演奏するならバンドがいい
ー私は結構いろんなところで書いたり話したりしているんですけど、渚のベートーベンズでの「雨はひとひら」(『フルーツパーラーミュージック』)を聴いて、この人はすごい才能の持ち主だなって思ったのが最初だったんです。メロディはとてもキャッチーでハーモニックなのに、歌詞はロマンティックで、しかも展開や構成がとてもユニーク……と切り口がいくつもある。でも、最終的にはカジュアルなポップなカタチに落ち着かせているというのがあまりにも眩しくて。そういう自分の曲の特性はやはりかなり自覚的なんですか?
西村:いやいや、ほんと、ありがとうございます。やっぱりコード・ワークがちょっとヘンなんやな、ということは自覚するようになりましたね。ベートーベンズのメンバーにも、「コード難しいな」って言われます。最初は難しいことをしようとか、奇をてらうことをしようという気は全くなかったんですよ。ただ、いい曲を作りたいという気持ちだけで。少しずつ、凝ったことをしていくにつれてそうなっていったんです。やっぱり無意識的にXTCとかを目指していたのかなって思いますね。曲作りの最初はゼロからイチを出す感覚に近いんですが、イチを出してから積み上げていく感覚が凝ったアレンジとかになるのかな。なんというか……彫刻を作るようなイメージですかね。
ーたとえば、今回のアルバムのタイトル曲「ハローイッツミー」を例にあげると、どのような流れで曲を完成させていくのでしょう?
西村:あの曲は……Aメロが最初にできたと思います。割とAメロからできることが多いんですけど、ギターで作っていきました。で、雨っぽい雰囲気だなあ~みたいなイメージを膨らませていって。最初にAメロという土台ができたので、コツコツと積み上げていったり、時には削って。あと、この曲もそうですけど、1回目と2回目のAメロもただ繰り返すんじゃなく、変化をつけたくなる。同じメロディだけどよく聴くとコードが違ったり、2回目は伴奏にちょっとヒネりをつけたくなるというか。そうやって手探りでやっていくうちに気がついたら出来上がっていくことが多いですね。
ーある意味で、すごく感覚的ですね。感覚的なのにテクニカルな作品にも聞こえる。
西村:そうですね。本当に技術的なこととか気にしてなくて……ようやく最近になって音楽理論の本を読んだりするようにはなりましたけど。でも、コード・ワークや展開の参考にするために、自分の好きな曲やアーティストの作品を聴いて確認したりして……そういうことで気がついたら自分のスタイルになっていったという感じなんです。
ー今回のアルバムの曲だと、そういう“参考にした曲“には例えばどういうものがありますか?
西村:例えば「Direction」とかはもう、イントロなんかはまんまエルヴィス・コステロですね(笑)。逆に「停滞前線」みたいに、特に何も参考にしないでできた曲もありますね。
ーなんにせよ、XTC、エルヴィス・コステロ……。英国ポップの歴史的な系譜が西村さんの血肉になっているということですね。ブレがない。
西村:他にもいろいろ聴いているんですけど、気がついたらそういうイギリスの音楽に影響受けてるんでしょうね。いま流行ってるような音楽にリアルタイムでいいなと思えることが少ないんですよ。なにが流行ってるかも知らないし。ただ、4、5年経ってから、「あ、いいな」と思えたりすることもあって。だから、いま流行っているものも、何年か経ったら気にいるかもしれないです(笑)。
ー歌詞はどこか翳りがあるものが多いですが、これもある種、空の色がいつもグレーな英国的な音楽の影響のようにも思えますね。「雨」という単語がよく出てくるし。
西村:なんか自然とそういう言葉選びになっちゃうんですよね。元気いっぱいな時に曲は作らないからですかね。気持ちに揺れのある時に作りたくなるし、実際にそういう時に作った曲は自分でも気にいるわけで。
ー曲を作ることで、気持ちの揺らぎが落ち着いていく、という面もありますか?
西村:それはありますね。曲を作らなかったら、中に溜まるだけだし、気持ち悪いものがずっとそこに残っていくんでしょうし。解毒作用みたいなところがあるのかもしれないです。でも20代の頃はもっとたぎってたんですよ(笑)。何かにイライラしてたし攻撃的だったし、30代になってからはもっと自然に音楽に向き合って作っているとは感じます。
ー西村さんの曲がメランコリックでロマンティックな側面を持つようになったのも、いくらかキャリアを重ねてきたことで備わった特徴なんですね。
西村:そうですね。中に溜まっていくものを出すという点では昔と同じなんですけど、今は自然に溜まったものを自然に出すようになったということなんだと思います。最近は何かをモチーフにして作るというパターンは少ないですね。自分でもこれはなぜなのかまだわかっていないんですけど、ポンとできて、ポンと出す、みたいなことが最近は多い。こういう曲を作ろう、こういうことがあったからそれをモチーフにしよう、みたいなことはなくなりました。
ーつまり、ポップ職人的という感覚からは離れてきているということですか?
西村:そういう職人的なアーティストにも好きな人が多いですし、憧れもあるんですけど、最近は自分はそうじゃないなとも思えます。自分が人間的にどう変わっていって、変わっていく過程でどういう曲がでてくるかを自分でも楽しみにしている感じですね。そういう意味ではフォーク・シンガー、シンガー・ソングライターとかの方に近いかもしれない、感覚的には。
ーそれだけに、30代になってから正式なデビュー・アルバムを作ったというのはとても意味がある。
西村:それは僕自身もそう思っています。
ーでも、今回のアルバムは個人名義じゃなくてあくまでバンド名義ですよね。個人の感覚で作られた音楽を複数の仲間と一緒に鳴らすということに、どういう意味を感じていますか?
西村:バンドの醍醐味って制限ができるじゃないですか。宅録で自分で好きなようにやると際限なく音を足していけるし、無限に時間が使えたりもする。でも、バンドだと時間も音も限られる。あと、自分一人では絶対に出てこない想定外の良さがありますよね。
ーでも、曲自体は……特に歌詞には極めて個人的なメランコリアが落とされている。しかも、ごく自然に最近は曲ができているという。西村さん自身、そうやって自分の作った曲に対して、どこか客観的に見ているというか、パーソナルな体験や思いをもとにした歌詞やメロディでも、どこかで語り部的に距離をとりながら演奏したり歌ったりしているところもあるということでしょうか?
西村:う~ん……どう思います?(笑)
ー半分半分かなという気もしますね。曲の出発点はしごくパーソナルな体験かもしれないですが、それを、自分だけのものだけではなく、物語にしていく力とセンスがあるのかなと。
西村:たぶんそんな感じなのかな。私小説的なものを袋に包んでちょっとだけパッケージにして鳴らしている、みたいな。
ーシンガー・ソングライターだけどストーリー・テラーでもある。
西村:そうかもしれないですね。最初はどうであれ、できあがっていくと自分が主人公の曲という感じはしないですから。ただ、弾き語りで歌う時と、バンドでライヴをやるときでは意識が違ってきます。ひとりだとどうしても歌詞の世界を反芻してしまいますけど、バンドだとアンサンブルが頭にあるから歌詞のことまで考えないで歌ったりしますしね。でも、本当は弾き語りはあまりしたくなくて(笑)。基本はずっとバンドでやっていたいんですよ。演奏するならバンドがいい。宅録はまた別の話で、ひとりで曲を作ることは大好きなんですけどね。
ー今回のアルバムは録音から仕上げまで、作業の多くの工程に自ら関わっていて、作業自体はまた別の脳が働いているのかな、とも思えますね。曲を最初にゼロから作る時の脳、パフォームする時の脳とは違う、作り上げていく時の脳がまた別にある、というか。
西村:そうですね。でも、作品を作っている時って、そういう作業こそが楽しいんですよね。そこはむしろ誰にも譲りたくないというか。かなり美味しい工程なので、他の人にさせるなんてもったいないって(笑)。そんな楽しいことなら自分でやりたいって感じです。もちろん他のエンジニアさんともやってみる機会があればぜひ……って思いますけどね。でも、だからといって他のアーティストの作品にエンジニアとして関わりたいかっていうと、それはちょっと違うんです。自分の作品は無責任でいられるので(笑)。曲は丁寧に作っていくのが好きなんですけど、音作りに関しては究極的に自己中でやりたいってところもあるし、バンドでやる以上はそれをメンバーと楽しみたいっていうのもあるんです。
ーなるほど、では、西村さんの哲学でもある、そうしたウェルメイドだけどカジュアルなポップ・ミュージックならこれ! と思える作品をおしえてもらえますか?
西村:いっぱいあるからなあ……ユマジェッツのファースト(『Demolotion』1997年)ですかね。ジェリーフィッシュのメンバーだった人(ティム・スミス)がやっていたユニットなんです。だから、まあ、当然ジェリーフィッシュも大好き。結局、僕はこういうサウンドが好きなんですよね(笑)。
編集 : 梶野有希
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PROFILE
西村中毒バンド
渚のベートーベンズのメイン・コンポーザー、ラッキーオールドサンらのサポート・ドラマー、宅録音楽家として知られる西村中毒 (GT&Vo)を中心に元シェムリアップの神田慧(Dr&cho)、麻生達也(Ba&cho)から成る京都を拠点に活動するバンド。
■公式ホームページ:https://nisyyn.wixsite.com/nishimurachudoku
■公式Twitter:https://twitter.com/nisyyn
■公式SOUNDCLOUD:https://soundcloud.com/nishimurachudo