わたしの声を好き勝手に消費してくれていい

──いい歌だと思いますよ。appleCiderさんのアレンジもインパクトがあるし、アキヤレモンサワーさんのMVも印象的です。山村さんの意向はどの程度入っているんですか?
山村:楽曲と歌詞をお渡しして、前回アキヤさんに作っていただいたMV同様、わたしを模した登場人物を出してほしいってお伝えしました。ファンタジー寄りにするか、現実的なシーンを切り取った感じにするか相談してくださったので、「『town EP』の"▶︎はじまりのまち"からの繋がりを出したいから、見た人の生活に寄り添ってくれて、共感できるような内容がいいです。登場人物はDTMをしている子とかはどうですか?」と提案したら、「だったら、彼女とむかし一緒にバンドをやってた友達を出して、その子が先に売れていくのを主人公が見ているみたいな内容はどうでしょう?」とどんどんアイデアを出してくださって、あのような形になりました。その他のコンテとかストーリーもほとんどアキヤさんが提案してくださいました。
──僕はアキヤレモンサワーさんの作品を前作の"Rudder feat. 西山宏太朗"とこれしか見たことがないんですが、とても上達された印象を受けました。
山村:そう思います。"Rudder"のときはわたしがアキヤさんのバズってるツイートをたまたま見てすぐにお願いして、時間がない中であれだけのものを上げてくださったんですけど、今回はある程度、時間を取れる段階でお願いしたので。「この楽曲に恥ずかしくない絵をつけられるように頑張ります」って言ってくださいました。
──聴いて感動してくれたんですね。
山村:凄みを感じるほどこだわり抜いた絵が上がってきたので、魂込めて作ってくれたんだなって。公開したときにも「冗談抜きで命を削って生み出した愛すべき作品です」ってつぶやいてくださいました。
──力作ですよね。僕も最初に見たときは鳥肌が立ちました。
山村:うれしい。CDのアートワークも一緒に作っていただいたんですけど、表1のイラストは最初は背景のカーテンが閉まってたんです。「すいません、開けたいんですけど」って言ったら「自分とだけ向き合っているっていう意味を出したかったからカーテンを閉めたんです。開けたくないです!」というような強い意志が返ってきたんですけど、わたしは絶対に開けたくて(笑)。「カーテンが開いてることで、窓の外にキラキラ輝くものが見えるけど、ぽい子ちゃんは自分とだけ向き合っているっていう見え方のほうがよくないですか?」という意見を伝えたりしながら、アイデアを練っていきました。窓の外を昼にするか夜にするか問題もあったんですけど、アキヤさんの方から『town EP』のアートワークでは昼の風景になっているので、そこから続いているという意味も込めて夜にしたい。MVや全体の雰囲気を見てもあまり目立つ色味にはしたくない」というご意見をいただいてこのようなアートワークになりました。結果、印象的で力強いアートワークになったので、夜にしてもらってよかったと思います。
──美学を持っている人同士のやりとりって感じでいいですね。『town EP』のジャケットと見比べると、ゲームボーイがあったり、窓の外に東京タワーがあったり、ちゃんとつながっています。
山村:そうそう、そうなんですよ。ゲームボーイは「"▶︎はじまりのまち"があるから、絶対に入れようと思ってます」って言ってくださって。東京タワーは「『town EP』の表1にあるから入れてほしい」ってわたしが言いました。
──さっき、このキャラクターをなんと呼んでいました?
山村:「ぽい子」です。わたしっぽい子っていう意味で(笑)。わたしとアキヤさんの間で「ぽい子ちゃん」って呼んでました。
──ぽい子ちゃん、かわいいのでここでアピールして定着させましょう(笑)。EPはこの曲からはじまったんですか?
山村:はい。MVを作るっていう制作上のスケジュールがあったので、とにかくまず表題曲を上げて、アキヤさんにお渡ししてから他の曲にとりかかろうと。
──いい曲ができて「よし!」って感じになりませんでしたか?
山村:「よし!」って感じになりました。「ふ~、出したな~。とりあえず今回は大丈夫かな」みたいに落ち着いてしまって、気がついたら何か月も経ってて(笑)。結局「やばい、本当に間に合わないかも」って思うぐらいギリギリになっちゃいましたけど。

──間に合ってよかった。次にできた曲はどれですか?
山村:"アラカルトデパート"です。
──ポップなかわいらしい曲なので、意地悪な聴き方なのかもしれませんが、実は初めて聴いたとき、ちょっと皮肉なニュアンスを感じてしまって……。
山村:あ、合ってます合ってます。声優としてのわたしの声を消費してくれるみなさんへのメッセージみたいな意味合いで作った曲なので。もっとピュアに「ありがとう」みたいにするつもりで作りはじめたんですけど、最近の自分の思いや作風が変わってきてるので「あ、そんなピュアな言葉乗せれないかも」って(笑)。わたしのファンのみなさんって本当に優しくて、いつも真摯に控えめに礼儀正しく応援してくださるんですよ。とってもうれしいしありがたいんですけど、「もっと都合よくわたしの声を好き勝手に消費してくれていいんですよ」みたいな気持ちをちょっと乗せちゃおうと。
──それで最後に声優ヴォイスを炸裂させているんですね。
山村:そうですそうです。元気を出したいときにどんな声色でどんなことを言ってほしいか、SNSで募集したんです。
──プロの声優の「お仕事」の凄みを感じましたよ。
山村:そうですか? 募集したときに、どんなキャラクターでやってほしいかを書いてもらったんですよ。例えば「学校の先輩」とか「真面目な眼鏡っ子」とか。でも結局、リクエストの8割ぐらいが「響さんの素の声でお願いします」でした(笑)。いろんな声を入れたいって構想だったので困っちゃったんですけど、素の声を好きな人がそんなにいてくれることはすごくうれしかったです。自分の声って特徴がないなってずっと思ってて、仕事でもキャラクターになりきるときには声のスイッチも切り替わることが多いので、けっこう「山村さん、演技のときと素でしゃべってる声が全然違うね」みたいに言われるんです。キャラの声のほうが好きな人が多いのかなって勝手に思ってたんですけど、意外な結果でびっくりしました。
──勝手に代弁はできませんが、僕なりに想像すると、山村さんが音楽やおしゃべり配信を通して素の自分を見せる努力をしているからなのでは? ファンのみなさんはそれを受け入れているから、「作ってくれなくていいよ、素の響ちゃんが好きなんだよ」という感じになっているんじゃないかと。
山村:だとしたら本当にうれしいですね~。ありがたいです。この曲はいわゆる声優さんっぽい曲に寄っちゃう危うさもあるかな、とは思ったんですけど、「実際、声優だからいっか」ってことで盛り込みました(笑)。
──おもしろい。次はどの曲ですか?
山村:"偽物娘-copy girl-"です。"make a map"以外は曲順通りに出来ていった感じです。
──この曲もちょっとパロディ感があるなと思いました。
山村:"アラカルトデパート"はポケモンのゲームで主人公が6番目に訪れる街に大きなデパートがあるから、「デパート」をテーマに作りましたし、この曲は次の街に出てくる「モノマネむすめ」っていうキャラクターをモチーフにしてるんですよ。その子はモノマネをすることが好きで、相手とそっくりに変身できちゃうんですけど、彼女は本当はそういう子ではないんじゃないだろうか……っていう「イフ」の物語を作ってみたいな、っていうところから曲作りがはじまりました。
──ごめんなさい。ポケモンに詳しくないものでついつい忘れてしまうんですが(笑)、そこは大事なところでしたね。
山村:実はわたしもモノマネは得意なんですけど、モノマネはモノマネでしかないというか。声の仕事をするときに、「誰々っぽく」っていうのはけっこうできるほうなんです。でも、どんなにそっくりにできてもオリジナルはいるわけだから、オーディションを受けたらそりゃ本家の人のほうに決まるよね、っていう。どんなに頑張っても唯一無二の人には勝てないっていう、自分の声優人生の憂いみたいなものも盛り込みました。他にも、スマホのアプリが発達して、SNSに上げる写真や動画をいくらでも美化できちゃう世の中じゃないですか。なんだかな、って思う反面、使わないと気が済まない自分もいたりして(笑)。そういう矛盾や葛藤に共感してもらえたらいいな、っていう思いで書いた曲ですね。曲調もけっこう攻めた感じになって、かなり気に入ってます。
──歌詞カードを見るとルビも皮肉が効いていますね。「非現実」に「リアル」とふったり、「都合のいい女」に「愛されるこ」とふったり。
山村:「結局そういうことなんでしょ?」みたいな、自分の中のちょっと黒い、ひねくれた部分をいい感じで曲にできたらなと思って。

──次の“D●ku D●ku”はラップ・ナンバーですね。ビートもヒップホップで。
山村:モチーフにした街のジムリーダーがどくタイプのポケモンを使うんです。毒ってモチーフとしてすごくいいから、それで書けないかなと思って。appleCiderさんと「“D●ku D●ku”だったら、もうゴリゴリのヒップホップしかなくない?」みたいな話になって、一緒に作っていきました。
──ポケモンに詳しい人は「そうそう!」って感じなんでしょうね。
山村:「どくどく」っていう技があるんですよ。どくどくを使って「もうどく」状態になると、ターンごとに受けるダメージが増えて、HPがどんどん減っていくんです。なので“D●ku D●ku”っていうタイトルは、ポケモンがわかる人には楽しんでもらえるかなと。より毒々しい感じとか、得体がしれない雰囲気を出したかったのでタイトルの「o」の部分に「●」を使ってみたりもしました。
──針で刺したり、液をかけたりするのも技ですか?
山村:技としても出てくるし、現実の生活でもハチに刺されたり、毒をかけられたりとかってあるじゃないですか。大人の世界ってそういう側面があると思って、歌詞に盛り込んでみました。
──至るところに毒が仕込まれていますね。
山村:SNSで顔の見えない相手を攻撃したり、自分がのし上がるために他の人を蹴落としたり。そういう光景って、見たくないのに見えちゃうじゃないですか。それを皮肉って曲にできたら、かっこいいのができるんじゃないかなと思って。
──「先生に言いつけちゃる」っていうのは……。
山村:これは出身地である福岡の方言です(笑)。ちなみに"アラカルトデパート"でも方言を使ってて、ラップ・パートの「どんこんしょんなかなら」っていう。「どうにもこうにもしようがないなら」っていう意味なんですけど、「Bad condition 闇の中」と「どんこんしょんなかなら」で踏みました(笑)。話が前の曲に戻っちゃうんですけど、そこの部分だけ埋まらなかったんですよ。appleCiderさんに「どういうことを書きたいわけ?」って聞かれて「もうどんこんしょんなかけど、そんなときにはわたしの声を聞いて頑張ればいいじゃない、みたいなこと」って言ったら、「どんこんしょんなかって入れればいいじゃん」って言われて、韻を踏める英語を考えてたら「bad condition」が出てきたんです。