日本を代表するレゲエ・バンドDRY&HEAVYのシンガーとして活動していた井上青が、バンドを離れてから初のソロ・アルバム『Arrow』をリリースする。それも名義をAO INOUEに変えて、全編歌を入れないビート・ミュージックだ。そのサウンドは、ダブ・ステップに代表されるベース・ミュージックに通じるアンダーグラウンドな熱がこもっているものもあれば、Flying LotusなどのLAのビート・メイカーが持っているメランコリックさやユーモアを感じさせるものもあり、一枚の作品の中に近年のクラブ・ミュージックの要素が有機的な形で収まっている。しかし、あるジャンルの定型に沿ったような曲はひとつもない。そこにあるのは、音楽がかけられ、それを聞いた人々が心や体を動かし、そのリアクションに刺激を受けてまた音楽が作られるといったクラブ・ミュージックのサイクルが生むエネルギーだ。そんな作品を作り上げたAO INOUEに『Arrow』を作るまでにいったた経緯や何に突き動かされて来たのかというところまで語ってもらった。
インタビュー&文 : 滝沢 時朗
才気溢れる真のベース・ミュージックを、24bit/48kHzの高音質で先行配信
AO INOUE / Arrow
誰もが待ち望んだファースト・ソロ・アルバム『Arrow』は、ジャンルの枠にとらわれない驚愕の全編インストによる超強力盤! 豊富な経験と知識、ピュアな情熱を完全注入しトラック・メイカーとしての才能を全面開化させたアルバム。
【TRACK LIST】
01. Dread Bells / 02. Priority Shift / 03. Scared Version / 04. Bat Mobile / 05. Ge2gether / 06. Mr.Bo / 07. VS04 / 08. New Buzz / 09. Delta / 10. Diving / 11. Naha / 12. Monitored Posts
AO INOUE INTERVIEW
——今回ビート・メイカーとしてアルバムを出すことになった経緯を教えてください。
AO INOUE(以下、A) : このアルバムの中に入っている曲は、一番昔のもので2004年ぐらいから作り始めたんですね。当時メインでやっていたバンド活動とは分けて、単純に好きで作っていました。『Arrow』の曲は全部インストですけど、それはインストを作りたくて作っていたんです。今回発表するに当たって歌を入れてもいいかなと思ったんですけど、よく考えてみたらインストも歌詞を書くときも自分の中では全く同じプロセスで作っているんですね。インストだと自分の感情をメロディとか音色に置き換えていて、歌だと言葉を置き換えるというプロセスになるだけで。なので、ここはあえてインストでいこうと思いました。
——最初は機材をいじったりして面白いなという感じで作り始めたんですか?
A : そうですね。僕は楽器はできないんですけど、機材をいじるのは元々すごく好きなんですよ。ちょうどインストの曲を作りたいと思った頃にサンプラーとかシンセサイザーが手ごろな価格や大きさになっていて、じゃあ、やってみようと。近年はコンピューター・ベースのDAWっていうシステムでやってるんですけど、それもそういう機械いじりの延長でできるので、遊びながら作ったっていう感覚ですね。
——収録されている曲の中にはわりと昔のものもあるんですか?
A : 12曲のうち4曲ほど昔の曲が入ってます。機材の関係で2ミックスでしか残ってなかった曲もあったので、それはエディットして収録しています。あと、単純に曲が長いので編集した曲もありますね。それから、マスタリングは頼んだんですけど、ミックス・ダウンまでは今回は自分でやったんです。2004年のミックスのままだとあまりにも古いので、最近のトレンドも意識しながら、磨きをかけたりとか工夫してやりました。
——井上さんはDJをずっとやられていますが、収録曲はDJプレイの中でかけていたんですか?
A : インストの曲を作り始めたのは、元々DJの中で自分の曲をかけたいなという思いがあったからなんです。僕はほとんどレゲエしか聞いてなかったんですけど、レゲエのフレーバーが入っているダンス・ミュージックがすごく好きな時期があって。その時に例えば自分が古いルーツ・レゲエやダブをかけてから、テクノにかける間をつなげるような曲を作りたいなっていう単純な衝動があったんです。あと、曲を作り始めた2004年ぐらいにちょうどグライムとかバイリ・ファンキっていうダンスホール・レゲエとテクノが混ざったジャンルが爆発的に出てきた時期で、その時にその流れのシンパシーを感じたからっていうのもあるんですね。僕はそこに新しい自由さを見出しちゃって、こういうのだったら自分でも作れるかもしれないと。これとこれを混ぜちゃってもいいのかって思うようなものがあって、すごく自由だし、かっこよくて楽しい音楽ですよね。
——そういったベース・ミュージックでいくと今はダブ・ステップが勢いがありますね。
A : グライムからダブ・ステップに移り変わるあたりからでも、すごくオーセンティックなレゲエ色の強いものがあったりとか、ジャングルとかドラムンベースの時とはまた違った感じで面白いですよね。ビートも一拍目と三拍目にアクセントがつくっていうのは、レゲエのワン・ドロップっていうスタイルのドラムに近いものだし、自分が持っている文脈ともつながりを感じて、すごく新鮮でした。それで、今すごく大きな流れになってるじゃないですか。そういう流れとか進化の仕方にもすごく興味があって。DRY&HEAVYではずっと古いレゲエを再現したりとか、それを踏襲したものを追求していくっていうことが中心にあったんですけど、ちょうど現在進行形で動いていくものや、その先にあるものにもすごく興味が出てきた時にそうしたベース・ミュージックに出会ったんですね。
——ダブ・ステップはベースやリズムのパターンがある程度決まっていて、あとは何をやってもいいっていう自由さがありますね。
A : 確かにダブ・ステップは自由度が高いですよね。今もブロステップ論争※とか色々出てきているけども、その自由度を失っちゃったらおもしろくないですよ。機材が発展して曲を作ることの敷居が下がって、作る人口が増えるからその中で面白い人の数も増えてっていうサイクルが、やっぱり、クラブ・ミュージックにはでかいじゃないですか。それはすごくいいことだし、そのためにも自由でいて欲しいですよね。みんなが「これは自分でも作れるかもしれない」と思うって、すごく大事なことだと思うので。あと、海外のミュージシャンだと最近はSquarepusherが歌い始めたりしてますよね。僕ははじめてのソロを出すに当たって、「なんで歌ってないの? 」ってあまりにも周りから言われたんですけど、むしろ、そこのあたりの自由さをかもし出したいんです(笑)。レゲエのアーティストでもシンガーがダブ・アルバムを作ったりとか、Lee Perryみたいなダブ・プロデューサーが急に歌ったりだとか、元々境がなくて自由ですからね。
——『Arrow』からはその最近のベース・ミュージックの自由さをすごく感じます。ダブ・ステップ以外のベース・ミュージックもよく聞きますか?
A : 実を言うと、クラブ・ミュージックにはそんなに詳しくはないんですよ。ただDJで全国をまわっているときに、色々な街で色々ないいパーティーに呼んでもらえたことが多かったんですね。その時にそれぞれのDJとかアーティストが、自分の持っている文脈を工夫しながら表現して、おもしろいプレイをやっているのに感じ入ったところが作品には大きく出ていると思います。ベース・ミュージックっていうのも、言葉としては最近のものですよね。ガラージとか2ステップとか色んなものがあって、ダブ・ステップが出てきて、ポスト・ダブ・ステップになってからさらに自由になって大きい影響力を持っていく。それで今は多くのジャンルが生れたり発見されたりして、大きな括りとしてベース・ミュージックになっていますよね。僕はこのベース・ミュージックっていう名前が出てきたときに、すごく喜ばしいと思ったんです。細分化したままよりもベース・ミュージックっていう言葉で大きく括ったほうが素晴らしいですよね。おそらくなにを作ってもベース・ミュージックにはなりますよ。だから、言ってしまえば僕もダブ・ステップの元のジャンルのひとつであるレゲエ出身だから、ベース・ミュージック出身ってことでもあると思うんです。
——とは言っても、ele-kingのDJチャートを見ると色々と聞かれていますよね。Roots Manuvaをあげていましたけど、それも最近聞き始めたんですか?
A : Roots Manuvaも意識して聞き始めたのは2000年以降ですね。彼が2001年に出した『Run Come Save Me』からだと思います。彼は元々トースティングをやっていて、ラップの節々にジャマイカのフレーバーを感じるんです。オケもブレイクビーツとレゲエがうまく混ざっていておもしろいですし。彼はそういうジャンルの間に立っていい音楽を作るっていうことをすごく体現してると思います。それでいて、アメリカのヒップ・ホップとやっぱりちょっと違って、イギリスっていう国の雰囲気も出してると思うし。ジャマイカのレゲエに対しては憧れがすごく強いんですけど、UKのアーティストにはもうちょっと違うリアリティを感じるんですよね。都市でできた音楽でもあるのでもうちょっと肌身に近い感じがするのが魅力ですよね。あと、意外かもしれませんが、bibioをあげたのは本当に新しいものとして素直に感動しちゃったからです。彼の音が表す情景って懐かしくて新しくて、レゲエを聞く前の自分の記憶が呼び起こされるというか、もうちょっと根本的なものだと思ったんですね。
——そうですね。やっぱり、bibioを選ばれているのは意外でした。でも、『Arrow』を聞くとbibioですとかFlying Lotusに代表されるdublab周辺のビート・メイカーが持っている自由さも感じますね。
A : 去年までは自分がソロになるってことを全然想像してなかったんです。ただ、今までやってきたバンドの活動にちょっと行き詰りを感じていて、ソロになって自費で出していこうって思っていた時期もありました。そのときに自分の中にある自由や不自由みたいなものと向き合う場面が色々あったんですね。なので、今回こういう形で出すことになって、とことんそういうものに素直になりたいなと思いました。dublabとかBrainfeederとかの自由さって最高じゃないですか。世界中の音楽オタクに夢を与えていて、めちゃくちゃ偉大なことをしてると思うんですよね。コアなリスナーに喜ばれていて、それでいて、ライト・リスナーの人たちもOKっていう世界をBrainfeederは作ってると思うんですよ。それが本質的な音楽の楽しみ方だと思うし、そういうものを作りたいですね。『Arrow』をレコード屋さんに持っていくと、「いいんですけど、どこに置いていいか分からない」って言われることもあるんです。それは紹介しにくいっていう意味ではデメリットの部分があるかもしれないけど、それが全部で自分の作品だよっていうところを理解してもらいたいです。
音楽を聞く人には元気になってほしい
——バンドで行き詰まりを感じていたというのは音楽的な理由ですか?
A : DRY&HEAVYのメンバー編成が変わったりとか色々なことがあって、その中で自分の気持ちがどんどんバンドから離れていっちゃったんですね。今ではDRY&HEAVYは元々のドラムとベースで復活劇を果たしたわけなんですけど、そこに対して僕はトータルで考えて一緒にやらないという判断をしました。DRY&HEAVYっていうのは僕の人生の中でものすごく大きなもので、そこでの活動で自分の作品を多くの人に聞いてもらえたし、海外までツアーができました。今の自分のキャリアにもすごく影響があるんですけど、自分のクリエイティビティを磨いていきたいとか、自分なりに年相応に生きていきたいっていうときに、はじめてDRY&HEAVYとしてやっていくのはやめようと思ったんです。DRY&HEAVYにいるときはミュージシャンというよりはバンドマンで、ミュージシャンとして成長していきたいなと思ったときに、バンドに所属している必要はないなっていう判断をしたんです。
——バンドをやめて自由になったことがアルバムへ反映されていますか?
A : 去年に大分落ち込むことが重なって色んなことを決断をしたんです。自信っていうものが全くなくなっちゃった瞬間があって、その時に自分個人の中からなにか出てくるものがあるのかなっていうことを考える場面があったんですよ。その時にさっき言った2004年の音源を聞き返して、バンドより以前のガキの頃からの自分の性質とか気質を見つめなおすことができたんですね。それで、これからはそういう根本的なものを作品に注入してやるしかないって思いました。けど、はじめは本当に「よし! やってやろう! 」みたいな感じではなくて、全く自信のないところからもうやるしかないんだって作ったものですね。それから、今年に入って地震があったり原発事故があったりして。僕だけじゃないと思いますけど、これからどうやって生きていこうかとか、日本て本当はどういう国で、そこで生きている自分ってどういう人間なんだとか、色んなことを考え直しますよね。それが一人で音楽を作るということに、シンクロしたとも思います。個人的な体験と今年に入ってからの誰も想像できなかったような世の中の流れがリンクしたというか。
——様々なことをいちから考え直した結果として、今回のような特定のジャンルに括りきれないアルバムになったんですね。
A : ジャンルとかキャリアとかにこだわることなく、あのバカまたしぶとくやってんなぐらいに思ってもらえればいいかなと思います(笑)。僕は昔から国や性別が違ってても、どこかで同じ様なことを感じてる人がきっといるだろうって思っていて、それは僕にとって希望みたいなものなんです。そうじゃないと音楽とか芸術って広がらないと思うし。曲って僕の場合は喜怒哀楽プラスアルファの感情から生れてきてるものなので、共有してもらえたらっていうのもおこがましいですけど、つらい思いをしてる人には音楽を聞くことで元気になってもらいたいですし、楽しんでもらいたいですね。色んなオトボケ要素も含めたので(笑)。
——「自分が思ってることはどこかに同じことを思っている人がいる」という考えは、音楽から学んだものなんですか?
A : レゲエをはじめて聞いたときにこれはすごく怒ってるとかすごく悲しんでるとか、でも、元気が出るなって感じたんですよね。英語もわからないし、古い音楽なんだけどすごく伝わってくるものがあって。調べてみると、やっぱりそういうことを歌ってたんだっていう体験が根っこにあるんですよ。最初に感動したその衝撃がずっと忘れられなくて。それを再現したいって思ってるだけなのかもしれないですね。
※ダブ・ステップから派生してアメリカで生れたブロステップの賛否を巡る論争。詳しくはこちらを参照。
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LIVE SCHEDULE
ON-U SOUND 30TH SPECIAL
2011年12月9日(金)@渋谷SOUND MUSEUM VISION
OPEN / START : 23:00
ADV : 3,500円 / DOOR : 4,000円
TICKET : ローソン(L : 77154) / イープラス
LINE UP : ADRIAN SHERWOOD、AUDIO ACTIVE、AO INOUE、KURANAKA 1945、DOUBLE BARREL
PART2STYLE SOUND、NAOYUKI UCHIDA feat. guest LIKKLE MAI、O.N.O(MACHINE LIVE)
PROFILE
AO INOUE
90年代初頭、MIGHTY MASSAが結成したINTERCEPTORの一員として本格的な活動をスタート。その後、秋本と七尾によるDRY&HEAVYに参加、メンバーとして活動開始、海外リリース&ツアーでその印象的な歌声とメッセージは世界的な注目を集める。一方でDJとしての活動も活発に行い、レゲエに囚われない自由なプレイを各地で披露。アンダーグラウンドでミックスCDをリリースして話題を集める。さらにはDAIHACHIとのユニット、Maccafatでも活動を展開した。