今までの装いを剥ぎ取った待望の衝撃作!
SUFJAN STEVENS / The Age of Adz
オリジナル楽曲から成るフル・アルバムとしては、『イリノイ』以来5年ぶりとなるスフィアン・スティーヴンス超待望の新作は、あらゆる予想や期待の遥か上を行く衝撃的な傑作となった!
知る人ぞ知るルイジアナ出身の黒人看板画家にしてアウト・サイダー・アートの巨人、ロイヤル・ロバートソン(1930-1997)が手がけた特異な作品群を全面に配したアート・ワーク、初期のインストゥルメンタル・アルバム『Enjoy Your Rabbit』にも通じるエレクトロニックなサウンド、前作『BQE』でも顕著だった緻密にアレンジされたホーンやストリングス、さらには何層にも折り重なるヴォーカルとコーラス、といった要素を大胆に融合させたユニークな音像、自らの内面の葛藤を抉り出すような歌詞。コンセプチュアルな装いを剥ぎ取った、これまでとは全く異なるスフィアンの一面に圧倒される。
アメリカ社会を風刺してきた奇才
まず、ヴォネガットは日本を代表する作家の村上春樹に大きな影響を与えている。自分たちの作った社会や環境に翻弄されてしまう人間をユーモアと悲哀を込めて描く、ということを村上春樹は学んでいるように思える。日米の国民的な作家の感覚が通じていることを踏まえると、スフィアンの音楽も少し近くなるだろう。そして、スフィアンの歌の主なテーマはアメリカ社会についてだ。彼はインタビューで以前、アメリカは過去を切り捨て未来だけを見据えて前進していくことが特徴だ、と話している。日本は伝統があるように思えるが、敗戦から復興するためにアメリカを目指し、高度経済成長によって急激に変貌した国だという側面がある。アメリカと同じ過去のない忘れっぽい、根無し草の国だ。まあ、もちろん色々な違いはあるけど、こうやって見るとスフィアンが歌っていることが遠くないことだとわかると思う。
それでは、これまでのスフィアンの作品はどんなものだろうか。ひとつあげれば、彼の代表的なプロジェクト「The 50 States」の『ミシガン』はミシガン州の経済社会や労働者階級について歌ったアルバムだ。ピアノやバンジョーなど様々な楽器やコーラスによって編曲され、華やかでファンタジーのようですらある。なぜ、具体的な土地の重いテーマを歌ってファンタジックでポップな音を作り出すのか。それは、根無し草の国を誠実に作品にしたが故の軽さなのだろう。しかし、スフィアンが用いるのはアメリカの古典的な音楽の方法でもある。この一見反対の方向に見えることが、彼の作品の中でひとつに結びついているのだ。
そして、そんなスフィアンが2010年に放つ新作が『ジ・エイジ・オブ・アッズ』だ。このアルバムを聞いて、まずはじめにわかることは、エレクトロな音の導入だ。シンセサイザーやドラム・マシンが全面的に使われ、彼の歌の世界にこれまでとは異なる色彩を与えている。同じような音の変遷をたどって成功した同時代のアーティストでは、アニマル・コレクティブが思い出されるが、彼らが電子音やサウンド全体に深いリバーブをかけて内向きのパラダイスを作ったようには、スフィアンはしていない。『ジ・エイジ・オブ・アッズ』の電子音は、エフェクトよりはもっとプリミティブな面が強調され、生楽器と無理なく調和している。しかし、サウンドの抽象性は今までより上がっていることは確かだ。「The 50 States」で具体的な面からアメリカ社会を描いてきた彼が、なぜ抽象的なサウンドでタイトルにも時代という土地に比べて曖昧なテーマを選んだのか。
『ジ・エイジ・オブ・アッズ』はオリジナルのフル・アルバムとしては、2005年の『イリノイ』以来になる。その間にアメリカの大きな変化といえば、ブッシュ政権からオバマ政権に交代し、それまでの強いアメリカという幻想が崩れたことだ。アメリカは目指すべき明確なモデルが存在しない、模索の段階に入っている。『ジ・エイジ・オブ・アッズ』の抽象性もこの変化に対応したものなのではないか。タイトルは直訳すれば「手斧の時代」であり、モデルをなくした現代は人間の初期の段階と同じような状態という意味にもとれる。サウンドが描く世界もファンタジーというよりは、軽やかさを保ちつつファンタジーの大元である神話に近づいているようだ。アウトサイダー・アートを用いたジャケットもそんなことを思わせる。
このアルバムの最後を飾る「Impossible Soul」では、スフィアンの歌声に初めてオート・チューンが徐々にかかっていき、ついには完全なロボット声になってしまう。そして、曲の最後にはアコースティック・ギターとともに彼の肉声が帰って来る。『ジ・エイジ・オブ・アッズ』でスフィアンは、社会の根本に立ち返り、また再出発しようとしているようだ。神話に返ったポップ・ミュージック。今にしかないこの音楽を聞いて欲しい。
(Text by 滝沢 時朗)
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Sufjan Stevens(スフィアン・スティーヴンス) PROFILE
ミシガン州デトロイト生まれ。若くして独学で音楽家を志し、大学生の頃には、オーボエ、リコーダー、バンジョー、ギター、ヴィブラフォン、ベース、ドラム、ピアノ、さらに枚挙に暇がないほど多くの楽器の演奏に精通していた。 2003年、出身州をテーマとしたアルバム『ミシガン』が世界中で反響を呼び、エリオット・スミス以来の驚嘆すべき才能と騒がれる。2005年には、アメリカ50州のそれぞれのためにアルバムを作るという壮大なプロジェクト「The 50 States」の第二弾となる『イリノイ』を発表。語り手としての俯瞰的な視点とディテールへのこだわり、哀愁とユーモア、緻密なソング・ライティング、アレンジの手腕を遺憾なく発揮したユニーク極まりない作品性が高く評価され、セールス面でも大きな成功を収める。さらに2006年、『イリノイ』のアウト・テイク集『ジ・アヴァランチ』とCD5枚組の『Songs for Christmas』を相次いでリリース。2009年には、ブルックリンのオペラ・ハウス、BMA(Brooklyn Academy of Music)から委嘱されたコンポジション / 映像作品「The BQE」(ブルックリンとクイーンズを結ぶハイウェイ、BQE をテーマにしたもの)をもとに、自身が新たに編曲・録音・ミックスを手がけ、映像にも再編集を施したCD/DVD2枚組を発表するなど、決まり事にとらわれない自由奔放な創作活動を続けている。 批評家たちのみならず、同業のミュージシャンの間でも一種のアイコン的な存在となり(スノウ・パトロールのヒット・シングル「ハンズ・オープン」にも実名で登場)、『リトル・ミス・サンシャイン』や『O.C.』をはじめとした映画やTVドラマでもその音楽が頻繁に使われている。自身のレーベル、Asthmatic Kitty 所属のアーティストをはじめ、ダニエルソン・ファミリー、ザ・ナショナル、クレア&ザ・リーズンズなど、他アーティストの作品への参加も多い。