P-Modelの元メンバーであり、元・有頂天のケラらとポップ・バンドLONG VACATIONを組むなど、日本のニューウェイヴ / テクノ・ポップ・シーンに多大な功績を残し続けている中野テルヲが、これまでの活動で得たスキルをすべて投入した「自身のマスターピース」と自ら評する作品を完成させた。エレクトロニック・ミュージックをベースに、ダブやブレイクビーツ、スクラッチなど、ブラック・ミュージックからのアイテムをちりばめ、これまで以上にディープな音像を作り上げた。今年50歳という節目に発表する作品として相応しい集大成をぜひご堪能いただきたい。
中野テルヲ / Deep Architecture
【価格】
WAV 単曲250円 / 1,800円
【TRACKLIST】
1. Leonid / 2. ラジアン / 3. Legs / 4. 構築子 / 5. サンパリーツ / 6. Dreaming / 7. ロマンチスト / 8. ディープ・アーキテクチャ
続いていく音楽の深層を探る実験
1986年にP‐MODELのベーシストとしてキャリアをはじめ、1990年代はKERAとともにLONG VACATIONで活動していたことで知られる中野テルヲ。彼のことを紹介する際に、まずこうした経歴から入ってしまいがちだが、2010年代の中野テルヲはこうしたバンド時代と比べてもまったく遜色のない音楽活動をしている。振り返ってみると、まず、2011年に独特の浮遊感や透明感を持った音響と親しみやすいメロディで新境地を開いた『Signal/Noise』をリリース。そのサウンドをさらに突き詰めた2012年『Oscillator and Spaceship』を発表。そして、この2013年にはまた新たなモードに入ったアルバム『Deep Architecture』を届けてくれた。今作のサウンドの変化に関して彼はこう語っている。
「『Deep Architecture』では音の距離感を変えています。『Oscillator and Spaceship』のときは音が遠くで鳴っていて、広がりのある空間的な音でした。『Deep Architecture』はもっと音が近くにあって、いろいろな音が組み合わさってガチャガチャと動いています。自分の興味がだんだんそういう方向に移ってきました。生で演奏することに可能性を感じるようになったんですね」
今作では全曲で中野テルヲがベースを弾いており、それも聴きどころのひとつになっているのだ。しかも前作までとは異なり、ブラック・ミュージック寄りのグルーヴィーな演奏を聞かせてくれる。これまでの音楽的な実験の中で生で演奏することに可能性を見出したと語る彼だが、そのきっかけはなんなのだろか。
「中野テルヲ+折茂昌美というユニットを組んでいるんですが、折茂昌美さんと曲を作ろうとなった時に、彼女の歌にはベースがあったほうがいいなと思ったんですね。そこからまた弾き始めました」
中野テルヲ+折茂昌美は2012年にファースト・アルバム『真空のトリル』を出しているが、その活動が今作に影響を与えているようだ。前作のインタビューではソロ活動のライヴからアルバム制作のインスピレーションを得ることが多いと語っていたが、こうしたソロ以外の活動から得た経験を活かしているのも、今作でサウンドが変わった理由のひとつなのだろう。では、改めてベーシストとしての中野テルヲはどんなルーツを持っているのだろうか? また、さまざまなな楽器や機材を操る彼にベーシストだという意識はあるのだろうか?
「ベーシストだと思っていますよ。ルーツは70年代後半から80年代のニューウェイヴやポスト・パンクですね。PiLをはじめとして当時のいろいろなバンドが取り入れいてたダブやファンクを自分たちなりに取り入れていて、そのベースに影響を受けています。音作りにすごく特徴があって、その頃の音楽はいまでもよく聴きますよ」
つまり、今作のサウンドは自身のルーツの持つ音楽性を再構築して作られているということになるのだろう。前作『Oscillator and Spaceship』では広がりのある音響がサウンドの要だったが、『Deep Architecture』ではこのベースを中心とした各楽器の絡みが中心になっている。そのサウンドは動作がなめらかすぎて生き物のように見えてくる精密機械のようであり、有機物と無機物の間のような印象を与える音なのだ。そして、今作の無機的でインダストリアルな側面にも音楽的な実験があると言う。
「冷たい感覚が起こるのは曲に金属音が入っているからかもしれませんね。録音している場所はしっかり防音処理されているわけではなくて、実はいろいろな環境音が入ってくるんですよ。ちょうどスタジオのあるビルが工事をしていて、その金属音が録音のマイクに入ってきて、聴いているうちにいいかもしれないと思うようになった。今回はそういう音を入れています。それだけではなくて、自分で鉄パイプを叩いている曲もあります」
短波ラジオやオシレーターなどの機材を音楽に利用することでも有名な中野テルヲだが、このような偶然を柔軟に取り入れていく姿勢も引き続き活かされているのだ。
そして、こうした新しい試みのひとつとして今作ではカバー曲が収録されているということがある。The Stalin「ロマンチスト」に、P-MODEL「サンパリーツ」とLong Vacation「Legs」の2曲のセルフ・カバーの計3曲だ。特に冷たい感触のダブにアレンジされている「ロマンチスト」は耳をひく。政治的な主義主張に没頭しすぎる人々を皮肉った歌詞を原曲とは別の側面から強調し、アルバムのカラーとよくマッチしているのだ。 カバーについて中野テルヲはこう語っている。
「発表するかしないかに関わらず、カバーは日頃からしているんですよ。曲は小さい頃に聞いた唱歌とか童謡も含めて様々ですね。その中で「ロマンチスト」はアレンジが固まってきて、アルバムのテーマにも合うので入れようということになりました」
自身のルーツを基点として新たな音を探っていく彼の音楽制作の有り様が伺える。しかし、それはあくまで単純な原点回帰ではないようだ。最も古い80年代の曲である「サンパリーツ」に関してはこう語っている。
「歌詞は見ましたけど、音源は聞き返してないんですよ。頭の中に入ってますから」
音楽活動をはじめてから現在まで、しっかりとした軸を持っているミュージシャンだからできることだろう。おそらく彼にとってはすべての作品に連続したテーマがあり、それが未だに拡張し続けてもいる。中野テルヲは2013年で50歳を迎えるが、このように音楽を作り続ける彼の作品からは若さも老いも感じさせない。『Deep Architecture』というタイトルが指し示す通り、ただ音楽の深層を探る実験が続いていくのだ。(text by 滝沢時郎)
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LIVE SCHEDULE
miura shunichi 30th anniversary 「デンシコン・スペシャル」
2013年9月23日(月・祝)@代官山 UNIT
出演 : ケラ&ザ・シンセサイザーズ / FLOPPY / 中野テルヲ
開場 : 17:00 / 開演 : 18:00
前売 : 4,300円 / 当日 : 4,800円
デンシコンツアー4
2013年10月2日(水)@池下CLUB UPSET
出演 : 中野テルヲ / ADAPTER。 / Cosmo-Shiki / Craftwife
開場 : 18:00 / 開演 : 19:00 前売 : 3,500円 / 当日 : 4,000円
2013年10月3日(木)@心斎橋club vijon
出演 : 中野テルヲ / ADAPTER。 / Cosmo-Shiki / YOU MUST SEE I
開場 : 18:00 / 開演 : 19:00 前売 : 3,500円 / 当日 : 4,000円
2013年10月12日(土)@高円寺KOENJI HIGH
出演 : 中野テルヲ / ADAPTER。 / Cosmo-Shiki / miurashunichi
開場 : 18:00 / 開演 : 19:00 前売 : 3,500円 / 当日 : 4,000円
中野テルヲ PROFILE
1963年8月12日東京生まれ。ミュージシャン。P-MODEL(1986~1988年在籍)、LONG VACATION(1991~1995年)を経て1996年、アルバム『User Unknown』でソロ活動を 開始。超音波センサーや短波ラジオを駆使した演奏スタイルで独自の電子音楽を展開している。代表作 : 『Dump Request 99-05』(2005年)、『Pilot Run Vol.1』(2009年)、『Pilot Run Vol.2』(2010年)、『Signal / Noise』(2011年)。