曲があって言葉があって、そこに声を出せばもうそれで歌になる
──なるほど。ヴォーカルの変化という点でいうと、いままでの作品は、真ん中に歌がしっかりとあってその後ろでバンドの演奏が鳴っているというような、ある意味“日本的なポップス”然としたサウンド構成だったように思うのですが、今作は声そのものが音楽の中の素材のひとつとして存在しているような印象を強く感じます。「WATER」や「ゆらぎ」のコーラスでは、音程の揺らいだ声がいくつも重なって人の声とは思えないようなハーモニーを作っていたりと、声の豊かさが全く違って聴こえるのが今作の特徴でもありますね。
優河 : 2020年にミュージカル(「VIOLET」)に出演したのですがその時に改めてボイトレに行き始めて。ミュージカルを通じて、自分の歌の無駄なクセを一度はいだことによって、歌でやれることを全部やるのではなく、「この曲にはこういう質感の声」といった風に、自分の声のなかで曲に必要なものだけを使うという意識が生まれたんです。そもそも、サポート・バンドのメンバーってそれぞれが数千近くやれることがあったとしたら、そのなかのいちばんいいところを使おうとする人から、私もそうしてみたいと思って。
谷口 : なるほどね。確かにバンド・メンバーって、楽器選びからはじまって、常になにかしらの取捨選択をしている。今回の優河ちゃんはそれと同じ感覚だったのかと、いま改めてハッとさせられました。優河ちゃん、そういえば前はコーラスができなかったもんね。
優河 : そう、コーラスが苦手だったんですよ。でも、ミュージカルではどうしてもそこは克服しないとやっていけない。ただ実際やってみると「人の声が重なるとこんなに心地いいんだ」っていうことに、純粋に感動したんです。そこから、自分の音楽の中で、自分自身の声に対してだったらチャレンジしやすいかもと、コーラスに開眼した感じで。
谷口 : 優河ちゃんが作ってきたデモの段階ですでにコーラスも入ってて、これはいままでになかったパターンだ!とすごく驚いたのを覚えています。「ゆらぎ」なんて、そのコーラスの響き自体をを楽器に置き換えて、それがアレンジのキモにもなっているし。デモの段階での情報量が格段に増えたことで、優河ちゃん自身が曲に対してこういう響きが欲しかったんだと気づけたし、相互の理解がこれまでに比べて格段にしやすかったですね。
優河 : 私はギター以外の楽器が弾けないから、声で他の楽器のパートをやればいいんだ、みたいなつもりだったんですが(笑)。でもそのおかげで自分自身も、声というものに対する認識が変わった気がします。
──笹倉さんはヴォーカルのディレクションをしている中で、そのあたりはどう感じられていましたか?
笹倉 : 本来、「歌」と「音楽」ってちょっと違うものだと思うんですよね。さっき優河ちゃんも日本語で歌うことについて話していたけれど、日本に多い、歌が前に出ていて演奏が後ろで鳴っているというような曲っていうのはどちらかというと「歌」を聴いているという感覚。だから日本語の歌の中で、音楽になっているものって実はすごく少ないんですよ。でも、ちゃんと歌自体が音楽になってることが前提になっている人は、そこからどうサウンド・メイクしていくかというプラスアルファの話ができるし、優河ちゃんはそういう歌い手さんだと思うんです。だから今回は、バンドメンバーが出したい音と優河ちゃんが自分の声の立ち位置をどうしていきたいかという意識の変化が、特にうまく調和した作品になったんじゃないかな。
──前作までに比べると、今作のヴォーカルは頭の上から抜けていくような澄んだ質感に変わっているように感じたのですが、それについてもやはり歌に対する向き合い方の違いが反映されているのでしょうか。
優河 : それもやっぱりミュージカルで一度いらないクセや個性を取り払って、ただ声だけ存在させるという経験をさせてもらったのが大きかったですね。その経験をした上で、改めていざ歌おうとすると、どうしても「歌ってます!」という感じになってしまうことが気になるようになって。そもそも、歌詞の言葉だけでも十分意味が込められていて、バンドメンバーがそれに対して生み出したものがあり、さらにそこに私の気持ちが入ってくると、隙がなさすぎて疲れるというか……。私の声って、特にそうなりがちな声だとも思うんですが、だからこそ「歌おう!」とすると楽曲がトゥーマッチになってしまう。曲があって言葉があって、そこに声を出せばもうそれで歌になるのだから、わざわざ“歌おう”としなくていいというか。だから“歌わない”というつもりで、今作には取り組んでいました。
谷口 : ヴォーカルの変化については、やっぱりライヴでいちばん感じますね。歌のコントロールが上手くなったなと思うし、ステージングにも余裕があってオーラがあるというか。後ろで演奏していて、かっこいい!と素直に思える瞬間がここまでのツアーでもあったし。それは自分の声の使い方をマスターしているがゆえの、自信からなのかなと。
優河 : ここ数年でバンド形式でライブをすることも増えましたが、基本的にはこれまで弾き語りでやってきたので、やっぱりバンドのなかで歌うことにはあまり慣れてはいなくて。プレイヤーとしてもやらなくてはいけないことがあるなかで、どうしてもバンドに追いついていない自分がいて、メンバーの影に隠れながら、でも歌は歌わなくてはいけない……というギリギリなラインでやっていたんです。でも今回は、合宿などを経てバンドとのコミュニケーションが今までとは比べ物にならないくらい密になって音源を制作したことで、ミュージシャンとしてではなく人としてより深い信頼関係を築けて。安心感というか、この中でなら私は何をしてもいいんだと思えるようになったんです。今ももちろん、いっぱいいっぱいではあるんですけど、ステージの上での居心地はすごく良くなっていますね。そうなるとやっぱり体の自由度も違うし、変なところに力が入らないし、聴ける音も広くなっていると感じています。
笹倉 : この前(「SHIBUYA SOUND RIVERSE 2022」でのライヴ)はピンチヒッターでバンドに参加したんだけど、優河ちゃんが「居心地がいい」っていうのはすごく納得した。僕も居心地よかったもん。サポート・ミュージシャンって基本的には、まず譜面を見て、短い時間のなかでとりあえず音楽として成立するよう演奏するという域を超えられないことが多いし、シンガー・ソング・ライターでずっと同じバンド・メンバーと一緒にやれるっていうのもみんながみんなできることじゃない。でも、魔法バンドは優河ちゃんと一緒に長い時間をかけて関係を築いてきているから、それ以上のことができる。だからライブには、この気心の知れたメンバー同士の居心地の良さを見にきていただきたいよね(笑)。
谷口 : 確かに、僕もいつの頃からか譜面を見なくなったな。このバンドはもう長いし、これからもずっと長くできたらいいなと思ってるし。