IT BOY『THE NAIL HOUSE EP』
インディー・クラシックのレーベルとして知られる〈ニュー・アムステルダム〉は、エレクトロニック・ミュージックのボキャブラリーを特異な形でアコースティック楽器と結びつける作曲家の作品を時折リリースする。その代表がダニエル・ウォールなのだが、このイット・ボーイもそうだろう。ブルックリン在住の彼は、シンセやテープ・ループなどを中心としたサウンドに、バリトン・サックスやトランペット、ヴァイオリンといった楽器を絡ませてゆき、それらが形成する独特のアンビエントを展開してみせる。マスタリングを、エレクトロニカのシーンを長年リードしてきたテイラー・デュプリーに依頼するという選択も、彼のコンセプトが非常に正確であることを意味している。チェンバー・ミュージック的なスケール感も持ち合わせたこのアンビエントは今後ますます飛躍してゆくのだろう。
Sonic Boom『All Things Being Equal』
元スペースメン3のメンバー、ソニック・ブームことピーター・ケンバーの30年ぶりの新作には、アナログ・シンセの洪水によって作り上げられた至高のサイケデリック・ワールドが広がっている。ソニック・ブームがプロデュースしてきたパンダ・ベア(彼は本作に客演している)やMGMT、ビーチ・ハウスという固有名詞を挙げるまでもなく、スペースメン3や彼が、2000年代から2010年代のサイケディリック・サウンドに大きな影響を与えてきたことは明らかだ。だから2020年代最初の一年に、ソニック・ブームのサウンド・デザイン哲学が惜しげもなく注ぎ込まれた本作がリリースされたことの意義は極めて大きい。展開よりも停滞(繰り返し)の印象が強く、だからこそ永遠に心地よいまどろみの音楽は、今後も世界中で鳴り響き続けるだろう。
Baauer『Planet’s Mad』
メインストリームのトップ・プロデューサーが作るアルバムというのは個々のクオリティは高いがまとまりのない、コンピレーションのようなアルバムになってしまうことがしばしばあるが、本作は全くそうではない。自身が強い影響を受けてきたUKレイヴカルチャーに、かねてから追求してきたラテン~アフリカ音楽のエッセンスを差し込みながらひたすら練り上げていき、それがひとつのストーリーとなっているからだろう。客演がほとんど入っていないせいか、エンターテイメントにひらけてはいるものの、どこかパーソナルに感じる部分もある。〈Lucky Me〉のレーベル名とでもあるTNGHTと類似性を感じる部分もあるが、ミニマルなTNGHTと比べ、サンプリングの良い意味での雑多さと展開の多さがバウアーの特徴であり、それぞれに良さがある。2020年屈指のハードコアなビート・ミュージックとなるだろう。
Clap! Clap!『Liquid Portraits』
3作目にして、これまでのキャリアで最もソリッドな作品を完成させた。キャリア当初から展開されていた、民族音楽のサンプリングなどを楽曲に使用する一方で、近年のビート・ミュージックが培ってきたボキャブラリーを縦横無尽に展開する、いわゆる「ごった煮」的なアプローチは健在だが、それがより洗練された印象だ。サンプリングやウワモノの使用を元ネタの魅力を備えつつも香りを薄め、リズムやビートの骨格によりフォーカスし、サウンドのダイナミズムとグルーヴがこれまで以上に強靭なものになっている。様々な影響源のエッセンスを、それがなんだかわからなくなるまで絞りに絞って導き出した音楽だ。「ごった煮」から旨みが凝縮された透明なスープへ。成熟と衝動が同居した無類のグローカル・ビーツを作り上げた、このイタリア人プロデューサーに拍手を送りたい。
nathan micay『the world i'm going to hell for』
EP『Capsule's Pride』が話題となったのは、芸能山城組が手がけた『AKIRA』のサントラからのサンプリングを楽曲の中で巧みに使うことで独特の世界観を作り上げていたからだ。初のフルアルバム『Blue Spring』におけるシンセの音色がもたらす退廃的な美しさは世界中で称賛された。ネイサン・ミカイの優れている点のひとつに、アンビエンスに対する独特の感性がある。自身が組み立てたビートとアンビエンスを組み合わせる手つきがオリジナルなのだ。おそらく彼はそれを自覚していたからこそ、新作ではそのアンビエンスの部分を進化させるために、チェロ、ヴィオラ、ヴァイオリンというストリングスを、時に加工しながら大胆に導入してみせた。前作よりもアンビエントの部分が強調され、スケール感が増し、チェンバー・ミュージックとエレクトロニック・ミュージックの新たな折衷の形式としても優秀な作品となった。
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