愛川町は都心よりも宇宙に近いんじゃないか
──完成した音源の音って、録ったまんまに近いですか? それともミックス、マスタリングでけっこう手を加えている?
まずミックスは僕の家でやったんですけど、極力いまのテクノロジーを使いたくなかったんで、ここ数年で手に入れたBOSSのハーフラック・シリーズのRCL-10っていうエフェクターでやりました。といっても、XR-7でドラムにかけたコンプにしかほとんど使ってなくて。それプラス、デジタルになっちゃうけど、同じシリーズの90年代に作られたマルチ・エフェクターで、ドラムとヴォーカルにディレイ&リヴァーブをかけて馴染ませる感じですかね。今回はマスタリングの段階までデータ化は絶対したくなかったんで、各曲をミックスしたときのツマミの値とかをメモして、MTRごと中村さんのスタジオに持っていって、1曲ずつ調整しながら取り込んでもらいました。中村さんには「どうせデータになっちゃうから、別にDEATHROくんの家で取り込んでもよかったんじゃない?」って言われましたけど。
──DEATHROさんの家でデータ化するか、PEACE MUSICでデータ化するかの違いしかない。
やっぱり中村さんと話すといろいろ勉強になることが多くて。今回使ったMTRにはレベルメーターが付いてたんで、ピークが赤に触れないように録ったんですけど、中村さんが言うには「カセットは、逆にピーク切りまくったやつの音量を下げるほうが、いい感じの潰れかたをする」みたいな。時すでに遅しでしたね。
──それは次回に生かすとして……。
次回、またこの手法でやるかわからないですけど、そういう知識はムダにはならないんで。マスタリングは、最初はわりとカセットの録音に素直な感じにしてもらったんですけど、カセットはどうしても音が中域に寄っちゃうんで、CDみたいなレンジの広さは出ないんですよ。だから、せっかく中村さんにマスタリングしてもらうんだし「1回、ガラッと変えてもらってもいいですか?」とお願いして、カセットの録音に足りない上と下を出してもらったのが、今回のマスターになっていて。もしかしたらカセットで録ったよさはむしろレンジの狭さにあるのかもしれないけど、自分が録ったへなちょこな音にここまでパンチが出たのは、中村さんのおかげですね。
──ロウだけどクリア、かつソリッドで、楽器もヴォーカルも立ってますね。
全部バラバラで録ったのに、なぜかライヴ感はめっちゃある。アンサンブルのよさというか、個々の音のクオリティは高くないのかもしれないけど、それらが合わさったときのケミストリーみたいなものはあると思います。トラックも4つしかないし音数も少ないから、より削ぎ落とされた個々のキャラクターが出てるんじゃないかな。あと、これは自分が演奏してないから言えるんですが、みなさんのプレイが本当にいいんでね。DEATHROは俺だけど、DEATHROサウンドを決定付けてるのはこのメンバーなのかなって。
──さっきちょっと触れていましたけど、小野寺さんが離脱するあいだ、ヘルプで別のギタリストを入れないのが信頼の表れというか。
いや、単純にまた4人でやってみたかったんです。去年までキーボード入りの6人編成でけっこう賑やかだったんですけど、もうちょいソリッドな方向で。それもいまのモードなんでしょうね。録音の話と一緒で、限られた選択肢のなかでどうアイデアを転がしていくか。そもそもバンドってそういうもんじゃないですか。そういう意味ではバンドっぽさも増したかもしれない。
──ところで、以前Kohei(鏡 KAGAMI/UMBRO/LACUNA SONORA/KR-RIFLE)くんから、鏡の『DEMO』は4トラックのカセットMTRで録ったと聞いていて。それも今回の録音に関係あるのかなと、ちょっと思ったんですけど。
あ、大事な話を忘れてました。去年の5月、KoheiとNanae(UNARM/MALIMPLIKI/SOCIO LA DIFEKTA)ちゃんとFernando(DISKRIMINADOS)と僕でやってるLACUNA SONORAのデビュー・ギグで、デモテープを配布したじゃないですか。あれも同じXR-7で録ってるんですよ。それがかなりよかったんで、DEATHROのアルバムでも使ったという流れもありました。でも思い返せば、自分が高校生のときに初めてやったバンド、ANGEL O.D.のデモテープとかもYAMAHAの4トラックで録ってたんですよね。だから高校生ぐらいまで退化してるのかもしれない。

──では、本題に入りましょうか。
あれ? ここまではイントロダクションだったんですか?
──アルバムの中身についてはほぼ触れていないですよね。
中身にも自信あります。本当に自分で聴きたくなるアルバムなんで。もっとも、今回に限らずいつも自分が聴きたい音楽を作ってはいるんですけど。
──まずタイトルが『ガラパゴス -GALAPAGOS』なんですけど、この言葉を選ぶセンスが最高です。
ガラパゴス携帯とか。あんまりいい意味で使われてないですよね?
──ビジネス用語ですよね。プロダクトとか技術が外界から隔絶された環境で発展した結果、国際規格から外れたり世界市場から取り残されたりするみたいな。要はガラパゴス諸島の生物に由来していて、外来種の侵入がなかったから固有種が独自に進化したっていう。
それ、めっちゃよくないですか? まさにDEATHROのビートロックですね。
──だから「最高」って。
去年のある時期、ガラケーで写真を撮るのにハマってたんでその流れもあるんですけど、俺がいつもやってることを表すのにこんなにいい言葉ないなって、いま思いました。なんとなく独自に進化して世界から取り残されてるイメージだったけど、ちゃんと説明を聞いてなるほどなと。
──DEATHROさんが聴いてきた90年代のヴィジュアル系とかも、ある種のガラパゴスですよね。
うん、そうですね。いまやサブスクにもないような90年代初頭ぐらいのJ-ROCKのバンドとかって、たぶん普通にLAメタルとかポストパンクとか欧米のメインストリームの音楽を聴いてきたはずなのに、独自の進化を遂げちゃってる。明らかにモトリー・クルーを通っていて、日本語でモトリー・クルーをやってる感じなんだけど「でも、なんか違うんだよな」みたいな。
──誤解というか曲解というか。
そう、曲解ですね。捻じ曲げて解釈しちゃってる。それって、時代もあるかもしれないですね。いまと違って、雑誌とかで切り取られた情報が頼りだったから。でも、それはそれで大事……いや、大事かどうかはわからないけど、僕は味わい深いなと思います。逆に、ちゃんとしてる音楽は味わいに欠けるというか。例えば、僕が敬愛するレジェンダリーなJ-ROCKの某バンドに対して、兄の幽閉(HARD CORE DUDE)は「ちゃんとしすぎて面白くない」って言うんです。もはや業ですよね。ちゃんとしてるものが面白くないって。オノちゃんもそのバンドを「ツッコミどころがなくてつまんない」と評してたんで、DEATHROの音楽も「なんだこれ?」みたいなツッコミどころ多数でありたいです。

──DEATHROさんは、地元である神奈川県央をテーマにした曲はデビュー・シングル「BE MYSELF」のB面“BOYS & GIRLS”から脈々と歌ってきていますが、どんどんローカル度が増しているというか。
どん詰まりになってきてますかね。
──いや、そうは言ってないです。タイトル・トラック“ガラパゴス”でいえば〈愛川町中津〉はDEATHROさんの住所ですし、“圏央厚木IC”は最寄りのインターチェンジですよね。
県央とか抽象的な郊外から、より具体的にっていうのはけっこう意識したかもしれないです。でも「愛川町」だったら、LIL CROWNっていう愛川町出身のラッパーのリリックにも出てくるんですよ。あと神奈川じゃなくて千葉だけど、地元のことを歌うハードコア・バンドだったらヌンチャクという先人がいますよね。“都部ふぶく”とか。
──ああー、〈あみこみ小道 我孫子市の基地〉。「KCHC(KASHIWA CITY HARD CORE)」ですもんね。そういえばDEATHROさんは去年、デルタ・ブルースをよく聴いていましたけど、ブルースもローカルなモチーフが多いかも。
そうそう。チャーリー・パットンが〈I don't move to Alabama〉と歌ったり、ブルースは地名とかその土地の道路の名前とかめっちゃ言うんで。ソングライティング的にも、特に“圏央厚木IC”にはブルースからのフィードバックがあるかもしれないですね。要はフックとフローだけで曲を作りたかった。Aメロ、Bメロ、サビじゃなくて、しつこくフックとフローを繰り返すみたいな。
──もともとDEATHROさんはヴァース-コーラス形式の曲も作っていましたが、それが極まった感があります。
どんどん曲がシンプルに、かつ短くなっていってますね。
──曲を短くしたい理由は、ライヴの持ち時間内にできるだけたくさんの曲をやりたいからなんですよね。
はい。おかげさまで最近は、25分内で8、9曲はコンスタントにできるようになってます。ただ、短くするといってもワンコーラスで終わりとかにしたくないんですよ。印象的なリフレインが何度も出てきて、しかも短いっていうのが理想で。その点に関しても今回のアルバムではうまくいった気がします。“圏央厚木IC”だったら、あのリフレインは続けようと思えばもっと続けられるけど、「もうちょい続けたいな」という気持ちをグッとこらえて、キリのいいところで終わらせる。
──収録曲の大半が1分40秒ほどで、全10曲20分。もはやパンクのアルバムですね。というか、過去いちパンクな作品だと思います。
やっぱり自分のルーツ……は氷室京介だけど、人生で1番よく聴いてる音楽はパンクだから。あと、ここ2年ぐらいのあいだに、それまで避けて通ってきたスタンダードな70sのパンク、例えばラモーンズとかバズコックスとかジェネレーションXとかもちゃんと聴いてたんで、それも関係あるかもしれないです。なにせ影響を受けやすい人間なんでね。そのとき聴いてたもの、見てたものからのフィードバックは常にあるし、自分としてもそうありたいなって思います。

──『ガラパゴス -GALAPAGOS』はアルバムの流れ、つまり曲順もすごくいいですね。しかも歌詞のテーマごとに曲がまとめられているというか。
そうなんですよ。冒頭の“ガラパゴス”と“圏央厚木IC”は地元/県央で、“HIGHVVAY”から“MOONLIGHT LOVE EMOTION”、“ときめき”、“LOVESTREAM”までラヴソングが続いて、“NO MORE BLOOD”と“NO HYPER”がプロテスト、終盤の“WRONGWAY”と“すべては孤独から産まれた”はステートメント/セルフ・イントロデュースみたいな。うん、グラデーションを意識しました。
──テーマがクロスオーヴァーしている曲もありますよね。例えばラヴソングである“LOVESTREAM”は「愛川」でもあったりして。
そう、愛の川。でもね、これはKoheiが以前「愛川はLOVE STREAMだ」と言ってたのを拝借したんですよ。この曲はラヴソングだけど、一応、地元のことも歌ってるんで。
──〈何も無い町と諦め数えてた99TH NIGHT〉。
この「99TH NIGHT」は、PENICILLINの“99番目の夜”っていう曲のサビに出てくるんですけど、なにもない町でそういうJ-ROCKとかを聴いて、自分の世界が広がっていったみたいな。
──僕はDEATHROさんが聴いてきたJ-ROCKには疎いのですが、“LOVESTREAM”にはそことはとなくV系の香りがします。
“LOVESTREAM”はけっこう前に別のアレンジでメンバーに渡したんですよ。もうちょい16ビートっぽい、セカンド・アルバム『NEUREBELL』の1曲目の“MISTAKExxx”っぽい感じで作ったんですけど、スタジオで合わせてみたらしっくりこなくて。ボツになりかけたとき、あえてベタベタな、いまさらZI:KILLの“HYSTERIC”とかLUNA SEAの“Déjàvu”みたいなアレンジで同じメロディを乗せたらどうなるかと思ってやってみたら、うまくハマったんです。こういう速いビートで、ベースがわりと動いて、ギターが「ズチャッチャ、ズチャッチャ」って裏打ちになる感じは意外とまだやってなかったなと。
──県央、ひいては愛川町中津という極めてローカルな地点から、ラヴソングになると射程がぐんと伸びますよね。“LOVESTREAM”は〈銀河系巻き込むよ〉ですし、“ときめき”は〈愛は成層圏を超えて〉ですし。
宇宙、多いですね。愛川町って空気がきれいなんで、星がよく見えるんですよ。だからここは都心よりも宇宙に近いんじゃないか……っていうロマンチシズムみたいなものが、ちょっとあります。