24bit/96kHzハイレゾで蘇る、あの麗しき歌声ーー南麻布コロムビア・スタジオにてひも解く、美空ひばりの魅力
美空ひばりのハイレゾ作品がOTOTOYでも配信されるようになった。コロムビアから6月24日に発売された『美空ひばりベスト 1964〜1989 (24bit/96kHz)』と『ステレオ録音による 美空ひばりベスト(24bit/96kHz)』は、それぞれ2011年と2012年にCDで発売されているタイトルで、今回のハイレゾ・リリースのために、アナログ・マスター・テープからリマスタリングされたものだ。
前者はタイトル通り、1964年から1989年にかけてのベスト・アルバム。1964年の日本レコード大賞を受賞した「柔」からラスト・シングルとなった「川の流れのように」までステレオ時代の代表作18曲を収録している。「真赤な太陽」やセリフ入りの「悲しい酒」をはじめ、平和を願う名曲「一本の鉛筆」、岡林信康が提供した「風の流れに」、倖田來未もカヴァーした「歌は我が命」や小椋佳が提供した「愛燦燦」など、音楽的なヴァラエティーにも富んでいる。
後者は20曲入りのベスト・アルバムで、「悲しき口笛」、「リンゴ追分」、「お祭りマンボ」といった1950〜60年代のヒット曲も収録。ただし、オリジナルがモノラル音源だった13曲は、1970年前後に再録音されたステレオ・ヴァージョンを使用して、収録している。14曲目の「柔」以降はオリジナルの音源だ。
この美空ひばり27回忌に合わせた2タイトルのハイレゾ・リリースに加えて、OTOTOYではさらに『ひばりとシャープ-虹の彼方- (24bit/96kHz) 』『ひばり世界をうたう (24bit/96kHz) 』、『ひばりジャズを歌う (24bit/96kHz) 』の3枚のオリジナル・アルバムも同時発売。これらは1961年、1964年、1965年の発表作品で、いずれも洋楽のカヴァーを収録している。後年、演歌の女王というイメージが定着してしまった美空ひばりだが、もともとはジャズや広範な世界ポップスへと開かれた感覚を持つシンガーであったことを示してあまりある内容だ。
これらのアルバムのハイレゾ・リマスタリングは、現在は南麻布にあるコロムビア・スタジオで行われた。美空ひばりを始めとする数々の歴史的録音を残したコロムビア赤坂スタジオは2001年に閉鎖されてしまったが、その機材は現在もこの南麻布のスタジオに保管されているのだという。当然ながら、マスタリング・ルームのモニター環境などは、コロムビア赤坂スタジオの伝統を踏襲しているようだ。
そこで、音楽プロデューサーであり、日本のポピュラー音楽史の有数の研究家でもある佐藤剛氏とともに、この南麻布のコロムビア・スタジオを訪れて、スタジオであらためて、今回、発売された2枚のベスト・アルバムのハイレゾ音源を試聴させてもらった。その後、マスタリングを手掛けたエンジニアの宇野勝昭氏、コロムビアのスタジオ技術部長である冬木真吾氏のおふたりから話を聞いた。
取材日 : 2015年6月23日(火)
取材場所 : 南麻布コロムビア・スタジオ
参加者 : 宇野勝昭(マスタリング・エンジニア)、冬木真吾(コロムビア・スタジオ技術部長)、佐藤剛(音楽プロデューサー)
司会進行・文 : 高橋健太郎
写真 : 大橋祐希
高橋健太郎
音楽評論家、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア、インディー・レーベル「MEMORY LAB」主宰、音楽配信サイト「OTOTOY」のプロデューサー。
一橋大学在学中から『プレイヤー』誌などに原稿を書き始め、82年に訪れたジャマイカのレゲエ・サンスプラッシュを『ミュージック・マガジン』誌でレポートしたのをきっかけに、本格的に音楽評論を始める。
現在は『朝日新聞』に寄稿するほか、『ステレオサウンド』『サウンド&レコーディング・マガジン』『ケトル』などに連載を持ち、メディアを横断した執筆活動を続けている。
著書に『ポップ・ミュージックのゆくえ 音楽の未来に蘇るもの』。プロデューサー、レコーディング・エンジニアとしても数々の録音、マスタリングを手がけている。
24bit/96kHz、ハイレゾで聴く美空ひばり
美空ひばり / ステレオ録音による 美空ひばりベスト (24bit/96kHz)
【配信形態】
ALAC/FLAC/WAV/AAC (24bit/48kHz)
※ファイル形式について
※ハイレゾの再生方法
【価格】
3,000円(税込)(単曲は各399円)
【収録曲】
01. 悲しき口笛 / 02. 東京キッド / 03. 越後獅子の唄 / 04. 私は街の子 / 05. ひばりの花売娘 / 06. リンゴ追分 / 07. お祭りマンボ / 08. 津軽のふるさと / 09. ひばりのマドロスさん / 10. 港町十三番地 / 11. 花笠道中 / 12. 哀愁波止場 / 13. ひばりの佐渡情話 / 14. 柔 / 15. 悲しい酒(セリフ入り) / 16. 真赤な太陽 / 17. 人生一路 / 18. 愛燦燦(あいさんさん)(24bit/96kHz) / 19. みだれ髪 / 20. 川の流れのように
美空ひばり / 美空ひばりベスト 1964〜1989(24bit/96kHz)
【配信形態】
ALAC/FLAC/WAV/AAC (24bit/48kHz)
※ファイル形式について
※ハイレゾの再生方法
【価格】
3,000円(税込)(単曲は各399円)
【収録曲】
01. 柔 / 02. 悲しい酒(セリフ入り) / 03. 真赤な太陽 / 04. 芸道一代 / 05. むらさきの夜明け / 06. 人生一路 / 07. ある女の詩(うた) / 08. 一本の鉛筆 / 09. ひとりぼっち / 10. 風の流れに / 11. 雑草の歌 / 12. 歌は我が命 / 13. さくらの唄 / 14. おまえに惚れた / 15. 裏町酒場 / 16. 愛燦燦(あいさんさん) / 17. みだれ髪 / 18. 川の流れのように
試聴に使われたMytek Digital「Manhattan」
ハイレゾ音源の試聴用のDACには、マイテックのフラッグシップ・モデルであるマンハッタンを使用。今回のハイレゾ音源の情報量を極限まで引き出して、コロムビア・スタジオのB&Wのモニター・スピーカーの中央に、美空ひばりの歌を浮かび上がらせるマンハッタンの実力も堪能する取材になった。(text by 高橋健太郎)
>>Mytek Digital Manhattan 製品ページ
いいものはいじらない。というコンセプト
高橋健太郎(以下、高橋) : 今回の2タイトルのハイレゾ音源は、すべて1/4のアナログ・テープで保管されていたマスターを新しく24bit/96khzにマスタリングしなおしたものと考えていいんでしょうか?
宇野勝昭(以下、宇野) : そうですね。
冬木真吾(以下、冬木) : ただ、「川の流れのように」だけはアナログじゃないんですよ。マルチも三菱の32トラックのデジタルで、マスターとして保管してあったのもソニーの44.1kHzのデジタル・テープ。PCM3402というオープン型のテープ・レコーダーです。
高橋 : デジタル・マスターを使ったのは、それ1曲だけですか?
冬木 : 今回は、その1曲だけですね。それだけ当時の録音スペックの44.1kHz/16bitで、録音は1988年ですね。10月ですかね。
高橋 : それ以外は全部アナログで、すべてここに保管されてるんですね?
宇野 : ここ以外にも何箇所かありますが、温度湿度が管理されているきちんとした倉庫で保管されています。
高橋 : アナログ・テープの状態や今回、あらたに起こす作業などで苦労があったことは?
宇野 : 経年劣化でちょっとテープがべたつくとか、カビが一部ちょっと出てくるくらいのことはありました。が、基本的には非常にいい状態で管理されていたと思います。
冬木 : 焼きはしましたよね。
高橋 : べたつきを取るために、オーブンみたいなのに入れるんですね。
宇野 : はい。テープはいい状態のものともうダメだっていうものがあって、時代的にいうと、バックコートされる前の時代のテープはむしろ大丈夫なんですね。バックコートされるようになった後が一部ベタつくものがある。
高橋 : マスターの年代がかなり異なっているので、その時代その時代の音がすると感じたんですが、基本的にはフラット・トランスファーでデジタルに変換されているんでしょうか?
宇野 : 年代によって、テープ自体が違うんですが、基本的にアナログのテープ・レコーダーはリファレンス・テープで調整してあって、マスター・テープにはテスト信号は入ってないんですよ。ですから、まずはそのまま24bit/96khzに全部落として、並べてみてから、凸凹がいろいろあったりしますから、そこの補正をしてやるという形です。テープヘッドのズレによる位相の問題なども、デジにした後に、修正しています。どういう風にマスタリングしてやろうかっていうのは考えました、3日くらい。普通のCDと同じようにマスタリングするか、それとも何もしないで、スタジオの臨場感、空気感っていうものを出すような感じにしたほうがいいか、それを考えましたね。それで、スタジオの録ったままの音でオッケーなものは何もしないと決めました。レベルは揃えますけど。ただ、何曲かちょっとこれはっていうのもありましたので、その場合は、イコライジング補正してやるという感じで。でも、聴いてもらったら分かると思うんですけど、基本的には何もしてないです。やはりレベルを入れるために潰していくと絶対なんか出てくるんだよね。歪というか。その辺は今回の24bit/96khzではやらない方が、聴いていただく方の人がレベル上げてもらった方が、そのままのスタジオの音がするっていうコンセプトでやってみたんです。
佐藤剛(以下、佐藤) : じゃあ、ほとんどコンプレッションはしてないんですね。
宇野 : 何曲かはしています。でも、基本的にずっと同じ赤坂スタジオで作っていたので、みんな慣れてるというか、上がってくる音をマスタリングの方で調整っていうのは、もともと、あまりなかった。今回もまず、いいものはいじらない。というコンセプトで作りました。
ひばりさんの息を吸う音と止める音までが聴こえてくる
高橋 : 聴かせていただいたら、テープヒスの量とかが年代によって違いますけど、ひばりさんの録音って、ドルビーのノイズ・リダクションは?
宇野 : 使っていません。最後まで一切、使ってませんね。作業者からすると、ドルビーって本当に音がそのまま戻ってるのか、信用できないところはありましたし。
佐藤 : 今日、ここで聴いて強く感じたのは、70年代の半ばあたりの音っていうのが一番ハイレゾにした時に良さが出てくるということです。年代が異なるものをお聴きになってみて、技術者の耳にも、やはりそうなんですか? それとも僕の音楽の好みの問題なのかな?
宇野 : いやーやっぱりそうだと思いますよ。
佐藤 : 高橋健太郎さんが著書『スタジオの音が聴こえる 名盤を生んだスタジオ、コンソール&エンジニア』で、70年代の前半から半ばにかけてが全世界でテイクも素晴らしいし、オーディオ的にも素晴らしいとお書きになってるんですけど、ひばりさんの音源を聴いてても75年前後くらいの作品が圧倒的に素晴らしい。バランス、全部の楽器がよく聴こえるみたいなところに、結構びっくりしましたね。
宇野 : 僕もコピーしながら聴いていて、その時代のものは音を聴いた時に迷いがないのが伝わってくるというか、ミキサーとかやってる人が迷いがないと、やっぱりと素直にパッと音に入れるんですよ。
佐藤 : 常に赤坂のコロムビア・スタジオでレコーディングしていて、ハコは全く変わらないから、2chから4ch、8ch、16ch、24chになっても、ひばりさんの場合はどこにマイクを立てて、どのマイクで録ればっていうのが全部出来ていた。それはもう微動だにしなかったみたいですね。
高橋 : オケと歌はほとんど同録なんですよね。
宇野 : そうですね。後の方になると、オケを録ってから、歌をダビングという形でやってるかもしれませんけど。
佐藤 : 自分の新曲はほぼ全部が同録で、カヴァーとかはまとめてカラオケで録るっていう方法だったと聞いてます。オリジナルのシングルは、基本的には全て同録。
冬木 : バックのミュージシャンは一流の方々なんですけど、ひばりさんのテープを聴くと2テイクしか入ってないんですね。1テイク目は大抵練習で、バックの方の演奏も硬くて、2テイク目でビシっと揃えておしまいっていう。
佐藤 : ひばりさんは1テイクでもいいんだけど、バックのミュージシャンたちがひばりさんに合わせなきゃいけないのと、技術の方のバランスのためにまず一回通して録音し、2度目の本番で終わるのが基本だったようです。
高橋 : すごい緊張感ですね。今日聞いた「カタリ・カタリ」などは、ハイレゾで聞くと、本当にそういう息が止まるような緊張感を感じました。
佐藤 : ハイレゾだといつも聴いてるCDの音よりも明らかに鮮明で、ひばりさんの息を吸う音と止める音までが聴こえてくる。止める音が聴こえるっていうのは、今日初めて感じたことです。ハイレゾってすごいなって思いました。レコーディングで録った音をその場で、プレイバックしている状態のものを聞いているわけです。製品になった音ではない、録音したばかりの状態っていうのを感じましたね。「カタリ・カタリ」もすごかったし、「さくらの唄」とかはもう本当に目の前で、ひばりさんが今そこで歌ってるかのようでした。
高橋 : コロムビア・スタジオの中でひばりさんが歌う場所とかも決まってるんですか?
宇野 : 決まってたよね。マイク立てる位置も常に決まってるって。
宇野 : これからのハイレゾがどうなっていくのかっていうのは、いろいろ考え方があると思うんですけど、今回、僕らはどうやってやろうか迷った末に、スタジオの音というか、オリジナルの音というか、そういうのを出したほうが、CDと違ったっていう感じでいいだろうという結論になった訳です。ただ、そうすると、音量レベルは低くなるんですよね。レコードの時代からそうなんですけど、レベルが低いと、なんだこれっていう感じになっちゃうんです。でも、今回はこのままでいいやって。そのかわり、入っている音は何も引かないって感じの方が、ハイレゾの配信っていうは上手く行くのかなっていう。まあ、ジャンルによっても、違うと思いますけどね
佐藤 : ぜひそういう方向に進んで欲しいです。僕らもそうやって音楽を作ってきたんです。だけどラジオでかけた時に音量が下がると、他に比較して伝わりにくいから上げたいって話になり、どんどんエスカレートしていって、その究極が今のデジタル録音でコンプをおもいっきり潰してみたいな音ですよね。ほとんどノイズに近い状態になってるじゃないですか。そういう中で、こういうナチュラルな音が聞けるというのは、すごく嬉しいことですよね。
宇野 : ミキサーでも、若い人っていうのはやり方が違うんですよね。ある程度、キャリアを積んだミキサーの人っていうのは、そんなにレベル入れないんですよ。その後に加工することが分かっているから。その辺はベテランのミキサーとかじゃないとできないんですよね。若い人だと、音小さいじゃねえかって、ミュージシャンに言われちゃいますから。録ってる段からCDと比べられちゃうようなレベルで録っているものがマスタリングに上がってくると、こっちではもう何もできないんですよね。でも、これからは配信とかがあるから、ある程度、録り方もレベル抑える方向に変えていただければって思いますね。
歌のすばらしさを、若い人にもどんどん発見してほしい
高橋 : ハイレゾのマスタリングをする時にアナログ盤の音というのは意識されますか?
宇野 : そうですね。どっちかっていうとそっちの方に似通うっていうか、聴いててふわーっとしたレコード特有のものってCDとは全然違いますものね。ハイレゾはそっちに近づいていくっていうか、アナログ・レコードと同じようなコンセプトのものなのかなって感じがしますね。
佐藤 : テープヒスまで聴こえるっていうのが魅力ですよね。そこまで聴こえるんだもんって。
宇野 : 古い録音の中にはヒス・ノイズが酷くて、ちょっとこれは、と思うものもありますが、ひばりさんはほとんどオケも同録で、ダビングをそんなにやってるわけじゃないから、素のテープ・ヒスの状態だけだと思うんです。ハイレゾっていうと立ち上がりの鋭さとかそういう方向にばかり行きがちなんですけど、今回のものはアナログ的な滑らかさを聞いて頂いて、CDと全然違う世界みたいなのを感じてもらえればいいなって思いますね。
佐藤 : 僕は音楽史を研究してるんですけど、TBSのドラマのプロデューサーでディレクターだった久世光彦さんって方がいて、後に作家になりましたけど、その久世さんが「さくらの唄」をひばりさんに歌って欲しいっと思って、コロムビアに企画を持ち込んだんですね。でも突き返された。というのも、「さくらの唄」は作曲した三木たかしさんが自分でシングルで出して、全然売れなかった曲なんです。けれど、それを久世さんは素晴らしい歌だ、これは歌う人が歌ったら大傑作だと信じて、コロムビアに断られても、ひばりさんにぜひ歌って欲しいと考えた。それで、名古屋の御園座で公演していたひばりさんのところに行って、芝居がはねた夜の22時半とかにラジカセを持ち込み、楽屋に行って聴かせたらしいんですよ。それで直に頼みこんだら、ひばりさんが2回目を聴きながら、もうその場で歌ってたんですって。涙を流しながら歌ってたと。そういうことで、久世さんはこれを主題歌にした『さくらの唄』っというドラマを作って半年間、エンディング・テーマ曲にして流した。久世さんはひばりさんの絶唱だと絶賛しています。でも素晴らしいテイクが出来たと思っただけど、あまりに良過ぎて全く売れなかったそうです。だけど、今日聴いて、いやほんとに素晴らしいと感銘を受けました。
高橋 : 「川の流れのように」だけは、ソニーのデジタル・レコーダーを持ってきて、再生したんですか?
冬木 : はい、このスタジオの外に置いてあるテープレコーダーなんですけど。
高橋 : それをアナログで出して?
冬木 : はい、アナログで出してちょっと周波数帯域だけ少し拡張させて、そこは加工してから、24bit/96kHzのデジタルに落としています。
高橋 : この曲、今聞いてみると、サウンドは80年代のイギリスのロックの匂いがしますよね。ポール・ヤングとか、そのあたりと。あと、大滝詠一さんの『EACH TIME』あたりを思わすところもある。
佐藤 : 年代的にそうですね。
高橋 : ひばりさんのバック・ミュージシャンって、常にコロムビア・オーケストラとクレジットされている訳ですが、このリズム・セクションは誰なんですかね?
佐藤 : その当時の一番いい人たち使ってるはずですね。ポンタさんか誰かは分からないけど。
冬木 : ある程度決まってはいると思いますが、でも人づてに伝えられてるだけなんで、詳しい記録は見たことないです。「川の流れのように」の時は、スタッフも変わったっていう風には聞いたことがあります。
佐藤 : ひばりさんってデビューがブギウギじゃないですか。ずっとブギウギで、それからマンボ、シャンソンでしょ、それからジャズ、その後で演歌的な日本調にいきました。実は主流は外国のポップス歌ってた方ですよね。で、いろいろ僕が調べた結果、分かったのはひばりさんは横浜に開いた弟の加藤哲也さんが経営してた『おしどり』というクラブで、お酒飲んでリラックスしている時は、その場でバンドと一緒に弟さんたちがビートルズなんか歌うのを聞いて、ご自分でもナット・キング・コールとかハリー・ベラフォンテを歌って楽しんだといいます。レパートリーは洋楽の人なんです。だけど、お父さんから教えられた浪花節とかも身体に完璧に入っているし、お母さんがプロデューサーでビートルズとかのポップスに理解がなかったから、どうしても周囲の要請で日本調にだんだん行って、結局、「悲しい酒」とか「柔」がヒットした60年代の半ばくらいで、この道はこの人に絶対かなわないってことになって演歌の女王に祭り上げられました。それで時代の流れから離れていったのですが、加藤哲也さんがプロデューサーになった80年代からは小椋佳さんに曲を頼んだりとか、また洋楽と邦楽の両方やるようになった。加藤さんが作った曲「人生一路」とかは8ビートのロックですよね。その頃から本来やりたかった音楽に戻ってきて、「愛燦燦」とかがヒットして、最後の「川の流れのように」にまでつながります。あれも完全に8ビートのロックじゃないですか。歌った作品の最初と最後は、きちっと洋楽をベースにしたポップス人だった。今こうやって聴いてみても、そうした歌のすばらしさを、若い人にもどんどん発見してほしいですね。
高橋 : 今回、OTOTOYでは『ひばりジャズを歌う』など、合わせて5タイトルが出るんですけれど、ナット・キング・コールに捧げた『ジャズを歌う』の中では、「スターダスト」をナットとまったく同じアレンジで歌っているんですよね。とすると、リズムはまったく入っていないオケの上で歌うことになるんですけれど、ナット・キング・コールの歌の持っていた常人とは思えないグルーヴとか呼吸感をひばりさんは完全に消化して、歌っている。本当にナットが好きだったんでしょうね。
佐藤 : 美空ひばりさんっていうのは日本のメインストリーム、いわゆる歌謡曲って言われてるところを代表するの歌手だったんだけれど、実はジャズもシャンソンもロックンロールも全部入ったものをずっとやっていた。それを知るためには、今、こうやってハイレゾというものが出て来たのは、本当にいいチャンスだっていうところで、今日は終わりにさせていただきたいと思います(笑)。
エピローグ
話が終ったところで、持ち込んだMYTEKのマンハッタンを使って、24bit/96khzのPCMから5.6MhzのDSDに変換したファイルで、「さくらの唄」ほかの数曲を聞いてみることにした。5.6MhzのDSDに変換してみると、少しだけ柔らかさが加わったサウンドになり、その変化に宇野氏、冬木氏も強い興味を惹かれた様子。マスター・テープをそのままのサウンドを、ということでマスタリングされた今回のハイレゾ音源だが、DSDに変換することで、そこからさらにカッティングを経たアナログ盤の音に近づくニュアンスを感じたということだった。PCMとDSD、MYTEKのマンハッタンは引き出してくれるそれぞれの魅力をコロムビア・スタジオのモニター環境で聞くというのも格別。なかなか、その場を去り難い取材になった。
ハイレゾで配信中! 美空ひばりの過去作