父の作品と向き合うことで元の自分へ返っていく

見汐:お父様の作品に触れたのは大人になってからだそうですね。
上村:そうなんです。家では「子どもが青年漫画を読むのはタブー」という暗黙のルールがあって、父が描いた資生堂のポスターなんかは部屋に貼ってあったけど、漫画は読んでいなくて。当時は読んでも理解できるとも思えなかったんですよね。
見汐:初めてちゃんと読まれたのはいつ頃ですか。
上村:父が亡くなったのは私が20歳のときで、その後しばらくは追悼本も出ましたが、15年ほど経ってだんだん出版の話が減ってきたころに、母が「このまま忘れ去られちゃうのかしら」と言ったんです。その言葉にハッとして、「何かやらなきゃ」と思い、25歳のときに初めて『同棲時代』を読みました。読んだら涙が止まらなくて。「全然いやらしくなんかない。どうしてこんなに女心が分かるんだろう」と驚いて、そこから一気に読み進めました。
見汐:現在は〈上村一夫オフィス〉として出版や展覧会を手がけられていますが、言ってみれば亡きお父様と仕事をしているようなものですよね。
上村:そうですね。生きていたら一緒に仕事なんて絶対できなかったと思います。亡くなったあと、残された作品を通じて父を知っていく。それが父と私のコミュニケーションだったんだと思います。
見汐:感慨深いですね。汀さんがこうしてお父様の作品を広める活動をされていることに必然性を感じます。
上村:図らずも、ですね。最初は「やらなきゃ」という使命感でしたが、次第に自分探しの旅みたいになっちゃって。父のエッセイを読めば読むほど父の人間性を知れるし、そのことで「だから私ってこうなんだ」と自分を理解する瞬間があるんですよね。自分を知れるのがおもしろいから続けているというのもひとつあります。
見汐:ご自身の価値観や人生観に影響を感じることなどありますか?
上村:会社員時代は本当に“普通の人”として過ごしていたので、自分が何者であるかなんて考えたこともなかったんです。でも父や同時代のクリエイターたちは若くしてとても成熟した作品を作っていたと感じて。みんな大人っぽかったんですよね。それで、大人ってなんだろうと考えた時に、「自分が何者であるかを知ったうえで、やるべき仕事をまっとうしている人」だと思ったんです。当時の私は全然できていなかったけど、父の作品と向き合うなかでどんどん元の自分へ返っていくような感覚があります。
見汐:元の自分へ返っていく……。
上村:人それぞれに人生の中で自分の存在を考える瞬間ってあると思いますが、私の場合は父の作品がその手助けをしてくれました。

見汐:お父様の作品は、海外でも広く評価されていますよね。
上村:『修羅雪姫』(*)がクエンティン・タランティーノの『キル・ビル』(2003年)にオマージュとして引用されたのを逆手にとって、原作者が『修羅雪姫』の漫画本を『キル・ビル』の黄色と黒のカラーリングで海外出版したんです。それがフランスをはじめヨーロッパで広く受け入れられていって。フランスの編集者がセリフのないコマをみて「シネマ!」と言ってくれたことも印象的でした。ヌーヴェルヴァーグを彷彿とさせるみたいで。
*編注
『修羅雪姫』:小池一夫原作、上村一夫作画。『週刊プレイボーイ』1972年2月〜1973年3月にて連載された漫画。明治時代の日本を舞台にした異色の時代劇。
見汐:女性の心中を繊細に描かれていて、上村さんの劇画は言葉では現すことが難しい“人間が人間として在るために必要なこと”が一枚の絵の中で表現されていると私は思っていて。
上村:見汐さんのお母様はスナックをされていましたよね。そういう背景のある方に、父の作品はよく理解していただけるんです。
見汐:子どもの頃は水商売というものが世間でどういった印象を持たれているかなど考えもしませんでしたし、大人になった今も「まっとうな仕事ってじゃぁなんだよ」と思う位、仕事なんてそれをやる人間の在り方で内容も見られ方も如何様にも変わると思っているので。基本的に「酒を飲めばみんな一緒だろう」という考え方なので、相手に臆するみたいなことはあんまりないですよね。失礼な人って酒を飲んでも飲まなくてもそう変わらないよなぁと思いますし。偏見のようなものはないですよね。
上村:それは、酒飲みの人が持つ優しさだと思いますよ。うちの祖母も五反田でバーをやっていました。父は思春期に母が水商売をする姿を見て心が荒んだと思いますが、その経験があの世界観を描く原動力になり、漫画に反映されたんでしょうね。
見汐:だからこそ女性に対してのまなざしが深く優しく、繊細だったのだと思います。 お父様は45歳と早くに亡くなられましたが、病気を知ったときは驚きましたか?
上村:父はいつも朝まで飲んでタバコも吸うし食事も適当で、めちゃくちゃな生活を送っていたから、子供ながらに「長生きはしないだろうな」と思っていました。母ともそんな話をしていたから、45歳で癌になったときも「ついに来たか」という感じで。本人には告知されなかった時代でしたが、最後は体も動かなくなり、自分でも悟っていたと思います。
印象的だったのが、最後の入院中に病院のベットの上で突然「お前、友達は大事にしろよ」と父親らしいことを言ったんです。そんなこと一度も言わなかったのでびっくりして。当時はインターネットもなかったから夜の酒場の出会いから仕事につながることも多かったそうなんですよ。そういう世界で仕事をしていた父だからこそ、人を大事にしてほしいと思ったのかもしれません。
見汐:確かに、酒場で出会って、のべつまくなし話をする中で気付くと友達や仕事仲間になった人が多くはないけど私にもいます。「友達は大事にしろよ」って、とてもシンプルなひとことだけど……歳を経るごとに染み入る言葉ですね……。2013年に汀さんと出会って、今日こうして対談できることが本当に嬉しいです。
上村:父はレコード・ジャケットもたくさん手がけていたし、ギターも弾いていたから、音楽との縁はずっと続いていて。今日こうして見汐さんと話せたことも、その延長にある気がして嬉しいです。
見汐:私にとって上村一夫さんは“漫画家”ですが、汀さんにとっては漫画家である前に“父”であるわけで。父親としての上村一夫さんのお話を伺えるのはご息女である汀さんだけです。
上村:そうですね。父の娘は私だけですから。
対談を終えて
対談後、「上村の仕事場が近くにあったんですよ」と汀さんが仰って、当時仕事場を構えていたというマンションまで一緒に歩いて行きました。現在は工事中だったのですがマンションの裏手にあった桜の木々や風景は当時と変わらずそのままとのことで、汀さんと暫くぼんやりと眺めていました。汀さんは出会った時から終始笑顔で穏やかで、その心配りに甘えさせて頂く対談となりました。
マンションからかの帰り道、並んで歩いている時、夕日に照らされた汀さんの横顔に仄かな諦念じみたものを感じ、強風で顔に張り付く細い髪の動きと相まってとても綺麗で、はっ!としました。上村一夫の描く女性と寸分変わらない印象を受けたのは私の勘違いではなかったと思います。

フォトギャラリー
撮影 : 安仁
PROFILE:上村汀
1965年生まれ。父は漫画家の上村一夫。
上村一夫は1970年代に「同棲時代」や「修羅雪姫」等の名作を発表し、その流麗な筆画から昭和の絵師と称されたが、1986年に45歳という若さで逝去。
遺された作品の整理と復刻のために、2008年頃から会社員を辞め、上村一夫オフィスの仕事に専念。
作品の保存、展示、企画などを手掛け現在に至る。
2025年に初の自費出版『あなたのための劇画的小品集』を刊行。
■HP : https://kamimurakazuo.com/
■X : https://x.com/migiwakamimura
■Instagram : https://www.instagram.com/kazuokamimura_works/
PROFILE:見汐麻衣
シンガー / ソングライター
2001年バンド「埋火(うずみび)」にて活動を開始、2014年解散。2010年よりmmm(ミーマイモー )とのデュオAniss&Lacanca、 2014年石原洋プロデュースによるソロプロジェクトMANNERSを始動、2017年にソロデビューアルバム『うそつきミシオ』を発売後、バンド「見汐麻衣 with Goodfellas」名義でライブ/レコーディングを行う。
ギタリストとしてMO'SOME TONEBENDER百々和宏ソロプロジェクト、百々和宏とテープエコーズ、石原洋with Friendsなど様々なライブ/レコーディングに参加。また、CMナレーションや楽曲提供、エッセイ・コラム等の執筆も行う。2023年5月、初のエッセイ集『もう一度 猫と暮らしたい』(Lemon House Inc.)を発売。
■HP : https://mishiomai.tumblr.com
■X : https://x.com/mishio_mai
■Instagram : https://www.instagram.com/mai_mishio
■note : https://note.com/19790821
■Bluesky : https://bsky.app/profile/maimishio.bsky.social
見汐麻衣 ライブ情報

440(four forty) presents 2man live
lakeと児玉奈央 × 見汐麻衣 with Goodfellas
2025年9月29日(月)下北沢 440(four forty)
出演:lakeと児玉奈央 , 見汐麻衣 with Goodfellas
開場 19:00 / 開演 19:30
前売 ¥3,500 / 当日 ¥4,000 (1D¥600別)
チケット:e+(イープラス)
見汐麻衣 with Goodfellas members
見汐麻衣 Vocal,Electric Guitar
大塚智之 Bass
坂口光央 Keyboard,Synthesizer
増村和彦 Drums,Percussion,etc
lakeと児玉奈央 members
児玉奈央 Vocal
長久保寛之 Guitar
伊賀航 Bass
北山ゆう子 Drums
加藤雄一郎 Sax
見汐麻衣 新刊情報

見汐麻衣『寿司日乗 2020▷2022東京』
本書は、見汐が自身のnoteに書き留めているライフログ『寿司日乗』の中から再編した2020年~2022年、3年間の日記集。平穏無事な毎日がコロナ禍によって一変し、突如東京の街も人も深閑とした面持ちで過ごす時間が増えた時期を、暮らしの圏内をぐるりと見渡しながら静かに綴った日々の記録が収められている。
デザイン・装画は音楽家、アートディレクター/グラフィックデザイナーとして活躍するBIOMANが担当。
著者:見汐麻衣
仕様:B6版 ZINE 280ページ
デザイン・装画:BIOMAN
編集:見汐麻衣・BIOMAN
価格:1,500円(税込)
発売日:2025年5月11日(日)
発売元:Lemon House Inc.
https://lemonhouse.official.ec/items/105276574