Elaquent 『Bedtime Stories II』
次はサクッと短いビートテープを。カナダのオンタリオに住むビートメイカー、Elaquentのビートは、J・ディラとDJプレミアからの強い影響を感じさせるドラムと、SP-404ユーザーらしい細かなエフェクトのかけ方に特徴がある。しかし、そう紹介してしまっては数多いるビートメイカーの1人であるかのようで物足りない。彼のビートは確かにソウルフルだが、J・ディラ・フォロワーに多い土臭さは希薄であり、その系譜において代表格であるフライング・ロータスのようなカオスさも無い。Elaquentが筆者にとって特別なのは、寂しさすら感じさせる美しいメロディだ。それがコズミックなシンセと、特徴的なタメを持つドラムループに混ざり、眠れない夜のような孤独感を与えてくれる。実際に彼が孤独な男なのかは知らないが、来日した際に渋谷〈Vision〉のメイン・ステージの端に独りで立ち、まるで存在感を消すかの如く大きな背中を丸めて小さなSP-404を操作していた姿はビートから受ける孤独な印象そのままで、愛おしくすらあった。とても美しく、酷く寂しい。それが彼の全ての作品を愛聴してきた筆者が持つ、Elaquentの印象だ。 今作はどうだろう。幸せそうではないか。暖かなコーラスが印象的な「Lost Sight」は、彼の特徴的なレイドバックしたドラムを残しながらも、かつて無いタイプの柔らかな明るさを放っている。正直、残る4曲にそこまでの明るさは無いが過去作に漂っていた哀愁も無く、安らかでスムースな印象のビートだ。昨夏に出した『Bedtime Stories』でも「Year One」は突出して心躍らせるビートになっており驚いたので、2作続くと彼の新たな兆しに期待してしまい話題作ではないがピックアップ。
Lil Leise But Gold 『Sleepless 364』
美しさすら漂う孤独感と言えば、リル・レイゼ・バット・ゴールドの歌声も同じ言葉で形容できる。エッヂの効いたビートを作るKMと昨年から度々シングルをリリースしていたシンガーだ。儚さすら漂うウィスパー・ヴォイスで歌うメロディは時に躍動感すらあり、最早リズムのとり方はラッパーのそれに近い彼女。しかしラップの影響を強く活かしたiriやMANONには無い、気怠さや厭世観を声と歌詞から漂わせている。彼女のリズム解釈の多彩さもKMのビートと相性が良い。躍動感を内に秘めたビートに、抑え気味の声でするリズミカルな歌い方は、似た特徴を持つ2者のように一体感がある。その相性の高さは1曲目の「Sleepless(Pt.1 & Pt.2)」から明らかで、ビートを引き立てるかのような抑え気味のフックが、太めのキックとベースラインが生み出すリズムを引き立てている。個人的に印象的だったのは4曲目の「Citrus」。可愛らしくすらあるビートの上で彼女のコーラスは印象的なリズムの取り方をするのだが、途中に対極にある勇ましいダンスホール・レゲエの音が挟まることで彼女がラガマフィン的なリズム解釈をしている事に気付かされる。家に篭もってばかりの毎日に納まりの良い、静かに心躍らせてくれる1曲だ。
ちなみに、彼女はLyrical School「TIME MACHINE」の作詞を行っているのだが、この曲もKMによるビート提供。彼女のSoundCloudアカウントには3年も前からKMとの曲もある……… 薄々気がついていましたのだが、彼女はKM氏の奥様なんですね。そりゃあ相性が良いわけです。では2児の母でありながら、漂う孤独感の所以とは? そこに迫ったインタビューがこちらにありました。
CHAPAH 『Leave it』
プロデュースによって、こうもラップの印象は変わるものかと、最近衝撃を感じた1枚。柏・松戸・北千住を拠点とする〈VLUTENT RECORDS〉所属のChapahは、GAMEBOYSとしての活動よりも近年はソロでのリリースが活発だ。可愛らしい音で組んだ無機質なワン・ループに、コミカルかつニヒルなラップを乗せるスタイルでリリースを重ねていたが、『MUK』『MAZE』と近年はサンプリング主体のビートを使うように変化していた。今作『Leave it』ではKID FRESINOやNF Zesshoにソウルフルなビートを提供してきたAru-2に全曲のプロデュースを任せた。序盤の「Merigo」を聴けばAru-2が初期のChapahに寄せたようなミニマルなビートで、それに乗るChapahのラップも今までとスタイルを大きく変えているわけでもない。しかし不思議と初期作に感じた単調さはなく、むしろ温かみのある仕上がりとなっている。「I see you」も物足りなさすら感じるシンプルなビートから始まるのだが、徐々にエモーショナルなAru-2のメロディが重なる度にChapahのリリックに温かみが乗る。筆者の好みもあるだろうが、ミニマルな楽曲が並ぶ『POLISH』と聴き比べると使う音色の暖かさやテンポ、エフェクトの具体で、こうも表現力が増すものなのかと驚いた。最後の「Leave it」では、Aru-2らしい繊細なビートに取り込まれたChapahの新たな顔が垣間見れる。思えばGAMEBOYSも含め、皮肉を込めたユーモアで内なる繊細さを見せずにいた印象もあるChapah。ラッパーとビートメイカーが一対一で制作するリリースは近年のトレンドだが、これも記憶に残る成功例だ。
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