちゃした生活だからね。
──その孤独な部分をどこか注入したかったと。
かもしれないですね。もう孤独にはなれないですからね。
──取り戻せない?
しばらくはね。
──孤独感を欲する思いの根底にあるものはなんでしょう?
自分の欲しいものはそういうものかなって。自分が金を出して買うならね。家族がいるからこその孤独感はあるけど、ちょっとわかりにくい。見え方として、わかりやすく、その孤独感をジャケットに託したわけです。
──でも、豊田くんは意識的に孤独感をモティヴェイションにするような作家じゃないでしょう?
はい。だけどずっとひとりで作ってた割には孤独って気もあまりしなくて、ちょっとその辺に過敏にはなってたかも。
──でも、おそらく聴いてくれる人…… に限らないかもしれないですが、おそらく誰もがみんなどこかで孤独感を持っていると思いますよ。
そうですね。それを商品にするにあたって明確にしたいと思って。特にスマホでApple Musicとかで聴くとパッと画面にアートワークが出るでしょ。それは大きいと思ったんです。最初に提案された友達の写真家のは僕が写ってる写真で。でも、それはただおっさんが写ってるだけにも見えて。
──ただ、ブックレットの中には自身が写った写真が使われている。しかも20年前…… まさしく『実験…』を出したときの写真です。
別に深い意味はない。あの頃の写真があったから使ったほうがいいんちゃうってところ。そこはなんも考えてなかった。
自分の人生にそういう妄想とかイリュージョンが1個くらいあったほうがいいんじゃないかなって思う
──では、改めて20年前の写真を見てどう思います?
あの頃の方が意外に暗かったな、というか。沈鬱な感じやったな、とは思う。いま、俺には20代の子達の友達が多いんだけど、ちょうど『実験…』を作った頃くらいの。
──本日休演のメンバーとかまさにそうですね。いまの彼らの在り方と自分の当時の在り方と見比べて、シンプルにどう感じますか?
ぜんぜん違うと思うけどね。
──どういうところが?
欲望が薄いっていうかね。妄想がないっていうかね。まだあのときはネットもないから、俺はすごい、みたいなやつがいっぱいいたじゃないですか。そういう勘違いをできたし。僕は当時CDを4、5千枚くらいのセールスだったけど、みんな勘違いしてて10万枚くらい売ってると思ってるんですよ。割と雑誌によく出ていたから。いやー、実際は3千枚とかですよって言ったら物凄いびっくりされたことが何度かあった。
──そういう時代でもあったし。
よくも悪くも勘違いはいっぱいあったからね、当時。いまは曲を作って、YouTubeとかサンクラにアップしたら全部数字が出るじゃないですか。あれ、こんなすごい曲作ったのに誰も聴いてくれてない、とか。そうすると俺はすごいっていう妄想がしにくい。もう挫けてサラリーマンになろう、みたいな。
──妄想と自意識が肥大化した末の勘違い。でも、それがギリギリおもしろい時代だったかもしれない。
それは大きいんじゃないかな。
──それは残念? 寂しい?
それには何にも思わないですね。関係ないから。あっそうって感じ。
──その差異が逆におもしろかったり?
いや、何も思わないですね。ただ自分のやるバンド・メンバーに関しては妄想が欲しい。だから久下(惠生)さんがいる。
──たしかにパラダイス・ガラージにしてもmtvBANDにしても妄想系の人がズラリ揃った印象です。特に冷牟田敬さんは完全に妄想の人ですね。
ですよね。だからやっぱり彼は必要なんですよ。妄想というか、ドリームがね。イリュージョンというか。僕はあんまり知らないんだけど、最近あのバンドが人気らしいじゃん、ヨ・ラ・テンゴ。
──ああ、こないだも来日していました。初来日の時はほんと小さなライヴ・ハウスでガラガラだったのに。どんどん日本で集客増やしている稀なバンドですね。
何年か前までは買ってたけど、まあまあだなって思うくらいで。アメリカのバンドで言えば、この間、そう言えばバットホール・サーファーズってどこいった? って話になって。
──ああ、いいバンドでしたね。
ああいうしょうもないバンド、ああいうワーッとうるさい気狂いじみたバンドは端っこの方にいって、何となくずっと時代の空気を読んでるバンドは残ってて。俺はバッドホールが好きやったなって。
──妄想やイリュージョンがあるかどうかの違いですかね。
バッドなね。バンドをするときはそれが大きいですね。それがなかったらできない。だからちょっと勘違いしたメンバーが入っちゃう(笑)。
──(笑)。
今回パラガでコーラス参加して貰った柴田聡子さんも、SSWからはみ出る何かを感じる。
──音の作り方とか機材とか環境とか制作費とかいろいろ違ってきてるかもしれないですけど、その根幹の豊田くんが持っている妄想、ドリーム、イリュージョンは結局いまも黙っていても出てしまう。今回のアルバムもそこが大きな礎になっていますよね。
自分の音楽ってそうだね。作ってるときはそうなっちゃうね。
──普段はそうでもない?
普段は違いますね。
──なぜなんでしょう?
うーん…… どうせ金にはならないし、自分の人生にそういう妄想とかイリュージョンが1個くらいあったほうがいいんじゃないかなって思うんだよね。金にするんだったらもっとちゃんと考えますけど。
──なるほど。逆に言えばドリームがないと音楽にならないという。
これ作って3年間飯食わせるとか、そういうこと言われたことないし。こんなに心血注いで作っても何にもならない。だったら作るものくらいはそういうドリームとかイリュージョンが欲しい。それでしばらく生きていけるくらいの。
──アルバムに入っている「paradise garage band」、これの歌詞に〈バンドをやりたい / 仲間を見つけて〉というくだりがありますよね。いまの話を聞いていると、豊田くんにとってバンドをやること=ドリームを持ってる人とコミットする、ということなのかなと感じるんですね。一方で〈茶番、茶番〉って繰り返す冒頭に対し、最後に〈茶番じゃないのは歌だけ〉と結んでいる。ドリームや妄想に対し、歌だけがリアリティのあるものというようにも読めます。ここでの茶番っていうのはなにを象徴しているものですか?
特に何も象徴してないよ。ただ勝手に口から出てきただけなんだけど。
──何を茶番だと思います?
社会や世間なのかな。うーん。でもわかんないですけどね。普段学校とかしょうもないと思うけど、今日子供の授業参観で学校に行ったら、意外に感動しちゃってね。先生しっかりしてるな、みたいな。たまに怒って、良い感じに冗談とか言って、緩急つけて授業してるな、と。俺のライヴよりおもしろいなと(笑)。みんながんばってるなって。茶番じゃないなって。茶番は自分かもしれないって思ったりもしますね。
──豊田くんは歌だけを頼りに生きてきている。だから豊田くんのやっていることも茶番じゃないですよね。
そうかな。
──歌うたいとしてのリアリティ。
そうなのかな。
──歌は絶対に自分を裏切らないと思います?
いや、単に歌が好きなのかな。違うものをそんなに好きになれないっていうかね。芝居とか見ないし。映画もそんなに好きじゃないし。やっぱり音楽がいちばん好きだなって。それくらいですね。
──今はその選択肢が増えているようで、逆に少なくなっている時代ではありますよね。
まあ、そうなってきたってだけで、俺はこれだとは思ってへんし。
──気がついたら絞られてきている。
それだけですね。まあ、昔は色んな友達がいたなと思うけどね。段々狭まってきたかも。頑固な部分が出てきたなあ、良くないね。
──そういう意味でも孤独感が若い時分より強まってるのかもしれないですね。でも、一方で豊田くんって華やかなエンターテイナーな側面もあると思うんです。何かしらの華やかさがある。その華やかさってなんだろうってライヴを観ながら思っていました。歌ってることは決して華やかな世界ではないのに。
いやあ、そんな自覚ないですよ。ライヴ中に衣装は着替えるくらい。
──でも、ライヴでは割といつもジャケットを着てるでしょう? 歌うときはたいてい正装する。人前に立つときのマナーみたいなものっていうのをすごく意識してるんだろうなって。
ちょっとはね。自分がそういうのが好きなのかな。この間亡くなった月亭可朝さんもね。そういう感じでした。お会いした時も高座も肩肘張らないのに、なんてこの人品があって洒脱なんだろうって。憧れで。
──ヒロイックなスター性や華やかさがなんとなくあるのに、超個人的なこと、おれはこれしかできないっていう不器用さを切々と歌う姿。それがひとつの中にあるおもしろさが豊田くんのパフォーマンスにはありますね。お客さんも最後に「I love you」で泣いてましたよ。始まった瞬間に、周囲から「あー!」って声が出て。やるんだこれ! って。
まあ男子やね(笑)。
──この前のパラダイス・ガラージのライヴも男子率高かったですね。
春にサニーデイ・サービスのライヴにいったけど、サニーデイも男子のファン多くてびっくりした。一瞬俺違うところ来たかと思った。前はボーダー着た妙齢の女性たちがいっぱいいて。あれ? って。パンクの雰囲気だった。でも、僕のライヴは若いひとが多いって言われるけど、本当は同世代にも来てほしいんですよ。時代の荒波をどうにかこうにか生き抜いてきたおっさん、おばはん達にね。もっと濃いイリュージョン、共有しませんかと。
『愛と芸術とさよならの夜』のご購入はこちらから
豊田道倫名義での過去作も配信中!
LIVE SCHEDULE
2108年11月16日(金)@八丁堀 七針
時間 : 開場 19:30 / 開演 20:00
※豊田道倫ソロ・ライヴ
2018年12月1日(土)@阿佐ヶ谷 ハーネス
時間 : 開場 18:30 / 開演 19:00
2018年12月21日(金)@大久保 ひかりのうま
出演 : 三輪二郎、池間由布子
2018年12月29日(土)@渋谷 TSUTAYA O-nest
※豊田道論 & mtvBAND
〈豊田道倫 2018FINAL〉
2018年12月30日(日)@北堀江 FUTURO CAFE
〈Botanical House Vol.4〜新春スペシャル〜〉
2019年1月12日(土)@京都 磔磔
出演:豊田道倫 & mtvBAND / 夏目知幸(シャムキャッツ)…… and more
http://www.smash-jpn.com/live/?id=3034
PROFILE
豊田道倫
とよたみちのり。1970年、岡山県倉敷市生まれ、大阪育ち。宅録から始まり、93年からベアーズでライヴ活動開始。95年TIME BOMBからパラダイス・ガラージ名義『ROCK'N'ROLL1500』でデビュー。以降、パラダイス・ガラージ、豊田道倫、豊田道倫&mtvBAND名義で20数枚のアルバムを発表。ライヴ活動も続けている。
【公式HPはこちら】
https://toyotamichinori.tumblr.com/
【公式ツイッターはこちら】
https://twitter.com/mtrock_