Samara Joy 『Samara Joy』
表面的にゴリゴリにオーセンティックなんだけど、いろいろすごいことになってるジャズをやる若手が出てきてシーンが俄然面白くなってきていて要注目な昨今ですが、サマラ・ジョイの登場も驚きでした。
さっきまで低くて太いちょいスモーキーな声だったよねってところがいつの間にか、高くてよく通る声になっていたり、かと思えばきりっと力強い声になっていたり、声質も声色も自在に変えていくのにそこに違和感が全くなく気付かないくらいにスムース。言うまでもなく音域の移行もスムースで恐ろしいほどに正確なピッチで歌い切っちゃう。でも、それがテクニカルに聴こえなくて、むしろノスタルジックで、オーセンティックな“普通”のジャズヴォーカルみたいな顔をしているのがまた驚異的。
本作のギター伴奏はパスクァーレ・グラッソ。彼もまたぼんやり聴いていたらビバップ・スタイルのオーセンティックなギターですねみたいなムードだけど、よく聴くとおかしいところがたくさんあって、“それってギター1本で演奏できるんでしたっけ?”みたいな箇所がある。パスクァーレ・グラッソの演奏のコンセプトを簡単に説明すると “バド・パウエルやアート・テイタムの音楽が好きで、彼らがピアノでやっているようなことをギターでもできないだろうか”みたいな音楽を演奏していると言った感じで、常識的ではない技術が必要だけど、それをさらっと当たり前のようにスムースにナチュラルにやるのが彼の異常性。
僕はサマラ・ジョイの歌にも、パスクァーレ・グラッソのギターにもどこか似たものを感じている。それは往診のやり方があるのかという驚きだ。
Cyrille Aimee 『I'll Be Seeing You』
ジャズ・ヴォーカリストだとシリル・エイメーの新譜も素晴らしかった。サラ・ヴォーン・インターナショナル・ジャズ・ヴォーカル・コンペティションでの優勝など、2000年代後半~2010年代頭に数々のコンペでも好成績を収めてきたフランス人ヴォーカリストで、ジャズ・ヴォーカリストの間でもその評価は高い。フランス人だってこともあるのか、マヌーシュ・ジャズに取り組んだりもしていて、その流れなのかギタリストとの共演が多く、ギターの伴奏との相性が抜群にいいのも特徴。そのあたりはアメリカのヴォーカリストにはないキャラクターにもなっている。
今回はフランス人ギタリストのMichael Valeanuとのデュオ。アクセル・トスカの(U)NITYや、カヴィタ・シャー『Vision』でも演奏を聴くことができるNY在住のギタリスト。コンテンポラリーなギタリストによるシンプルな伴奏をバックにシリルがシンプルに歌い上げるオーセンティックな作品ですが、だからこそこの2人の技術や表現力がはっきり浮かび上がるのが良いです。
選曲はスタンダード多めですが、気になる曲が2曲。セルジュ・ゲンスブールの名曲「La Javanaise」はフランス人ならでは。ジェーン・バーキンの愛唱歌でもあります。
「Me Gustas Cuando Calla」はピノチェト軍事政権に弾圧されたことでも知られるチリの詩人パブロ・ネルーダの詩に曲を付けたもの。スペインの歌手サラ・モンティエルのバージョンを下敷きにしていると思われる曲。サラ・モンティエルはスペインでのゲイ・コミュニティやフェミニストにとってのアイコンのような存在だった人。この曲をこのアレンジで取り上げたことも含めて、シリルなりのメッセージがありそうですし、それはチリのフォークミュージックを頻繁に取り上げるカミラ・メサとも地続きな部分もありそうだなとも思います。そう言った部分でもオーセンティックなジャズ・アルバムに止まらない奥深さがある作品だと思います。
Xhosa Cole 『K(no)w Them, K(no)w Us』
UKジャズとなると、ハイブリッドなものを想像してしまいがちで、アフロビートやレゲエ、カリビアン・ミュージック、もしくはグライムやダブステップ、アフロバッシュメントなどが融合しているイメージですが、オーセンティックなジャズのフォーマットでやっている人たちも少なくなく、そのシーンが上記のハイブリッドなシーンにも影響を与えているのは言うまでもないことです。
Xhosa Coleは2020年にUKのJAZZ FMアワードを受賞した23歳の新鋭。ライブ動画を見るとスーツをビシッと来て演奏しているので、その時点で彼の方向性が見えるというもの。そして、この新作ではその選曲を見れば、更にその志向のディテールがわかるようになる。ウッディー・ショウ「Zoltan」(『Love Dance』収録)、オーネット・コールマン「Blues Connotation」(『To Whom Who Keeps a Record』収録)、リー・モーガン「Untitled Boogaloo 」(『Sonic Boom』収録)と、カヴァー曲は、本作での彼のファンキーさや、アウトしていく感覚や、70年代のブラックジャズ(=スピリチュアルジャズ系)にも通じる作曲のセンスなどがどこから来ているのかを示しているように思う。
アメリカのジャズでオーセンティックなジャズといえば、Wj3やCellar Live、Criss Cross、Smoke Sessions辺りのレーベルが浮かぶが、それらとは一線を画しているのが魅力で、それは近年のUKの魅力とも繋がっています。技術的にはアップデートされていて、現代的な側面ももちろんあるんだけど、一方で、アメリカのジャズミュージシャンだったらやらないだろうなって言う“昔のジャズが持っていた質感やニュアンス”みたいなものが入っているのが特徴。レコード・カルチャーの定着具合やヴィンテージなものを偏愛するイギリスだからこそなのか、60-70年代のMuseやMainstream、日本のBaystateとか、そういったレーベルの音源と一緒に楽しみたくなるサウンドが実にUKらしい。
個人的に、UKのストレートアヘッド路線だと、トランペットのマーク・カヴ―マ、テナー・サックスのビンカー・ゴールディング、アルト・サックスのカミラ・ジョージ辺りに注目していましたが、また一人活きがいい存在が現れたなとうれしくなってます。