1万人いたら1万通りの受け止め方がある
──なるほど。今回はレコーディング・スタッフに変化があって、レコーディング・エンジニアにIvy to Fraudulent Gameのドラマーである福島由也さんを起用して、マスタリング・エンジニアはグレッグ・カルビ、スティーヴ・ファローンというアメリカの大物が担当しています。なにかを変えたいという想いが強かったということでしょうか。
越雲 : 実は前作の『Four For Fourteen』を自主レーベルから出して、自分たちがやってきたことに一区切りみたいな気持ちがあって。とことんやり切ったわけではないんですけど、なにかを自分のなかでこう、音楽的にもメンタル的にも少し変えたかった。新鮮な音楽を作りたくなったっていうのもあります。最初に小野島さんが「一皮も二皮も剥けたように感じた」って言ってくださったじゃないですか? 自分でもそういう、前よりもワンランク上に行けるんじゃないかって自信があったんです。いままでよりも良いものを作れる絶対の自信があったので、自分の頭のなかで鳴っているものを忠実に再現できるようなエンジニアにお願いしたかったんです。あと今回は群馬のTAGO STUDIOっていう大きなスタジオでドラムを録ったんですけど、やっぱり全然違うんです。ベッドルームミュージックみたいな曲は、前作の小さなスタジオみたいなところで録ったほうが良いのかなと思いつつ、こういう広いスケール感を持っているような曲は、大きい場所で録らないと再現できないなぁっていうのも知りましたね。
──自分がデモを作っている段階で思い描いていた構想を実際にどうやって音として鳴らすか考えながら、今回は新しいスタッフと新しい環境で仕事をしたと。
越雲 : はい。デモの段階でスケールの大きい曲をやりたいとメンバーにも言っていて。その場合、前作のスタジオだと(自分の思い描くスケール感が)再現できないなっていうのもあって、そこからエンジニア(福島)と「どこで録ろうか」っていう会話にもなっていった気がしますね。
──なるほど。「スケールの大きな曲」という話が出ましたが、なぜそう思ったんですか?
越雲:今回の作品を作るきっかけが、アイスランドの風景の写真を見たことだったんです。広い、っていうとすごい抽象的なんですけど、広くて深いっていうイメージを感じたんですよね。
──日本とは違う風景ですね。
越雲 : はい。日本の空とか風景は少しこう、じめっとしてて。両手を伸ばして天を仰いだ時に、なんかこう、インスピレーションがなかなか出てこないような気がするんです。その(アイスランドの)写真を見ただけで僕は、インスピレーションがバーッて湧いてくるような気持ちになって。(次の作品は)広いスケール感を持たせたいなと思ったんです。
──それをどうやって具体的な音として表現していくか。
越雲 : いままではギターで埋めていたところをシンセパッドでフワァっと隙間を広げたり。ドラムに関して言えばさっきも言ったように大きい場所。天井が高くて大きい場所で録らないと、鳴りが遠くに飛ばない。あとは自分の声も特徴的だと思うんですけど、ファルセットで少し伸びのあるトーンで歌ったり、そういうことを意識して作りましたね。
──そうしたスケール感の大きな音を目指すことによって、最終的にたどり着きたい場所はどこなんでしょう?
越雲:前作まではわりとこう、部屋のなかで体育座りをしながら世界を見てたような作品だったと思うんですよ。ですけど今作は、目に見えない別れだったり、そこから希望に向かったり、そういう世界線を音楽的に表現する時に、いままでの体育座りしていたような表現方法だとミスマッチだなぁと思ったんです。だからそういう風に広いスケール感を持ってやる事が、新しくバンドとして構築したいところにつながっていくんじゃないかなっていう。
──特に今回の歌詞の場合、越雲さん個人のすごくパーソナルな事をテーマにしている作品ですよね。それが「スケールの大きなサウンド」というコンセプトとどう両立したんでしょう。
須藤 : なんかこう……大勢に向けて投げかけるものよりも…特定の個人やものに向けて書いたものの方が、結果的に大勢に伝わる気がするんです。受け取る側は1人1人の人間じゃないですか。それが集まって大勢になるわけで。1人1人の心に刺されば、それだけ大勢の人に届く。選挙演説とか聞いていても、「皆さん!」て言ってる人より、「そこのあなた」って言ってる人の方がリアルじゃないですか。
──仮に1万人のリスナーを相手にするとして、1対1万ていう考え方ではなくて、1対1が1万通りあるっていう。
須藤 : そうですね。僕が言いたいことを小野島さんがいますごくわかりやすくまとめてくださったんですけど(笑)、そう感じていたんで…パーソナルな歌詞とスケール大きなサウンドは全然矛盾した事ではないし、すごい自然にマッチするのかなって思いますね。
越雲 : 僕はバンドをやりはじめた時から、1万人いたら1万通りの受け止め方がある、ってずっと思っていたんです。そういう多義的な解釈ができるような、想像力が広がるような歌詞を書いてきたつもりだし、そのためにスケールの大きな曲が必要だったということですね。
──個人的なことを書いた歌詞であっても、表現はちゃんと普遍化されてますね。その余白みたいなものがサウンドのスケールの大きさに繋がっているのかなと思ったり。
越雲 : そうですね。今回は(歌詞は)普遍的に書きたいっていうのはありました。それは意識的なんですけど。あとは、チームの人に、もう少しわかりやすい歌詞で書けって言われていたのもあった。ちょっとなんか、腹立たしいなと思いながら(笑)。できねーって思われるよりは、できている自分がカッコいいじゃないですか。でもパーソナルな部分は失いたくないので、そこに対して挑戦したリリックでもあります。