REVIEWS : 061 ポップ・ミュージック(2023年6月)──高岡洋詞
"REVIEWS"は「ココに来ればなにかしらおもしろい新譜に出会える」をモットーに、さまざまな書き手がここ数ヶ月の新譜から9枚(+α)の作品を厳選し、紹介するコーナーです(ときに旧譜も)。今回は高岡洋詞による“ポップ・ミュージック”と題して、6月まで、SSW、バンド、ラッパーなどなど、ここ3ヶ月ほどのエッセンシャルな9作品をお届けします。
OTOTOY REVIEWS 061
『ポップ・ミュージック(2023年6月)』
文 : 高岡洋詞
春ねむり “Wrecked”A
初めて会ったときから春ねむりは怒っていた。その怒りは自分自身と周囲の人々の生きづらさから照準を広げ、社会に蔓延る不公正と権力の愚昧を撃つ。怒りは大きなエネルギーを要する感情であり、自然とその表現は力強さを増してきた。本作は6月に成立した入管法「改正」案への抗議として、ツアーのために滞在していたロンドンで一日で書き上げた曲。 “Wrecked” は船の難破、遭難を指す言葉だ。春ねむりは「船が沈むのはいのちの重さのせいじゃなくて/船そのものが腐っているからさ」と吐き捨てる。船の比喩は、第二次大戦中にナチスの迫害を逃れたユダヤ人難民をスイスが追い返した際、反対派の市民に司法相が「ボートは満員だ」と言い放った故事に由来する。いま作られるべくして作られた歌。だからいま聴き、いま感じたい。
のん 『PURSUE』
デビュー作もよかったが、5年ぶりの2ndアルバムで歌手・のんは飛躍的な進歩を見せた。冒頭のアジカンとのコラボ “Beautiful Stars” の威風堂々ぶりでブチ上げて、 “エイリアンズ” “わたしは部屋充” などここ5〜6年に発表してきた曲もそれぞれ楽しませるが、最終曲 “荒野に立つ” は圧巻だ。ヒグチアイにこれまで人に話してこなかったことを打ち明けて書いてもらったそうで、本人が書く以上に核心を突くようなヒグチの筆力も、受けて立ったのんの歌唱も見事。力作揃いなのは初聴でわかるが、 “荒野に立つ” まで聴いてからもう一度最初に戻って聴くと各曲の色彩感と立体感が格段に増す。それぐらいの力のある曲だ。CDのみのボーナス・トラック “Knock knock” を併せて聴くとまたアルバムの印象が変わる。余裕があったらぜひ。
OTOTOYでの配信購入(ハイレゾ版)はコチラへ
OTOTOYでの配信購入(ロスレス版)はコチラへ
壱タカシ “いせのせ (FILM_SONG.)”
一本の映像に合わせて複数の音楽家が曲を作る──一般的なMVの作り方をひっくり返しつつ、1対1の関係も崩した実験的プロジェクト「FILM_SONG」への参加作品のひとつ。挑戦する人たちを描いた映像なので、壱には珍しい(?)他者に働きかけるメッセージ・ソングになっている。ジューク/フットワークの性急なビートにも走る人たちの背中を押す狙いがあるが、独特の歌声、旋律ともあいまって、感触はあくまで静謐でさりげない。壱はどちらかというと動き出すのが苦手な立場から「今度は私が照らす番って/ワクワクするなら/何度でも試してみればいいんだよ」とそっと励まし(「なら」がポイント)、声をひそめるように「い、せ、の、せ」と囁く。こんなに優しい「いっせーのせ」は初めて聴いた。
OTOTOYでの配信購入(ハイレゾ版)はコチラへ
OTOTOYでの配信購入(ロスレス版)はコチラへ