Less Than TV presents『METEO NIGHT 2010』

今年で設立から18年。至宝のレーベルLess Than TVが送る極上の夏祭り、メテオナイトの開催が決定!! 渋谷O-west&O-nestの2会場を舞台に、狂乱のフェスティバルが繰り広げられます!! メテオナイトの開催にあたり、OTOTOYでは、Less Than TV総力特集を実施。さらに、ダウンロード・サイトではどこよりも早く、音源の販売を一挙に開始します!

2010年8月8日(日)@東京 渋谷O-WEST + O-nest(2会場同時開催)
OPEN 12:00 / START 13:00
料金 : 前売 2,500円 / 当日 3,000円
Tシャツ付前売り3,500円(一部店舗のみ取り扱い)

出演 :
ANGEL O.D. / THE BITE / BREAK fAST
COSMIC NEUROSE / デラシネ / Danchbeach
Discharming man(solo) / DODDODO / eastern youth
FLUID / GOD'S GUTS / GROUND COVER.
ギターウルフ / KIRIHITO / HARD CORE DUDE
Limited Express (has gone?) / LOW VISION / MASTER PEACE
neco眠る / NICE VIEW / NERVS
プンクボイ / サイプレス上野とロベルト吉野 / SCREWITHIN
SiNE / STRUGGLE FOR PRIDE / SUPER DUMB
TIALA / v/acation / YOUR SONG IS GOOD


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Tシャツ付限定前売券取り扱い店 : disk union新宿パンクマーケット / disk union渋谷パンク・ヘヴィメタル館 / disk union下北沢店 / 新宿Nat Records / 高円寺Record Shop BASE / 下高井戸TRASMUNDO / 小岩BUSHBASH


そしてタイムテーブルも発表!


UG KAWANAMIインタビュー

谷口順と共にLess Than TVの中心で輝く恒星であり、Less Than TVの名付け親でもあるUG KAWANAMI。U.G MAN、SUPER DUMBのヴォーカルを務めたかと思えば、今ではMIX CDを作ったりDJも務める。とはいえそれが肩書きになることもなく、かっこいいと思わなくなったら辞めると明快に言い放つ。そんな振れ幅の広い活動を、時間をかけて積み重ねてきたUG KAWANAMIに、Less Than TVが生まれた当時のことを聞きに江ノ島まで足を運んだ。待ち合わせのOPPA-LA前に現れたカワナミ氏は、「今ここで俺が語らないと、Less Than TVの当時が風化してしまう」と言って、語り始めてくれた。そこには谷口と共通する、言ってみればLess Than TVが持つ寛容さや、面白い事を追求する意識があった。鹿コアの事からメテオナイトの思わぬ由来まで、真摯に語っていただいた。

インタビュー&文 : 西澤裕郎

「現実はテレビ以下になる」ってセリフに感銘を受けた

——まずは、どのようにしてLess Than TVを始める事になったのか教えて下さい。

いつも遊んでいるバンドの数が結構多くなってきて、これはレーベルやったほうがいいでしょみたいな感じになってきたんです。その頃ライヴ・ハウスによく来ていた”痛郎”の井出さんが、ZKってレーベルをやっていたので、「僕たちもレーベルやりたいんですよね」って言ってみたんです。

——ZKのほうが先にあったんですね。

ZKとLess Than TVって当時は一緒のレーベルだと思われていたんですけど、ZKは井出さんがやっていたんですよ。井出さんがこの辺のバンドを集めてコンピ出したいって言ったんですけど、ZKのチョイスダサくねえかって言ったら、「だったらいいよ。新しいレーベルの名前でやっていいから」って言われたんです(笑)。それならレーベル名考えなきゃなと思って、俺が名前を考えたんです。

——Less Than TVって名前はどこから来てるんですか?

デヴィッド・クローネンバーグのホラー映画『ビデオドローム』の中のセリフからです。当時、ビデオっていう新しいメディアが出てきて、新しい時代のプロパガンダになるみたいに言われていたんですよ。劇中に「現実はテレビ以下になる」みたいなセリフがあって、それを観たときにバリバリ感銘を受けて、リアルに可能性があるなと思ったんで、Less Than TVにしようと思ってつけました。

——てっきりバンド・ブームに対する皮肉なのかと思いました。

バンド・ブームは完全に終わってましたからね。所謂イカ天が完全に終わって、ライヴ・ハウスに全然人がいなかったんですよ。NUKEY PIKESとか出始めの頃ではあったんですけど、クラブ・カルチャーみたいなのも出てきて、夜遊ぶ人がクラブに行き始めた。ライヴ・ハウスには全然人がいなかったんですよ。だからその辺はバカやろうと思ってやっていましたね。

——U.G MANはLess Than TV設立の前からやっていたんですか?

Less Than TV創設と同時くらいですね。確か91年だったかな。「カワナミさんバンドやんないの? 」とか言われてたんですけど、俺はバンドはいいやって言っていたんです。そのうちに、無理矢理バンド作ったからみたいな感じで誘われて、じゃあやってみるかっていう感じで始まったんです。U.G MANの音源もLess Than TVから出そうと思っていたんですけど、最初にR.B.Fレコードっていうレーベルから話が来て録音したんです。ただ、いつまで経っても音源が出ない。そこで井出さんのとこでやるわって言って音源を買い取ったんです。それが『CLASSICS』っていうU.G MANの一番最初のアルバム。だいぶ後になって出たけど、初期に録ったものなんですよ。

ANGEL O.D.

——なぜ、最初のリリースをコンピレーションにしたんですか?

U.G MANはどうでもよかったの。他のバンドを出すってことがエキサイティングだと思っていたから。俺らは後でいいって思っていた。それと井出さんが、コンピを出したら7インチを3枚出してもいいって言っていたんだよね。なんでかはわかんないけど、『TVVA』を出したら7インチを3枚出してもいいって言われて、それだ! と思った。「何出す? 」って谷口くんと話して、結果『TVVA』、KGS、SATORI SCHOOL、VOLUME DEALERSと順番に出ました。

まずは、かっこいいかどうか。それしか考えてなかった

——谷口さんは北海道出身ですけど、カワナミさんの出身はどこですか?

茅ヶ崎です。

——谷口さんとはどこで出会ったんでしょう?

千葉でNUKEY PIKESとかのライヴがあって、周辺の友達のバンドもいくつか出ていたんで行ったんですけど、そこにすごいドレッド頭の谷口くんがいたんです。当時そんなドレッドしている人はいなかったからすごくビックリしたんです。それでフジムラ(SUPER DUMB)が、話しかけたんです。「何なの君は? 」って訊いたら、北海道から出てきたって言うの。その時、怒髪天がすでに東京に出てきていて、増子さんから「東京には谷口の好きそうなバンドはいないぞ」って言われていたみたいなんだけど、好きそうなバンドあるじゃんみたいになって、その日観にきていたみたいです。

——その時、カワナミさんは出演者ではなかったんですか?

俺は、客というか友達のバンドを観に行く感じで。その時どこに住んでるのみたいな話になって、後に谷口くん家に遊びに行ったんです。部屋にあるレコードとかを見せてもらっていたら、VOIDのレコードがあった。今でこそリイシューとかネットの力でカタログとか見れるけど、当時VOIDのレコードを聴いているやつなんていなかったと思うんです。俺以外にVOIDのレコードを持っているやつがいるんだって驚いて、VOIDみたいなバンドやりたいねって言った覚えはあります。

——谷口さんも驚いたんじゃないかと思いますが、どんな反応が返ってきたんですか?

VOIDって前飼ってた猫の名前なんだよねって言われた(笑)。VOIDのレコードを持っている人を初めて見たのは衝撃でしたね。当時はレコードに入っているちっちゃい紙とかを見て、ダメもとでお金送ったりしていたんです。商品が来ない場合も多かったんだけど、谷口くんはTシャツとか着てるから、どうしたのって聞くとオーダーしたっていうんです。北海道の人ってその辺の情報が速かったし、海外に直でオーダーしてTシャツやレコード買っていたんですよね。

——90年代初頭は、怒髪天、D.M.B.Q、eastern youthやbloodthirsty butchersなど札幌出身のバンドが一気に上京してきたんですよね。

あっそうだ、谷口くんGOD'S GUTSで出てきたんだ。聴いてみたらHUSKER DUみたいな音で、すげえかっこいいじゃん! ってなって、友達のライヴに出てもらったりしました。今でこそUSっぽいハードコアとか当たり前ですけど、当時はそれほど聴いている人がいなくて、ポピュラリティがなかった。でも、これがかっこいいんだと言って聴いていましたね。

U.G MAN

——Less Than TVからリリースするバンドは、どうやって決めたんですか?

初期のLess Than TVは、谷口くんとD.M.B.Qの真二(増子真二/DMBQ, V∞REDOMS)がブレーンだったんですよ。『TVVA』のギターウルフとかジャッキー&ザ・セドリックスとかガレージっぽいバンドは全部真二のセレクトなんです。その2人のテイストが半々入っていて、ハードコアっぽいのが谷口くんの担当、あとのガレージっぽいのは真二がコネクションとってチョイスしていました。

——2人が選んだものをみんなで再考したりしたんですか?

普通にハードコアとガレージだけだとあんまり面白くないから、キミドリを入れたりとか、その辺は考えてたと思います。

——レーベルをやるにあたって、コンセプトはあったんでしょうか?

コンセプトというより、これを出したら渋いんじゃないかとかってことしか考えてなかったと思います。レーベルでバンドを出す以上、バンドにとってプラスじゃなかったらやってる意味がないですから。レコードを出したいから、どこでもいいんですじゃダメなんですよね。レーベルからシングルが出て、ツアー行ったりとか、発展的にならないと、バンドにとってもレーベルにとっても面白くない。売れるとかそういうことは考えてなかったと思います。まずは、かっこいいかどうか。それしか考えてなかったと思いますね。

——参考にするレーベルはありました?

それは、もちろんSST。BAD BRAINSとかBLACK FLAGとかパンク/ハードコアも出てるんだけど、どうしようもないクズみたいなバンドもいっぱい出していて、これは渋いでしょって思っていた。SSTはかっこいいなって言ってましたね。

人が面白くないとバンドも面白くない

——やっぱり似たようなバンドだけ集めても面白くないですもんね。

そうですね。

——そういう意味で、鹿コアってムーブメントは謎で面白いですよね。

鹿コアは単なるでまかせっていうか、オムニバスを作ろうって事になったんですよ。ちょうど渋谷系とかが出てきて、漠然とみんなが何となく知っている渋谷系を勝手に名乗って、これなんなの!? って思わせたかったんですよ。それと、オムニバスを作るくらい沢山のバンドがまた出来てきてたんで、コンセプトを考えていたんですけど、その時トク(プンクボイ)が着ていたシャツの柄を見て「何だその鹿は! 」みたいな事になったんですよ。谷口くんがGOD'S GUTSか何かでツアーに行ったときに、「自分たちのサウンドを例えたら何だ? 」って言われて、ディアコアって言ってたんですね。それが雑誌に載っていたのを見てみんなが悪のりしてきて、VOLUME DEALERSとD.M.B.QとGOD'S GUTSのツアーではディアコアのステッカーまで作って、じわじわ勝手に盛り上げてったんです。鹿コアも同じように、当時考えていたオムニバスのコンセプトと合ったんじゃないですかね。

——U.G MANのHPに、音楽よりもバンドありきって書いてありましたが、やっぱり人なんですね。

そうですね。基本的に人が面白くないとバンドも面白くないと思う。俺らの周りには、たまたま面白い人が集まっていた。バンドとかライヴって名目があれば一緒に遊べるじゃないですか。練習とかいって集まる。要は色んな人と遊びたかったんだと思うんですね。だから、別に音楽はどうでもいいんです。

——カワナミさんはU.G MANが初バンドだったんですか?

そうですね。基本的に自分はわがままだったんですけど、人とものを作るっていうことで自分はすごい変わりましたね。かけがえのない経験をしたというか。2人以上の人間と1個のものを作るっていうことで、すごい自分は変わったと思います。

——それは幾つくらいのことですか?

25歳くらい。早い人は10代頃からバンドやるでしょ? でも自分がバンドをやるって発想はなかったから、始めたのが遅い。自分一人で出来るんならいいですけど、そういうわけにもいかないし、楽器が出来るわけでもなかったですから。

D.M.B.Q

——そんな右も左も分からない状態でも、ライヴをやり始めたんですね!

U.G MANは先にライヴを入れちゃうの。練習とか曲を作る前にとにかくライヴを入れちゃう。そうすればやらなきゃいけないでしょ。逆に言えば、それくらいじゃないとやらないですよ。よく、スタジオには入るけど、ライヴは出来ないってバンドいるじゃないですか。そうじゃないよ、やれって。ライヴをやらないと始まらないんだから、とにかくやれって言いたい。

——Less Than TVってやっぱりレーベル独自の色を持っているというか、バンド同士やお客さんとの繋がりが強いですよね。

それは当時からそうでしたね。最初のころはすごい内々な感じで、いつも遊んでいる仲間でやっていたから、ファミリー意識はすごく強かったです。ただ、ある時期になると、自分たちでやっていくみたいな感じにもなってきた。VOLUME DEALERSとかは最初からレーベルに所属するんじゃなく、自分たちでやりたいって言ってやっていましたしね。そういう風にして、最初のメンツは代替わりしていきましたね。

——谷口さん不在でも、イベントをやったりバンドは休止しないっていう芯の強さが今でもあるのってすごいと思うんです。

その辺は谷口さんの人徳でしょうね。もしバンドをやってなかったら、結構いい加減な人ですから(笑)。

——カワナミさんから見た谷口さんってどんな人なんですか?

あんなひどい人いないですね(笑)。谷口くんはすごい物腰とか柔らかいけど、一回仲間だと思うとすごいですからね。それは親しくなって、仲間だと認めてくれたってことなんですけど。Less Than TVが出来たときに、サブ・ポップとかグランド・ロイヤルも出来て、ライバル意識を持ってたんですよ。でも、グランド・ロイヤルがクローズになった時、Mike Dが記者会見で声明を発表したんですけど、「インディペンデント・レーベル続けたかったけどやっぱ無理だった」って話していてがっかりしたんです。それを考えたら、Less Than TVの歴史は世界的にみても長いですね。

——既存の何かをぶち壊したいとか、そういう意識はありましたか?

無いですね。遊ばしてもらうみたいな感覚ですかね。自分たちが退屈しないように、次これやってみたいな感じでワクワクしたいというか、自分たちが楽しむってのが最初にあった。遊んでただけっていえば、そうなんですよ。