2024/09/04 12:00

優河が奏でる、さまざまな“愛”のかたち──わからなさに魅了されて

優河

シンガー・ソングライター、優河が信頼のおける仲間とともに作り上げた、4枚目となるアルバム『Love Deluxe』。これは“愛”に関する作品だ。特別な人への愛、自分自身への愛、母性による愛、些細な日々への愛、実にさまざまな愛がここでは描かれている。愛とはなにかと尋ねると、「やっぱりわからないもの」と優河は話す。けれど、「自分と他者のあいだに常にあって、ごまかしが効かない重要なもの」だとも言う。そう、愛はいつも個人のなか、そして“私”と“あなた”のあいだに存在している。そのたしかな感触を手がかりに、優河はわからないままの愛を飾らずに歌う。
今作ではバンド・メンバーと試行錯誤を重ね、ひとひねりあるダンサブルなナンバーにも挑戦している。優河の“根暗も踊れるダンス・アルバム”、ご堪能あれ。(編集部)

ダンサブルな要素も取り入れた、“愛”のアルバム


INTERVIEW : 優河


人が生きていく上で、それに救われることがある。けれど、独りよがりになればすぐに執着へと変貌してしまう。誰もが求めていて、でもその本質は、誰にもよくわからないもの。愛とは、なんと厄介なものなのだろう。

優河にはギター弾き語りのイメージを抱いている人も多いだろうが、現在共に活動する「魔法バンド」のメンバーでもある岡田拓郎のプロデュースによる約2年半ぶりのアルバム『Love Deluxe』では、これがかなり意外な進化を遂げている。聴こえてくるのは、オーガニックでソフトな質感と先鋭的なプロダクションが同居するいわゆる「オルタナティヴR&B」的なサウンドとアレンジ。そして何より驚いたのが、表題曲などに聴けるジャジー・ヒップホップ風のビートからアフロ・ビートまで、ダンサブルに振り切ったナンバーまで飛び出してくること。もちろん、その類稀な深みと広がりを持った歌声はそのままに、いや、一層表現の幅を広げながら。

「R&Bとは愛についての音楽だ」などとも言われるそうだが、横ノリのビートに身体を揺らす今作の優河の歌や言葉には、「愛」という厄介で曖昧な概念に対して、より近づき、率直に信じようとする、しなやかな強さが宿っているように思う。今作『Love Deluxe』は優河の愛の哲学そのもの、と言ってもいいかもしれない。ちなみに、同名のアルバムでお馴染みのシャーデーはこの言葉について「『Love Deluxe』とは、手の届かない究極のラグジュアリー」と語ったとも。それでは、優河にとっての愛とは。そして、今作の音楽性の変化の意図とは。本人の言葉で語ってもらった。

取材・文 : 井草七海
写真 : 廣田達也

自分と誰かの間に常にあって、代用できないもの


──早速ですが今回のアルバムのタイトルについて。タイトルが発表された際は少し驚きました。

優河:今作のプロデュース兼ミックスをしてくれた岡田くん(岡田拓郎、優河 with 魔法バンドのメンバーとしてギター等も担当)がこのタイトル曲“Love Deluxe”のトラックを作ってきたんですが、その時の仮タイトルが「ディスコ・デラックス」だったんです(笑)。だから「デラックス」という言葉はつけたいなと思っていたんですよね。その後曲タイトルを本決めするのに、「Love Deluxe」っていいなと。作品を見渡してみて、今作はさまざまなものや人に対する愛情や、愛情の形が楽曲になっているなとも改めて感じて。その上でいちばん今の自分に大事な言葉が詰まっている楽曲だし、そのさまざまな愛情の曲たちをまとめられる大きな言葉というところで、やっぱり『Love Deluxe』しかないなって、アルバム・タイトルにも採用しました。

──今作はおっしゃる通り「愛」について描かれている楽曲が多く並んでいますが、例えば“Mother”での母から子への愛など、必ずしも恋愛の「愛」だけではない、というのもひとつのポイントですよね。様々な形の愛がある中でまず前提として、それが自分自身に向けられていると。

優河:“Love Deluxe”という曲は、最初は「誰かのための愛」をイメージして書き始めていたものの、次第に「ここで歌っているのは誰かのための愛ではないな」と感じるようになったんです。そこで「自分のための愛情」の曲にしようとシフトしていきました。というのも、自分で自分を愛せていないと、他人を愛するのにもエネルギーが不足してくるなと最近思うようになって。誰かを愛するのにも、パワーがなくなってガソリン切れして、なんかうまくいかなくて自分が萎んでいく、っていうか……。

──というのは?

優河:そもそも今まで、自分自身の愛し方がわからなかったんですよね、私。それで思い返してみると、自分に対してネガティヴなことを言ってしまうことがクセで当たり前になっていたな、と。鏡を見て自分にかける言葉が否定的だったり、他人と会話している時もつい自虐してしまったり。やっぱりそれで無意識に自分自身を傷つけていたし、「悲しい」と思う自分がいることに気づいたんです。でも最近、自分の中にも「ここなら愛せるな」と思える部分も本当はある気がしてきて。少なくとも頑張って生きてきたということは認めてあげられるというか。それも含めて、全部許していきたいというような、鼓舞する気持ちを“Love Deluxe”という曲には込めました。


──その「自分を愛すること」にいま目を向けるようになったのはどうしてですか?

優河:私の周りって、本当に素敵な人ばっかりだなと思うんですよ。その人たちの中で、私も一緒にいることを楽しめている、ということが事実としてまずあって。だから、「この人たちと一緒にいられているなら、自分も割といい線いってるんじゃない? 」って(笑)。なのにここで私が自分を否定してしまうと、一緒にいてくれる人たちにも失礼だなと。あと、「自分を優先する」ということを、できているようで実はできていなかったな、とも思うようになって。本当は、他人がいる前にまず自分がいるんだけど、その順番が逆になってしまっていたというか。「ごはん何食べたい? 」って聞かれて「なんでもいいよ~」とつい言ってしまう、っていう経験とかもそうですよね(笑)。でもやっぱり、自分の本心を聞いてそれを実行してあげるって、自信につながっていくな、って改めて思って。これまでの作品ではあまりなかった、「~したい」というような願望を表現する言葉を今作では歌詞に多く使っているんですが、それも、自分の中での変化なんだなと。

──優河さんは、前作以前からもそうですが、他者との関係や愛について頻繁にテーマに取り上げていますよね。ただ、先ほどの「自分を愛することが周りの人を愛することにつながる」という話を受けてもう一度アルバムを見渡してみると、今作では大切に思う誰かとの関係性について、これまで以上にストレートに正面からそのテーマに向かって、照れなく、衒いなく言葉を選んでいるように感じられました。

優河:そうですね、ある意味構えずに、というか。以前よりも、他人との距離が近づいたという感じはありますね。しかも、不特定の誰かというよりも「この人」というような具体的な人をイメージして書くようになったかなと。

──そうなると、改めて、優河さんの中で「愛」ってどういうものとして捉えているんでしょうか?

優河:うーん、難しいですね(笑)。自分と誰かの間に常にあって、自分の中にも常にあるものでもあって、だから置き換えられないもので……。他の何かで代用ができないものだなとは感じます。ごまかしが効かないからこそいちばん重要なもので、だからみんなが求めているものだけど……でもやっぱりわからないものでもあって。


──「楽曲の中で歌っている相手が具体的になって、距離も近くなった」ということですが、優河さんにとっては愛はそこに初めからあるものではなく、関係を積み重ねていく中でやっと生まれてくるものだということを実感があるからこそ、「替えが効かない」という感覚につながっていくんですかね。

優河:確かに。3曲目の“Petillant”はまさにそうですね。本当に悲しいことがあった日があって、その時に友達と飲みに行ったんです。飲み足りなくて帰りにペティアン(ワイン)を買って、その友達の家で飲んで。そうしたら変なスイッチが入って、もう身体がちぎれるくらい笑い転げてしまって。そのうちに、自分が何に悩んでたかわからなくなっちゃって……っていう経験から生まれた曲なんですけど。悲しい時に、その友達がただ一緒にいてくれることが何よりその子の愛情の形だったと思うし、すごくそのことに救われて。日々に散りばめられているごく小さな愛情に救われた感覚があったんです。だから、それを音楽で、衒わずに表現できたらいいなと。歌詞も今までだったらもっと詩的な言葉にしたい、と思ってしまうようなところを、今回は友達に話すような自然な言葉が出てきて。それが自分でも面白かったですね。

この記事の筆者
井草 七海

東京都出身。2016年ごろからオトトイの学校「岡村詩野ライター講座」に参加、現在は各所にてディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を行なっています。音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当中。

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この記事の編集者
石川 幸穂

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[インタヴュー] 優河

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