2021/06/29 18:00

Taylor Eigsti 『Free Falls』

2010年代ジャズ屈指の名盤『Daylight Midnight』をリリースしてから11年。ピアニストのテイラー・アイグスティの待望の新作。前作同様ベッカ・スティーブンスやグレッチェン・パーラトが参加していて、歌ものの曲も多数。今回もハイブリッドな音楽ではあるのだが、ジャズ・リスナーのツボを確実に押さえているのがたまらない。そのピアノの演奏そのものの魅力を、即興で生み出されるフレーズの面白さを、ここにも収録しているし、その演奏が相変わらず他のピアニストには似ていなくて、グッとくる。ケンドリック・スコット、ウォルター・スミスⅢ、デイナ・スティーヴンスらがこぞって起用してきたそのピアノの実力をいかんなく発揮している。ストリングスと並走するタイトル曲「Tree Falls」もいいし、そこからまったく異なる音色と情感で奏でるピアノソロの「Rainbows」もいい。ストーリーの描き方がこんなにうまい人は他にいるのだろうかと、微妙な情感の動きをここまで奏でられる人がいるだろうかと。「Rainbows」は名演だと思います。

Vijay Iyer 『Uneasy』

ヴィジェイ・アイヤーが新たなトリオで録音した異色作。ドラムのタイショーン・ソーリーは旧知の間柄だが、ベースがリンダ・オーというのはあまりに意外で驚いた。ファビアン・アルマザンやパット・メセニーとも演奏しているリンダはヴィジェイとは少し距離があるように思えたのもある。ただ、そのリンダの参加が理由なのかは不明だが、ヴィジェイのトレードマークでもあったスティーブ・コールマン=Mベース理論由来の変拍子とポリリズムのコンビネーションが中心にあるようには聴こえないのが本作の特徴だ。そういった規則や法則といった仕組みやシステムが中心にあるのではなく、楽曲があり、テーマもあり、その上で、3者の即興演奏によりグルーヴしながら流動的に進んでいく形の“いわゆるモダンジャズ”に聴こえる音楽であることもこのアルバムがヴィジェイのなかでの異色作である理由だ。構造がストイックに保たれたり、アイコンタクトしながらバッシバシに合わせながら音楽が正確に進んでいったりするのではなく、もう少しゆったりとした許容を含んだ調和のようなものが感じられて、それが風通しの良さを生んでいるのも面白い。ここ数年のヴィジェイを見ていると、彼が長年取り組んできた音楽はいったんほぼ完成されてしまったように僕は感じていた。特にトリオではその印象が強かった。そういった意味ではヴィジェイはこのトリオで今までのやり方を崩しながら、別の角度や可能性を模索しているのかもしれないとも思う。

OTOTOYでの配信購入、ハイレゾ版はコチラへ

OTOTOYでの配信購入、ロスレス(CD音質同等)版はコチラへ

Noah Haidu 『Slowly Song for Keith Jarrett』

ジャズという音楽は基本的につねに誰かのトリビュートやオマージュをしているような音楽だったりする。そもそもスタンダードを演奏するという行為自体が、これまでに行われてきた解釈の延長にありつつも、そこに差異を加えていくようなものだったりもするわけで。ノア・ハイドゥがキース・ジャレットに捧げたという本作を聴いていて、彼はキース風の演奏をしているわけではないが、時折、その演奏のなかで立ち上る旋律や奏法、音色などに強烈にキースが聴きとれる瞬間があって、自分がキースの音楽のどんな部分をキースらしさだと感じていたのか、更に言えば自分の中で記号化させて記憶していたか、みたいなことがわかって面白い。タイトル曲「Slowly」はノアのソロ・ピアノだが、キースのソロ・ピアノ作品というよりは、スタンダーズの作品でのイントロのピアノ・ソロ部分を思い起こさせたりしたし、キースの名曲「Rainbow」を聴けばその曲の中にキースにピアノ演奏の核みたいなものが埋まっているようにも聴こえる。こういう作品を聴くとしばらくキース・ジャレットを聴き直すのが楽しくてしょうがなくなってしまう。

TOP