1/27 【HMV GET BACK SESSION】 bloodthirsty butchers@渋谷WWW
「古くもなく、新しくもなく、未来に捧げているってことだ。… 何言っているんだろうな。」
ダブル・アンコールに登場した吉村秀樹(Vocal/Guitar)は、2日間の緊張から解き放たれたかのように『未完成』を選んだ理由をそう語って笑った。
ここ数年、Dinosaur Jr.やPrimal Screamなどの海外アーティストによる再現ライヴがトレンドになっている。アーティスト本人が自身の過去作を収録順どおりに再現する、いわゆる「名盤再現ライヴ」。ここ日本でも、HMVの企画による再現ライヴ・シリーズ『HMV GET BACK SESSION』が始まることとなった。そのこけら落としに選ばれたのが、1987年に結成し、今も最前線を走るbloodthirsty butchers(以下、ブッチャーズ)。再演されるアルバムは、1999年にリリースされた『未完成』だった。 定刻を10分くらい過ぎてから、暗転とともにステージに登場した4人。少し飛び跳ねながら出てきた吉村だったが、どこか緊張しているように見えた。静かに息を合わせるようにギターを鳴らし、「ファウスト」の特徴的なリフが始まった。その瞬間に歓声があがる。どうやら、客席も同じく緊張しているようだった。歓声がどこかぎこちない。しかし、2曲目「ソレダケ」が始まるころにはピリピリした空気は吹っ切れ、「うかつにも素直になれないのさ」では完全に『未完成』の内容にWWWは染まっていた。
吉村氏は「ありがとう」と言って、プラスティックのカップに注がれたビールを一気に2/3ほど飲み干した。「灰色の空」「未完成」と曲は続いていく。「馬鹿な約束をしたもんだ」と、はにかんだような笑顔ではっきりと発した後に始まったのは、ブッチャーズ屈指の名曲「プールサイド」。キラキラしたリフと、一気に加速する静と動の波。アルバムにおける一つの沸点である。残るは「僕」と「「△」サンカク」。2曲で約25分という壮大で激しいクライマックスである。射守矢雄(Bass)、小松正宏(Drums)によるリズム隊が軸となり、その上で吉村と田渕ひさ子(Guitar)の轟音ギター2本が暴れ回る。アルバムに収められているにもかかわらず、先の展開が見えない絵巻物を見ているようだった。
振り返れば『未完成』がリリースされた当時のメンバーは、吉村、射守矢、小松の3人。まさに△で描かれた作品だった。その後2003年に田渕ひさ子が加入し不動の4人となり、現在も同メンバーで活動を続けている。そんな彼らの昔を知るリスナーからすれば、過去に聴き込んだアルバムを再演してくれるのは喜ばしいことに違いない。しかしバンド側にしてみれば複雑な気持ちでもあるだろう。特にブッチャーズは現在進行形のバンドであるだけに、この企画を受けるにあたってどういう思いだったのだろうか。とはいえ、やってやろうじゃないかと受けるところがブッチャーズらしくてカッコいい。
再現した作品が『未完成』という事実にも、彼らの意地を感じる。同作はブッチャーズ初期のパンク的なものとも、現在の歌を中心としたロックとも異なり、実験的な作品である。ダブル・アンコールで吉村が述べたように、過去と未来を繋ぐ作品だ。そんな『未完成』と名付けられた作品を、リリースから13年後に最新のブッチャーズで演奏したことに、運命的なものを感じるのは僕だけだろうか。
1996年リリースの『kocorono』や今回再演した『未完成』を、ブッチャーズの最高傑作という人は少なくない。しかし、僕にとって一番かっこいいブッチャーズのアルバムは、いつだって最新作だ。2010年にリリースされた『NO ALBUM 無題』は、現時点に置ける彼らの最高傑作だと思う。もちろん今回の『未完成』再現ライヴは、確かにかっこよかった。それは現在進行形のブッチャーズが鳴らす『未完成』だったからだ。曲は同じでも、演奏や内容は進化している。彼らの音楽に対する姿勢は非常にストイックで、ときにメンバー間の関係が極限まで張りつめることもある。それは、映画『kocorono』の中で見ることのできる光景だ。そうした関係を保ちながら、20年以上も同じメンバーで続けているバンドはそうそういない。どんな危機があっても続けてきたからこそ、今回の企画がある。また何年後かに『未完成』の再現ライヴをやったら、全然違うものに聴こえることだろう。ブッチャーズはいつだって現役で、その瞬間瞬間が一番かっこいい。『HMV GET BACK SESSION』は、その事実を証明してくれるイベントだった。(text by 西澤裕郎)
bloodthirsty butchers「未完成」 LIVE
2012年1月27日(金)@渋谷WWW
出演 : bloodthirsty butchers
【セットリスト】
1. ファウスト
2. ソレダケ
3. うかつにも素直になれないさ
4. 灰色の雲
5. 未完成
6. プールサイド
7. 僕
8. 「Δ」
E1. ピンチ
E2. さよなら文鳥
E3. 時は終わる
E4. 襟がゆれてる。