2021/03/04 18:00

黒木渚 「ダ・カーポ」

前作『檸檬の棘』より1年2ヶ月ぶりのリリースとなった待望の新曲。“曲のはじめから“という意味の演奏記号「D.C.(ダ・カーポ)」をタイトルにした本作は、“捉われ”と“繰り返し”がテーマの、黒木渚流プログレ・クラシック・メタル。変拍子を交えた目まぐるしい展開に樫倉隆史がこれでもかとタコ殴りにする怒涛のドラム・ビート、クラシカルに駆け巡るピアノのオブリガード、そしてこれらと絡み合うドラマティックな弦のアレンジ。さらには、終盤「ダ・カーポ」の掛け声と共にイントロ・フレーズに回帰するギミックの発動。一瞬たりとも攻撃の手を緩めない圧倒的パワーと音の情報量にぶっ飛ばされた。止まることを許さない、停滞した脳味噌を揺さぶる豪快な爆撃。世界がどんなに静かになろうと、黒木渚だけは騒音を鳴らしてくれるという信頼感にとても救われた。 出口のない堂々巡りの毎日へ、彼女が落とす爽快な猛毒アッパー・チューンの一滴。

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鈴木実貴子ズ 「正々堂々、死亡」

ボトムの締まったドラミングとエッジが効いた鈴木実貴子の歌唱。ダイナミックなサウンドにざわめいた胸は、己を鼓舞するための強い言葉を期待する。が、本作で紡がれたのは、暴れ狂う焦燥の首筋を静かに締め上げるような言葉たち。情けない自身の生ぬるさに刃を突き立てながら、どこか肩の荷が降りたような柔らかささえ感じるこの曲には、既発曲の“音楽やめたい”に代表される、「自らの哲学に立ちはだかる無情な現実を張り倒すための負けん気」とは明らかに異なるエネルギーが渦巻いている。 これまでのような、開示された彼女らの力に引き寄せられるスリルとは全く別物の、大旗に先導されるような安堵感。激しくなるほど丁寧に、昂るほどに慈しみを。鋭さを増す音楽性の奥行きに人間の綻びを認めた、バンドとしての力強い歩みを感じる1曲だ。

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おとぎ話 『BESIDE』

結成20周年の節目にリリースされた、バンド通算11枚目となるフル・アルバム。「シンプルな言葉を素直に歌う」という最大の難関を可能にしてしまう有馬和樹(Vo)の屈託のないヴォーカルと、誰にでもフレンドリーなアンサンブルの見事な調和。全15曲の根幹を成したバンドとしての熟成が、作品をより香り高く完成させる決め手となった。 M1“君にあげるよ”の超絶キャッチーな破壊力と、M3“DAYS”の泥んこ青春感、M10“少年少女”の純情ドリーム・ポップや、M15“追憶に別れを”で描かれた漢のロマンスなど、あげたらキリがないほど次々飛び出す多彩な楽曲のキャラクターたち。1曲ごとに遊び相手が変わっていくような感覚がたまらなく心地よく、忘れた頃にやってくるファジーなリフがアクセントになって離れられない。 キュートにポップでお茶目なサイケのヴィンテージ。このアルバムには、内村イタル率いる ゆうらん船 や田中ヤコブらの活躍を中心にいま、旬を迎えつつある国内インディー・ロック・シーンにおけるひとつの完成形を見せつけられた気がする。

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(夜と)SAMPO 『ノストラダムス』

ハンブレッダーズのオリジナル・メンバー、吉野エクスプロージョン(Gt)と、加速するラブズの なかのいくみ(Vo)らで結成された、大阪発の5人組バンド(夜と)SAMPOの1stミニ・アルバム。 ほぼ全曲の作詞作曲を担当する吉野が書き上げる楽曲は、どれもポップで甘いグッド・メロディーの応酬。その名の通り、爆発的なギター・プレイでステージを沸かせてきた彼からは想像もできなかった、ユーモラスで繊細な作曲家としての一面に気持ちよく驚かされる。 令和元年始動らしく、新しい音楽の風を吹かせながらも艶っぽいアレンジで1990年代のJ-POPを彷彿とさせるM1“BACK MY WORD”や、M5“海岸通り”。タイトル・トラックのM6“ノストラダムス”に滲み出た、複雑でリアルな胸中を正直に曝け出す、真面目でぶきっちょな歌詞世界。しかし、そんなのお構い無し。弱気なセンチメンタルを解き放つかのように自由奔放、高らかに歌い上げるヴォーカルと、筋肉質にドライヴするゴリゴリのバンド・サウンド。小細工一切なし、高純度にピュアな音像で描ききった健康的なロックの躍進を受け取った。

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尾辻優衣子 『Liberté』

京都を拠点に二胡奏者として活動する、尾辻優衣子の3rdミニ・アルバム。中国の伝統楽器である二胡は、ヴァイオリンのような響きと、人の声のように畝る音のカーブが特徴的。2本の弦故に発音できる音域こそ小さいけれど、神業的な弓捌きから繰り出される絶妙なニュアンスと、楽曲ごとに変化する音の表情は無限大だ。 悠久の大河を見渡すような二胡の音色は、壮大な中国古典音楽の歴史を確かに感じさせるが、作品はいたってソリッド。いま注目のミクスチャー・ロック・バンドThe L.B.のギタリストの今村晃大ら、同じ京都で活動する様々なジャンルのミュージシャンによって固められたバンド・サウンドが、彼女の二胡をより激しくエモーショナルに疾走させる。 オーケストラのソリストのような緊張感と歌心に溢れたプレイは、かつて、クラシックの要素を取り入れ、ネオ・クラシカルというジャンルを築いた伝説のロック・ギタリストたちのよう。雅やかな二胡の魅力と、伝統の技をもって革新的な音楽を探求する氏の情熱が詰まった意欲作だ。聴けば必ず、音楽の新しい扉が開くはず。ぜひこれを機に、二胡の魅力に思う存分浸ってもらいたい。

この記事の筆者
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