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日本語のうたものを語る上では欠かせないバンド、空気公団が6枚目のフル・アルバム『春愁秋思』をリリースする。彼女らはその活動を始めた当初から、フォーマルかと思えばつかみどころがなく、折り目正しいポップスかと思えばそれだけでは言い切れない気配を奥に持っている。今作はその点を深めつつ、音楽的な幅を広げることでより多角的に空気公団に触れることが出来る充実作だ。インタビューからもその世界を覗いてみて欲しい。
インタビュー&文 : 滝沢時朗
空気公団 / 春愁秋思
01. まとめを読まないままにして / 02. 春が来ました
03. だんだん / 04. 毎日はカノン
05. 絵の具 / 06. 僕ら待ち人
07. 日寂 / 08. 文字のないページ
09. 春愁秋思 / 10. なんとなく今日の為に
販売形式 : mp3、wav共に1800円
デモを作らないと自由度が高いんです
——前作『メロディ』の後に10周年のベストを出されて、ひとつの節目を迎えられていましたが、『春愁秋思』の制作にはどのような気持ちで臨まれたのでしょうか?
窪田渡(以下、K) : 最初の構想ではミニ・アルバムを作ろうっていう話だったんですけど、ベスト盤でせっかく過去を振り返るような企画をやったんだから、次はアルバムでいこうという話にまとまりました。リリースのタイミングは決まっていたので、そこから逆算してスケジュールを決めて『春愁秋思』が生まれましたね。
——今回は初めてデモを作らずにセッションを重ねて制作したと伺いましたが、どうしてそのような手法をとられたのでしょうか?
戸川由幸(以下、T) : 今までは最初に全部のアレンジを固めてからデモを聴かせて、同じものを録って本番テイクに差し替えていくというやり方をしていたんですが、一発録りみたいなやり方の方が新鮮な気持ちでできて面白そうだと思ったんです。
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——以前、インタビューで「本当はデモを作りたくない」と話されていましたが、今回は理想的な形のレコーディングができたのでしょうか?
山崎ゆかり(以下、Y) : デモを作ると、ドラムもここでキメを打ってって決めるぐらい、しっかり作り込んでしまうんですよ。そういうデモがあると、演奏家が来たときに好きにしてくださいって言っても、こっちも演奏する側もイメージが固定されるんですよね。だけど、デモを作らないでやると本当に自由度が高いんですよ。ただ、空気公団っていう制限だけはあって、その中で好きに遊べるという感じです。
——デモがない状態で、どのようにやり取りをして進めていったんですか?
Y : ICレコーダーを買って、自分の弾き語りを録音したんです。それをみんなに聞かせて、楽器持ってまず合わせて、ここはこういうイメージだよねって確認しながら進めていきました。今まではテンポやリズムを先に決めて外側の枠を構築して作っていたのが、今回はまずこういう曲で、この中のこの男の人はこういう人なんだっていうイメージがあって、そこを中心に広がっていく感だったので、歌詞のことを考えたり他の人の演奏をじっくり聴きながら演奏して作りました。
K : 一発録りでやってると、人の演奏を聴くほうが大切になってくるというか、意識として重要になってくるので、自ずとそうなりますよね。
——今回はアコーディオン、ストリングス、ホーンなど色々楽器を使われていますが、ある程度全員で合わせて演奏してから、この楽器を入れようという意見が出たんですか?
K : ピアノ、ギター、ベース、ドラムの、基本のフォー・リズムでリハーサルを続けていくので、演奏してるとその上にのせる音の余地が見えるわけですよ。そこで最初に自分がシンセを鳴らしてた音から、これはアコーディオンかもしれないっていうことで入れてもらったり、そういうやり方をしていました。
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——「春が来ました」でファンキーな演奏をされていたり、「絵の具」で深いリバーブをかけられたりと、今までされてこなかったようなアレンジの曲がありますが、制作に苦労されましたか?
K : 「春が来ました」は、3人で楽器を鳴らしながら作っていった曲なんです。最初はあそこまで16ビートじゃなかったんですけど、リハーサルを重ねてだんだんそういう感じが出てきました。それで録音の時にNONA REEVESの奥田くんのギターや山口ともさんのドラムの要素が加わって、今までにない感じのアレンジになりました。「絵の具」のリバーブ感は、ミックスのエンジニアをお願いした中村文俊さんに色々とリクエストをしてこうなったんです。あまり具体的なことは言わず、風景とかそういう漠然としたイメージを中村さんに話して、その結果、ああいう音になりました。
——インスト曲の「毎日はカノン」もセッションで作られたんですか?
K : あれは一番最後に出来上がった曲で、セッションではないです。
Y : 「毎日はカノン」は窪田が作った曲で、「日寂」は戸川が曲を作っています。この日までに曲を絶対作るようにって言って。それをしないとみんなで音合わせする日に間に合わないので。
——「毎日はカノン」に環境音が入ってるのはどなたのアイディアですか?
K : あれは戸川くんのアイディアですね。
T : 最初は窪田さんのピアノだけのデモを、三人で飲んでるときに居酒屋でイヤホンで聞いて、その時のコップの音とかの雑音がなるほどねと思って。それがリズムになったら面白いかなというのが最初の着想でした。それで、ゆかりさんがビデオ・カメラで何十パターンも音を録って、プロトゥールスに取り込んで、切り貼りして作っていきました。
直訳出来ない部分を書きたい
——『春愁秋思』は、今までのアルバムよりアレンジの種類が豊富だと思いますが、それは結果的にそうなったんでしょうか?
Y : アルバムには自由度が欲しいんですよ。みんなが音の中に入ってきて、自由に想像したり色をつけたりできる範囲を広くしておきたいんです。遊び場に例えると、全く同じすべり台が2、3個あってもつまらない。色んなものがあって欲しいと思うんです。だから同じすべり台だとしても背の高さを少しずつ変えたり、最後にそういう調整はしました。
K : そういうところは意図的にやってたかと思うんですけど、自分が分析するに、あんまりサウンド志向ではないんですね。何か作りたい音像があって、そこに向けて完成させるっていうわけではなくて、旋律であったり歌詞の中の風景であったり、そういうところが結果的にアレンジに結びついてる。それがアレンジの豊富さに繋がっているのなら、すごくいいなと思うんです。
Y : あと、演奏する人がいつもより多くいたので、その曲に対して思いを込める人たちの量が違うっていうだけで、バラエティに富んだ雰囲気になるのかもしれないですね。
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——今までの空気公団の作品では、メロディの良さを引き出すために山崎さんがフラットに歌っている印象がありましたが、『春愁秋思』ではもっと抑揚をつけて情感を出す歌い方をされてるように感じました。いかがでしょうか?
Y : いつもより歌が大きいっていうのは確かにあるんですよ。いつもは歌も楽器の一個だったけど、今回は歌がボーリングのセンターみたいな位置にある。みんなで音を出しながらやってる時は、私も弾きながら歌ってるんです。そうすると、自然と歌い方がニュートラルじゃなくなってくるんですよね。ニュートラルな気持ちでいるんだけど、やっぱり、演奏してる分は自分も気分が上下するというか。そういうところが出てるのかもしれないです。
K : 今回は録音の時に一回もクリックを使いませんでしたから、その分歌の自由度が増して、表現がしやすくなったのかなと思います。
Y : クリックがない分、間を読むところが多くなりましたね。
K : その曲の基本のテンポ感があって、気持ちが昂ぶれば速くなったり遅くなったりする部分も出るんですね。どこでそうなるかっていうマッピングをリハーサルでしていて、録音でもそれを詰めていきました。歌録りは普通にカラオケを聴きながらしたんですが、元々リハーサルの時に歌のテンポ感ができていて、それに呼吸を合わせて録音したので、歌がボーリングのピンの一番前に来るような結果になったんだ思います。
——歌詞の話なんですが、「だんだん」はAメロがやり取りの断片になっていて、サビでその断片がかみ合ってコミュニケーションになるという内容が面白かったです。
Y : 「だんだん」はお見合いをしている二人の会話の言葉が片方ずつ交互に出てきて、だんだんかみ合ってきそうなところを描いてるんですよ。そして、その会話がすれ違ってるのを覗き見してる男女がまたいて、「私たちもあれと似たようなもんだよね」って話してる歌詞なんです。
——「だんだん」の他にも「日寂」が歌詞を逆に歌っていたり、「文字のないページ」が言葉が生まれる過程自体を歌詞にしていたり、コミュニケーションに関するテーマの歌詞が興味深いですね。
Y : 「日寂」の逆さに歌うアイデアは、本当にその場の思いつきです。でも今回に限らず、私が書きたいと思っているのって、直訳できない部分なんですよ。最近、空気公団でFacebookをはじめたんです。台湾や韓国などの海外でも曲を出しているので、そのお客さんに歌詞を伝えるために歌詞を英訳しようと思ったんですね。私は英語がわからないので人に頼んだんですけど、みんな挫折しかけてるんですよ。歌詞をそのまま直訳しちゃうと、「そうじゃないんだよな」って感じにどうしてもなるんですね。直訳出来てしまう言葉と言葉のその間にある、単一じゃない気持ち。見える部分じゃなくて、感じる部分を書きたい。『春愁秋思』って、タイトル自体が分かりそうで分からないようなタイトルですから。想像はつくけど、正しく意味はわからない。そういうのがいいなといつも思ってます。
私とは別に、空気公団には人格がある
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——山崎さんの歌詞は過去の作品でも、「だんだん」のように徐々に変化することを形容する言葉が中心的に使われていますが、そこも直訳できない部分につながるところでしょうか?
Y : そうですね。でも「なんとなく」って言葉をそのまま使えばその微妙な部分が伝わるというわけでもなくて、言葉の後ろにリンクがいっぱいあって初めて伝わるんだと思います。日常のありふれた言葉を繋いで、違う意味を感じてもらえれば一番いいですね。アルバムに限らず、音楽って自由なものがいいんですよ。音楽って、聞いた人の中で育っていきますよね。でも言葉が自由に育つことを制限しちゃう時があるんです。そうならないようにしたい。言葉があることで、より深く聞こえたらいいなって思う。
——音楽を聞く人が、何回も聞いていく中で色々な方向にいける余地を作品に多く含みたいということですね。
Y : そうです。ある言葉があって、今聞くとこういう気持ちだけど、何年か経ってその言葉をまた聞いた時に、違うように思ってもいい。そこでまた新しく遊んで欲しいんです。
——戸川さんと窪田さんも同じ様に思いますか?
K : 僕はMTVで育ったトップ40世代なんですよ。だから、言葉に対する思いっていうのが、元々あんまりなかったんです。どっちかって言うと、音楽に言葉があるとすごく限定されてしまう感覚がありました。でも空気公団の音楽を聞いた時に、さっき言ったようなイメージの限定がされなくて、言葉が耳に飛び込んできたんですね。日本の歌で、そらで歌える曲ってあんまりないんですけど、空気公団だけが言葉を耳にして発声できるんだよなって思いがあります。「その理由は何だろう? 」と思ったのが、僕が空気公団に興味を持った始まりです。音に関しても、自分が音色を作る時は、原色じゃなくて中間色の淡い、何とも言えない色を求める傾向があって、それは歌詞からインスパイアされてる部分が大きいだろうなと思います。
T : ゆかりさんの歌詞の言葉にはリアリティがありますね。空気公団の歌詞の中には、昔から今に至るまでずっと、主人公のような人がいる気がしているんです。その人がいるから、好き勝手に音楽が演奏できる。がんばれとか愛だとか恋だとか、逆に偽悪的に斜めに世間を見ようとしてたりとか、色々な歌詞がありますけど、山崎さんの歌詞はそのどっちにも居ないですよね。
Y : でも、両方に居るとも言えるんです。居ないと思ってたけど、後ろを見たら居た。いつまでもずっと付いてきて、寂しい時にポンと肩をたたいてくれたり、楽しく騒いでる時には後ろで静かにしていたりとか、そういう感じで居るんだよね。
——空気公団は先ほどお話にも出たFacebookやTwitterを使い、YouTubeにも動画をあげてWebサイトもよく更新されたりと、インターネットを活用されています。一方、最初のイベント「空間」では舞台裏で演奏し、お客さんはその映像を見るという形のライブをしていたり、最近ではイラストや影絵とコラボレーションしたライヴ「えとおと」もされています。非常にメディアを意識的に使われていますが、それは空気公団にとってどういう意味を持っているのでしょうか?
Y : バンドを始めた時から、「私たちが空気公団です」って前に出るのではないやり方をしたいと、ずっと思ってるんですよ。空気公団っていう建物や街みたいな場所があって、そこに人が自由に来て、想像して遊んでいって欲しい。そういう遊び場みたいな感覚をずっと保っていきたい。色々なメディアを使うのは、空気公団がそういう場所だっていうことを見せたいからなんですね。
K : 空気公団自体、コンセプチュアルな面が強いので、色んなメディアで発信したら面白いと思ってます。YouTubeに行けば映像が見れて、Facebookへ行ったら海外向けのものが見れて、Webサイトに来たらいろいろな情報が見れる。チャンネルが多いのはいいことですよ。
Y : 空気公団は多面体なんですよ。ツールごとに一つの窓を見せられる。でも漠然とした気持ちを伝えたいと思う一方で、やっぱり核はあるんです。私とは別に、空気公団には人格があるってずっと思っていて、結成14年だから、私のそばにいる空気公団はもう中学2年生ですね。色々受験とかテストとかもある歳です。みんなの中で何年生なのかわからないけど、聴いてる人たちに育ててもらっていると思ってます。
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——でも直訳できない部分を伝えることがコンセプトだとすると、言葉にしづらいですよね。
Y : そうですね。雰囲気を伝えたいっていう訳でもないんですよ。人と人って、今までは少し距離があったのが、何かの拍子で急に打ち解けたりする。その瞬間、色は全然変わらないけど、何かが心の中で変わりますよね。その気持ちを書きたい。それは春とか秋の感じに似てるんです。今の季節だったら、夜のグラデーションのかかった空ですよ。あっちの街はまだ明るくて、こっちはもう暗いみたいな。
——今回ほぼ一発録りで録音されて、ライブもまた違った感触になると思いますが、どんなライブにしようと思ってますか?
Y : そこはまだ考え中です。でも、演奏するのを見に来たんだけど、それが夢だったのか現実だったのか、そういう空間に出来たらいいと思ってます。このジャケットも全部実際にある場所をコラージュして作ったものなので、全くの偽物じゃないんですよ。今と昔、現実と夢が全部混ざった感じにしてるんです。さっきの歌詞の話もそうですけど、実際あるものを組み合わせて別のものを見せたいんです。
Tour「LIVE春愁秋思」 Schedule
2011年2月26日(土)@横浜 Chat Noir
※Sold Out
2011年3月12日(土)@西千葉 cafeSTAND
※Sold Out
2011年3月27日(日)@金沢 もっきりや
2011年4月9日(土)@仙台 Cafe Mozart
2011年4月23日(土)@大阪 Libe Osaka KOO'ON / 空音
2011年4月24日(日)@名古屋 TOKUZO
2011年6月18日(土)@東京 Super Deluxe
PROFILE
1997年結成。 メンバー交代を経て現在は3人で活動しています。
音源制作を中心に活動しながら、スクリーンの裏側で演奏するライブイベントや、音楽を聴きながら作品を楽しむ展覧会「音の展示」等、様々な公演をしています。
2月の新作は、こちらも素晴らしい!
SAKANA / Campolano
前作『Sunday clothes』から5年を経て、ようやくsakanaの新作が発表された。この東京で暮らす二人の気高いジプシー達が作った音楽は、前作で聴かせてくれたものよりも更に穏やかで、柔らかく、楽しげだ。それは5年前よりもさらに行き場が見えづらくなったこの世の中に、わずかな光を灯してくれる。僕にとっては何物にも代えがたい音楽。蛇足になるような前置きはこれ以上したくない。待った甲斐のある素晴らしい内容だ。ぜひたくさんの方に聴いてほしい。
SAKANA特集ページ https://ototoy.jp/feature/20110212
Lamp / 東京ユウトピア通信
完璧なまでのソング・ライティングとアレンジ、そして長期に渡る徹底したレコーディングで、ミュージシャンからも高い評価を受ける男女混合3人組バンドLamp。彼等の待望のニュー・アルバム『東京ユウトピア通信』が完成!
はっぴいえんどやシュガーベイブ、サニーデイサービスやキリンジ等、それぞれの時代を作り上げてきた日本語ポップスを受け継ぎ、ブラジリアン・ミュージックのエッセンスを随所に散りばめ、新しいポップスへと昇華してきたバンドLamp。待望のニュー・アルバムは必聴です。
Lamp特集ページ https://ototoy.jp/feature/2011021001
シグナレス / NO SIGNAL
あらかじめ決められた恋人たちへ+ゆーきゃん=シグナレス! 幾多のフェス/イベントにて圧倒的人気のあら恋サウンド×心の琴線にふれるゆーきゃんの声。ダンス・フロアからベッドルームまで、全方位の音楽ファンに届く、最高のダンスmeetsフォーク・アルバムが誕生。やけのはらがリミックスを手掛けた「ローカルサーファー」を含む全8曲。
シグナレス特集ページ https://ototoy.jp/feature/20110202