木下美紗都 / それからの子供
女性ソロ・シンガー木下美紗都の約4年振りとなる待望のセカンド・フル・アルバムが到着。前作に引き続き作詞、作曲、編曲、演奏、録音、ミックスまでを自身で手掛けた彼女。本作では様々なゲスト・ミュージシャンを迎え、ジャズ、フュージョン、フレンチポップ、ヒップホップ、シティポップやフォーク等を飲み込んだ非常に雑食性の高い音楽集を完成させた。
参加ミュージシャン : 石塚周太 / 権藤知彦 / Jimanica / 千葉広樹 / 手島絵里子
木下美紗都 インタビュー
坂本龍一にも高く評価され、WEATHER/HEADZから『海 東京 さよなら』で2007年にデビューしたシンガー・ソングライター木下美紗都。その叙情的でありながら平熱でもある歌とサウンドで、人の出会いや別れといった情景を描いたアルバムは聞いたものの中に確実に何かを残すような作品だった。そして、映画「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」に使われた楽曲を含む今年1月の『瀬田なつき×木下美紗都 SOUNDTRACKS』をはさんで、今回4年ぶりのセカンド・フル・アルバム『それからの子供』がリリースされる。今作は前作より軽快でリズミカルなサウンドが多くなっているが、1曲中の歌詞のイメージや音のニュアンスはとても重層的だ。それは、1曲目の「彼方からの手紙」で「僕はつくる 僕の未来」と歌われている通り、これからの世界で何を思い、考えていくのかをつぶさに表現した結果なのだろう。そんなアルバムを作った彼女がどう音楽に向き合い、作っているのかを話してもらった。
インタビュー&文 : 滝沢時朗
決定打をずっと探してる
——『それからの子供』というタイトルはどういった意味でしょうか?
木下美紗都(以下、K) : 色んな思いはありますが、アルバムの中のどの曲を通しても、自分を含めた今の人たちが過去とか未来をどういう風に考えていくのかなっていうこと考えてきました。いつでも何かが起こった後に何かをしなきゃいけない、そういう状況でも一から作るときみたいにやりたいなって気持ちでこのタイトルをつけました。
——歌詞を書くときはなにかしら明確な問題設定やテーマがありますか?
K : いくつか言葉自体が出てきたり、単語だったり一文二文とか何行とか、メロディーにはまるものがまず部分部分存在して、それを埋めていく課程の中で逆にそこで問題を設定して考え始めてしまうっていうのが近いかと思います。テーマやストーリーはあるんですけど、論理的に話せるほど自分でも把握してないです。それをメインとして捉えてないって言ったら変ですけど、すごく考えたけれども、機材いじっている内にあんまり関係なくなるみたいなところが大きいですね。
——ファースト・アルバム『海 東京 さよなら』から4年ぶりのオリジナル・アルバムですが、制作期間は長かったのでしょうか?
K : 『海 東京 さよなら』をリリースしてからぽつぽつと作り始めていたんですけど、結果的に4年という期間が空いちゃったんですね。どちらかと言うと、私はあんまり作って発表したいっていう欲望がなくて、聞いたり調べたり自分が何をしたいのか考えて掘り下げていくことも込みで作ることを考えているけれど、そういうときは制作の作業をしていないです。自分が納得のいくレベルに行きたいなとか、何かを問題だと思ったり、疑問に感じていることとかに答えを出すだけでもいいぐらいの時もあります。
——同名の映画の主題歌「彼方からの手紙」は映画のサントラからアレンジががらっと変わってますが、そうした試行錯誤の結果なんですか?
K : 最終的に今回のアルバムの形になるまではそんなに変えようとは思っていませんでした。映画で使われている四つ打ちのアレンジがあって、それを基にした形でまた違うバージョンを用意していて、それを入れようと思っていたんですよ。でも、完成直前ぐらいのタイミングでなんか違うなって。色んなバージョンができた中で、その曲の本質的なところを見失っていたように思えはじめたんですね。それで、もう一回ちゃんと考えようって思っていた時に、発表してない一番最初に作ったトラックを思い出して、聴いてみたらそれがとても素直な感じに聞こえたので、曲を変にいじりすぎていたのかなと。それから、また考えて作り直したので、今回のバージョンは最初に作った編曲に近い感じですね。他の曲でも、「とんだボール」は最後になってまるごと歌詞を変えたりしましたよ。決定打をずっと探してる終わりのないような感じがずっと続いてて、もう締め切り直前のところでもう一回書き直しました(笑)。
——一旦曲を作られた後に、客観的にこの曲の本質はなんだろうっていうことをよく考えられるんですか?
K : すごく考えますね。仕上げるまでの色んな過程で色んな選択肢が出てくるんです。この音をどうしようかとか、生ドラムにするかどうかとか、変えようと思えばいくらでも変えれてしまう。その中で本質的なところを基準にしないとなんでもありになって、決定打もないみたいな状態になることが多いですから。その本質をつかむために、一番最初に出てきたときって何を思っていたかとか、何がこの曲のいいところだろうっていうことを改めて考え直します。結構、直感的だったりするんですけど。
——そういった曲にとっての本質を考えて決定打を探す作業で時間がかかったんですね。
K : そういうのってまた時間が経てば変わってくるんですよね。曲にとって何が大事なのか、と思う私が変わっちゃうからみたいなところがあって。その時にこうしなきゃいけないって何かやろうとする。でも、それが短時間では実現できないようなことだったりすると、一定の期間何かしら用意する時間が必要だったりして、その時間が経ったときに考えが変わってるってこともあります。
限られた中でいい音の出し方を考えること
——サウンドトラックはまず映画ありきのもので、自分のやりたいことを追求するというところと違ってくると思うのですが、制作に苦労されましたか?
K : 基本的に映画の時は自分がどうやりたいかっていう考え方はしないです。リクエストがあって、まずちゃんとそれを理解できるのかっていう部分と、なおかつ理解したらその意図を汲んだものを提出できるかっていうことが中心ですね。映画の音楽はやっぱり、映画全体との結びつきだから、ちゃんと映画のことも知っていかないと難しいなと毎回思います。
——単純にリリース順で聞くと、サントラの音楽性の幅が『それからの子供』で活かされているように感じます。そういった経験で得たものが今回のアルバムに反映されてますか?
K : 瀬田(なつき)さんは作品のカラーにポップなものとか軽いものをすごく求めてる人で、音楽に対してもそうなんですね。最初は出したものが「重い」とか「硬い」とかポップではないと言われてしまって(笑)。それでポップってなんだろうってすごく考えましたね。自分では『海 東京 さよなら』もポップだとは思ってたんですけど、どちらかと言うと、しっとりしてる感じらしいんですね。自然に作るとそういう感じのものが多かったから、意識して明るくて軽い感じのものを作ってみるということをしていたら、自分の中でバリエーションは増えていきました。
——『それからの子供』は『海 東京 さよなら』と違う意味でポップだと思いますが、やはり、意識してそうされたのでしょうか?
K : 意識してはいないですけど、作っているときに自分の歌だったり曲の質が以前と変わってきたなっていうのは感じてました。主観的っていうのとも違うのかもしれないですけど、多分、『海 東京 さよなら』の時はわりと確固としたひとつの視点を自分が持っていたと思うし、その中で歌えることを歌うっていう基準があったと思うんです。でも、今回はもう少しいびつで、似たような問題が色んな形でちょっとずつ結びついてしまっていて、もしかしたら矛盾しているような何か、それを色んな視点から見たり突いているっていう感覚だと思います。
——今作でアレンジがジャズ、フュージョン、シティ・ポップやエレクトロニカなど多様になったところにも、そういった感覚がありますね。曲を作る過程で誰かの曲を聞いて学んだりということはあったんでしょうか?
K : もちろんありましたし、作ることと知ったり確かめたりすることはどうしてもつながってますね。今までに作られてきたものの様式やルールをちゃんと知るっていうことをやらないでスタートしたのが『海 東京 さよなら』だったんですけど、今回はいわゆるバンド・サウンドとか、曲の形式だったりをまじめに探ってみる所から始めたんです。それを一回ちゃんとやって、なおかつ今の自分と結びつけたかった。すでにあるものを見直して、それがどういう音楽なのか、どういう風にできてるんだろうかっていうことを知ることで、それはこれからの自分の音楽につながっていくと思っています。
——「普通の女の子」のようなジャジーなバンド・サウンドのアレンジは前から引き出しとしては持っていたんですか?
K : いえ、全然そんなことはないですね。『海 東京 さよなら』を作った時は本当にバンドの形式みたいなものはまったく意識をしていなかったんですけど、作り終わってライブをやったり見たりする中ですごく興味が出てきたんです。その流れでジャズのリズムの組み合わせとかを面白いなと思って、いくつかこれいいなっていうものに出会ったんですね。それで、今私が聞いていいなって思うその感じはなんなんだろうと思って調べていくんです。それで、ひとつの曲をきっかけに探っていくうちに、その曲に限らない抽象的なテーマが見えてきて、曲を作るときになにかの取っ掛かりになったりもします。
——バンド・サウンドに興味が出てきたのは、ご自分でなぜだと思いますか?
K : 以前は本当にライブに行かなかったので、実際に見た時に「これってドラムの音なのね」とかはじめて気づいたりして、意識して「これは何の音だろう」とか思うようになったんですね。前みたいに宅録とかで多重録音やるといくらでも重ねることが可能だし、多重録音にはルールがあんまりない。でも、実際にバンドみたいに編成が決まっていたら、その楽器でできることをそれぞれがやるっていうルールの中で作ってるから、その限られた中でいい音の出し方を考えることが面白そうだなと思ったんですよね。Little Creaturesにすごくはまったからっていう部分もあるんですけど。
——他のミュージシャンの方に演奏をしてもらうと色々と予想外の部分があると思うんですか、いかがでしたか?
K : 予想しない反応が返ってくると戸惑うこともありますが、基本的に出てきた音に関しては、最終的には全体のバランスを考えながらそれをどうするのか判断します。でも本当にいろんなケースがあって、例えばきっちりと「これをお願いします」というお願いの仕方をするともうそれ以外のものは出てきにくくなるし、逆にラフなお願いの仕方をすると、即興性のあるものが色々出てくるのですが、それを全体の中でちゃんと生かせるかどうかが今度は問題になってくるので、色々と複雑です。
——参加されているミュージシャンの方のアイディアを採用したりということもありましたか?
K : いっぱいありましたよ。特に最初にJimanicaさんにドラムを叩いてもらってからアルバムの方向性がだいぶ見えたと思います。他のミュージシャンの方たちに参加してもらったのは、音楽にグルーヴ感を求めていたところが大きかったですね。単純に全部の演奏を自分でやって、パソコンの中で作っていると、音がただ固定されていくように感じてしまって。そこまでは演奏とか音っていうよりも どっかでデータとして扱っていたところがあったので、そこにちょっと息が入ったような感覚があります。
——そういった部分もあって前作よりパーソナルではない類のポップさがでたんですね。
K : そうかもしれませんね。でも、『海 東京 さよなら』と比べたらっていうよりも、演奏を頼む前のデモ音源と比べて、提案してもらったことの一つ一つが曲を活かしてくれたなって思ってます。
——ご自身の歌い方には試行錯誤されましたか?
K : 歌い方は結構悩みます。やっぱり、やってみて違うなっていう時ははっきり感じるんですよね。歌もその歌を作った時の気持ちや感触みたいなものと別のものにしたくないですから。よくないなって思ったテイクって、無理に楽しくとかうまく歌おうとしてみたりとか、なにか無理がある。かと言って、なにも感情的なものを出さない、何かをセーブしているような歌い方もその感じが聞き取れちゃうとすごくつまらないんですね。
——そのバランスを探る作業なんですね。
K : 歌でもアレンジでも作った時の気持ちを自分で間違えないように、微妙な距離を探ってるような感覚ですね。
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PROFILE
木下美紗都
2006年、「ボーイ・ミーツ・ガール」という曲を、批評家の佐々木敦が主宰するレーベルWEATHERと坂本龍一主宰のラジオ番組のコーナーに宛てて送り、共に高い評価を得る。2007年3月、WEATHER/HEADZ初の女性ソロ・シンガーとして1stアルバム『海 東京 さよなら』を発表。アルバム収録曲「梅の花」が奥原浩志監督の映画『16[jyu-roku]』(2007年公開)のエンディング・テーマに使用されたのに続き、瀬田なつき監督の『彼方からの手紙』(2008年)『あとのまつり』(2009)では劇中音楽を手掛け、自ら出演し非常に印象的な楽曲を披露する等、映画界からも注目を集めている。作詞・作曲・編曲は勿論、録音からミックスまで手掛ける彼女の音楽的才能はCDでも実証済だが、その魅力的な歌声はライヴにてその真価を発揮する。
木下美紗都アルバム『それからの子供』発売記念ライヴ決定!!
2011年9月25日(日)@代官山 晴れたら空に豆まいて
アルバム参加ミュージシャン全員出演決定
ゲスト : サンガツ