CROSS REVIEW 1 『Outer Ego』
『音楽の成り立ち、趣深さを実感する作品』
文 : s.h.i.
本当に素晴らしいアルバムである。派手な刺激はないが全曲に見せ場があり、淡々と流れていくのにどの曲も良い具合に印象に残る。コンパクトなポップ・ソングばかりなのに気付いたら最終曲のキャッチーなイントロに差し掛かっている構成は絶妙で、何度でも気軽に聴き通せる(自分は現時点で20回リピートしている)ばかりか接するほどに魅力が増していく。一見よくあるスタイルのようでいて、他のどこにもない味わいを確立した作品なのだと思う。
本作の音を一言で紹介するなら「チルウェイヴ化したUK版Tame Impala」というのがわかりやすいように思うが、その成り立ちや奥行きは明確に異なる。各曲のパーツだけみれば、MGMT、Washed Out、Taylor McFerrin、近年のThe Weeknd、Rhye、The Beatles、The Cure、Tears For Fearsなど、いくらでも比較対象を挙げることができるけれども、そのどれをとっても本作の持ち味を十分に表してはいない。表面的には似ていてもそこに至る道筋は異なり、取り込んできた栄養分や育んできた肌感覚が別物であるために、内部構造や性格は大きく違ったものになる。このアルバムを聴いていると、音楽というものの複雑な成り立ちやその趣深さを具体的に実感させられる。
本作を聴いて自分が特に連想させられるのがUlverというバンドである。ノルウェーで1993年に結成され、最初の4年にブラック・メタルの歴史的名盤を連発した後は、トリップホップを経由し電子音響の世界へ大きく方向転換。CoilやNurse With Wound、Autechreなどの影響を消化した冷たく美しいエレクトロニック・ミュージックを作り続けた後、60~70年代のサイケデリック・ロックのカバー、室内楽オーケストラを従えたミニマル音楽路線などを経て、近年はシンセ・ポップの親しみやすい歌ものスタイルに到達。その2017年作および2020年作が、The fin.の本作に少なからず似ているのである。この2バンドの間に影響関係は全くないだろうし、辿ってきた道筋も大きく異なると思われるのだが、その上でアウトプットした音は近くなっているのが興味深いし、醸し出される空気感や味わいは明確に違うのが好ましい。似たような形になっていても溶けているものが異なる、それだからこそのオリジナリティが各々に生まれる、ということを可能にするポップ・ミュージックのおもしろさがよく示されている。
先に比較対象としてUSやUKのアーティストを挙げたが、ジャンル文化圏的に近い印象は確かにあるものの、雰囲気の質は明らかに別物である。湿気の感触が異なり気温も低め、微妙に粘りつく肌触りと秋や冬の朝を想起させる爽やかさとが両立されている感じで、これは前作『Wash Away』の美点をさらに高めた部分なのではないかと思う。夜明け前の半覚醒感が漂う独特のテンションも実に良く、疲れを引きずり朦朧としつつどこか浮かれているようなこの気分は、昨今のコロナ環境とそこからの出口を示唆するものでもあるようにも思える。メランコリックでありながらも気兼ねなく楽しげで、複雑なニュアンスを押しつけがましくなく優しく沁み込ませる力がある。日本出身のバンドでなければ生み出せない、普遍的で個性的なポップ・ミュージックの傑作である。
s.h.i.
82年生まれ。和田信一郎名義でも活動中。
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