JODY 『JODY』
今年はNENEの年か。ゆるふわギャングとJNKMNが並ぶだけで今のシーンにおいて話題性は十分なのだが、加えてLunv Royalや鎮座Dopeness、Elle Teressaと、ひとたび動けば話題になる面子が並ぶトラック・リストからはドリームチーム感すら漂う。彼らを牽引するのは昨年『GOA』でサイケ・トランスとの相性の良さを証明したゆるふわギャングの2人。中でもNENEの存在感は凄まじく「555」のようなテンポの速いレイブ感はもちろん、「SHIRAFU」や「Hanachan」、「にゅう」などNENEが登場する曲がこのアルバムの柱になっている。だからこそ対比としてJNKMNが映える。彼のリリックはNENEにも負けずぶっ飛んでいるのだが、渋い声のトーンのまま、ズレることなく韻を踏むラップは全体がズレズレでサイケな方へ進みすぎない為の碇ような役割を果たしている。アートワークやMVの印象のせいかJODYのコンセプトには前衛的なイメージが強いのだが、割としっかり(?)不穏なトラップ曲も多く、中でもNENEとElle Teresaによる「だから何?」では、物騒なリリックを通して堂々としたアティテュードを見せつけてくれる。それにしても、普段何をしているのか分からない人たちが、よくここまで集まったもので、アルバムの内容と同じくらい制作風景に興味が向いてしまう。映像化されないだろうか。
Tohji, Loota & Brodinski 『KUUGA』
『JODY』はラップというジャンルのボーダーを出入りするようなアルバムだったが、『KUUGA』は誰もが到達しなかった地下層を思わせるようなアルバムだ。聴いてみると無視できないほどに伝わる日本らしさを感じる。しかし、Brodinskiによるビートは荒廃したインダストリアル・エレクトロであり、日本を意識した音ではない。リリックにも日本をダイレクトに連想させる言葉は無く今作は「Oreo」「プロペラ」と直近のTohjiのシングル同様に、言語に頼らないラップに挑戦しているのかと思っていた。しかしPRKS9の遼 the CP氏による考察を読むと彼らが行った緻密な作詞作業の残り香に気づけるようになるだろう。静寂、廃退、狂気。これらを日本的な風景に結びつけるのは、TohjiとLootaのメロディによる印象も強い。例えば「Yodaka」の冒頭部分の音階はミ♭ファシ♭ファファミ♭、ミ♭ミ♭ソ♭ファファソ♭ファとなるのだが、和風なメロディーはドからシの中の12鍵盤の中、半音を含めて5種類内に限定すると作りやすくなる陰旋法で再現でき、それがハマるメロディーだ。メロディアスなフロウで全体のイメージをつくり、海外のプロデューサーを迎えて前衛的なラップ・アルバムへと挑戦するとなると、2019年に同様の試みが『Gradation』でも見られたLootaと共作する事も必然なのかもしれない。 おそらくこのアルバムに対する困惑は、「Higher」「GOKU VIBES」などTohjiにはフロアを一瞬で沸かせる曲が多いだけに、虚しさすら漂うプログレッシヴな方向性に反応できなかっただけなのかもしれない。では今作がブチあがれないのかと言えばそれは杞憂で、CIRCUS×CIRCUS大阪で「Yodaka」をプレイした動画を見る限り、Tohjiは皆の期待を超え続ける存在に違い無いようだ。
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Moment Joon「DISTANCE(feat. Gotch)」
昨年の3月下旬、東京五輪の延期が決定する頃にMoment Joonとインタビューをさせてもらった。当たり前だが握手してしまった手を除菌シートで拭く彼の様子を筆者は緊張して眺めていた日が懐かしい。この13ヶ月の間、コロナ禍やBLM、米大統領選挙などで分断が表面化した様相を何度も目の当たりにした。事実を受け入れられずに孤立した人や、怒りに震えた人、考え方が対立してしまった友など、人それぞれの痛みがあっただろう。彼もまた苦しみ、同じように苦しむ人々を見て胸を痛めた事をこの曲で振り返る。しかし終盤には<アベノマスク 大坂なおみのマスク でも早く外したいよねって言ったら、誰もが頷く。そこから始めなきゃ ゼロから建て直す壊れた信頼。潰れた店とライブハウス、そこで素顔で君に会える日を待ってる>という詩は、もはや収束を諦めたくなるような昨今に再び希望を与えてくれるものだ。 サンプリングされた坂本龍一の「hibari」の原曲は使用されているような整ったループではなく、ループがズレて次第に規則性を失う展開をする。ズレは曲の半ばで一周して収束するもまたズレ、再び一つになるには9分と長い時間を要する。それは感染の拡大の波を繰り返す様子にも似ている。また美しいメロディーもズレれば耳障りになり、だからこそ一致した瞬間に美しさが際立つこの曲は他者との分断と和解を表現しているようでもある。そして坂本龍一は「hibari」を制作したきっかけに、グレン・グールドというカナダのピアニストが夏目漱石の「草枕」の大ファンだったと知った事を挙げているのだが「草枕」のヒロインは、離縁した旦那の出兵を見送り、二度と会う事の無い別れを経験する。ビザの更新ができないかもしれない不安に苛まれながらMomentがこの詩を書いたのかと思うと、今度は彼の不安に寄り添う側に立って聴き直せる。そして奇妙な事にコーラスは物議を呼んだApple Vinegar Awardの主催者であるGotchである事もまた、偶然が作り出した別の視点から聴く余地だろう。
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