Mandy, Indiana 『URGH』
アルバムのジャケット写真のように、力なく頭を後ろにもたげ、虚空を見つめながらアルバム・タイトルを声に出してみる。「うぐあああ……」。これは一体どういった感情のモードだろうか。少なくとも良い気分ではないだろう。もうどうしようもなく気分が落ち込んでいて、何をすればマシな気持ちになるのか見当もつかない。だからとりあえず言葉にならない声を出してみた、という状況かもしれない。無論それでは何も解決しないが、不思議と声を出した瞬間だけは幾らか気持ちが楽になっている――そんなことは想像できる。英マンチェスターとフランス出身のメンバーで構成されるマンディ・インディアナの二作目は、この不条理な世界に対する怒りと苛立ちと攻撃性に満ちている。なぜ人々はガザのために立ち上がらないのか、なぜ自分がレイプされたときに周囲の男性たちは加害者を庇ったのか。あらゆるレベルの世界に対する憤怒が、前作以上に激しく、ほとんど音割れ状態の人力インダストリアル・ビートに乗せて放出されている。だが「Magazine」や「Cursive」の中盤のように、時おり、急に意識を失って異世界へと放り込まれたかの如く、奇妙に陶酔的なサウンドへと展開する瞬間も訪れる。それは「うぐあああ……」と声を出してみたときの、あの一瞬の軽さのようなものだろうか。(小林)
Chet Faker 『A Love For Strangers』
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オーストラリア出身のニック・マーフィーによるチェット・フェイカー名義でのサード・アルバム。コクのある歌声にダウンテンポ寄りのトラックを重ねた作風からアンビエントR&Bに括られることの多かった彼だが(世に周知されたきっかけはブラックストリート“No Diggity”のカヴァーだ)、本作はそのイメージを鮮やかに更新する。端的に言えば、ダンサブルでユーフォリックなのだ。ウォール・オブ・サウンド周辺のビッグビートからビートを抜き取ったかのような“1000 Ways”、ウェザーオール〜ファーリー筋の愛好家にも響くであろうゴスペル・マナーの“This Time For Real”などを筆頭に、エンパシーと幸福感に溢れた場所で鳴らされたとき、このアルバムはもっとも真価を発揮するはずだ。(田中)
Mitski『Nothing’s About Happen To Me』
ミツキの8作目で執拗に描かれるのは、抗うことが出来ない運命に翻弄され、傷つき、ただ無残に立ち尽くすしかない人物の姿だ。小さな田舎町で爪弾きにされ、最愛の恋人からは捨てられる。それだけならミツキが曲中で歌うように都会で心機一転し、やり直すことが出来そうだ。しかしアルバム後半では、死という誰もが決して乗り越えられない問題へと直面していく。運命は残酷である。主人公に許されているのは、「Where’s My Phone?」のように、スマホ中毒になることで苦しみをほんの一瞬だけ忘れることぐらいだ。フォークやカントリーを基盤にストリングスやブラス・セクションをフィーチャーした流麗なサウンドは、主人公の孤独や悲しみをむしろ際立たせる。そしてミツキが公言するピクシーズやブリーダーズからの影響は、原点回帰的と言えるストレートなロック・ソングだけに留まらない。洒脱なチェンバー・ポップが不協和音に包まれて終わる「Rules」における、どこか歪で、予測不可能な展開からも感じ取れる。この不可思議なサウンドは、まるで人生の不条理さそのものではないか。当たり前だが、このアルバムに教訓や救いはない。ジャケット写真で「人にはコントロールできないもの」の象徴である猫がこちらを無表情で見つめているように、ただ運命が容赦なく私たちを見つめている様子を捉えているだけだ。(小林)












































































































































































































































































