私はヒップホップが遠く感じるときに、自分のルーツをディグる
──同曲には〈諦めてたステージに立つ夢〉とありましたが、それは出産のころですか?
そうですね。私、高校卒業後にメジャーと契約をしていて2009年に1回デビューして何曲か出してたんですけど、妊娠してダメになったんですよ。
──出産と育児はAwichさんすらも夢を諦めるほどの大変な経験だったのでしょうか。
私はそんな意識はなかったし、いまでも思ってない。ダメっていうのは周りから。当時はいまよりも、もっとそういう考え方が当たり前のときで、「いまから売り出そうとしてるのに、もう終わりだよ」とかいわれましたけど、自分は「なんでダメなの? そういってる奴はダサい」と思っていました。でも、自分ひとりではどうにもならないから「やっぱりダメなんだ」と思ってしまっていましたね。私も忘れているだけで、実際眠れない大変な時期とかあったかもしれない。出産の直前まで学校に行ってたし、そのころは期末テストも迫ってて「出産してる場合じゃねえな~」って思っていたくらいで(笑)。ただ、母親になって捨てないといけない事なんて自分には無かったと、いまでも思う。人に「(育児は)簡単だよ」とかいいたくないけど、私の経験はそうだった。それでも周りからは色々いわれて、ダメだと思い込んでいたときの気持ちをリリックにしてますね。
──そうした一面を見せてから、反対に凄みを見せるのは“やっちまいな”ですよね。ANARCHYさんとは“Who R U?”でも相性の良さが出ていますよね。
ANARCHYさんは男の後輩たちがお願いできないようなところを一緒にやってくれる。私もかなり無理なお願いをしてると思うけど、それを「ええよ!」って聞いてくれる。それは女の特権かもしれない。男女は平等と矛盾してるようだけど、私は男の上下関係を完全にスキップして頼める(笑)。
──そして驚いたのはKEIJUと¥ellow Bucksを迎えたオーセンティックなラップの“Link Up”です。いままでに無いタイプですよね。
私は何でも好きなんで、あの曲がいままでの私のスタイルと違うということもわからないんです。いわれて気づく。みんなが繋がるようなクラシックな曲をやるってなら、トラップとかではないビートのほうがハマるなって思って。
──ラッパーの基礎力が試されるビートですよね。
そうそうそう。ノリやフロウじゃなくて、言葉のチョイスが試される。私は昔からそういうラップを聴いてきたし、だからやりたい。私にとってはそれだけなんですよね。
──Awichさんの曲や言葉からはラップのシーンを拡大させ、更にヒップホップを浸透させようとする気概を感じるんです。海外で生まれたカルチャーであるヒップホップが日本で根付いた未来とは、どのようなものでしょうか?
ラッパーという職業が正しく理解されることだと思うんです。全ジャンルのトップチャートにラップが入るとか、ラッパーがいろんなクロスオーバーをしていろんなところに出てくる。そして「ラッパーってこうだよね」っていうのがみんなに理解される。それがさらに広まるってことだと思うんです。ラップ自体、いろんなものに適応できると思ってる。例えば、自分のルーツのことを歌う民謡ですらヒップホップだなと思うこともある。そうやって自分の人生にそれぞれヒップホップを当てはめられるなら、シーンが根付いているといえる。私はジャンルの意識がないから、なんの隔てもなくリンクアップしていける存在で、それが嫌なアーティストもいると思うんですけど、私はやりたい。私自身も楽しいし、そういう役でいきたいと思っているし。ヒップホップがもっと広まっていろんなポジションを選ぶ人が増えたら良いなと思ってます。
──最後に、アトランタをみてきたAwichさんから見て、ヒップホップが日本で独自の発展をするにはどうしたらいいのかなと。時々、遠く感じてしまうときもあるんです。
例えばJay Zとか2Pacとかが歌っている地元レペゼンみたいな曲をカッケーって思うかもしれないけど、彼らにとっては葛藤の上で出てきた言葉だらけなんですよ。絶対にゲトーなんて嫌なことだらけなんで。それすら他人からすれば美化できるけど、誰でもそうしたルーツがあるはずなんです。平凡なことも嫌だと思う人もいるし、自分の根源と向き合うのって楽しくないはず。なのに、それをやった人たちを私はヒップホップだと思ってて。私はヒップホップが遠く感じるときに、自分のルーツをディグる。私はアメリカに憧れてる。なぜならフェンスの隣で育ったから。それが私のルーツで何が悪いのっていえるくらい、とことん自分と向き合います。それがヒップホップが教えてくれたことだし、どの国でもどのエリアでもアプライできることだと思う。
編集 : 高木理太
編集補助 : 梶野有希、津田結衣
『Queendom』の購入はこちらから
DISCOGRAPHY
PROFILE
Awich
1986年、沖縄県那覇市生まれ。
ヒップホップクルー、YENTOWN所属。2006年にEP『Inner Research』でデビュー。同時期に米国アトランタに渡る。ストリートライフに身を置きながらファーストフルアルバム『Asia Wish Child』を制作し、2007年にリリース。翌年、アメリカ人の男性と結婚し、長女を出産。3年後、インディアナポリス大学で学士号を取得。家族で日本に戻り暮らすことを決めていた矢先、夫と死別する。その後、娘と共に沖縄に帰郷し、本格的な音楽活動を再開。2017年、Chaki Zuluのプロデュースによるフルアルバム『8』をリリース。その反響は海を越え、Red Bullと88risingの共同製作による長編ドキュメンタリー『Asia Rising: The Next Generation of Hip Hop』において、Joji、Rich Brianらと並び、大きく取り上げられた。2020年7月にユニバーサルミュージックよりメジャーデビューを果たし、更なる飛躍が期待されている。
【HP】
https://awich.jp/
【Twitter】
https://twitter.com/Awich098