CROSS REVIEW 2
『アレンジャーたちとの出会いが、とても豊かなものとして結実している』
文 : 天野史彬
数年前に小林私にインタビューをさせてもらった時、小林私は、「自分の音楽は、大袈裟なものを扱うのではなく、『今日の朝食べたパンがおいしかった』というような、小さなことを広げて解釈するものでありたい」と語っていた。そんな小林私の新しいアルバム『象形に裁つ』のジャケットに映されているのは、まさに、パンである。小林私は、この静かに佇むパンを通して、「自分の音楽とは、こういうものである」と私たちに伝えているのだろうか。あるいは、小林私は美術大学出身の絵かきでもあるので、パンを消しゴムのように使うというデッサン文化(私も詳しくは知らないのだけど)に触れてきている可能性もある。小林私は、この佇むパンの奥に、消してしまったものや、失われてしまったもの、または、何かが消えていく予感を見ているのかもしれない。あるいはまた、パンなんていうものは、ひょいっと摘まんでパクっと食ってやればいいのである、と思っているのかもしれない。
存在として明確な輪郭を持ちながらも、常にどこかぼやけていて、微動していて、捉えどころがない。そう考えれば、四角とも丸とも言えそうなこのパンは、小林私みたいだ、とも思う。捉えどころのなさは小林私の大きな魅力である。形式化されたものから外れていく力強さと危うさ。それは小林私の色気になっているし、その柔軟さと軽やかさは、小林私の愛すべき親しみやすさに繋がっている。
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小林私自身が「フルアルバム」というフォーマットの作品作りに対してどのような思いを抱いているのかはわからない。小林私にとっては、YouTubeでの長時間の生配信の中でポロポロと産み落とす弾き語りもれっきとした音楽作品だろうし、むしろ、こうした弾き語りの方が自分自身に対してタイムラグがなく、自然である、と思っているかもしれない。しかしながら、その物腰の柔らかさと優しさと生真面目さは、小林私に度々、アルバムという形式の作品を作らせるし、そうやって生まれたアルバム作品が届けられることは、嬉しいことである。会えるに越したことはないが、こうやって会えたら嬉しい出会い方、というものがやはり、人と人との間にはある。
ラグを修正するために大事なことは、闇雲に急ぐことではなく、むしろ時間をかけることだったりする。小林私は少しずつ、作品を重ねながら、自分自身と、パッケージングされた音楽作品とのラグを埋めているのではないかと思う。この『象形に裁つ』では、SAKURAmoti、白神真志朗、シンリズム、トオミヨウといったアレンジャーたちとの出会いが、とても豊かなものとして結実している。彼らのアレンジメントは、小林私が放つ激しさの奥にある、しなやかさや緩急、ゆるやかさをも捉えている。これまで、小林私という存在を感じるうえでとても大切なものでありながら、どうしても、その音楽が取り零しがちだった「笑い」の要素が、この『象形に裁つ』には入り込みはじめているように感じる。
天野史彬
1987年生まれのライター。東京都在住。雑誌編集を経て、2012年よりフリーランスでの活動を開始。音楽関係の記事を中心に多方面で執筆中。
【Twitter】
https://twitter.com/fumiaki_amano
小林私『象形に裁つ』インタビューはこちら
小林私の過去作はこちらから
ライヴ情報
小林私 ワンマンライブ〈分割・裁断・隔別する所作〉
日付:7月15日(土)
場所:大坂GORILLA HALL OSAKA
開場/開演: 17:00/18:00
日付:8月5日(土)
場所:東京I’M A SHOW
開場/開演:17:00/18:00
日付:8月27日(日)
場所:東京I’M A SHOW
開場/開演:17:00/18:00
PROFILE : 小林私
1999年1月18日生まれ、東京都あきる野市出身のシンガー・ソングライター。
多摩美術大学在学時に本格的に音楽活動を始め、自室での弾き語り動画をきっかけに注目を集める。YouTubeでのユニークな雑談配信も相まって人気を博し、現在チャンネル登録者は16万人を超える。2023年、キングレコードのHEROIC LINEから、メジャー第1弾となる3rdアルバムのリリースが決定。音楽のみならず、執筆・描画など多彩な才能を生かして活躍の場を広げている。
■公式Twitter:https://twitter.com/koba_watashi
■公式HP:https://kobayashiwatashi.com/