自宅ではワンサイズ小さいPSI AudioのA-14Mとともに
さて、このままスタジオのサブDACをmicro iDSDからNEO iDSDに換えたくなったが、自宅のデスクトップでもNEO iDSDをテストしなければいけない。10万円を少し超えるNEO iDSDは、エントリー・クラスのDACでは満足できくなったリスナーのデスクトップにふさわしい製品だろう。サイズ的にもコンパクトだし、立て置きにもできる。立て置きにすると、液晶ディスプレイも文字の方向が90度変化するというのは、細かいところだが、気が利いている。

僕の仕事場のデスクトップ・オーディオは、自作のデジタル・アンプとEclipseのTD510mk2の組み合わせになって、数年が経過している。これには大きな不満はない。だが、今回の試聴ではひとつ聴いてみたいモニター・スピーカーがあった。スタジオに導入したA-17Mよりワンサイズ小さいPSI AudioのA-14Mというパワード・モニターだ。これを輸入元からお借りして、NEO iDSDとA-14Mを組み合わせたシステムを作ってみた。
A-14Mを箱から取り出すと、その小ささに驚く。A-17Mは17cmウーハー、A-14Mは14cmウーハー。ユニットの口径差だけ見ると、さして違わない印象だが、A-14Mのエンクロージャーの容積は半分以下だ。重量も三分の二くらい。デスクトップ用にこのサイズ感は好ましい。

DACプリアンプとパワード・モニターを組み合わせただけなのは、前回、提案した「59,800円ではじめる高音質デスクトップ・オーディオ・セット」と同じだが、今回は価格的にはミドルクラス以上。デスクトップ・オーディオにも何十万円かかけてもいいという人向けのセットになる。NEO iDSDはUSB入力以外にSPDIF、OPTICAL、そして、Bluetooth入力もある。スマホなどからのBluetoothを受けられるのは、パーソナル用途のDACにはもはや必須の機能だろう。できれば、フォノイコライザーが繋げられるアナログ入力も欲しかったところだが、そのへんのニーズに応えるNEOシリーズ製品も将来的には出てくるのかもしれない。
NEO iDSDとA-14Mの接続はスタジオと同じMogamiの標準的なバランス・ケーブルを用いた。NEO iDSDはスタジオではヴォリュームを “FIXED”の設定にしたが、デスクトップでは“VARIABLE”の設定にして、本体でヴォリューム・コントロールする。再生ソフトウェアはiMac上のRoon。WiFi接続されているオーディオ・サーバーはIO DATAのSoundgenicだ。これは特注のアナログ電源で使っている。
NEO iDSDとA-14Mだけで早くも完璧なモニター環境
まずはジェレミー・ザッカーとチェルシー・カトラーが2月に発表したEP『Brent ii』を聴く。ジェレミー・ザッカーは米ニュージャージー州出身のシンガー・ソングライターで、大学で分子生物学を専攻しながら、ひとりで録音した音源がインターネット上で話題となり、ユニヴァーサル系のリパブリック・レコードと契約する前に、ストリーミング・サーヴィスで20億回の再生記録を打ち立てたという俊才だ。チェルシー・カトラーは2019年からジェレミー・ザッカーとデュオでの録音を残している女性シンガー・ソングライター。たぶん、ふたりは恋人同士だと思われる。
メジャーと契約しても、ジェレミー・ザッカーの作風は変わらず、プライヴェート・スタジオで練り上げた録音作品を作っている。『Brent ii』は冒頭の「This Is How You Fall In Love」が恐ろしいほどの名曲。サウンド・プロダクションも素晴らしい。NEO iDSDとA-14Mで聴くそれは、ジェレミーとチェルシーが大事にしている世界観と、歌を通じたふたりの交歓を細やかに描き切る。NEO iDSDとA-14Mの下にインシュレーターを置いただけの簡単なセットアップなのに、早くも完璧なモニター環境が出来上がった感じだ。

正直に言って、スタジオで聴いていたNEO iDSDとA-17Mよりも、デスクトップのNEO iDSDとA-14Mの方が鮮烈な印象がある。小口径のモニター・スピーカーを1mにも足らない距離で聴いているからかもしれない。とても、そこにある小さな箱が鳴っているとは思えない。「スピーカーが消える」という表現があるが、まさにそういう感覚だ。
普段、使っているEclipseのTD510mk2もスピーカーが消える感覚を持っていた。だが、ちょっとニュアンスは違う。TD510mk2はふわっとした空気感を持つサウンドで部屋を満たす。タイムドメイン・スピーカーならでは自然な鳴り方だ。対して、A-14Mは曖昧さのない正確無比なモニタリングを極めることによって、スピーカーが消える。何の変哲もないこの箱形のスピーカーのどこに、そんな能力が隠れているのかと思わせる。
近年は小型の優秀なパワード・モニターが各社から発売されている。価格的にも驚くほど安くなったが、その中にはDSP回路を内蔵していて、その補正によって、フラットな特性を得ているものが少なくない。だが、PSI AudioはDSPによる補正は使わず、純粋なスピーカー製作技術だけで勝負している。小型のA-14Mはだからこその雑味の無さ、とびきりのクリーンさを備えたパワード・モニターに仕上がっているように思われる。
面白くなったので、モノラル音源を聴いてみることにした。アレサ・フランクリンのアトランティック時代のベスト盤『The Genius of Aretha Franklin』が2021年版のリマスターでリリースされたばかりだ。その最初の4曲はモノラル・ヴァージョンだ。アレサ・フランクリンの1967年のアトランティック第1作『I Never Loved A Man The Way I Love You』はモノラル仕様のハイレゾ版が以前からOTOTOYで販売されていた。その音質はアナログ盤の雰囲気に近く、60年代の米南部の土臭さを感じ取れるものだったが、今回の『The Genius of Aretha Franklin』のリマスターは、サウンドの質感がぐっと現代的になっている。ハイレゾ版はなく、ロスレスのみの販売だが、今、聴きたいのはこの2021年版リマスターだったりする。
冒頭の「I Never Loved a Man The Way I Love You」を聴いてみると、これこそ「スピーカーが消える」経験だ。NEO iDSDもA-17Mも位相特性が良いのだろう。センターに手を伸ばせば掴めるような音像があり、左右のスピーカーが鳴っているとは思えない。モノラルというと温かい音、奥にこもった音というイメージを抱きがちだが、このリマスター版の再生はとんでもない。アレサのヴォーカルは生々しいし、ホーン・セクションをはじめ、各楽器の音も勢いよくほとばしる。当時のスタジオ機材の熱い音も感じ取れる。
DSDでもエッジ感のあるNEO iDSDの再生音
現代の音源に戻って、2021年になってからリリースされた、最も刺激的な1曲を聴いてみることにした。ピノ・パラディーノとブレイク・ミルズの「Just Wrong」というシングルだ。パラディーノのベース、ミルズのギターやエレキ・シタールに加え、クリス・デイヴのドラムス、サム・ゲンデルのサクソフォン、ラリー・ゴールディングのメロトロン、ロブ・ムースのストリングスが絡み合う。当代きっての凄腕ミュージシャンによるセッションだが、全員の控えめな貢献が紡ぎ出す、心優しいセレナーデのような1曲でもある。
OTOTOYで販売している24bit/96kHz版をNEO iDSDもA-17Mで聴くと、それぞれの繊細な演奏が超微細な音の粒子となって漂い出すような、そんな感覚を味わうことができた。時を超えた至福の時間に吸い込まれ、何度でも繰り返し、聴きたくなってしまう。このモニター・システムはもう手放したくなくなる。
最後にDSD音源もチェックした。昨年暮れにリリースされたショーロ・クラブの名作『武満徹ソングブック』のコンプリート版だ。2011年の名盤に曲を追加して、CD2枚組のヴォリュームになり、11.2MHzのDSD版も発売された。そのファイル・サイズは18GBにも及ぶ。
iFi audioのDACのトゥルー・ネイティヴのDSD再生はすでに定評がある。以前の製品はファームウェア・アップデートを行わないとDSD512まで対応しなかったが、NEO iDSDは標準で対応。11.2MHzのDSD (DSD256)の再生なら、まったく安定している。
『武満徹ソングブック』は2011年版を2.8MHzのDSDで愛聴してきた。だが、同じ曲も11.2MHzのDSDになると、聴こえ方が違う。DSDらしい音の滑らかさや柔らかさに、ハッとするような断面の鋭さが加わったようなサウンドだ。
DSD再生でもNEO iDSDの音の傾向はPCM再生と同じ感触があり、以前のiFi製品よりもその鋭さの部分をより高い鮮度で聴かせる感触がある。たぶん、これはアナログ回路の設計にポイントがあるのだろう。そんなことを思いながら資料を見直すと、iFi audioの変化の理由がかった。2020年から技術顧問が変わったのだ。ZEN DACからはジョン・カールが回路設計に参加したとある。何ということだろう、前回のレポを書いた時には、まったく見落としていた。というより、この時代にその名前を聞くとは思っていなかった。
最新鋭の小さなDACに宿る伝説的エンジニアの感覚

ジョン・カールといえば、1960年代にグレイトフル・デッドのための機材製作を手掛けた伝説的なエンジニアだ。1970年代初頭にはマーク・レヴィンソンのエンジニアとなり、プリアンプの名作を世に送り出した。とりわけ、JC2は伝説の名機だ。JC2の内部のディスクリート・モジュールの互換製品や、全体の回路を模倣したプリアンプなどが、世界のあちこちで、今なお作り続けられている。
言うまでもなく、JC2のJCはジョン・カールのイニシャルである。マーク・レヴィンソンとジョン・カールはほどなく別れ、レヴィンソンは違う方向に進んで、彼の思い描くアメリカン・ハイエンドの世界を追求していく。だが、JC2にあった勢いやキレの良さを語り継ぐオールド・レヴィンソン・マニアは数多い。NEO iDSDはそのJC2の系譜を継いでいるのだ。DACとしての基本構成はiFi audioが培ってきたものを踏襲しているに違いないが、アナログ回路の最終的な音判断にジョン・カールのテイストが入っているのだろう。そう考えると、すべてが頷けてくる。
デスクトップの小さなUSB DACの背後にも、そんな人物や歴史が存在していると知ると、よけいにその音を聴くのがスリリングな体験になる。これがオーディオの面白さでもある。NEO iDSDの魅力はコスト・パフォーマンスだけではない。一歩踏み込んだオーディオの面白さに触れられる、そういう製品だと思えてきた。僕にとって悩ましいのは、それをスタジオのサブDACに導入するか、それともデスクトップのメインDACにするか、どちらにも最適過ぎることだ。
iFi audio NEO iDSDをOTOTOYで買うと、もれなくハイレゾ音源が付いてくる!

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スペック、購入のご相談は下記代理店、DSPジャパン(株) 公式ページへ
http://dspj.co.jp/products/PSIAudio/monitors.html
高橋健太郎のOTO-TOY-LAB アーカイヴス
■第1回 iFi-Audio「nano iDSD」
■第2回 AMI「MUSIK DS5」
■第3回 Astell&Kern「AK240」(前編)
■第4回 Astell&Kern「AK240」(後編)
■第5回 KORG「AudioGate3」+「DS-DAC-100」
■第6回 M2TECH「YOUNG DSD」
■第7回 YAMAHA「A-S801」
■第8回 OPPO Digital「HA-1」
■第9回 Lynx Studio Technology「HILO」
■第10回 exaSound「e-22」
■第11回 M2TECH「JOPLIN MKII」
■第12回 ASTELL & KERN「AK380」
■第13回 OPPO Digital Sonica DAC
■第14回 Lotoo PAW Pico
■第15回 iFi audio xDSD
■第16回 MYTEK Digital「Brooklyn DAC+」
■第17回 FOCAL「Listen Professional」
■第18回 mora qualitasで楽しむ、高音質ストリーミング〜ワイヤレス環境
■第19回 お手頃価格で高音質、iFi audio ZEN DACで手軽にハイレゾ環境
■第20回 ゼンハイザーの逸品完全ワイヤレス、MOMENTUM True Wireless 2、CX 400BT True Wireless
■番外編 Lynx「HILO」で聴く、ECMレコードの世界