Marc Cary 『Life Lessons』
ロイ・ハーグローヴの盟友で、ロイの初期作やRHファクターなどに参加。その後はQティップやジョー・クラウゼルなどの作品にも起用された1990年代〜2000年代にジャズがハイブリッド化していく時期の最重要人物のひとりが鍵盤奏者のマーク・キャリー。フェンダーローズのひとり多重録音をリリースしたり、ディープ・ハウス系のレーベル〈Ibadan〉で仕事をしたりしていたので、ヒップホップというよりはディープ・ハウス的なセンスのシンセ使いでジャズ・シーンでは異彩を放っていた人でもあり、個人的に好きでずっと追っている。新作はジャズのトリオをベースにしていて、教会出自感のあるピアノが中心にありつつも、「It’s Not a Good Day to Die」「Phase 2」「Listen Still」あたりにマーク・キャリーらしいディープ・ハウス感のある演奏が聴ける好盤。デトロイトのハウスやテクノに関心を示しているシオ・クローカーとも違うスタイルは改めて個性的。
Sam Wilkes 『One Theme & Subsequent Improvisation』
最近のLAコミュニティのリリースの中でジャズ・リスナーにはサム・ゲンデルやルイス・コールなどとの共演で知られるベーシストのサム・ウィルクスの新作がおすすめ。ゴスペル、ソウル、ファンク、ヒップホップ的な文脈のジャズとは違うどちらかというとインディーロックやエレクトロニック・ミュージック的な文脈のジャズという感じで、聴きどころは音響や音色にあるのと、機能的なセッションというよりはプロダクション的なレイヤーを作るようなアンサンブルですが、その中でクリスチャン・ユーマンのドラムに注目してみてほしい。彼はサム・ウィルクスやジェイコブ・マン周辺のミュージシャンですが、コロナ前からジェイコブ・コリアーのツアーのドラマーにも抜擢されていて、実は今、音楽シーンの中で面白い存在になっている要注目のドラマーです。彼は作曲家としても素晴らしくて、管楽器やヴォイスをうまく使ったソロ作『Allemong』は実に丁寧に書かれていることがよくわかる良作でした。『One Theme & Subsequent Improvisation』はインプロヴィゼーションの比重多めの作品で、クリスチャン・ユーマンも自作よりパワフルに叩いている場面も聴こえますが、それもその曲が求める混沌やざわめきを表現しているのが伝わる演奏で、曲の中で機能しているのが一聴してすぐにわかる。スティックの選択やスネアのスナッピーの工夫などと想像されるパーカッション的に自在に多彩な音色や響きを作るさまも巧みで、エレクトロニックな音像の中で生のドラムの打音の繊細さがこのアルバムの魅力を引き上げています。
Joshua Crumbly 『ForEver』
ジョシュア・クランブリーはテレンス・ブランチャードのグループのレギュラー・ベーシストで、クリスチャン・スコットやテラス・マーティンの作品、最近ではレオン・ブリッジズ『Gold-Diggers Sound』にも起用されていたシーン屈指の敏腕ベーシストだ。ただ、この人のソロ作になるとやることがガラッと変わり、2020年の『Rise』では静かでゆったりとしたアンビエント的なサウンドに誰もが驚いた。既存のジャズの構造とは異なるものを求め始めたと本人も語っていたようにベースをかなり弾いてはいるもののバンド的ではなく、どちらかといえば、ポストロック的な編集感覚さえ感じさせるもの。ベースに関してもジャコ・パストリアスで言えば、”Continuum“や”Portrait of Tracy“のよう音響的なアプローチを駆使していたし、作曲面に関しても自身の母親のルーツでもあるインドの要素が入っていたりと、自由に創造が進むままに形にしたような作品だった。本作は明らかにその延長にあり、前作よりも確実にこなれている。そして、前作では縛りを設けていたように聴こえたが、本作では自身の普段の様々な仕事で奏でているようなフレーズやリズムが出ることも許容しつつ、更に先に進めた印象。ベースの演奏に関しては前作よりもエレクトリックベースならではの特性がうまく作用するようになっていて、その高い技術が細やかなニュアンスなどの表現力として形になっているのが素晴らしい。名前を冠したアルバムでは普段は見せないようなベースソロを聴かせるベーシストがいるが、ジョシュアは”ベースソロ“の表現に関しては明確に形にしたいものがあり、それを磨いているのが聴こえてくる。ベーシスト的にも必聴ではないだろうか。