CROSS REVIEW 1
『答えが出そうで出ない小林私のまま。御託の真意がわかる人だけが理解者』
文 : 石井恵梨子
なんともそそられる歌手である。まず抜群に喉がいい。ドラマティックな自作自演能力も高い。さらにはメロディには昭和歌謡の艶っぽさがたっぷり。小林私の歌をはじめて聴いたとき、つい連想したのはアイナ・ジ・エンドのソロ作品だった。ハスキーな掠れ声か、腹に力の入るガナリ声かの違いはあっても、耳を惹きつけてやまない棘と色気のあるところ、あとは応援ソングとは違う、影のある内省を感じるところが似ている。アイドルとは違う立ち位置なのに、ルックスが非常に魅力的であるところも共通項かもしれない。
アイナは自らそのポジションを掴んでいった。小林私はどうだろう。黙っていれば格好よくキマるのに、ライヴでは雑談やSNSチャットに走って空気を混ぜっ返す。動画配信を駆使する新世代クリエイターのひとりではあるが、本当にどうでもいい話をつらつら続ける日もあり、ただの暇人にも見えたりする。音楽がやりたいのか。人前に出たいのか。なにかを届けたいのか。だとしたらそれはなんなのか。答えが出そうで出てこない。
そんな小林がメジャーデビューを決めた。収録したのはすでに人気の曲が中心で、数々のアレンジャーの手によりカラフルな彩りが加味されている。つまりこれ、プロの世界でやっていくと肚を括り、弾き語りでは若干足りなかったポップスの華やかさを求めた転機の作品……と言えるのか?
何度も聴き、歌詞を熟読し、そんなハッキリしたものではない、との結論に至る。答えが出そうで出ない小林私のまま。もともと内省の歌が多い人であるが、内容がさらに複雑になっていないか。歌として聴けば確かな高揚や陶酔があるのに、文として目で追うとなんのことかわからない歌詞がほとんどだ。突き詰めると「生きる虚しさ」「やるせなさ」みたいなものだろうが、聴き手になにを届けたいのか、その部分を意図的にグズグズにしているようにも思えてくる。
ご-たく【御託】 自分勝手なことを、もったいぶってくどくど言うこと。偉そうに言いたてること。また、その言葉。
5曲目“繁茂“に出てくる単語が頭をぐるぐる回る。新しい表現者か、マニア受けする配信者か、プロ志向のシンガーか。なんでも白黒つけてわかった気になる世間に対し、小林はとにかく言葉を投げ続ける。どんな切実な感情も、ひとり抱えた煩悶も、結局「御託」になって届きはしないのだと自嘲するように。句点の見えない言葉の連なりは、小林なりの問題提起、もしくは防衛本能なのだろう。安易に共感されたくない。わかりあえるとも思っていない。しかし歌い続けるのだから誰かに届くことを願っている。御託の真意がわかる人だけが理解者。歌詞だけをかいつまめば、小林のそれはマニアックなテストに近い。
このややこしさが、小林私を簡単な答えから遠ざける。そして、生まれ持った歌声の毒気や色気が、有象無象のYouTube動画のなかから小林私をわかりやすく目立たせてしまう。嫌だろうな。でも楽しいのだろうなぁ。アンビバレンツこそ小林私だと痛感させられるサード・アルバム。
石井恵梨子
1977年石川県金沢市生まれ。高校卒業後上京し、1997年から「CROSSBEAT」誌への投稿をきっかけにライターとして活動をスタート。洋楽・邦楽問わず、パンク、メタル、ロック等、ラウドでエッジのあるものをメインに幅広く執筆。
【Twitter】
https://twitter.com/Ishiieriko
