高橋健太郎のOTO-TOY-LAB ――ハイレゾ/PCオーディオ研究室――
【第4回】Astell&Kern「AK240」(後編)

Astell&KernのAK240のテスト・レポートの第2回である。
前回からの間に、FUJIYA AVIC主催の恒例「ヘッドフォン祭」が中野サンプラザで開催されたので、遊びに行ってきた。Astell&Kernは正式発表こそしなかったものの、そこに2機種の新製品、AK100IIとAK120IIを持ち込んでいた。どちらも、AK240と同じくAndroid OSベースのポータブル・プレイヤーだという。ということは、IIという名前は付いてはいるものの、中身は従来のAK100、AK120とはまったく別物。その後、ドイツのミュンヘンで開催された「HI END 2014」で正式発表されたスペックを見ると、DACチップもこれまでのWolfson社製WM8740からCirrus Logic社製のCS4398に変更されているようだ。

AK100IIは64GB、AK120IIは128GBの内蔵メモリを搭載
CS4398ということはAK240とも同一のDACチップ。AK100IIはシングル・チップだが、AK120IIはLR独立のデュアル・チップ構成。となると、AK240となにが違うのだ!? と思う人も多いだろうが、両機種とも5.6MhzまでのDSDにも対応はするものの、再生はネイティヴではなく、PCM変換だという。価格や発売時期については遠からず続報があるだろうが、とりあえず、AK240をフラッグシップ機としつつ、同じコンセプトの下位機種でユーザーの選択肢を広げた、ということになりそうだ。ただし、DSDネイティヴ再生が必須の僕などの場合は、相変わらず、選択肢はひとつということになる。
24bit/96kHz版コーネリアス『SENSUOUS』をFLACで
さて、今回は予告通り、AK240でコーネリアスの『SENSUOUS』の24bit/96kHzFLACヴァージョンを聴いてみるわけだが、そういえば、「ヘッドフォン祭」の会場でも、このハイレゾ版『SENSUOUS』の話題を耳にした。オーディオ業界の人達の多くが、試聴用リファレンスとして、『SENSUOUS』をダウンロード購入しているというのだ。なるほど、と頷ける話だった。
というのも、これまでオーディオ業界で好まれるハイレゾの音源は、アコースティック系のものが多かった。倍音が多く、空気感にも富んだアコースティック系の録音は、ハイビット、ハイサンプリングの恩恵を多く受けるからだ。しかし、ポータブル・プレイヤーとヘッドフォンの聴取環境では、アコースティックな音源の再生は必ずしも良い結果を生まないこともある。ヘッドフォンの音場感はリアルなそれとは異なるものだからだ。スピーカー・システムで聴けば、アコースティックな楽器が眼前に並んで演奏しているようなミックスになっていても、ヘッドフォンではそういうナチュラルな雰囲気を得ることは難しい。
対して、『SENSUOUS』は極めてアンナチュラルな音場デザインが施された作品だ。サウンドは少ない音数で構成されているが、ひとつひとつの音のパンニングが考え抜かれている。あっちから聞こえたり、こっちから聞こえたり、あっちからこっちに移動したり。2006年の発表当時、僕はCDをよく聴いていたが、BGMにするにはパンニングが気になり過ぎるので、モノラルにして聴いてみたことすらあった。
そんな『SENSUOUS』がハイレゾ版でどう聞こえるかは興味深いし、ナチュラルな音場感にこだわる必要もないので、ポータブル・プレイヤーとヘッドフォンで聴くのも楽しそうだ。そんなこともあって、僕はこのAK240の試聴レポート用の音源は『SENSUOUS』しかない、と決めていたわけだが、たぶん、同じように考えるオーディオ関係者も多かったのではないだろうか。
ハイレゾで楽しむ、旧譜の新たな魅力
『SENSUOUS』はCD版でもすばらしいサウンドをしていたので、AK240には今回リリースされた24bit/96kHzのFLACと、CDからリッピングした16bit/44.1kHzの両方を入れてみた。スタジオで愛用するベイヤーのDT-250で両者を聴き比べてみると、当然ながら、24bit/96kHzの方がハイローの伸びがある。が、その差はそれほど大きなものではない。16bit/44.1kHzでもほとんどレンジの不足や不満は感じない。
それよりも、違いは全体の空間や各楽器の微妙な聞こえ方にあった。ハイレゾ版は空間が大きく、澄んでいる。だから、パンニングされた音の飛び方がよりおもしろい。何年間も聴き親しんできた音源なのに、あらためてハッとしたりする。
楽器では、アコースティック・ギターのタッチやアタックに、とりわけ、違いが大きく出る。ただし、これは必ずしもハイレゾのほうが良いとも言い切れないかもしれない。「Music」ではアコギがワンストロークごとに違うパンで鳴るのだが、タッチやアタックが生々しい24bit/96kHzよりも、16bit/44.1kHzの方がサウンド・デザインという点では整然としているように思えた。24bit/96kHzではデザインされる前の素材が主張し始めるとでもいえばいいか。このあたりは、CD制作時のマスタリングの効果とも関わっているのだろう。
曲想そのものに、CD版とハイレゾで最も大きな違いがあるのは「Sleep Warm」で、このハイレゾ版には感動した。CD版はイントロに古いレコードのようなノイズが被せられ、サウンドも厚く、温かく、ノスタルジックなムードに仕上げられているのだが、ハイレゾ版はよりナチュラル。サウンドは透明感があり、細やかな楽器のアレンジもよく見えるし、なによりヴォーカルが魅力的に聴こえる。
3種類の再生方法でAK240を比較する
ところで、AK240の場合、聴くと言っても、いろんな聴き方がありうることは、前回も説明した。まずは、AK240本体に『SENSUOUS』の音源をインストールして聴いてみた訳だが、AK240をPCにUSB接続し、USB-DACとしてPC内の音源を聴くことができる。さらには、Wi-Fi接続でPC内の音源をストリーミング再生することもできる。となると、これら3種類の再生方法でどのくらい音質差が出るのか、これも実験することにした。
まずはWi-Fi経由でのストリーミング再生。これはWi-Fiネットワークの状況にもよるだろうが、我が家の環境では24bit/96kHzのFLACの再生は問題なく、そして、驚くべきことに音質も基本的には変わらなかった。内蔵音源を聴くほうがベールを1枚剥いだようなフレッシュさはあるが、バランスなどはほぼWi-Fiストリーミングでも変わりないのだ。
続いて、USB DACとしての再生を試す。PCはiMacで、プレイヤー・ソフトにはAudirvanaを使ったが、この場合は、内蔵音源の再生とはかなりの音質差が出た。やはり、ベールを1枚被ったような音になるだけでなく、帯域バランスもAK240らしいまとまりがなくなる。思えば、USB-DACとして使う場合は、再生はPC側のプレイヤー・ソフトが行う訳で、そこで音の傾向が決まる部分がある。筆者の場合は、iTunes、Audirvana、Fidelia、AudioGateといったプレイヤー・ソフトを日常的に使っているが、それぞれ音質が違う。だから、プレイヤー・ソフトとUSB-DACの相性で、バランスが良くなったり、悪くなったりするということがあるだろう。その意味では、じっくり最適なプレイヤー・ソフトを見つけ、設定などを追い込めば、もっと良いサウンドが得られるのではないかとは思った。
という訳で、意外なことに、USB接続でDACとして利用するよりも、ケーブルなしのWi-Fi接続で、ストリーミング再生する方が、我が家の環境では良い結果が得られた。とはいえ、これはケーブルの質やWi-Fiネットワークの質、データのフォーマットや容量にも左右されるだろうから、どんな環境でも必ずストリーミング再生のほうが良いということではないとは思われるが。
音源制作用レコーダーにも劣らない、AK240のDSD再生能力
PCMでは内蔵音源の再生が最も良いことが分かったので、次にDSDの内蔵音源の再生で、他の機材と比較してみることにした。試聴音源は先頃、OTOTOYで配信された寺尾沙穂の『クアトロコンサート 2014早春』。AK240にはOTOTOYからダウンロードしたこのDSD音源をインストールした。
比較試聴するのは、KORG MR-2000S。こちらには、音源のインストールは必要ない。というのは、この『クアトロコンサート 2014早春』は、僕がレコーディングとミックスを行っているからだ。スタジオのMR-2000Sのハードディスクには、そのミックスマスター・ファイルがそのまま残っている。配信音源はそれをマスタリング処理はせずに配信しているので、理論的にはAK240とMR-2000Sが再生するのは、同一のファイルである。

同一のファイルを再生する、とはいえ、KORG MR-2000Sの方は音源制作のマスター・レコーダーなのだから、AK240の方が不利なのは明らかだが、まずはヘッドフォンで両者を聞き比べた。結果は驚くべきものだった。MR-2000Sの方がハイの伸びがあり、空間もきれいに表現するが、AK240の重心が低いサウンドも違う魅力を持っている。音色には少しだけ暗い艶のようなものが感じられて、それがこのライヴ音源の雰囲気に良く似合っていた。ピアノの左手の表現もAK240の方がごりっとした迫力がある。僕がミックスしたサウンドが聞こえてくるのは、当然ながら、MR-2000Sの方なのだが、このまま聴いていたいのはどちらか、というと、AK240かもしれない、と思った。
DAC+ヘッドフォン・アンプでの勝負ならば、AK240はMR-2000Sを上回るポテンシャルを持っているのが分かったので、次はヘッドフォンではなく、スタジオのモニター・システムでも聞いてみた。が、この場合はAK240の側に、少し無理があったようだ。MR-2000Sは+4dbのバランス出力を備えているが、AK240のミニピンのアウトは、ライン出力モードにしても、パワフルとは言い難い。音量を揃えて聞いてみても、+4dbを標準としているスタジオの環境では、後段の機器とのレベル・マッチングのせいか、サウンドの腰が弱くなってしまう。

本体の設定を変えれば、AK240はバランス出力を出すこともできるようなのだが、その場合には特殊なケーブルが必要になる。そして、そのケーブルはまだ、市販に至っていない、据え置きのオーディオ・システムの中で、AK240がどこまでのパフォーマンスができるのかは、そのバランス・ケーブルの登場を待ってから、判断した方が良さそうだ。
さて、最後に前回、書き忘れていたことを一つ。それはファームウェアのバグである。Wi-Fiモードで、ネットワーク上にあるPC内のファイルを再生しようとした時に、AIFFとALAC(Apple Losless)ファイルが再生できなかったのだ。これは結構、大きなバグに思えたのだが、ネット上には報告している人がいなかった。AK240ユーザーはWi-Fiモードをあまり使用していないのか、あるいは、ファイルの選択において、AIFF、ALACを選択することが少ないのか。そこはよくわからないが、とりあえず、代理店経由でAstell&Kernに報告したところ、最新のファームウェアのヴァージョン1.11では問題は解消された。ヴァージョン1.11ではさらに、DXD(WAV : 384kHz/32bit, 24bit)ファイルがサポートされたり(24bit/192kHzにダウンコンバートして再生)、DSDファイル再生時のギャップレス再生がサポートされたり、USB-DACモード時に画面にサンプリングレートを表示する機能が付いたりしている。
オーディオ機器のほとんどはスペックが出荷時に決まっているが、AK240などの場合はこのように、ファームウェア・アップデートで機能も進化していく。バグの修正はもとより、欲しい機能をリクエストしていけば、実現する可能性も高いだろう。ポータブル・プレイヤーとしてのずば抜けた音質に加えて、所有したユーザーには、そうした進化を体験していく楽しみもあると思う。
(text by 高橋健太郎)
高橋健太郎のOTO-TOY-LAB アーカイヴス
■ 第1回 iFI-Audio「nano iDSD」
■ 第2回 AMI「MUSIK DS5」
■ 第3回 Astell&Kern「AK240」(前編)
■ 第4回 Astell&Kern「AK240」(後編)
■ 第5回 KORG「AudioGate3」+「DS-DAC-100」
■ 第6回 M2TECH「YOUNG DSD」
■ 第7回 YAMAHA「A-S801」
■ 第8回 OPPO Digital「HA-1」
■ 第9回 Lynx Studio Technology「HILO」
■ 番外編 Lynx「HILO」で聴く、ECMレコードの世界
AK240で聴いてみよう
Cornelius / Sensuous (24bit/96kHz)
コーネリアスが2006年に発表した5作目のオリジナル・アルバムが、リリースから8年の時を経て、24bit/96kHzのハイレゾで甦った。リマスターもエディットもされることなく、録音された当時の音のまま解禁されたこのハイレゾ版。すべての音が絶妙に配置され、繊細な響きを奏でる。音の響きそのものが持つ豊かさを堪能できる、絶対にハイレゾで聴くべき1枚。
寺尾紗穂 / クアトロコンサート 2014早春 (5.6MHz dsd+mp3)
シンガー・ソングライターの寺尾紗穂が、2014年3月に渋谷CLUB QUATTROで行ったライヴをDSDレコーディング。大貫妙子の「Rain」や加川良の「こんばんはお月さん」といった名曲のカヴァーを含み、優しくも力強い響きを持った寺尾紗穂の歌声が堪能できる1作。心が洗われるような美しいピアノ弾き語り演奏を、DSDならではの圧倒的な臨場感で体感していただきたい。
仕様
ボディカラー : ガンメタル
内蔵容量 : 256GB(NANDフラッシュ) ※システム領域含む
拡張スロット : microSDカードスロット×1(SDHC/XC 最大128GB /exFAT対応)
本体収録可能数 : 約1,560曲(FLAC 24bit/192kHz)、約9,880曲(FLAC 16bit/44.1kHz)
連続再生 : 約9時間(FLAC 24bit/192kHz)、約10時間(FLAC 16bit/44.1kHz)、 約5時間(DSD 2.8MHz)
対応ファイル形式 : WAV、FLAC、MP3、WMA、OGG、APE、AAC、ALAC、AIFF、DFF、DSF
対応サンプリングレート : 8kHz、16kHz、32kHz、44.1kHz、48kHz、88.2kHz、96kHz、176.4kHz、192kHz
DSDネイティヴ : DSD64(1bit/2.8MHz、ステレオ)、DSD128(1bit/5.6MHz、ステレオ)
量子化ビット数 : 8bit、16bit、24bit、32bit(Float/Integer ※24bitダウンコンバート)
ビットレート : FLAC 0~8、APE Fast~High、MP3/WMA 最大320kbps、OGG Up to Q10、AAC 最大320kbps
タグ情報 : ID3 V1 Tag、ID3 V2 2.0、ID3 V2 3.0
データベース管理 : 楽曲(All/MQS/DSD)、アルバム別、アーティスト別、ジャンル別
レジューム機能 : ○
アルバム・アート表示 : ○(JPG/PNG Up to 4096x4096)
歌詞表示 : ○
プレイリスト機能 : ○
D/Aコンヴァーター : シーラス・ロジック製 CS4398×2(L/R独立、True Dual Mono)
入力端子 : USB microB端子(充電、データ転送、USB DAC)
出力端子 : イヤフォン(アンバランス)出力、光デジタル出力(3.5mm)、バランス出力(2.5mm/4極)
USB-DAC機能 : 16bit/44.1kHz~24bit/192kHz、DSD 2.8MHz / 5.6MHz
アウトプット・レヴェル : アンバランス 2.1Vrms+2.1Vrms、バランス 2.3Vrms+2.3Vrms(負荷なし)
出力インピーダンス : アンバランス出力(3.5mm) 2Ω、バランス出力(2.5m)、1Ω
周波数特性 : ±0.023dB(20Hz~20kHz、アンバランス&バランス)、±0.3dB(10Hz~70kHz、アンバランス&バランス)
S/N比 : 116dB(アンバランス)、117dB(バランス) (1kHz/0dB、24bit/48kHz、負荷なし)
ステレオクロストーク : 130dB(アンバランス)、135dB(バランス) (1kHz/0dB、24bit/48kHz、負荷なし)
THD+N : 0.0007%(アンバランス)、0.0005%(バランス)、(1kHz/0dB、24bit/48kHz、負荷なし)
IMD : 0.0004% 800Hz 10kHz(4:1) アンバランス、 0.0003% 800Hz 10kHz(4:1) バランス
クロックジッター : 50ps(typ)