「音のみで作られた映画 "sound-only movies" である。」- Brian Eno
Brian Eno / Small Craft On A Milk Sea
集大成なのか変化なのか。新たな概念、コンセプトの提唱への一歩なのか。いずれにせよ、Brian Eno自身が「真に革新的なレーベル」と讃える<WARP>との運命的な出会いによって誕生した、紛れもない大作であることは間違いない。
Track List
1. Emerald and Lime / 2. Complex Heaven / 3. Small Craft on a Milk Sea / 4. Flint March / 5. Horse / 6. 2 Forms of Anger / 7. Bone Jump / 8 .Dust Shuffle / 9. Paleosonic / 10. Slow Ice, Old Moon / 11. Lesser Heaven / 12. Calcium Needles / 13. Emerald and Stone / 14. Written, Forgotten / 15. Late Anthropocene
なにかを想像させつつ、なにも確信はさせない
ソロ名義としては2005年以来のブライアン・イーノのアルバム『Small Craft On A Milk Sea』。全編インストゥルメンタルではあるが、このアルバムは彼の代名詞たるアンビエントではない。かといって、彼が今まで自らヴォーカルを取ったアヴァン・ポップ的な方向性でもない。イーノ自身はこの『Small Craft On A Milk Sea』を語るのに、映画のサウンドトラックを引き合いに出している。70年代に彼は見てもいない映画のサウンドトラックを聞き込み、そこからひとつの映画を想像することにふけっていたという。映像があって完成する音楽を、音楽のみで聞くことで、未完成の状態の音楽が人の想像力を喚起することに着目したそうだ。彼は本作を「sound by movies」として作ったと語る。
では、音楽としては『Small Craft On A Milk Sea』はどうなんだろうか。やはり、イーノの言葉通り含みのある構成を持ったアルバムになっている。1曲目「Emerald and Lime」の夜明けのような穏やかさのピアノと電子音から成るサウンドで幕を開け、2曲目、3曲目と何かが動き出す前のようなミステリアスな曲調が続く。4曲目のアシッドなビートに始まり、9曲目までテクノやエレクトロニカで使われてきた様々なビートや音使いが現れ、アルバムの山場を迎える。そして、また不穏な感触の電子音が響き渡るノン・ビートの曲が続き、1曲目のリ・プライズ「Emerald and Stone」が聞こえて終わりかと思いきや、また不穏なムードが現れて終わりを迎える。タイトルも意味ありげなものが多いし、なんらかのストーリーを感じさせるアルバムなのだ。
また、本作は制作にあたって、意図的に作品からパーソナリティを欠如させたという。そして、その制作作業は彼より若い世代のエレクトロニカのアーティストであるレオ・アブラハムスとジョン・ホプキンスのふたりと行われ、それは「作曲」ではなく「即興」的な作業だったそうだ。とても「即興」には聞こえないが、言われてみればこのアルバムのサウンドは今の流行とは関係なさそうな、けれんみのない素朴な音で貫かれている。このパーソナリティの欠如は、聞き手が想いを描く余白を曲にはらませることを狙ったやり方なのだろう。なにかを想像させつつ、なにも確信はさせない。「sound by movies」として絶妙な距離感がある。
しかし、家具のようにそこにあることを意識させない環境の一部である音楽、アンビエントを70年代に創始したイーノにしては、聞き手への距離感は近いとも言える。もしかしたら、データで次から次へと音楽が聞ける状況に対して、人を音に引きつけられる効果的なラインを試しているのかも、などと推測もしてしまう。そんなことも含めて、あれこれ想像しながら『Small Craft On A Milk Sea』を楽しんで欲しい。(Text by 滝沢 時朗)
本作に対するBrian Eno本人からのコメントも!
Brian Eno(ブライアン・イーノ)
70年代初頭、私は他のあらゆる種類のレコードよりも、映画のサウンド・トラックを好んでいた。私を惹き付けたのは、その官能性と未完成性だ。映像が欠けているために、リスナーを誘い、聴く者の心の中で映画を完成させようとする。もしその映画を見たことがなければ、その音楽は刺激的なものとして残る。まるで、部屋に入ったときに、立ち去ったばかりの誰かの香水の匂いがまだ残っているかのように。ニーノ・ロータが手掛けたフェリーニ映画のサウンド・トラックを、私はその映画自体を観る前からよく聴いていたが、頭の中でまるまる一つの映画を思い浮かべることができた。フェリーニの実際の映画とはかけ離れている場合が多かったが、ある種未完成の状態で残るその音楽が、とりわけ創造的な方法で、リスナーを魅了するというアイディアを私に与えてくれたのだ。
この作品に収録された楽曲は、私と、レオ・アブラハムス、そしてジョン・ホプキンスが、これまで不定期に行ってきたコラボレーションの中から生まれている。彼ら二人は才能溢れる若き演奏家/作曲家で、私と同様、エレクトロニカの可能性と自由(という概念)に密接に関わっている。ここ数年の間に、私たちは数回に渡って共に作業をし、昨今音楽家が利用できるようになった巨大な音楽の新しい領域を追求することを楽しんだ。このアルバムに収録された楽曲のほとんどは、クラシックな意味合いのコンポジション(作曲)ではなく、インプロヴィゼーション(即興)から生まれている。それらの即興は、曲としてではなく、むしろ風景として、ある特定の場所から抱く感覚として、あるいはある特定の出来事が示唆する提案として完成させようと試みられている。ある意味、故意的にパーソナリティが欠如していると言える。歌い手は存在せず、語り手も存在せず、聴く者が何を感じるべきかを指し示す案内人も存在しない。もしこれらの楽曲が映像のために使われたなら、その映像は映画として完成するだろう。これらは、無声映画の鏡像、つまり音のみで作られた映画“sound- only movies”なのである。
長きに渡って真の革新的音楽レーベルであり続けている<WARP>から、この新しい音源をリリースすることになり、私はとても嬉しく思っている。私が何年もの間、聴き続け、賞賛してきた作品を生み出してきた多くのアーティストたちの仲間に加われることも嬉しく感じている。実りのある関係を築くことが楽しみだ。
Brian Eno (September, 2010)
Leo Abrahams(レオ・アブラハムス)
私はジョン・ホプキンスと共に10代の頃から学校で即興音楽を演奏してきた。彼のスタイルは、最初から独特で、彼の世界に入っていくのが本当に好きだったんだ。
高度な技術や物語を作り出すことに夢中になることはなかったよ。ピュアなサウンドを追い求めていた。僕が最初にブライアン自身はこの『Small Craft On A Milk Sea』と制作を始めたのは2001年の『Drawn From Live』プロジェクトを始めたのがきっかけで、そこには即興の要素があった。ジョンとの経験が、僕に準備をさせてくれていたと感じたよ。 『Small Craft On A Milk Sea』に収められたほとんどの曲は、即興がベースになっている。しかしながら、そのほとんどは大幅にエディットされている。純粋さと喜びの感覚が存在し、制作の間もそれらはずっと存在していた。私にとって、ブライアン自身はこの『Small Craft On A Milk Sea』との音楽制作の経験を一言で表すなら、解放だ。
Jon Hopkins(ジョン・ホプキンス)
私には、これらの楽曲が、ある場所の感覚や神秘、そして異質さが備わっているように感じる。またそれらは、私達それぞれのどのスタイルとも似つかない、まったく新しい存在なんだ。
リード・パートが支配する典型的な即興のスタイルではなく、むしろサウンドとテクスチャを合成したバック・グラウンドを一緒に築いていきたかった。それが基本的にはスタート・ポイントになっているんだ。バック・グラウンドとなる風景が築き上げられてから、ブライアン自身はこの『Small Craft On A Milk Sea』がよりリズミックだったり、メロディックなテリトリーに導いてくれた。
よりメロディックな楽曲の中には、ブライアン自身はこの『Small Craft On A Milk Sea』がレオと私にランダムなコードをいろいろ作るように言って、それを彼がホワイト・ボードに小節の数を意味する数字と一緒に書いていき、ブライアン自身はこの『Small Craft On A Milk Sea』がランダムに指差して、私達がそのコードを弾く、というように始めたものもある。僕らもそれらがどのようにリンクしていくのかわからなかった。それからレオと私がその小節数分に合わせて他のパーツを書き込んでいったんだ。 典型的な作曲法を避けるという方法は、スタンダードなコード構成ではなく、プロセスの中で生まれるランダムネスの真の要素に導いてくれる。それが本作全体のミステリアスな感覚に貢献していると思う。
Brian Enoの過去作品6タイトルを同時配信スタート
Brian Eno PROFILE
Brian Eno(ブライアン・イーノ)は、ソロ作品として2005年に『Another Day On Earth』をリリースした以降も、音楽やそれ以外の面でも継続的に活動を続け、常によりワイドなカルチャーの領域へとアプローチの幅を広げてきた。2006年後半、PCアプリケーション作品としてリリースされた、生成的音楽映像インスタレーション・プロジェクト『77 Million Paintings』をリリース。本作品は、リスナー(そしてビューワー)に、ほぼ永続的に展開するスライド・ビデオと、自動的にアルゴリズムを生成する音楽を体験させるものだ。『77 Million Paintings』では、二人として同じ体験をする者はいない。『77 Million Paintings』は後にライヴ・パフォーマンスとなり、とりわけ、ルミナス・フェスティバルの一部として披露された、シドニー・オペラ・ハウスに投影されたマルチ・メディア・プロジェクションは広く知られている。このフェスティバルはイーノ自身がキュレートしたもので、クライマックスとなった6時間にも及ぶ即興パフォーマンス“Pure Scenius"では、ネックス、アンダーワールドのカール・ハイド、そして『Small Craft On A Milk Sea』のコラボレーターでもあるアブラハムとホプキンスも参加している。アートとテクノロジーの垣根はさらに低くなり、生成メディアに感じる魅力に後押しされる形で、2009年には、大きな人気を集めた革新的なiPhone用アプリケーション、Bloomを開発した。過去にも、イーノとコラボレーションをしてきたピーター・シルヴァースによって開発された本プログラムは、ユーザーがこの魅力的なインターフェイスを使って、連続して再生される音色のポエムを、音楽としても、ビジュアルとしても操ることができ、その音楽面に関してもイーノ自身が愛して止まないアンビエント作品に通じている。Bloomから始まったモバイル・アプリのプラット・フォームは、Trope、そしてAirへと継承されている。もちろん、音楽作品も手掛けている。2006年に、デヴィッド・バーンとのコラボレーション・アルバム『My Life in the Bush of Ghosts』が8曲の追加トラックと共に再リリースされ、2008年には、このパートナー・シップからは2作品目となる『Everything That Happens Will Happen Today』がリリースされた。ビデオ・ゲーム『Spore』用のサウンド・デザインも手掛け、そして2009年には、ピーター・ジャクソンの映画『The Lovely Bones』のサウンド・トラックも手掛けている。今年に入ってからは、2010年のBrighton Festivalのキュレーターを務めている。「This is Pure Scenius」と改めて名付けられた即興パフォーマンスをシドニーの時と同じライン・ナップで行い、さらにトニー・アレンとエジプト80と共に行われた追加パフォーマンス、さらにイーノの『Apollo』をオーケストラで演出したパフォーマンス、そしてもちろん『77 Million Paintings』のプレゼンテーションも披露された。そして今、この包括的なアプローチが、『Small Craft On A Milk Sea』に応用されているのだ。